優と千尋の神送り   作:ジュースのストロー

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契約

 

 

 

 

暖かい……気持ち良い……何だろうこれ、柔らかい? でも気持ち良いな……ふふ……まだもう少しだけこのままで…………!?

 

「えっ、あれ?? ここ何処??」

 

がばりと起き上がる。私はいつの間に布団に、というか本当に何処だここ……ベッドなんて久しぶりに寝た。

 

「もうなんだい、朝っぱらからうるさいねぇ……」

 

真後ろから声が聞こえて来て思わず振り返ると、そこには何故か湯婆婆が同じベットで寝ていた……あれ、本当に私どうした? 昨日何があったんだっけ?? どうして湯婆婆とベットで一夜を過ごしてあるんだ? あれ? あれれー??

寝起きと混乱で回らない頭は、ぐるぐると疑問を飛ばす事しか出来ず、その回らない頭で私は取り敢えずの答えを出した。

 

「お、おはようございます。煩くしてすみませんでした。」

 

「もう何でも良いから。もう少し、寝かせて、おくれ……」

 

再び寝入ってしまった湯婆婆に、私が跳ね起きたせいでめくれてしまった掛け布団をそっと掛け直すと、私はそろそろと部屋を出た。大丈夫、腰が痛くないって事は一線は越えてない……筈。

寝室の扉を開けると、何処か見覚えのある部屋に出て首を傾げる。あれ、この部屋何処かで……いや、昨日……あっ、そうか、銭婆婆の家か!! と言う事は、さっきのは湯婆婆ではなくて銭婆婆だったのか……あぁ良かった、安心した。

 

「千尋! 起きたのかい?!」

 

「ハク?! あれ、怪我は?? ハクこそ大丈夫なの?」

 

ハッとしたハクが、人間の姿で駆けて来た。私の手を取りぶんぶん振り回して随分と興奮しているみたいだが、それだけ怪我の調子が良いという事なので安心した。

 

「私はすっかり良くなったよ。全部千尋のお陰だ。」

 

「そんな……私だけのお陰じゃないよ。私も沢山の人に支えて貰ったんだ。」

 

そう、ハクの治療をした包帯や薬品は釜爺が私に預けてくれたものだし、この家でゆっくり休む事が出来たのも銭婆婆の親切があってこそだ。私だけではとてもハクを救う事が出来なかった。

 

「千尋は……あの…………」

 

突然俯いてしまったハクに首を傾げる。どうしたのだろうか……まだ、傷が痛むとかだったら大変だ。

 

「ハク、どうしたの?」

 

「……千尋は…優、なのかい??」

 

ハクの言った言葉に心臓がドキンとなった。それは別に隠していた訳じゃないが、ハクの中での優と千尋は別者なのだ。私が優とバレる事がハクの幻想を砕いてしまう様で、私は焦った。

 

「っそれは……!」

 

「すまない。昨日の話を少しだけ聞いてしまったんだ。……もし千尋が優なら私は……私は、そなたに酷い事をしてしまった。」

 

知っている。私からハクの記憶を消して目の前から去った事だろう。つい最近まで忘れさせられていたが、全て思い出した。原作において、ハクの影響が多大にあったせいか、原作知識の方も忘れていたのは痛かったが、それも過ぎてしまった事で今更どうしようも出来ない。

 

「……。」

 

「優を眷属にしてしまった事を無しにしようとして、私の記憶を消す事までしたのに……その結果、魔法が失われる事もないし、私との縁でこちらへ千尋を呼んでしまうしで最悪だ。」

 

「えっ、眷属?! 待って、一体何の話??」

 

あれ、話が違う。眷属って一体何の事だ。ちょっとそこ、キョトンとしないで!

 

「気付いてなかったのか? ほら、意識すれば分かるだろう。私と千尋に繋がりがあるのが。」

 

「……。」

 

ま、まさかそんなものがある訳…………ある、な。あるなこれ。完全にそれらしき物が感じられるぞ。

 

「ふふっ、普通の人間が魔法を使える訳ないだろう。千尋は私の眷属となった事で水系統の魔法を使える様になったのだ。」

 

「えっ、えぇーー。本当に? うわぁ、どうしよう。」

 

眷属って神の従者とかそう言う存在だった気がする。それになったって、私はいつの間にか人間を辞めていたのか……まぁ、そんな予感はしていたけどね。

 

「……千尋は、やっぱり私の眷属なんかには、なりたくないよね。」

 

私が何処か遠い目をしていると、ハクが寂しそうにそう呟いた。

 

「うぇっ! いやいや!! そう言う訳じゃないんだよ! ただね、こう、人間として大丈夫なんだろうかとか、健康上の問題がとかね……」

 

慌てて放った理由は、何だかよく分からない物だった。何だ健康上の問題って……。死にたい。

 

「いや、それなら心配いらないと思うよ。逆に普通の人間よりも、随分と長生き出来るし体も頑丈だし若さが持続するしで良い事ずくしじゃないかな。」

 

「な、なるほどー。確かに良い事ずくしだーー。」

 

やっぱり完全に人間を辞めてるじゃないか私。思わず返事が棒読みになってしまったのは仕方ない。

 

「…………大丈夫、分かってるよ、千尋が人間として年を取りたいって思っている事くらい。」

 

ハクがそう言って笑ってくれたから、私も少しだけほっとした。もしかしたら人間に戻る方法を一緒に探してくれるのかもしれない。

 

「ハク……」

 

「過去の私は私との記憶を千尋から消せば、自然と縁も消えて眷属じゃなくなると思った……きっと私が千尋の事を覚えていたせいで千尋を引き寄せてしまったんだね。」

 

「えっ、ハク?」

 

ハクのさっきまでの笑顔が曇って、何だか嫌な予感がして来た。

 

「安心して。今度はちゃんと私の記憶も消すから。そしたら千尋はもう、私の眷属ではな「ハク!!」」

 

「ハク……私、私は……」

 

私は、どうしたいんだ? もしハクの言う通りなら、人間に戻るにはハクと私の記憶をお互いに消さなければならない。だが、それを拒めば私は人間には戻れない。元の世界に戻っても、きっと両親や友達は私を残して去って行ってしまうのだろう。そんなもの考えるだけで恐ろしい。

私は選ばなければならない。ハクのいるこちらの世界か、両親や友達のいる元の世界か。

 

「大丈夫だよ。2人とも記憶を無くしてしまうんだ。今は辛いかもしれないけど、きっとそれも分からなくなってしまうよ。」

 

そう優しく語りかけて来るハクの声が麻薬の様だと感じた。だってこの言葉は毒だ。じわじわと私を苦しめる猛毒だ。

それにハクは、私の事を覚えていてくれたのだ。私との思い出だって、自分が犯してしまった罪だって……全部忘れてしまえば楽になれた筈なのに、覚えていてくれたのだ。私達の記憶を消すのが辛いのはきっとハクも私と同じだ。同じ筈なのに、私にこうやって提示してくれる。優しい神様だ。

 

「……私、決めたよハク。」

 

「私は千尋が何を選んだとしても、その道を応援するよ。」

 

「ありがとう……ハク、私ね、寂しかったの。ハクに記憶を奪われてから、何かが足りなくて……でもその何かが分からなくて…………寂しかった。」

 

今なら分かる。いつからか私の中にポッカリと空いてしまった穴は、ハクとの思い出だったのだろう。直接会って話したのはあの1回きりだったが、ハクのいたお社やあの川には随分と通った。それが突然なくなってしまったから、私は寂しかったのだろう。

 

「千尋……」

 

「っ酷いよハクっ!! 一方的に記憶を消すなんて! 少しは私の話を聞いて欲しかった!!」

 

本当にあの時は悲しかった。突然現れたと思ったら一方的に喋り倒してごめんね、ありがとう、さようならの三拍子と来たものだ。正直今となっては、はっ倒してやりたい位の気持ちでいる。

 

「ご、ごめん……。」

 

「謝ったって許さないよ!! もうこれはハクに償って貰うしかないんだから!」

 

「償う? 私に出来る事なら何でもしよう。」

 

ハクの言葉にニヤリとする。神様は約束は絶対だからね。いや約束じゃ足りないか……

 

「じゃあ約束、いや契約だよ。私とずっと離れないで……ずうっと一緒にいて……お願い。」

 

「っそれはっ!? でもっ…それじゃあ………?!」

 

それが何を意味するのか気付いたらしく、ハクは面白いくらいに狼狽えていた。私がハクとの思い出を忘れて人間に戻ると思ったんだろうか……それはなんか心外だな。

 

「もう私はハクと離れるのは嫌だ。ハクとの記憶を消しても、私が本当にハクを忘れられる事はないよ。」

 

「……千尋は、本当にそれで良いのかい? もう、人間には戻れないんだよ。千尋のお父さんとお母さんにも会えなくなってしまうんだよ。」

 

何故ハクは、泣きそうな顔をしているんだろうか。泣くとしたら、私の方だろうに。正直私の選択は、自惚れじゃなければハクとしては嬉しい筈なのだが……やっぱり優しい神様だな、ハクは。

 

「うん、それが良い。それじゃなきゃ嫌だ。」

 

「はは……千尋の嫌だには逆らえないなぁ。」

 

「っじゃあ!!」

 

「分かったよ。……でも良いのかい? それじゃあ償いというよりはもしろ褒美の様だよ。」

 

「へっ……あっ、その……」

 

突然ハクがぶっ込んで来たデレに、私の顔は赤くなった。ハクが私と契約を結んでくれたという事と、突然のデレ発言で、あまりもの嬉しさに私の頭は混乱していた。

言い訳をさせて貰えるのなら、この時の私は何か言わなきゃと必死だった。どうにか働かない頭を回して、唯一出て来た言葉がこれだったのだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「琥珀川! ニギハヤミコハクヌシ!!」

 

瞬間、ハクが覚醒した。

 

 

 

 

 


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