ではどうぞ
「ふ、ふぁ~………」
欠伸と共にテルマは起き出す。まだ朝日が昇って間もない頃に。今日も朝のトレーニングに向かおうとするのだが、
「っ…………」
体を起こすと頭に痛みがある。昨日の戦闘で頭から出血していたのを忘れていた。
(てゆうか、ここよく見たら医務室じゃん。)
昨日は帰ってきて医務室に直行したあとそのまま眠ってしまったようだ。頭の包帯も昨日のまま替えてない。
(とりあえず包帯だけは巻き直そうかな。)
なんとかベッドから体を起こし包帯を探しだそうとしたとき、
「失礼します。」
ドアを開けてアイリとノクトが入ってきた。こんな朝早くに来たというのに二人とも制服姿だった。
「やはりシャリスの読み通りでした。テルマさん何をなさっているのですか?」
「なにって、包帯を巻き直そうと………」
「なるほど。それなら私が手伝いをしましょう。座って下さい。」
そう言うとノクトはテルマをベッドに座らせ、自分はテルマの後ろに座り包帯をほどき始めた。
「あー、あのさノクト、それくらい一人でもできるよ?」
「No.シャリスから聞きましたテルマさんなら怪我をしていても朝のトレーニングに向かってしまうと。なので、テルマさんが無茶をしないようにこうやって朝早くから来たのに、はぁ。」
「………」
図星を突かれたテルマは何も言えず、てきぱきと包帯を替えるノクトにされるがままになっていた。
「これで、大丈夫です」
「ありがとう、ノクト」
どこで覚えたのかテルマがやるよりもきっちり巻かれていた。
(これならちょっとぐらいトレーニングしても大丈夫かな?)
テルマはベッドから立ち移動しようとするのだが、
「No.テルマさん。それはいけません。」
ノクトが余った包帯を投げてテルマの首に巻き付けた。
「ちょ、ノ、ノクトギブギブ!僕窒息死しちゃうよ!」
「ならば、誓って下さい。逃げないと。」
「分かった、分かったから!もう逃げません!誓います!」
ようやく包帯から解放されたテルマはゼイゼイと息を吐きながらベッドに横たわろうとしたのだか、
「あ、ごめんノクト、一つがだけいいかな?」
┼
「兄さん……… 」
アイリは医務室でルクスの様子を見ていた。
ルクスはベルベット達を倒したあとそのまま気絶し、この医務室に運ばれた。外傷はないが《バハムート》の神装を使い過ぎたせいでかなりの負担がかかっていた。そして、まだ目覚めていない。以前クーデターの時は一週間も目を覚まさなかった。
(このまま目を覚まさないなんてこと無いですよね。)
コンコンと、ドアがノックされて
「アイリ、入っても良いですか?」
クラスメイトでもありルームメイトでもあるノクトの声が聞こえた。
「ええ、大丈夫です」
ルクスから離れてノクトを出迎えると、テルマも一緒にいた。
「何のようでしょうか?」
ノクトだけだと思っていたのだがテルマまで来たのは予想外だった。アイリの声に若干の警戒が含まれる。しかしそんな警戒をしていたアイリもテルマの行動に面食らってしまった。
テルマが深々と頭を下げたのだ。
「………え?」
「今回の件は誠に申し訳ない。」
アイリは戸惑ってしまった。てっきりルクスが「黒き英雄」と言うことがばれてしまったのでその事言及かと思っていたのだが。
テルマはさらに続けて、
「軍人である僕がいながら、ルクスさんの力をかりてあげくの果てにルクスさんはぶっ倒れてしまった。本当に申し訳ない。」
「ちょ、ちょっと待ってください」
アイリにしては珍しく狼狽えてしまったのかいつもの毅然とした態度がとれない。
「アイリ、落ち着いて下さい。」
横からノクトがアイリを落ち着かせてくらた。
「すみません。取り乱してしまって。それでは、あなたは兄さんが「黒き英雄」と言うことは知っていたということですね」
「はい、女王陛下から聞いております」
「私聞いてないんですけど?」
確かにルクスの監視とはルクスには伝えたがアイリには伝えていなかった。けれどルクスから聞いていると思ったのだが、
「これは、兄さんが起きたらお説教が必要ですね。」
すこし怒ったような声でアイリは呟いた。
「そういう訳で今回の件は………」
「大丈夫です。兄さんはやると決めたらやる人ですから、止められなかった私にも責任があります。だから今回の件で謝ってもらう必要もありません。」
キッパリとアイリはそういった。
「ありがとうございます。」
再び頭を下げるテルマ。
「じゃあ、僕はこれで」
とノクトと共に出ていこうとしたが、
「テルマさん」
ふとアイリに呼び止められ、
「私をどこかで見かけたことはありませんか?」
と唐突にそんなことを聞いてきた。
「………?無いと思いますけど。」
「そうですか。すいません呼び止めてしまって。」
不思議な質問に首をかしげるテルマであったが、それ以上は聞いてこなかったのでそのまま部屋をでた。
┼
アイリとしゃっべったのちノクトと別れて、テルマは機竜格納庫に向かった。理由はリーシャの様子を確認することと、もうひとつは、
(未だに挨拶してないんだよな)
テルマは学園に来てからリーシャにちゃんと挨拶してなかった。挨拶に行こうという気はあったのだが、ここ数日はいろいろあったので結局行けてない。
(怒られるかな…………)
ビビりながらテルマは機竜格納庫の扉を開け中に入る。
中にはガウンを制服の上から羽織ったリーシャが作業をしていた。
「姫様、怪我は大丈夫ですか?」
「おお、テルマか。大丈夫だ私は強いからな。」
と自慢げに胸を張る。
「というか、私よりお前の方が大怪我だろ。頭に包帯なんか巻いて。」
リーシャはテルマの頭を指す。
「僕は兵士ですから、これくらいの怪我ぐらいは慣れっこですよ。」
実際このくらいの怪我なら数え切れないし、もっと大きな怪我の経験もある。何故か自慢げにテルマは答えた。
「そ、そうか。あまり無茶はするなよ。」
若干顔をひきつらせリーシャは答えた。がひきつった顔が突然驚きに変わった。
「ど、どうしたテルマ?」
テルマが急にリーシャの前で膝まづいたからだ。がリーシャの驚きの声にもテルマは無視し
「リーズシャルテ王女殿下、挨拶が遅れて申し訳ありません。私はアティスマータ軍所属テルマ・バルトシフト。此度は任務のためこの学園に赴きました。未熟者ではございますがよろしくお願いします。」
形式通りの挨拶をするがリーシャは戸惑っているのか反応が無い。が
「頭をあげろ」
と言われたので頭を上げる。
「そう、かしこまらなくていい。私はそういうのめんどくさいと思っている。だから普通にしていいぞ。」
とにこやかに笑うリーシャの顔がそこにはあった。
「これからもよろしく頼むぞ。テルマ」
そう言ってリーシャは手を差し出す。テルマもそれを握って
「仰せのままに我が姫君よ。」
しっかりと握手を交わした。
とたんにテルマはへなへなと尻餅をついた。
「どうした?大丈夫か?」
リーシャが慌てるが当のテルマは
「いやー、挨拶が遅れに遅れたんで姫様に怒られたらどうしようかなーってめっちゃビクビクしてたんです。怒られなくてよかったー。」
と気の抜けた返事が返ってきたのでリーシャも困惑したような顔になった。
「全くお前は真面目なのか不真面目なのかわからんやつだな」
そんなテルマを見てリーシャも呆れ顔をする。
「まぁ、何はともあれこれからよろしくお願いいたします姫様」
「リーシャでいい。皆そう呼んでいるからな」
「いや、さすがにそれは………」
「なんだ?王女の命令が聞けないのか?」
してやったりといった顔でリーシャは得意げに笑った。
「………分かりました。これからよろしくお願いします。リーシャ様」
「ああ、よろしくな」
┼
ルクスが目を覚ましてからいろんな人達が医務室を訪れた。妹のアイリは起きた時からいたが、他にも
留学生のクルルシファー、
「姫様を助けて下さってありがとうございます。ルクスさん」
「いいよ、僕の意志でやったことだし。それにしても怪我は大丈夫?」
「ルクスさんに言われたく無いですね。」
談笑を交えながら話している二人だが不意にテルマが
「今回の件はすいません。ルクスさんが「黒き英雄」ということがばれてしまって。」
今回ルクスがバハムートを使ったことで
「本当にすいません」
「しょうがないよ。あの状況では出し惜しみなんて出来ないしね。」
それにとルクスは続け
「守りたいものが守れて良かったよ。」
その顔は微塵の後悔もなく清々しい表情だった。
「そうですか。」
そう言われるとテルマ自身も救われた気がした。都合のいい解釈かも知れないが。
けれどひとつだけテルマの心にルクスの言葉が刺さる
┼
「どういうことですかレリィさん!?」
ルクスが勢いよく扉を開けると
「正式入学おめでとう!ルクス君!」
小さな歓声とともにパチパチと拍手が巻き起こる。学園長室にはアイリ、クルルシファー、フィルフィ、シャリス、ティルファー、ノクト、さらにはクラスメイト達も集まっていた。よく見ればテルマもいる。
「え………?」
てっきりレリィだけだと思っていたのだが他にも生徒がいて思わず固まってしまう。
そして最後に一人制服の少女が入ってきた。
「リーズシャルテ、様?」
「こほん。では、学園長の代わりに、私が挨拶させてもらおう。雑用子ルクス・アーカディアよ。新王国の王女たる私から、咎人の貴公に君命を授けよう。」
リーシャはルクスの前に歩いてくる。
「貴公の協力でー私は命を救われた。この城塞都市と、ひいては我が国を守ることが出来た。貴公の身に確かな正義があることを、この私が認め、称えよう。」
そう告げてリーシャは微笑みかける。
「だから、私からの命令だ。お前はここに残ってくれ。わたしたちの雑用王子として、初めての男の生徒として、わたしたちの力になってくれ。本来ここにいることは許されないお前の存在を、わたしたちが認めよう。異論はないな、英雄。」
「え、っと………」
時が止まったような静寂。
ルクスが困ったように顔を上げるとテルマも困ったような顔をして
「本当はルクスさんをこの学園に残すか、上の方もかなり迷っていたんですけど、リーシャ様がどうしてもと言うんで。」
「ち、違うぞ!私はルクスの働きぶりを見てだな………」
それまで堂々としていたリーシャの顔が真っ赤になり早口にまくし立てられる。
(そっか、そういうことか。)
また助けられたんだなとルクスは思った。
「というわけで、なんてゆうかな。まだ〈ワイバーン〉の剣も修理中だったんだが、受け取ってくれるか?私の剣を」
リーシャは赤い顔のまま、目をすこしだけそらしながら剣を差し出す。
それを見た瞬間、ルクスはふっと息を漏らして膝まづいた。
「仰せのままに我が姫君よ」
ここにルクス・アーカディアの入学が正式に決まりルクスは新王国で初めての居場所を手にいれた。
「あ、ルクスさん僕もですからね」
………もう一人の男と一緒に。