正月と言えばあの子だろやっぱ。
一つ言っておこう、これは番外編だ。あくまで番外編であって本編とは関係ないからな?
暗く静まりかえった森の中にひっそりと佇み、湯気を纏っている小さなログハウス。
誰にも知られず某所に存在する温泉宿と言うにはあまりにちゃちで、簡素な、正直露天温泉に小屋がついているといった方がいいような佇まい。
12月31日の夜、そんな湯に浸かっている男性が1人。
石で組んだ湯船にその背と太く浅黒い腕を預け、空を見つめるスキンヘッドの筋肉質の男性。
普段は糸のように細く見えないその瞳を開き、その青い瞳で星を散りばめた夜の帳を見つめる彼は何を思うのか?
答えは至極単純。
「はぁ…酒、忘れた」
その顔に熱めの湯をかけ、溜息を吐くその男性。その男性に声をかけるものが1人。
「お酒ならここにありますよ♪」
いつの間にかその男性の隣でその艶やかな肌をさらし、日本酒の瓶とお猪口を二つ乗せたお盆を傍に浮かべている青みがかかったボブカットの清楚そうな和風の女性。
「いつの間に現れたんだよナス子」
急にそこに現れたその女性に驚くでもなく呆れ、溜息を吐くその男性。
「ナスじゃなくてカコですよ~雄くん」
「お前はナ」
「カコ、です」
「ナ」
「カコ」
「…はぁ、茄子(カコ)」
「ハイ♪私ですよ」
時間を増すごとに徐々にイイ(意味深)になっていく茄子の笑顔についには折れた雄。
ちょっとへそを曲げたのか無言でお猪口を取り茄子に差し出す。
それに嬉しそうにお酒を注ぐ茄子。
それを一息に呷り、酒瓶を茄子から奪い、その口を茄子に向ける。
「ふふふっ、ありがとうございます♪」
もう一つのお猪口を手に取り、雄に注いでもらったそのお酒をちびりちびりと味わう。
それを確認し、自分のお猪口にもう一杯分お酒を注ぎ、今度はゆっくり味わう雄。
「うまいけどこれどこのお酒?」
「私の地元、出雲の酒蔵でつくている王禄ですよ。あ、あとちゃんと年越しそばに出雲そばもあります!」
「地元PRおつ。まぁどっちもうまいから構わないけどよぉ」
「えっへん!神々の國なので当然です♪」
「何?その水面の反射で大事なところが見えないのも神々の効果なのか?こん畜生め」
割と本気で悔しがって見せる雄。まぁ、牡としてこんな魅力的な女性との混浴で反応しなければデッドボールをストライクと見る危険なストライクゾーンを持った特殊なヒトであろう。
「ふふっ…見たいんですか?」
そう悪戯そうに言って腕でそのたわわなものを抱き深い谷を強調する茄子。
「あ、なんか萎えたからいいや」
「それはどういうことでしょうか…」
「アザトイ」
「むぅ…」
「てい」
「むきゅっ」
アザトイ発言に頬を膨らませた茄子の頬を速攻で掴み、空気を出させる雄。
そこでまた雄はあきれたように息を一度付き、
「で、なんでここにいるの?」
「何でってここなら必ず二人っきりになれるじゃないですか。美波ちゃんにもこの場所は教えてないぐらいですし」
「お前にも教えてないんだけどな」
「これも私の幸運のお導きです♪」
「幸運ハンパねぇな」
「です♪」
「というより会いたいなら大晦日元旦以外も姿だせよ引きこもり。俺ここでしか茄子にあったことないんだけど」
「そこは私のキャラクター性の問題なので」
「どんなキャラ作りだ。もっと分かりやすくうさみん星だとか、ロック(笑)だとかカリスマギャル(シスコン)とかにしとけよ」
「最近の属性ってホント多いですね~」
「うむ、それだけ俺たちのツボが増えていく」
「嫁が一年で四回も入れ替わりますもんね~」
なんとも人聞きの悪い話題をしている2人である。世の中にはちゃんと一つのフェチズムに操を立てている殿方もいるというのに。
と、そこにそばを運んでくるこの小屋の主人をしているであろうよぼよぼの老人。
カタカタしすぎてそばつゆがこぼれている。
「おい、ジジイ。それ以上こぼすとそばのつゆがなくなるだろうが」
そう言ってこちらにカメの歩みで向かってくる老人のもとにそばを受け取りに行く雄。
無論、タオルなぞ巻かずに。
「つゆ半分以上ないじゃねぇかこれ」
「私のおつゆならありますよ?」
「はいはい、手を這わすな。相変わらず水面の光の加減で見えなくてイライラするから」
「ムラムラじゃなくて?」
「イライラだよコンチキショーが」
さっきから下ネタが多いこの女性。
清楚そうな和風美人の風貌はどこへやら。今ではただのお茶目な女性である。
そして雄も女性の前でその一物を揺らしていることに少しの恥じらいもなく、悠々とその湯船の中に戻っていく。
「そんじゃ、
「「いただきます」」
そう声と手を合し、そばを食べ始めようとするのだが…
「おい、俺の箸は?」
「私のはここにありますよ?」
「いや、俺のはどこて聞いてるだろうが」
「だから私のはここにありますよ」
「「…」」
要領を得ないその会話。
だが一応伝ってはいたらしく、
「それで?俺は小鳥のように延々と口に運ばれて来るそばを食えばいいのか?」
「ハイ♪それでは、あ~ん」
「あ…ん。うんうん、やっぱうまいな」
「それはもう神のお膝元ですから」
「なんか島根について神で全部納得させようとしてないか?」
「アナタハ、神をシンジマ~スカァ?」
「シスターの格好してから来い似非宣教師」
「花魁風の着物しか持ってきてませんよ?」
「なぜそのチョイス」
「一緒だからですよ、この一晩は。今年も」
そして初めて寂しそうな顔を少し表情に浮かべる茄子。
「あぁ、夢を見て、そして醒めるまでは一緒だ。今年も」
黙々と、それからはただそばを啜る音だけが響き、そして食べ終わった頃、
ゴーン…ゴーン…ゴーン…
と、鐘を突く音が寒空に響いては溶けていく。
それに対していつの間にか結ばれている二つの手。
「もう、今年も終わりですね」
「そうだな」
「今年一年はどうでしたか?」
「いつも通り、楽しく好き勝手やったさ」
「好き勝手何人とヤッタんでしょうね~」
「茄子の知っての通りの人数だ」
「ほうほう、そうやってごまかしますか~。ま、いいですよ。今日は、夢が醒めるまでは私だけのものですから」
「俺が誰かだけのものにやすやすなると思うなよ?」
「えい♪」
「効かんな」
シリアスがいつまでも続かないこの2人。
茄子に腕を抱かれ、その柔らかさと体温、ちらっと見えた桜に鼻から情熱のバラを咲かせながらも堂々と嘘をぶっこく雄。その雄の状態に満足そうな茄子。
「ふふふっ、除夜の鐘は効果ないみたいですね」
「除夜の鐘なんぞで俺の煩悩は傷1つつかんわ。第一108の煩悩を倒したところで第二、第三の煩悩が次々に補填していってくれるわ」
「うわ~煩悩魔人ですね」
「みんなそんなもんだ。お前もな」
「…たった一つの願いぐらいじゃないですか」
「もっと高望みしようぜ、もっと」
「なら…朝まで一人にしないでください。もっと一緒にいてください。そして…また来年この場所で」
「てい」
「っ!!?」
折角のシリアスしていた空気をデコピン1つでぶっ飛ばす雄。
「あほなこと言ってんな。高望みしろっつただろうが。それはいつも通りだろうが」
デコピンしたその指で茄子の額を押し、目を無理やり合わさせながら言う。
「朝までじゃなくずっとぐらい言って見せろ」
ゴーン……
ついに最後の鐘がなり終わった。
二人は視線が、息が言葉が絡まり、そして…
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「あぁ~あ、よく寝た」
朝、雄が目覚めたのは温泉のある山小屋ではなく自分の部屋。
当然そこには茄子なんて存在しない。
いるのは大晦日で宴会かましてくれた酔いどれアイドル達や友人、薬品でこちらの貞操を虎視眈々と狙っている者、昨年の仕事で仲良くなったもの、高校の頃から仲が良く今でも縁が続いている者、文句を言いながらも世話を焼いてくれる自称17歳ぐらいなものである。
…十分のメンツですな。
雄は足の踏み場もないこの状況を天井を伝うことで玄関まで向かい、外に出る。
外じゃまさに今、太陽が顔を出し新しい朝を告げている。
夢の中でアイツと一緒に昇るのを見て2人共に眠りに落ちたということを考えると、やはり違和感しかないのか首をひねる雄。
「…少し歩くか」
そんな気分になり、町に踏み出す雄。ちなみにトランクス一枚のみだ。普通は寒い。
それ以前に犯罪。
朝日が昇ったばかりとはいえ、初日の出を見ていた者や初詣をしていたものと、存外に人が多い。
もちろんその分警察も。
「ふぅ…今年一戦目は俺の勝ちだな、サツよ」
そう言って一息つく全裸。もちろん雄である。
あれから当然警察に見つかり、連携の網を縫い見事逃げ切って見せたのである。
新年しょっぱなから罪を獲得した雄。さて、今までの貯蓄もあるこの罪が清算されることはあるのだろうか?
「ん、こんなとこに地蔵なんてあったけな?」
裏路地から猫の抜け道まで様々な道を駆使して逃げた雄。
そんな雄の行きついた場所には1人のお地蔵さんが立っていた。
「ま、一日一善ってな」
そう言って手を合わせる雄。
一日一犯の間違えではないだろうか?それにお地蔵さんに手を合わせる行為を善行かと問われると微妙である。いや、いいことではあるんだが。
「初詣はお地蔵さんに手を合わせても意味ないですよ?」
そうしている雄に後ろからかかる声。
その声はつい、さっきまで聞いていたはずなのにひどく懐かしく聞こえる。
「初詣は今からお前といくからいいんだよ」
「絵馬におみくじも一緒にしましょうね♪」
「おみくじはお前大吉しか引かないから意味ないだろ?」
「書いてある内容に差があるから問題ないです」
「それじゃ、一緒に行くか。―――茄子」
「はい、雄トレーナー。―――アイドルという夢が醒めるまでずっと一緒に」
あくまでIF。
本編とは一切かかわりのない謎の一夜にしてこれからの物語。
ちなみにカコちゃんはストライクゾーンど真ん中だったりする。