幻想郷で水場から離れた陸地に溺れる事件が起こった。
異常だと言える事態に早期解決へ踏み出す博麗霊夢と霧雨魔理沙。
駆けつけた現場には一本の柳の木。霊夢はその柳の木に違和感を覚えるのであった……。

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※一部内容に独自設定と角川書店様から出版されている原作の東方鈴奈庵~ Forbidden Scrollery.-を読んでなければ分らない会話があります。後書きに意味を一応記して置きますが出来れば原作購入をして頂いてお読み頂ければ幸いと願います。
個人的にこれまでのZUN様原作作品で一番好みの作品なので多くの方々に共感願えたら嬉しいので。


博麗霊夢は妖怪退治をする

 大昔の話である。

 場所はとある山奥の田舎村。

 その年は久しく降雨の無い影響で作物の育たない荒廃した田畑を抱えたまま領主への税として備蓄した食糧も徴収された田舎村は深刻な食糧難に直撃していた。

 村人達はあらゆる手を尽くして田畑の作物に水を与える為、評判の祈祷師を呼び寄せたりと雨を降らせる事に腐心したが早々上手く行く訳もない。近隣の村々も同じく日照りの影響を受けていて支援して貰うのも現実的ではないので提案するまでもなく断念するしかないし、領主からの救援措置も施されない。

 困り果てた村人達は最後の手段として一人の美しい村娘を選出する。食糧不足の為に少し痩せ細っているが最低条件である元服前の未婚女性は彼女しか居なかったので選ばれたのも仕方がなかった。

 唇に紅を塗り、化粧を施して少女は白無垢姿の晴れ着で比較的若い屈強な男達、三人を共にして山道を行く。山の奥深くに着くと男達は大穴を掘り起こして少女の身体を何重にも縄で縛り上げた後に大穴へと突き落とす。

 身奇麗にされた村娘の与えられた役割は人身御供という神様への供物で、彼女の命を差し出す事により神様の機嫌を窺いながら祈りを捧げ、恵みの雨を得ようとしていたのである。

 村娘の命を担保に無謀な賭けにでて非情を強いる村人達に文句一つ言う事もなく彼女は黙したまま男達に掘り起こした土を掛けられ埋められていく。

 逆に少女を土の中に埋めようとする男達の方が見苦しくも険しい表情を晒していた。

 首元まで土が埋まり、後一息で完全に姿を土の中へと消えそうになると彼女は村人達へ文句の代わりに一つの言葉を残したと言う。

 

「あめあめふれふれもふとふれ」

 

 少女は神様への供物と成れ果てた。

 結局、雨乞いの神様に村人達の願いが通じたのか、村娘の呪い染みた末期の言葉が利いたのかは定かではないが二日後には田舎村に待ち望んだ大粒の雨が降り注ぐ。

 犠牲と成った美しい娘を除き田舎村の住人は全員救われたのである。

 以後、人身御供と成った村娘は雨乞いの神様に気に入れられた救世の巫女として田舎町で崇められる事と相成った。

 村娘の献身的な犠牲は人身御供の伝承として後世までその地方の風土記に記載されている。

 世にも残酷な昔語りであるが全国的にみてみると村娘のような境遇はそう珍しくない。人身御供や人柱伝説は日本各地の風土記で確認され、効果的な雨乞い方法であるとされているからである。

 この物語は日本の暗い歴史のほんの一部分でしかない。

 明るい話題か後世でも誇りに思える逸話は歴史の前面に押し出されるが、目を背けたくなる歴史の暗い部分は人々の記憶から忌まわしいものだとされ書物に残れはすれど一方的に忘れられていく。歴史に積み重なった犠牲の事実はこうして闇の其処へと葬り去られる。

 だけれど純然とした真実は決して消え去る事はない。

 どのような形だとしても必ず人々の思いもしない形でそれは現れる。

 無念だと残る心は呪となり人々の心を蝕む呪印と相成り果てる事は請け合いだ。

 山奥の田舎村を救った村娘は本当に一分の後悔無く、自らの意志により進んで人身御供と成り果てたのか。自分だけを犠牲にして残らず救われた村人達を呪う心が欠片も存在していなかったのか。

 それを確認する手立ては残されていない。

 ただ村娘が末期に残した言葉、あの言葉だけは何時までも妙に男達の耳元に残っていたらしく思いもせぬ形となって現在でも残っているらしい。

 

 

 ■□

 

 

 とある東の国の山中に現世で忘れ去られた者達の理想郷が存在す。

 理想郷の名称は幻想郷、人間と人ならざる者達が共存する古臭く新来の隠れ里である。

 その幻想郷の東の果て、人里離れた山奥に神社が立地している。名を博麗神社と言う。其処には博麗の巫女と呼ばれていない歳若い巫女が現在一人暮らしをしている。

 少女の名前は博麗霊夢。

 純日本人らしい黒髪黒目の端整な顔立ちをした美少女で、紅色を基調とした袖の無い巫女装束を纏い、白色の袖を別途にして腕に括り肩と腋を露出させた目立つ服装だ。

 その他の特徴として肩まで伸ばした髪を紅いリボンで後ろに纏め上げ左右に独特の飾りを巻き付けている。

 彼女のその姿は年柄年中大した代わり映えする事がなく、現在の季節は収穫の秋に移り変わる頃であり、まだまだ蒸し暑い天候が続いているのだが彼女は気にせずにそこ格好のままで神社の落ち葉を竹箒で掻き集める日課の清掃をこなしていた。

 ある程度境内を掃き終えると早速落ち葉を回収し、神社の隅で掘った穴へと移動させ埋める。

 もう少し季節が巡れば落ち葉を燃やして焼き芋でも蒸かすのだが、夏日の蒸し暑い頃合に焚き火を熾しても暑さが増すばかりなので止めた。

 落ち葉などは一片に燃やしてしまった方が処理は早いのでその方法を重宝しているのだが、近頃は急な通り雨が多いので焚き火を熾しても直ぐに鎮火してしまう事が多々有ったの理由である。それは反省しているが決して境内の木々に少しでも栄養がいけばと思い遣った行動ではない。

 霊夢は竹箒を納屋に仕舞うと境内の清掃後に日課となっている休憩に入る。彼女にとって何方かと言えば休憩こそが主要なのかもしれない。

 御茶の支度をすると縁側に自分の居場所を陣取ると御茶を啜り、一息吐く。味わいのある微かな渋味で気散じ暢気極まる空気が発生した。

 暫しの間その雰囲気に和んでいると空気を掻き乱す騒がしい人物が空から来訪してくる。

 黒い三角帽子をかぶり黒色と白色が基調のドレスローブを纏い竹箒に跨って空を飛ぶ少女。御伽噺に登場する魔女の特徴そのものをした格好は遠くからでも大変目立つ。少女は金髪を振り乱して竹箒から飛び降り地面へ足を着かせる。

 

「事件、事件だ」

 

 普通の魔法使い、と自称する金髪に琥珀色の瞳をした霊夢の親友。霧雨魔理沙は慌しく彼女の元へと近寄ると自らの用件を唐突に捲くし立て始める。

 かくの如き魔理沙の態度は何時もの事なので霊夢は気にせず、調子を変えないまま御茶を啜って話を聞く。それが彼女達の日常風景でもあるのだ。

 一頻り話し終えると些か興奮が過ぎた所為か例外的に纏まらない喋りを霊夢は温和しやかな態度を崩さず会話の要点を抜き出して訊かなければ進まない疑問点を上げる。

 

「水のない陸地の上で溺れた奴が出た?」

 

 魔理沙の持ち出して来た用件はその一言に尽きる。

 尋常ではない程におかしな話であった。

 件の事件現場となる場所は水場から遠く離れ溺れる要素が見当たらない。特殊な地理的要素もなく、同様の事件が発生したという話もとんと聞いた事が無い。

 そんな通常では有り得ぬ現象だからこそ霊夢は眉を潜めた。

 幻想郷に住む彼女達からの視点としたら有り得ぬ現象は説明こそ付かないが心当たりがないと言えば嘘となるからこそ大変である。

 心当たりとは幻想郷に蔓延る妖怪の仕業だという事だ。

 

「幸いにも場所は人里の近く。偶々通り掛った行商人が居てすぐさま永遠亭に担ぎ込まれて大事を得たらしいけどな。薬師にも現状を訊いてみたが絶対安静らしく本人には会えなかった」

 

 頷きながら魔理沙は調査した一端を口にする。

 永遠亭とは人里近くにある迷いの竹林と忌避を込めて呼ばれている場所の奥深くにある屋敷の事だ。

 其処の実質的に主人をしている八意永琳は薬師を生業とし、同時に医師としても活動している。実力は折り紙付きで人里の評判も良く、人里の常駐している医師がお手上げの状態の時によく担ぎ込まれているらしい。今回も同様の状態であった。

 

「妙ね」

「ああ。みょんな話だ」

 

 そう断じると最後の一滴まで御茶を飲み干して霊夢は縁側から腰を上げ仕事道具を取りに向かう。

 居間にある戸棚を開くと其処には複雑な文字が記された御札や二本の紙を垂れ下げた棒の御幣などの祭具が収められている。

 それらを必要分だけ丁重に懐や袖口に仕舞い込むと魔理沙の案内で現場へと向かって空をふらふらと飛んでいった。

 

 

 ■□

 

 

 軽い談笑を交えながら事件の詳細を魔理沙から訊いて空を飛ぶ事、数十分。

 事件の発生したらしい目的の場所へと到着する。

 霊夢は地面に足を着けると周囲を見回す。場所は人里近くであるが事件と関連有りそうな目ぼしい物が何も無い平野。強いて上げるならば緑生い茂る見事な柳の木がある事くらいだ。

 

「霊夢に伝える前に予め下調べをしたけどやっぱり何も無いな」

 

 言葉通りに魔理沙は本業とする彼女よりも早く抜け駆けして事件解決に踏み出していた。

 しかし、彼女が幾ら現場や被害者を調べても犯人への手掛かりが得られず途方に暮れる羽目となる。

 抜け駆けよりも事件解決を優先すると判断した彼女は最終手段として霊夢に事件の詳細を話し、現在に至っていた。

 再度訪れても手掛かりを得られそうにない魔理沙は自暴自棄になりかけたが、彼女の判断は正しく正解であった事を証明される。

 

「……確かに今は(・・)何も無いわね」

 

 微か。ほんの少しであるが霊夢は現場に残る違和感を得ていた。

 何時の間にかに霊夢の表情には険しさが浮き出ている。視線の先にはあの見事な柳の木。

 

「どうしたんだ、柳に何かあるのか?」

 

 疑問を投げ掛ける魔理沙の言葉を無視する形で霊夢は無言のまま柳の木を見詰め、近寄っていく。

 一歩踏み締めて近付く事に何時も妙に冴えている勘を頼りにして微かな確信を深める。柳の木に手で触れた。

 

「やっぱりね。微かだけれど確かな禍々しい妖怪の気配を感じる」

「ほう、お得意の勘か。何時も思うが非才の身としてはお前の勘は本当に羨ましい限りだな」

「それ程でもないわ。肝心な時に使えないし」

 

 魔理沙の言葉通り博麗霊夢は勘が良い、と有名だ。

 特に妖怪関係については予知と言っても過言では無いくらいの的中率を誇る。

 どうやら此度の事件も既に妖怪の仕業だと見当は付いていたらしく、現場には抱いた疑念の確信を得る為らしい。

 神経を集中させて探っていた霊夢は瞳を閉じて首を振る。

 

「でもこれ以上は分らない。事件当初に悪さする妖怪は此処に居た、としか」

「後の有用な手掛かりと言えば永遠亭で面会謝絶なっている被害者だけ。会いに行くのか?」

「無理矢理訊きに行ってもあの薬師が邪魔しそうだからいいわ、それよりも――」

 

 話の途中に冷たい雫が二人の身体に落ちる。

 空を見上げると雲間のない青空。突然の降り出しに呆けて仰いだままでいると徐々に雨脚が強くなっていく。通り雨だ。

 

「また降って来やがったぜ!」

 

 お気に入りの服装が濡れてしまうと慌てる魔理沙。

 またもや勘で彼女の言葉に違和感を得た霊夢は対照的に濡れるのも気にせず違和感の意味を考える。

 

「此処からなら人里が近いから何処かに避難しよう!」

 

 違和感が何なのか思考に耽る霊夢に魔理沙は声を掛けてから手を取った。

 立ち尽くしていた彼女は正気に戻り、自力で飛べると手を解く。

 これ以上濡れないようにと急いで人里へと向かい箒で空を飛んでいった魔理沙に続こうと空を飛ぼうとする。

 その瞬間の事である。

 霊夢は後方から漂う強烈な異物感を感じ取る。

 

――あめあめふれふれもうとふれ

 

 弾かれるよう咄嗟に後ろを振り返った。

 まるで詩歌でも諳んずる高い声が聞えてきた気がしたが眼前には誰も居ない。

 しかし、ほんの一瞬であるが霊夢は異物を目にした。

 柳の根方に白い布切れらしき物体が宙に舞う姿を。

 思わず顔を顰める。後ろ髪を引かれる思いであるが魔理沙に心配を掛けるのも悪いので彼女は静観を貫いたまま人里へと後を追った。

 

 

 ■□

 

 

 人里とは幻想郷唯一の人間が集まる集落の事である。

 他に類似する集落が無い為に区別する名称も無くそう呼ばれている。

 魔理沙を追い掛けて来た霊夢は勘頼りで貸本屋"鈴奈庵"に駆け込んだ。勘だけではなくこの"鈴奈庵"が最近彼女達の生活に深く関っているのも理由かもしれない。

 長く吊り下がった暖簾を潜ると書店独特の薄暗く黴臭い雰囲気が充満していた。

 

「いらっしゃいませ、濡れ鼠さん」

「……悪いけどお邪魔するわ」

 

 濡れていると本が黴るからと嫌味を交えながら乾いた布を差し出す。

 その冷ややかな厚意に甘んじた霊夢を出迎えた少女の名前は本居小鈴。

 此処、"鈴奈庵"店主の娘であり、現在は店番を任されているので大抵は彼女が接客を受け持っている。

 栗色の艶やかな髪を左右に別け纏め、真丸とした緋色の瞳が特徴。格子柄の和服に店名を刺繍したエプロンを纏い、フリルを拵えた裾の袴の下にはブーツを穿いている。頭を叩けば明治維新時代の文明開化の音が聞えてきそうな和洋折衷姿が貸本屋の雰囲気と相俟って良く似合っていた。

 

「先に魔理沙さんも来ていますよ。ほら」

 

 丹念に濡れた髪を拭いながら小鈴の指し示す先に視線を向けると其処には彼女に貸し与えて貰ったらしい似た和服を着て、ちゃっかりと椅子に座り読書に耽る魔理沙の姿があった。

 

「よう、お互い災難だったな」

「近頃は通り雨が多いのは分っていたのだから番傘でも持ち運びしていればよかったわ」

「違いない。でも、魔法使いが傘を持ち歩くのは格好が付かないぜ。香霖に言って箒を改造して貰うか」

 

 香霖とは人里離れた場所、"魔法の森"と呼ばれる森の入り口に古道具店を構える変わり者の事である。

 魔理沙は彼と昔馴染みでこうして自然な会話に登場する程に仲が良い。香霖、本名は森近霖之助に言わせれば腐れ縁だと答えるだろう。

 

「香霖堂の亭主さんってそんな凄い事も出来るんですか!?」

「小鈴は香霖を知らないんだっけか。まぁ、性格は回りくどく不器用だけど手先は器用なんだよ」

「あんたも似た者同士だろうに」

 

 辛辣な突っ込みが霊夢から入り魔理沙は大した反論が浮かばず口を閉ざして頬を膨らました。

 小鈴は自分の発言から気まずくなってしまった雰囲気に耐えられず、愛想笑いしながら露骨に話題を変えようとする。

 丁度、読書中であった新書が目に入った。

 

「そういえば霊夢さん、魔理沙さん! また珍しい本を入手したんですよ、ほらこれ」

 

 机の上に放置してある書物を手元に手繰ると二人に見せつける。

 誘導されて視線を小鈴が掲げる本へと移す。

 

「集話昔渡佐?」

 

 横並びの文字でそう記してある。

 魔理沙は口を開いて膨らました頬から空気を抜く。

 

「違うぜ、霊夢。右読みで佐渡昔話集だ」

「ん。そうなの?」

 

 霊夢の確認に小鈴は微笑み、軽く頷いて答える。

 

「全国昔話記録と言う日本各地の昔語りを蒐集したシリーズの第一編で幻想郷外にあった佐渡に伝わる民話や伝承が読めます。各地の方言が混じっているも面白い特徴ですね」

「それは妖魔本でなく普通の稀覯な古書なのか?」

 

 小鈴に対して魔理沙が疑問視した妖魔本とは彼女達が頻繁に付き合いをする切欠となった書物の種類である。妖怪が何事かを記して残した妖怪の気質が篭る逸品で、妖怪退治の専門家と称する二人はそれを危険視したのが始まりであった。

 それゆえに二人は妖魔本と当たりを付けたのである。

 

「普通の稀覯本です。他の古書と比較すると新しく珍しくありませんけど。子供達の読み聞かせに丁度良いと考えましてね」

「ああ、週に一度開くって言ってたやつか。ん、霊夢どうした?」

「ちょっとばっかし嫌な事思い出したのよ、気にしないで続けて」

 

 頭を抱えて俯き霊夢は片手をひらひらとさせて会話を促す。

 魔理沙と小鈴は怪訝な表情をしたが言葉に従う。こうした場合、迂闊に話し掛けると癇癪を受ける可能性があるからだ。

 

「内容は把握したが、どんな昔語りが収録されているんだ?」

「そうねー。子供達に読み聞かせるにはどれがいいか何度か読み返して確認している最中なんですけど、"鶴女房"は御伽噺として有名かな」

「人間と異種族が婚姻する異類婚姻譚の鉄板か。類似する話の"鶴の恩返し"が有名だが私もよく読んだぜ」

 

 敢えて分り易い例を取ったのだが、童話や御伽噺を好まなそうな人物が意外な切り返しをみせた事に驚く小鈴。ふと口許がほころぶ。

 

「あら詳しい。此方は伝説ですが類似する話として"羽衣伝説"がありますよ」

「変形過ぎると思うが言われてみればそうだ。天女を白鳥と同一視する類の話もあるからな」

「……白鳥が天女?」

 

 御伽噺で盛り上がっていた二人の会話に俯いていた霊夢が顔を上げて反応する。

 

「そうです。色々種類がある脱話なので数多の諸説があるの。その一部として水浴びをする為に羽衣使い水源地へ白鳥の姿で降り立つ場面から始まる。変わった話では白い風呂敷を背負った天女とか正体が宇宙人だとか仙女だとか」

「なんだそれ? その類は知らないな」

「天女って崇拝で誕生するらしいからバラエティに富んでいるの。生前が綺麗だった女性とか英雄視される女性は死後に女神になる可能性を孕んでいるのかもです」

「じゃあ私も女神になるかもな!」

「魔理沙さんは……なれるといいですね?」

 

 先程の霊夢よりも余程辛辣な言葉が魔理沙に突き刺さる。

 肩を落として苦笑する彼女を生来の天然気質が作用し不思議そうにして小鈴は首を傾げた。

 その二人の遣り取りを耳にしながら霊夢は思考と感性を働かしながら事件の核心へと向かう。

 最初の違和感はあの柳の木に残っていた微かな禍々しい気質。次は通り雨に見舞われた時に魔理沙が口にした"また"という意味。最後に一瞬だけ見得たあの白い布切れ。

 判明している手掛かりは陸地で溺れさせる何かがあの場に存在していた、というだけ。

 そこで発想を転換させる。水場が近くにないのならば創り出せる力、または運んで来れる力が犯人にあるのだと。

 その全てを踏まえて霊夢は閉ざしていた口を開く。

 

「ねぇ、小鈴ちゃん。雨を降らせる天女伝説ってある?」

「んーと、亜母礼女ならそうですね」

「あもれおなぐ?」

「準ずるの意味の亜に母親の母、御礼する女と書きまして亜母礼女。奄美群島に伝わる羽衣伝説の天女です。この天女も変り種で救世の女神ではなく死神的な女神なんですよ」

 

 積み重ねた疑問の歯車が一斉に噛み合う。

 しかし、物事の核心に至るにはあと一歩足りない状況である。

 霊夢は小鈴に御礼の口上だけ述べると落ち込み呆ける相棒を置いて"鈴奈庵"を飛び出した。

 店先にて空を見上げると既に雨が上がっており、惚れ惚れする程に見事な日本晴れである。

 能力を使用して空を飛ぶ。方角は東方。目指す場所は博麗神社。

 大急ぎで住処に戻ると居間にある棚を探り、一冊の書物を手に取った。

 その本の内容は幻想郷に住まう住人達への対処法を嘗ての巫女達が記した物で新たな巫女への教本となっている。

 丁寧に頁を捲り目当ての頁を探った。

 

「やっぱり、ね」

 

 頁を捲る手が止まる。

 その頁には解決した異変の内容が達筆な字で細やかに記されていた。

 

『炎天続き干ばつに見舞われた年頃。通り雨が幾度も降り危機を脱する。しかし陸地にて溺れ死ぬ怪死事件が発生す。不本意だが妖怪の賢者と協力し調査すれど原因不明。犠牲者合計三人を出すと通り雨と同じく止む。それらの関連性は不明だが以後注意されたし。働き者の貴重な男衆を失った事が悔やまれる』

 

 噛み合った歯車が動き出す。

 彼女の冴えた勘が核心へと至った。

 

 

 ■□

 

 農民の青年は荷車に農具と収穫した作物を乗せて足早に帰路を進む。

 青年は農作業によって鍛えた屈強な体格を活かして強引に荷車を引き、大急ぎで自宅へと戻ろうとしていた。

 理由は件の事件である。

 本当ならば人里から出るのを禁じられていたのだが、農業はあまり間を置けず田畑から離れられないし、今年は炎天下が続き時折降る通り雨を頼りにして作物の調子が不安定だったので行かざるを得なかった。

 そこで青年は直ぐに帰る事と護衛を引き連れる事を条件にして人里代表で田畑を確認しに行ったのである。

 田畑から人里へ繋がる近道を青年は通る。丁度其処にあった柳の木が風に揺れ動く。同時に博麗霊夢が青年が引く荷車から飛び降りた。

 

「ようやく尻尾を掴んだ」

 

 一本の見事な柳の木。その根方に奇妙な格好をした少女が居た。

 霊夢と同じ特徴である黒髪黒目の純和風の少女。左手に柄杓を持ち無地の小袖を着て白色の風呂敷を背負っている。

 投げ掛けた声に遅れて反応し、少女は過ぎ去って行った青年から霊夢の方へと静かに振り返った。

 常人ならば背筋に悪寒が走るだろう虚無の目付きで霊夢を見遣ると口角を吊り上げる。無邪気で幼い微笑み。善くも悪くも人ならざるその態度に霊夢は益々確信を深め眉に皺を寄せる。

 

天降女子(あもろうなぐ)。あんたを巫女として退治するわ!」

 

 あれから霊夢は更なる確信を得る為に再び"鈴奈庵"へと赴き本居小鈴に確認しに行った。

 今回ばかりは危険であると判断し、魔理沙が居ない事を確認すると退治すべき亜母礼女について対策を立てる為に細やかな事まで聞き及ぶ。霊夢のすごい剣幕に彼女は戸惑いながらも教えた。

 亜母礼女。別名を天降女子と呼ぶ。

 その正体は羽衣伝説に登場する天女に近い存在で妖怪から遠い存在である。

 稀に天上から地表へと降り立ち、人間の男性を誘惑をして手元の柄杓に注いだ水を飲ませて魂を持ち帰るらしい。人間からしたら大変危険では有るが幻想郷では珍しくない種類の愉快犯である。

 ゆえに巫女として最後まで妖怪の仕業だとして確たる信を得られず、曖昧な犯人図を描くしかなかった。

 それもその筈である。女神と言う崇めるべき存在である神様が妖怪染みた行動を取り、妖怪に似た気質の禍々しい落魄れた存在感を放っているなんて霊夢の想像外であったのだ。

 以前に厄を身に纏う神様や祟りの具現だと言える神様と相対したが、件の神様達と目の前に佇む存在はまったくの別物である。

 人間を害する為に誕生したかのような存在。

 まるで神様に準ずる力を持つ大妖怪のような。

 場に張り詰めた緊張感が生まれ、霊夢の背に冷や汗が流れる。

 

――あめあめふれふれもふとふれ

 

 少女の唐突に呟いたその言葉は呪いに近い。

 晴れ晴れとした空から霊夢の頭上だけに大粒の雫が降り注ぐ。激しく打ちつける雨で時間が経過すればするほど特徴的な巫女装束を濡らす。その姿を眺めて少女は甘美なる吐息を漏らし目を細める。

 霊夢は咄嗟に対策として襟巻きで口元を覆い隠す。

 襟巻きには水難に効果がある護符を予め縫い付けて仕込んである。事件被害者の二の舞にならないように正常な呼吸口を確保す。

 陸地で溺れぬ対策を終えると袖に縫い付けてあった特製の御札を取り出し構えた。

 激しい雨の影響で視界が悪く相手の姿を確認する事も容易ではない。

 そこで彼女は敢えて瞳を瞑り、感性に頼る事を選ぶ。中途半端に視界を頼るならば完全に視界を閉じてしまい、その分で感性を研ぎ澄ます方が良いと考えたのだ。

 その選択は見事に正解する。

 構えを取った霊夢に対して少女は手元の柄杓を突き出して、柄杓に雨水を並々溜めるとそれを霊夢の方向へ振り抜いて水滴を飛ばす。その水滴は大雨の勢いに負ける事無く突き進み、敵対する者を害そうと殺到する。

 襟巻きの中で呼吸を整わせながら濡れて重くなった身体を前方へ動かす。

 水滴は弾幕のように霊夢の身体へと向かって来たが器用に左右へ身体を揺らして最小限の動きで回避する。

 完全に第一陣の水滴を被弾無く避けきると第二陣、第三陣と襲ってくるが霊夢は少女の元へと構わず我武者羅に突き進む。

 

「――陰陽玉ぁ!」

 

 水分を多量に含み重そうな緋袴から太極図を模した丸型が二つばかり回転しながら飛び出し、回避出来ない位置の水滴を弾く。そうして開けた最短距離の活路に駆け込むと手にしていた御札に封魔針と言う名称の通り魔を封じる力がある鋭利な針を突き刺し投げた。

 恐ろしい程に素早い封魔針を少女は回避する事も出来ず胸に突き刺さる。

 少女の口から呻く声が漏れると一緒に刺さっている御札が反応し身体にぴたりと纏わり、そのまま柳の木へ磔にして少女の動きを止める効果を発揮した。

 感覚でそれを察した霊夢は好機とばかりに最後の一足で近寄ると利き手である左手の袖に隠していたお祓い棒と呼んでいる御幣をそのまま少女に突き入れる。二つのしな垂れた紙が揺れ動くと妖怪の穢れを祓う効果を発揮し黒い霧となって少女の体は掻き消えた。

 行き場を失くした封魔針と御札が零れ落ち、同時に頭上へ集中して降り注いでいた大雨は止む。

 霊夢は袖で顔を拭い瞼を開く。空を見上げると実に清々しく気持ちの良い天候が広がっている。つい先程まで豪雨に見舞われていたのが嘘のようだった。

 口元に張りつく襟巻きを剥がし一息吐く。

 一仕事終わった彼女は早く帰って縁側にて御茶を啜りたい気分である。

 思い定めると即座に仕事道具を回収してから脚を地面から浮かしふらふらと空を飛ぶ。こうして天降女子という元天女の妖怪退治を終えて神社へと帰宅して行った。

 跡に残ったのは寂しげに項垂れる柳の木だけである。

 

 

 ■□

 

 

 季節は移り変わり紅葉した葉も枯れ、役目を終えた葉は地面へと落ちていく。

 霊夢はその枯れ葉を竹箒で回収しながらこんもりとした山を作る。ある程度集まった後、縁側に置いておいた甘藷を二つ枯れ葉に覆い隠すと火を熾す。

 段々と火力を強める焚き火に腰を屈めてすっかり冷たくなった手を翳して暖を取る。

 冷気で悴み震える手に温かみが戻り、無意識の内に安堵の吐息を漏らす。そんな季節の醍醐味に妙な充実感を得て更に満足した。

 

「後悔はしていないけれど納得していないって顔ね」

 

 視線だけを動かし声がした方を見ると空間に亀裂のような裂け目が広がっているのが見えた。左右の端をリボンで可愛らしく装飾した不気味な隙間から魔理沙とは別の金髪が覗いている。

 逆に琥珀色の眼差しが此方を覗き見ているのを感じる。独特の胡散臭い雰囲気もだ。

 

「焼き芋はやらないわよ」

「それは残念」

 

 つんけんとした態度に八雲紫は微塵も感じさせない口調で残念がる。

 ふん、と鼻を鳴らして霊夢は眼前の焚き火に視線を戻した。

 

「で、何の用よ。あんたって実は暇なの?」

「いえいえ。多忙の身で御座いますればこその戯れであります」

「やっぱり暇なんじゃないの。冷やかしなら帰ればいいのに」

 

 ぬるっと隙間から少女の上半身が這い出る。

 妖怪らしく人間に不快感と言い知れない恐怖を与える光景を霊夢はまるで気にしていなかった。

 

「妖怪と神仏に明確な違いなど存在しない。生臭坊主の言葉だけれど"悟ってしまえば仏も下駄も同じ木の片である"というのが的を得ているわ。彼等の最大の違いは人々に恐怖されるか、崇め奉られるかの違いでしかないのよ。つまりはあれは人に対して善き者か悪き者かと言えば悪き者。良い教訓になったのではないかしら」

「何よ、閻魔の真似して説教しに来たの?」

 

 霊夢の問いに八雲紫は扇子を勢いよく広げてから意味深に口元を隠す。 

 

「いえいえ。あの方の真似事など恐れ多い。単に珍しく頭が御目出度くない巫女をからかいに来たのよ」

「やっぱり冷やかしじゃない。あんたの言う悪き者らしく、いい加減退治するわよ!」

「あら怖いわ。年寄りを苛めるのが蜜の味なのね。くわばらくわばら」

 

 御幣を取り出し構えを取ると八雲紫は早々に隙間へと上半身を引き込め去って行く。

 行き場を失った感情を霊夢は溜息として吐き出すとまたも自らの殻に引き篭もり、思考を回転させる。

 彼女は先日の妖怪退治から自他共に認める暢気者としては珍しく悩みを抱えていた。

 その悩みとは存在を忽然と消してしまったあの妖怪の事である。

 博麗霊夢は幻想郷を守護する役目を担う巫女。ゆえに彼女は妖怪達が毎度引き起こす異変を解決する為に奔走し、また原因である妖魔を打倒して解決してきた。

 今度も同じく霊夢は見事解決してみせたのである。

 しかし、結果は同じでも此度は少しばかり違う終わりとなってしまった。

 あの天降女子は改心した訳でもなく封印された訳でもなく存在を完全に消失させてしまったのである。

 異変解決や妖怪退治の際は必ず幻想郷独自の決闘方法を採用し、お互いの確認を済ませてから決闘に及ぶ。元々は人間達が能力差のある妖怪達と公平に決闘出来るよう作られた方法である。

 スペルカードルールは絶対に殺傷を否定している為、彼女はこれまで相手方を消滅するまで追い込んだ事がなかったのだ。

 更に言えば今回、妖怪に身を窶したとはいえ巫女として敬うべき存在を手に掛けた。

 これまでも異変を解決する際に様々な神仏と戦い、戦ってきたが彼女達は消える事も無く、その身を存続させているが訳が違う。

 八雲紫は妖怪も神仏も基本は一緒だと諭していたが巫女として決して赦されざる事を犯しているのだ。その事実が霊夢から生来の暢気さを奪い、少しだけだが現在も悩みとして禍根を残した。

 幻想郷の巫女としての役割を霊夢は妖怪退治だと考えている。

 ゆえに此度の妖怪が引き起こした騒動は霊夢の役割果たす上で重要な事。彼女は凶悪な妖怪から人里を守った。だから彼女は悪くない。むしろ倒されるべき妖怪を打倒した人間として褒められるべきなのだろう。

 されど彼女は巫女なのである。

 巫女として神仏を敬う心が少なからず彼女の心にあるのだ。

 霊夢の黒目に焚き火の炎が揺れ動く。

 火の粉が弾かれる音が響き枯れ葉がよく燃えている。

 静かに心中で葛藤する彼女はこれからも幻想郷の平和を守護する為に妖怪退治をするだろう。

 必要が有れば今回と同じ結果を引き起こす選択肢を取る。それは間違いない。

 其処等辺に落ちていた手頃な枯れ枝を拾い、焚き火の中を引っ掻き回して焼き芋を取り出す。何時の間にか数が一つ無くなっていた。

 犯人に心当たりを見つけ溜息を吐く。

 倉庫に溜めていた天狗の新聞紙で焼き芋を包むと半分に割る。ほくほくと温かな湯気をたてる黄金色の身。早速、口元に運ぶと熱さの所為で舌の上で身が踊り噛み締めると仄かな甘味が口一杯に広がった。幸福感が包み込む。

 焼き芋の甘味に舌鼓を打つと先程まで悩ませていた件に解決を導き出す。

 悪い妖怪になったんだから巫女として妖怪退治して何が悪い、むしろ自業自得だ、と。

 霊夢は生来の暢気さを取り戻すと御茶が恋しくなって焚き火を消してから仕度を始めた。

 今日も博麗神社の巫女は縁側で御茶を啜り、日常の退屈さを教授しながら次の妖怪退治までその身を休める。

 幻想郷に害する悪い奴等を懲らしめる為に博麗霊夢の妖怪退治は終わらない。




独自設定↓

・神様が妖怪に落魄れるという点。原作にそんな記述はないです。ただ妖怪も神様も呼ばれ方は紙一重だという感じが原作。ただし霊夢が神様を相手にする時に巫女として困惑した表現はあります。

・本居小鈴が森近霖之助をよく知らないという点。彼は自分の店に引き篭もっているか、彼岸でガラクタを漁っている想像しかなかったので。

・最大の独自設定は博麗の巫女が代々記述してきた日誌の件。恐らく原作にはそんなものありません。しかし、風土記である幻想郷縁起があるのならば博麗の日誌もあるのじゃないかと思ったのです。


東方鈴奈庵を読まなければ分らない点について↓

・貸本屋"鈴奈庵"の本居小鈴との繋がり。霊夢と魔理沙は物語が始まる以前から彼女の事を知っていたらしい表現がある。

・妖魔本について。妖怪の存在を記録した本や妖怪が書いた古典、妖怪が人間宛に書いた本、魔法使い向けの魔導書などの事。霊夢達が鈴奈庵に深く関る原因となった。本編には天狗の詫び証文、ネクロノミコン写本、などが話題に出たり登場したりしている。

・稀覯本について。入手し辛い珍しい本の事。魔理沙は妖魔本の事をそう評した。

・子供達への御伽噺読み聞かせについて。本居小鈴は人里に住む子供達に妖怪の魔の手から自衛する方法を御伽噺から学べるとして週に一度読み聞かせを鈴奈庵で開いている。

・霊夢の嫌な事を思い出した事について。読み聞かせの折に訪れた妖怪狸である二ツ岩マミゾウ(東方神霊廟EXTRAに登場するボスキャラ)の悪影響が小鈴に及ぼさないように指摘したかったが色々問題があった為に言えず葛藤した為。


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