見つめる先には   作:おゆ

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第九十八話 宇宙暦801年 四月 一つの意地

 

 

 全体の戦況を見ていたラインハルトは思案を続けていた。

 

 なぜ帝国軍の方が苦戦しているのか?

 なるほど数では帝国軍が絶対的に優勢だが、局所的に見れば敵の方が強い。そんなはずはないと思っても現実的にそうなっている。

 

 さほど時間が経たないうちにその原因を理解した。

 これもまたラインハルトの天才である。

 

「そうか! 奴らは艦隊の編成が普通ではないのだ! それぞれの艦隊で艦の種類が偏り過ぎているように見える。なるほど奴らはそれぞれの艦隊の得意な戦法を活かせるよう、それに最適な艦を集めてきて、編成を作り直しているのだ」

 

 その通りであった。

 

 同盟軍は戦いの前に各艦隊を大胆に再編成したのだ!

 それは一つの艦隊内での再編のことではない。同盟全艦隊の中で見直し、異動させ、最適になるように変えた。

 

 これがキャロラインがヤンに伝えたもう一つの策である。

 

「ヤン提督、今度の戦いは大艦隊同士の戦いと決まっています。工夫した編成でなければ負けます。各艦隊が最も力を出せるように編成しましょう。普通の艦隊編成からもう一歩進めて組み直すのです」

「なるほど、全体を組み換えるのか」

「例えば、客将メルカッツ提督が空母運用に秀でているのであれば、全艦隊から少しずつ空母をもらい、集中させて運用すればいいのです」

「……だったら同じように守りに強いグリーンヒル大将、艦隊運動の巧いウランフ中将などにはそれぞれ最適な艦を集中しておけば」

「そうです。適正な艦種を揃え、編成を大胆にすればするほど各提督はより力を発揮するでしょう。そして全体が強くなります」

 

 キャロラインは同盟の大軍をより筋肉質にして強くしようというのだ。

 

 各一個艦隊は戦艦、巡航艦、駆逐艦、工作艦、空母などをだいたい標準的に持っている。多少は艦隊の性格に合わせてあるが大きく外れることはない。

 それを今組み換える。

 

 そしてこれと同じことを帝国軍が真似してやろうと思ってもできるものではない。

 それもまた艦隊ごとの司令官個人への忠誠が大きいからだ。おいそれと艦隊をバラバラにして異動などできるものではない。

 

「よし、その策をとろう! それで君は第九艦隊に何を集めたい?」

「私の艦隊には、今までの戦いで破損した艦を下さい。人員は皆移乗させて無人にした艦をまとめてもらいたいのです。ヤン提督」

 

 キャロラインの戦術の力量はひときわ抜きんでているが、なぜかその中でも無人艦を駆使して欺瞞にかけるのを得意にしていた。だからこそ事前に大量に無人艦をもらったことで黒色槍騎兵相手に戦う時、大胆に使い潰すことができたのである。

 

 同じようにメルカッツも通常よりはるかに多くの空母を動かせた。

 

 

 

 そして今、もう一つの戦いでもその策が功を奏しようとしている。

 

 帝国軍ミュラー艦隊に対峙しているのは同盟軍グリーンヒル第七艦隊である。

 どちらも性格の似ている艦隊同士、そして守りに強いタイプの将だ。

 

 戦いは地味だった。

 だが、ゆっくりと差がついてくる。

 

 同型の巡洋艦を揃えてもらったグリーンヒル大将の艦隊はいつもの鏡面艦隊とは精度がまるで違っていた。

 

 それは完璧な配置。

 

 

 宙に浮いている艦列が紙に定規をあてて線を引くよりも正確に並んでいる。

 どこにも隙がないのでミュラーが攻めあぐね、強引に突っかけてもすぐに囲まれ押し戻される。

 その一方でグリーンヒルの側は攻撃にオプションがある。有能な分艦隊を駆使した攻撃が成果を上げつつあるのだ。

 

 グリーンヒルの分艦隊グエン・バン・ヒューが遮二無二突進し乱れを作り出し、それをもう一つの分艦隊アンドリュー・フォークが効果的に拡大し亀裂に変える。

 ついに均衡が破れた。

 ミュラー艦隊の統制が崩れかけた時、グリーンヒル大将は大攻勢をかけた。

 

 しかしこうして劣勢に陥ったミュラーもむざむざ敗れる将ではない。その見かけとは異なる粘り強さが真骨頂だ。

 

「負けてなるものか。この戦いの記録を見て、ヒルダからこうした方が良かったなどと言われてはたまらない」

 

 ミュラーはこの戦いから帰ればヒルデガルト・フォン・マリーンドルフと結婚することが決まっていた。ようやくヒルダの父親フランツ伯の関門を突破することができたのだ。今ヒルダはオーディンでその準備をしていて、この艦隊にはいない。

 

 そして問題は次にある。

 良いことなのか悪いことなのか、ヒルダは並みの艦隊指揮官以上の戦略戦術を駆使できる能力を持つ。

 ミュラーは長いこと艦隊で共にいたのだ。それを幾度も目にしている。最初は驚いたものだが、ヒルダの明晰な頭脳はそれさえ可能にすると得心した。いくら士官学校を出ていなくとも、経験がなくとも、論理だけで導き出せることはいくらもある。

 ミュラーは思う。

 おそらく自分がどんなに拙い艦隊指揮をしてもヒルダは受け止めてくれるだろう。

 愛情はそんなことで変わらないに違いない。その優しさから何も言わないことは確信できる。

 

 ただし、それとミュラーの矜持とは関係ない!

 ヒルダの正確な記憶に自分の敗戦がインプットされて消えないのは大いに困るのだ。何も言わないまでもミュラーの艦隊指揮官としての力量をきちんと把握しランクをつけられてしまうのか。そして他の提督以下の能力に見られてはかなわない。

 

 未来の妻に自分の無様な指揮を知られたくない。男の意地がある!

 

 ミュラーは何度も逆撃を試み、ついに無謀な突進をするグエン・バン・ヒューを捉えた。

 これを斃したとき、ミュラーの旗艦パーツィバルもまた直撃を受けた。

 負傷しながら乗艦をヘルテンに移し、尚も艦隊指揮を続けようとしたがやがて昏倒してしまう。

 

 同盟軍には「グエン・バン・ヒュー少将戦死」の報が、帝国軍には「戦艦パーツィバル撃沈、ミュラー提督負傷」の報が駆け巡る。

 

 

 

 

 ここでついにラインハルトがついに決断する!

 

 これにより戦いは新たな局面に入る。

 

「大神オーディンは怠惰を罰したもうた。敵を再び立つあたわざらしむること未だ叶わぬのはそのせいである。戦いを楽しむのは私の癖だ。それは悪い癖なのであろう。しかし今、勝つことに専念する。つまりこちらの数の利を生かすやり方をとる。全軍、前進せよ。数でもって圧倒し敵を圧し潰すのだ。むろんこの本隊も前に出て戦いに加わる」

 

 そう帝国軍全艦隊に指示を出す。

 

 帝国将兵はラインハルトの覚悟に粛然とし、戦いの終焉を予想する。

 むろんこれに対しヤンも対応する。

 

「戦線をいったん縮小しよう。個別の戦いより全体を優先させるため、各艦隊は戦いを切り上げ集結するように。そして逆撃の機会を待つ」

 

 しかし帝国軍の圧力は急速に増すばかりだ。

 

 ついに同盟のクブルスリー第一艦隊が圧力に耐えかねて、艦列維持ができなくなった。元より艦数の減っていた艦隊で綱渡りを強いられていたのだ。破綻は秒読みとなる。

 隣に位置するグリーンヒル第七艦隊が支えに入るがそれでも心もとない。

 悪いことにその部位こそがラインハルト本隊の進路に当たる。

 

 ヤンはそこへキャロライン第九艦隊を向かわせて全軍の決壊を防ごうとした。

 

 

 

 ラインハルトの帝国軍本隊の強さは今までグリーンヒルが当たってきた敵と比べ物にならない。その美しい鏡面艦列でいくたの帝国艦隊を悩ませてきたはずが、いともあっさり打ち砕かれようとしていた。

 

 ラインハルトの天才の前には何物も立ちはだかることができない!

 

 天才の指が指し示すところ、必ず艦列の重要な結節点だ。

 ラインハルトが攻勢をかけさせる度にグリーンヒル第七艦隊の鏡面にヒビが入る。このままでは修復不可能になって崩壊する。

 強すぎる。これが戦争の天才ラインハルトか!

 やむを得ずドワイト・グリーンヒルはアンドリュー・フォークを出して状況の改善を図った。

 グリーンヒルとしても状況は不利であり分艦隊一つで局面を打開することなどできないと知っている。第七艦隊を立て直す間だけラインハルト本隊の目を逸らしたい。そのために出撃させたのだ。

 

 その困難な任務をわずか千二百隻のアンドリュー・フォーク分艦隊はやり切ってみせた。これで第七艦隊も一息つける。

 

 だが、アンドリュー・フォーク分艦隊は味方のため、それ以上に頑張り続けたのだ。

 目を奪われる見事な艦運動で帝国軍本隊の前面を惑わし、損害を与え続ける。それは見事なことだが危険が大きい。

 

 その様子を少し離れたパラミデュースから見ているキャロラインも心配する。

 

 ついにその分艦隊は望外の戦果まで上げた。

 

「戦艦シンドュリ撃沈、ブラウヒッチ少将戦死!」

 

 ラインハルト本隊に所属する中級指揮官の一人を斃した。それはさして有能な者でもなかったがさりとて失うのが惜しくない人材というわけでもない。

 このためラインハルトの怒りに触れることになった。

 

「うるさい小虫一匹と思っていたが、有害に過ぎる。ひねり潰さねばならん。クロスファイヤーポイントをいくつも設定し、そこに追い込め」

 

 帝国軍本隊が本格的な反撃に転じ、アンドリューの分艦隊は千二百隻しかない以上、懸命に逃走にかかる。

 

「あ、危ないわ兄さん、そこは真っすぐはダメよ!」

 

 キャロラインは心配でたまらないが、アンドリューもきちんと艦隊運動を続けて危機を回避する。それが幾度か続いた。

 しかし、逃げ切れない。

 ついに捉えられる時がきた。

 帝国軍本隊の仕掛けた巧妙なクロスファイヤーに飛び込んでしまい、瞬く間に壊滅した。千二百隻の艦隊が逃げおおせたのはわずか三百も満たない。

 

 

 キャロラインはこのとき何も考えられなくなる。

 

 軍規違反を犯した。

 通信を送信だけにして受信を切らせた。

 

 今、兄アンドリューの戦死を聞くことだけは耐えられない。残った三百ばかりの艦に兄が乗っている可能性を信じて、ようやく心の平静を保っていられる。

 自分はまだまだ心が弱い。兄の死に直面する勇気がないのだ。

 

 その代わりに違う感情が湧き上がってきた。

 

「ラインハルト夫君陛下、この本隊を私が倒す! 先にヤン提督を狙ってこの大戦略を仕掛けたのでしょう。ならばこの決戦で逆に斃されるのも本望と思ってもらわなければ困るわ」

 

 そして静かに第九艦隊は第七艦隊と重なるように移動した。

 意図は明らかだ。

 ラインハルトのいる本隊の目の前である。今、第九艦隊はキャロラインの気概が乗り移り、恐れも知らず整然と動く。

 

 これを見たラインハルトも気がみなぎる!

 

「いいだろう。私と戦おうというのか。第九艦隊キャロラインとやら。せめて面白い戦いをしてから散れ」

 

 そう覇気をみなぎらせて言うラインハルトだが、むしろ敵将に敬意を払っている。

 全力で戦うのが武人の礼儀だ。それがラインハルトの精神の根幹だ。ゆえに戦いを適当に済ませながら権利を主張する者どもを嫌うのだ。

 

 

 ラインハルト本隊と第九艦隊は接近を続ける。

 

 どちらの将兵も、自分たちの指揮官に絶対の忠誠と誇りがある。今までの常勝不敗が必勝の信念となって表れているのだ。

 士気はこの上なく高い。

 

 互いに決戦の舞台に上がった。

 宇宙の運命がこれで決まる。

 

 どんな形であれ、決着がつかずには終わらない。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第九十九話  果たせぬ誓い

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