見つめる先には   作:おゆ

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第九十二話 宇宙暦801年 三月 計略のキルヒアイス

 

 

 それと同じ頃、同盟軍ではバーミリオン会戦の後始末が終わったヤンがキャロラインと話し合う。

 

「今回の戦いは妙だった」

「ヤン提督、それは一言でいってしまえば帝国軍に戦意がないということではありませんか」

 

 ここで二人の見解は共通していた。

 

「まさにそうだ。帝国軍はあまりに慎重な姿勢だった。全面攻勢に出ることもなく退いていったとは…… あのラインハルト夫君陛下の戦いとは思えない」

「帝国軍にも好機はあったのに戦意はなく、まるで撤退するのを決めていたかのようでした」

「だとしたら絶対に何か意図があるはずだ。しかし考えるには材料が足りない。しばらくは様子を見ることしかできないだろう」

 

 ほどなくして同盟側に帝国軍の補給物資の欠乏は深刻、という情報がもたらされる。

 その言葉を裏付けるように帝国軍はウルヴァシーからも撤退にかかる動きがあるではないか。

 やはり物資の面でバーミリオン会戦では積極策に出られず、限界だったのだろうか。するとこの帝国からの遠征は最初から望みがないもので、ラインハルト夫君陛下の暴走の産物なのかもしれない。

 

 

 同盟としてはウルヴァシーをこのままにもしておけない。

 ヤンと同盟艦隊がウルヴァシーに迫ると、帝国軍はちょうど出立し、フェザーンへ向かった後だった。わずかな帝国側の守備隊を蹴散らし、ウルヴァシーへ同盟の地上部隊が降下する。そこで帝国軍が残したものを見ると、大規模な物資の貯蔵庫を建設中だったことが判明する。

 やはり帝国軍はここウルヴァシーを大規模な補給基地にして、物資を待っていたのだ。

 

 やっと一息入れた同盟艦隊に続いて情報が入る。

 今フェザーンに辿り着いたラインハルトは何とオーディンに艦隊の増援を求め、皇帝サビーネがやむなくそれを了承したとのことだ。

 帝国軍はフェザーンで再び集結し、更なる大艦隊を作り上げる。

 そして補給をしっかり整えた後再び侵攻を開始する。

 

 この報に同盟艦隊は再び緊張する。

 まさか、バーミリオンの一戦はラインハルト夫君陛下にとって小手調べだったということか。

 

「帝国はまだ侵攻を諦めていない。ならば防衛を万全にするため、今のうちにフェザーン回廊出口付近に縦深陣を構築すべきだろう」

 

 ヤンは予想される帝国艦隊より少数であると自覚しながら、機雷を使っての航路封鎖を含め、なんとかやりくりして防衛体制を作り上げる。その出来は誰もが感嘆するほど見事なものだ。

 しかしヤン自身はこれでいいのかという疑問を抱えている。

 

 何か忘れているのではないか。

 ラインハルト夫君陛下はもっと別のことをしてくるのではないか……

 

 

 

 

 そしてその通り、宇宙のもう一方であるイゼルローン回廊で動きがあった。

 

 ガルミッシュ要塞近辺にいた帝国艦隊が慌ただしく出立していく。

 帝国艦艇三万隻のうち何と二万二千隻が帝国領方面に戻っていくのだ。

 

 その中には赤い戦艦、バルバロッサまでも含まれていた。

 

 同盟軍がその撤退行動を訝しく思っていると、重大な情報がもたらされた。

「ラインハルト夫君陛下、決戦のためフェザーンに艦隊を集結中。キルヒアイス大将を本隊に召還」というものだ。

 なるほどそういうことか、ならばキルヒアイス大将のバルバロッサが出立したのも道理だ。

 

 しかしこれでは前回の防衛戦と変わるところがない。

 フェザーン方面から再び帝国の主力が来る。

 

 では同盟艦隊のやるべきことも同じになるだろう。このイゼルローン方面だけでも勝ってまた帝国を牽制しなくてはならない。

 幸いにも既にここには二万五千隻の同盟軍がいるのだ。

 対して帝国軍は八千隻しかない。前回は四万隻もいたのに。

 帝国側はガルミッシュ要塞があることで、その数でも充分だと思ったのか。八千隻の艦隊と要塞で抑えられるとふんでいるのだろう。

 

 俄然イゼルローン方面の同盟艦隊は積極攻勢に出た。何とか早いうちにイゼルローン回廊から出てオーディンを突く構えを見せるために。

 

 同盟軍情報部の努力によってガルミッシュ要塞の詳細が明らかになる。

 

 改造で威力のある主砲が据え付けられたが、防御に特別な工夫はしていない。そこは以前の工廠兼補給要塞であった頃と変わっていない。

 だとするとミサイル群を一点に集中させれば外壁の破壊も充分可能と思われた。

 

 実際のところ、こういったガルミッシュ要塞の情報といい、先のラインハルトの応援要請といい全てはオーベルシュタインの手による恣意的な情報漏洩であった。しかし同盟はとてもそのことには思い至らない。

 なぜならそのなにもかもが事実なのだから。

 

 

 

 同盟艦隊は一気呵成の攻撃をかけるべく、陣を整える。

 

 第一艦隊が要塞の前面に展開する。それの左右を第二艦隊と第十三艦隊分艦隊で固める。

 これらのやや後方に第五艦隊が控えることになったが、第五艦隊司令ビュコックは「儂を年寄り扱いして後ろに置いたのじゃな」と冗談を言った。

 クブルスリーもメルカッツもビュコックに若僧の扱いを受けて苦笑せざるを得ない。生ける軍事博物館の前では長いと見なされる軍歴も方無しである。

 

 

 この同盟軍の攻勢を帝国側では待っていた。

 

 ガルミッシュ要塞近辺に残った帝国軍八千隻の旗艦スキールニルでは、ルッツの他になんとキルヒアイスが乗っていた。

 

「欺瞞のためとはいえ、旗艦に同乗させて頂いて申し訳なく思っています。ルッツ中将」

「そんなお気遣いなさらないで下さい大将閣下。むしろこの艦に迎えることができて光栄です。そんなことよりこの作戦、私も楽しみになってきました」

 

 先にここから去って行ったバルバロッサに実はキルヒアイスは乗っていない。

 全ては残された帝国軍を手薄に見せかけるためである。

 

 

 

 そしてようやく戦いが始まる。

 

 今回、同盟艦隊が数の上では圧倒的に優勢だ。

 長距離砲戦で数の差を見せつけると広く展開し、半包囲態勢を取って攻勢をかける。

 たまらず帝国艦隊はその圧力に耐えかねて球形陣をとり、やはりガルミッシュ要塞にべったりと貼り付いてこれを頼みとする。

 当然要塞は帝国艦隊の援護をするように主砲を撃ってくるが、同盟側はその有効射程ぎりぎりまで近寄ってから停止した。主砲の餌食になどならない。

 

「今だ、これより要塞に攻撃を仕掛ける」

 

 同盟軍は各艦隊ごとに分かれ、等距離でもって要塞を包囲する。帝国艦隊既に縮こまっていて、間隙を突くといった対応はできない。

 同盟各艦隊はありったけのミサイル巡航艦を繰り出し、それぞれ突進し、要塞主砲の射程に一瞬飛び込むとミサイルを思い切りよく放つ。そして直ちに反転する。

 次々とそれを繰り返すことによる飽和攻撃だ。

 要塞ももちろん主砲で撃退を図る。迎撃ミサイルも放つが絶対量が足りず、撃ち漏らしたミサイルが次第に増えてくる。

 その着弾を第十三艦隊メルカッツが観測し、メルカッツの知る要塞の弱点に集中するよう示唆を与える。たまらず邪魔をするために近付いてきた帝国艦艇を第五艦隊が老練にあしらう。

 

 ガルミッシュ要塞の六角形の中央部、反応炉に近いあたりの外壁がついに破れた!

 

「もう少しだ、攻撃を強化!」

 

 クブルスリーが命じ、第二艦隊パエッタがそれに応える。

 ここで要塞から百隻ほどの艦艇が出ていくのが見えている。

 

「あれはおそらく要塞の守備兵が脱出していくのだろう。ということは要塞のダメージは修復不可能なものに違いない。これはいける」

 

 それらの艦艇を併せた帝国艦隊は突如急進し、同盟側の網を食い破るとそのまま遁走していった。

 

 するとついにガルミッシュ要塞が断末魔の悲鳴を上げる!

 内部からの誘爆が観測され、最初は亀裂が見えるくらいのものだったが、いきなり巨大な光量に塗りつぶされた。さすがに要塞の最後だ。

 

 ここまで移動させられた帝国軍ガルミッシュ要塞は跡形もなく砕け散った。

 

 

 

 

「やったぜ! 皇帝のおもちゃを粉々にしてやった!」

 

 こう言って歓声が上がり、各艦では各将兵のベレー帽が投げ上げられる。

 

 これは大戦果だ。

 いつも帝国の物量に胃の痛い思いをしている同盟軍だが、このときは狂喜乱舞の思いだ。見事な戦術によって帝国の要塞を叩きのめした。

 

 帝国艦隊八千隻はこの事実を見届けて戸惑ったようだが、やはり加速して帝国領内部にそのまま逃げていく。

 

 それらを同盟第二艦隊が追撃にかかった。

 

「少しでも帝国軍の艦艇を削いでおく必要がある。いずれはまた帝国領で抵抗が予想され、それに合流されてもまずい」

 

 そう猛将パエッタ中将が判断して急進する。

 他のクブルスリー、ビュコック、メルカッツ、ファーレンハイトもまた結局はそれに追随した。

 どのみちイゼルローン回廊から出て帝国を牽制するのが既定路線だったからである。加えて帝国軍はフェザーン方面に概ね移動した頃であり、大した艦隊が残っているはずはない。

 

 何よりも、今帝国軍の要塞を倒したのだ。

 この高揚感に将も兵も酔っていたのである。

 

 

 

「ここからですな。キルヒアイス閣下」

「ええ、ルッツ中将。本題はここからです。うまく引っ張りましょう」

「しかし、ガルミッシュ要塞を自爆で失うのは少し勿体なかった気もします」

 

 ルッツの言う通りだ。

 ガルミッシュ要塞は要員を脱出させた後、タイミングを見て自爆させていたのだ。反応炉の出力を高め、盛大に演出させるように。

 

「それぐらいしないと向こうは食いついてはこないでしょうね。ラインハルト様は要塞などにこだわりません」

「大きすぎるエサですが、ただのエサに過ぎないと。戦略というのは恐ろしいものですな」

 

 ルッツは改めてラインハルトの天才を思う。こんなダイナミックな戦略は常人のものではない。そしてここからが本番なのである。

 

 そんなルッツへ微笑みを返すキルヒアイスだが、ガルミッシュ要塞を捨てることなど別に大したことではないと思っている。

 そもそも要塞を帝国領で遊ばせておいても何の価値もない。

 

 ラインハルトの描く宇宙統一の戦略のためなら惜しくもなんともないことだ。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第九十三話  危機の同盟軍

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