見つめる先には   作:おゆ

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第九十話  宇宙暦801年 三月 覇気再び

 

 

 帝国軍、イゼルローン回廊出口付近に要塞をワープ移動させて侵攻中!

 それに付き従う艦隊、約三万隻の規模。

 

 この報告を受けたヤンは艦艇数からして不利になったのを悟った。

 今、イゼルローン要塞から第十三艦隊の全軍が出撃しても移動してきた要塞に対峙するどころかその前に艦隊戦になってしまえば勝算は少ない。

 直ちにハイネセンに連絡すると同時に先ずはイゼルローン要塞の守りを固める。

 

 ヤンの思考は素早く結論を出している。

 

「帝国軍の戦略は何だろうか。それは自明のことだ。帝国の立場に立てばイゼルローン要塞を攻める方法をとるとは考えられない。いくら後詰めをしたとしても無理に突破すれば犠牲は大きいからだ。しかもフェザーン回廊という別ルートが存在する以上イゼルローン要塞をどうしても排除すべき戦略的理由もない。しかも出現して以来積極的には動いていないようだ。つまり、またしても主戦場になるのはフェザーン方面で、こっちはただの陽動ということになる。しかし手抜きはしないということか」

 

 同盟政府はこの事態に驚き、イゼルローン回廊に増援として第一、第二、第五艦隊を差し向けることを決定した。

 

 これでひとまず第十三艦隊と併せて四万隻以上、そして帝国側の三万隻に対し数の優位を確保する。

 

「何だって? 何も応援がないよりは有難いが、中途半端ともいえる。防衛をするだけならイゼルローン要塞があるんだから、そこまでは必要ない。かえってフェザーン方面の戦力が薄くするだけだ。かといって相手の要塞を破壊しにかかるなら足らないんじゃないか」

 

 ヤンは中途半端という懸念を持った。

 

 動くならあくまでも大兵力を用意し、ワープしてきた敵要塞を速やかに破壊することを提言した。

 このまま帝国の要塞を放置すれば、先の戦いと同じパターンが使えなくなる。

 すなわちフェザーン回廊から来る帝国軍の本隊を妨害しつつ、逆にイゼルローン回廊から帝国領に出るという。

 

「帝国軍はその要塞そのものでイゼルローン要塞を攻撃することはない。共倒れさせることは考えるはずがない。」

 

 ヤンは正確に帝国軍の意図を見抜いていた。

 一応、応援艦隊と合流した段階で進軍する。

 

 

 

 ところが帝国軍三万隻はあくまでガルミッシュ要塞周辺宙域に留まる態勢を崩さない。

 侵攻してきた側の帝国軍の方が消極姿勢というのも奇妙なことだ。

 

 するとヤンの方でもうかつなことはできない。

 

 何だろう、再び思案する。

 まさかあえて消耗戦に引きずり込み、同数ずつ艦艇を消耗させ、結果的に同盟より帝国軍が二倍になるようにするつもりか。

 確かに帝国にすればそれも一つの有効な戦略ではある。

 戦力差を無理やり拡大させるため、同盟が小競り合いから徐々に足を抜け出せないようにさせ、消耗戦に。

 

 しかしあのラインハルト夫君陛下がそんな方法を取るだろうか。

 最終的にその方法で同盟を屈服させたとしても、その後の統治に艦隊戦力が足らないのではないか。国家間の戦争は勝つだけが問題ではなく、占領して統治してこそ意味があるのだから。

 それに何より捨て石のように部下の将兵を扱うわけがない。

 これまでラインハルト夫君陛下は激しい戦いを続け、それによって犠牲も出しているが、消耗戦は取らず常に華麗に敵を破るのを是としている。最初から犠牲が多大になることが決まっている策を取るとは考えられない。

 

 

 両軍が対峙し、しばらくの時が流れる。帝国艦隊は誘いに乗らず、ガルミッシュ要塞を望む位置から離れない位置にいる。同盟としては艦艇数に勝っていても、ガルミッシュ要塞の詳細なデータがない以上うかつに近づくことはできない。

 

 その要塞の体積はイゼルローン要塞の八分の一以下ということは分かる。質量にいたっては十分の一しかない。

 大きさからしてトゥールハンマーのような圧倒的な攻撃力はないものと思われた。

 だが艦砲に比べたら桁外れの威力と射程距離を持っているに違いない。

 事実、帝国艦隊から小競り合いを仕掛けても、同盟が反撃に転じると直ぐに要塞近くに戻ろうという動きを見せるのだ。

 

 

 

 しかし両軍とも大艦隊、どうしても小競り合いで収まらない時が来る。

 

 ちょっとした戦力投入からたちまち大規模に燃え広がり、多くの艦艇が撃ち合うようになるのは必然だったかもしれない。そしてこの時は同盟側有利に戦いが推移し、帝国艦隊は後退しつつもあともうひと押しで崩壊するようにも見えた。

 

「今だ、一気に集中砲火をかけろ! 向こうの戦列は乱れ、反撃される恐れはない」

 

 そう命じたのは第一艦隊クブルスリーである。

 帝国艦隊の様子から勝機と判断した。

 局所的には優位は動かしがたく、確かにそれは間違っていないように見えたがあと一歩までがなかなか決まらない。

 

「帝国軍の疑似敗走の恐れあり。早めに後退せられたし」

 

 そこで総司令官のヤン・ウェンリーから第一艦隊に通信が届けられる。

 それにクブルスリー従おうとしたが、先ず一撃を加えて組織的抵抗をやめない帝国艦隊引きはがさなくてはならない。

 

 しかしなぜヤンはその様子を危ぶんで、わざわざ経験豊富なクブルスリーに慎重姿勢を取らせたのか。

 先にフレデリカが進言してきたのだ。

 

「ヤン提督、今前面にいるのは帝国軍ミュラー中将です。私はかつてオーディンの艦隊戦シミュレーターでミュラー中将と戦ったことがあるので分かるのですが、恐ろしく柔軟な防御を見せる将でした。その時は戦力を叩きつけても何の甲斐もなく受け止められ、全く破綻する様子を見せませんでした。つまりは守勢に非凡な将です。今、艦列が乱れたように見えるのは欺瞞だと思います」

 

 フレデリカの正確な記憶力には定評がある。

 

「なるほど、そんな将なら崩れた艦列を見せるのは疑似敗走とみて間違いない。要塞周辺に引っ張るために」

 

 しかし巧妙にクブルスリー第一艦隊がガルミッシュ要塞に引き寄せられている。

 さすがにクブルスリーの攻勢も鋭く、ミュラーさえ慌てさせられ本当に潰走する手前まで行ったのだが、目的は達成したようだ。

 

 

 

 急にミュラー艦隊が急速後退に転じた。

 

 同時に平べったい六角形の形をしたガルミッシュ要塞の中央部、その表と裏の二点で光が輝き出す!

 そこの中央部裏表に取り付けられた要塞主砲だ。

 ついに膨大なエネルギーを白熱の帯にして繰り出してきた。

 その要塞主砲二門の斉射が第一艦隊を叩き、その中の三百隻が瞬く間に蒸発する。

 

 こうなると第一艦隊はとにかく分散して逃げるしかない。

 二回目の斉射では犠牲になった艦は百隻である。それだけで済んだのは艦列が散開したことと、第一艦隊の分艦隊司令であったビューフォート准将があえて囮となって目立つ行動をしたからだ。ビューフォートはこれで戦死するがその勇敢な行いによって多くの艦を助けた。

 そして三回目の斉射では射程距離外になったのか、損害はなかった。

 

 やはり、イゼルローン要塞のトゥ―ルハンマーほどではないがさすがに要塞主砲だ。

 その破壊力は大きい。

 

 今回同盟艦隊は多くの犠牲を払ったが、その見返りに要塞主砲のあらましを知ることができた。

 その威力、射程距離と連射性能も含めて。

 これは大きな収穫である。

 つまりはどのくらいまで要塞に近づけるのかということと、また要塞を攻略する場合の必要戦力の概算を考えることができる。

 

 

 

 ただしそれと同じ時、ガルミッシュ要塞の主砲制御オペレーターは怪訝な顔をしていた。

 理解できない命令を尊敬する上司から受けたからである。

 

「キルヒアイス司令、これでよかったのでしょうか」

「そうです。よくやってくれました」

 

 オペレーターが疑問に思ったのは、敵をもっと引き付ければ主砲はより多くの敵を倒せたはずなのだ。

 おまけに照準もまた最大有効ではなく雑なものだった。

 

 その疑問に対してキルヒアイスが言葉を継ぎ足す。

 

「今撃ったのはこの要塞主砲の威力や射程距離を敵に教えるためだけのものです。そのためわざと早めに撃ちました。それに主砲で斃すのは戦闘ではなくただの虐殺です。相手に反撃の機会も与えませんから。敵の将兵たちにも犠牲が少ない方が良いのではありませんか」

 

 一体どういうことなのか、オペレーターはますます分からなくなった。

 けれど自分たちの司令官が敵にさえも優しく、ますます尊敬できる。

 

 

 ちなみにキルヒアイスは味方の士気のことを考えて最後の一言は皆に聞こえないほどの小さな声で言った。

 

「敵に主砲のあらましを教え、この要塞を攻略してもらわなければ困りますから」

 

 

 

 

 一方、ヤンはキルヒアイスの深い意図にまでは気が付けなかった。

 

 同盟艦隊を再度とりまとめ、要塞から少し距離をとって布陣し直す。帝国軍はかさにかかって攻撃してくることはなかった。

 

 幾日か対峙しているうちに、ハイネセンから緊急通信が飛び込んできた。

 

「帝国軍、またもやフェザーン回廊から侵攻しつつあり!」

 

 やはりそうだったか、とヤンは得心する。

 ここの戦いは帝国の陽動だ。要塞を引き連れてやってきたのは先の戦いのようにイゼルローン方面からオーディンを突かせないためのものだ。あくまでここに陣取り、同盟艦隊の長駆を防ぐための。

 

 その一日後、フェザーン方面に来襲した帝国軍の規模が明らかになる。

 

「フェザーン回廊の帝国艦隊、ラインハルト夫君陛下が率い、その数六万から六万五千隻と推定!」

「え、何だって!」

 

 これがヤンには意外だった。

 少な過ぎるのだ。

 

 確かにイゼルローン回廊にこれだけの同盟軍が引きつけられている以上、フェザーン方面へ同盟は最大でも五万隻足らずしか派遣できない。

 数の上ではそうなるが、それで遠征してくるのも妙な話だ。同盟領内部での戦いとなると帝国軍にとっては敵地であり、そんな戦力差で侵攻するのは不確実であり、ラインハルト夫君陛下が取る策とも思えない。

 

 

 この帝国の艦隊戦力を考え、ハイネセンの統合作戦本部では二正面作戦を決定した。

 今回、イゼルローン側に侵攻してきた帝国軍は前回より大規模ではないとはいえ要塞を持っている。これを打ち破るのは意外に時間がかかるかもしれない。

 それと前回に比べたらフェザーンから来た帝国軍はそんなに多くはない。

 正面から戦うことが可能だ。

 

 なぜ今回フェザーン方面の帝国軍が多くないのか。ヤンと同じような疑問を抱いた者も少なくない。

 しかしこの理由について情報部から報告が届けられた。

 帝国の側の厭戦気分と経済的事情ということだった。経済閣僚たちが出兵に強硬に反対し、そのためサビーネ皇帝も内政を無視するわけにいかず、さすがのラインハルト夫君陛下も帝国軍全軍の出動はできなかったという。

 

 それで同盟政府も軍部も納得してしまった。

 当たり前の話に思えたのだ。

 つい自分たちの政体をベースにして物事を考えてしまう、それは人間の陥る罠である。

 

 真実は同盟政府の騙された筋書きから遠いところにある。

 

 帝国の政体は同盟が想像するよりはるかに強固なのだ。そこでは皇帝が絶対であり、国が傾こうと餓死が出ようとその意志が曲げられることなどあり得ない。

 

 

 

 同盟でもヤンが情報部にいれば、むしろそれが欺瞞のためだと看破しただろう。逆にそんな情報を得ることがおかしい。

 しかし、現実にヤンはそこにいない。

 

 情報戦はフェザーンのオーベルシュタインが仕掛けたものだった。

 オーベルシュタインがフェザーンに来て統治するようになってから、同盟情報部は知らぬうちにその機能を奪われていたのだ。

 いかに同盟情報部といえども、オーベルシュタインの辣腕の前にはかなうはずもない。

 様々な手でオーベルシュタインはフェザーンに強固な政治体制を確立し、ついでに統治に不要な要素と成り果てたニコラス・ボルテックを先んじて監禁することまで行っている。同盟にこの欺瞞情報を信じさせることなどオーベルシュタインには造作もないことだ。

 

 

 同盟統合作戦本部は残りの艦隊戦力を繰り出し、主にフェザーン方面に振り向けることを決定する。

 直ちに第三、第四、第七、第九、第十一艦隊に出動が命じられる。今回はそれに加えて第八、第十艦隊もフェザーンに出立する。

 とはいえ、続く戦いで各艦隊とも消耗は激しく、しかも補充はない。

 それぞれは半個艦隊の規模であり併せても四万九千隻しかない。

 フェザーンから帝国軍が同盟領に入った時点で正確な艦艇総数が明らかになる。それは予想よりかなり少ない五万七千隻だった。

 

 そこで統合作戦本部はイゼルローン回廊での陽動は後回しにして、フェザーン方面に更なる戦力増強を図った。

 

 イゼルローン回廊にいるヤンの第十三艦隊にまで参加するように要請してきたのである。

 統合作戦本部としてはヤン・ウェンリーの戦術力量に期待してのことだ。

 いかに自国領での戦いとはいえ、不安はある。ここは確実に数の上でも優勢をとして確実に撃破しなければならない。

 

 

 ヤンはもちろんその考えは分かる。

 ただし妙な胸騒ぎはあるのだ。

 

 第十三艦隊の全てを移動させるのではなく、幾分かをイゼルローン回廊に残す。

 メルカッツ、ファーレンハイトの両客将に戦艦ユリシーズと五千隻を与えてイゼルローンに置き、自分は一万五千隻を率いてフェザーン方面への進路をとった。

 

 この時、宇宙は戦略と欺瞞で満ちていた。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第九十一話  バーミリオン



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