見つめる先には   作:おゆ

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第八十一話 宇宙暦800年 九月 ランテマリオ~激闘!双頭の蛇

 

 

 帝国との決戦は間近い。

 

 打ち合わせにおいてキャロラインから説明がある。

 

「これ以上帝国に侵攻されると有人惑星からの避難が限界です。ランテマリオがぎりぎりいっぱいの場所でしょう」

「ここで防ぐのか。帝国艦隊は十一万八千隻、こっちは四万二千隻。キャロライン中将、まともにぶつかりあえば一瞬で勝負が着く」

 

 ボロディンがそう現状を言う。その認識は残酷だが正しい。

 

「そうですボロディン中将。こんなに戦力差があるのでは、むしろ小細工も効きません。こちらが策をこらして下手に別動隊を作れば作るほど各個撃破になるだけです。そのため戦術的な方法は極めて限られます」

 

 キャロラインが淡々と答える。

 確かにそうだ。小細工は自分の首を絞める。集まっている各将ともそれを充分に理解する。

 しかし表情が沈んでばかりというわけではない。

 

「こうまで差があるといっそ清々しいものだな」

「モートン、悪いことばかりじゃない。差があればあるほど後の歴史書での扱いが良くなるぞ」

「そうだろうなカールセン、負けても勝っても歴史書は俺たちの方にいい評価をするもんだぜ。劣勢というのはそういうご利益がある」

「全くだ。歴史家という連中はなにせ悲運の抵抗というのが大好きときてるからな」

 

 カールセンとモートンがそんな問答をしているが、こんな時でも軽口を叩くのがもはや同盟軍の伝統なのかもしれない。

 不吉な予想すら笑いの種にする。

 

「歴史に名前が載るといえば恰好はいいが、要するに歴史家とやらの飯のタネになるだけだ。それは御免蒙る」

 

 そのアル・サレムの言葉に皆が合わせる。

 

「そりゃ全くだ」

 

 

 もちろんキャロラインもまた絶望はしない。

 

「不利なことだけではありません。帝国軍は物資が少ないために、急戦しか取りようがないでしょう。重厚な布陣でゆっくり構えるということはたぶんしてきません。もしその方法で取られたらこちらは全く手の打ちようがありませんが」

「なるほど、消耗戦は取れないわけだな。向こうは物資の面で。こっちは艦数の面で。お互い都合がいい」

 

 確かにそうだとアル・サレムが納得する。

 それでこそさんざん補給を叩いた甲斐がある。

 

「もう一つ、帝国軍は七つの艦隊に分かれています。帝国艦隊司令官の人材が豊富なゆえですが、逆に言えばここに間隙があると思います」

 

 ボリュームのある亜麻色の髪を揺らした。キャロラインは諦めて退くことなど少しも考えていない。

 

 

 

 

 帝国軍でも同盟艦隊の動きを察知した。

 ランテマリオが決戦場になる。

 それは実はラインハルトの方でも充分に予想していたことだ。

 

「いよいよだ。ランテマリオ星域において敵艦隊戦力を撃滅する。それがかなえばもはや抵抗戦力はなく、向こうの首都星ハイネセンまで何物も遮るものはない。宇宙の統一まであともう少しだ」

 

 聞く諸将は表情を輝かせる。

 

「ぜひ、先陣をわが艦隊に賜わらんことを!」

 

 ビッテンフェルトの勇ましい大声を受けてラインハルトが言う。

 

「皆に言っておく。今回の戦いの陣形では先陣も後方もないのだ。敵の攻勢を受け止めつつ、左右に大きく広げた陣を動かし横から噛みつく」

「いわゆる双頭の蛇、でしょうか」

 

 ラインハルトの説明に対し、さすがにミッターマイヤーは直ぐに返した。

 意図を即座に理解する。

 

 そしてこの戦術をとる理由もまたはっきりしている。

 会戦を中途半端にさせない。

 仮に帝国軍が縦に重ねた分厚い布陣にすれば負けることはないだろう。だが、それにより敵が途中で戦意を無くして撤退するかもしれない。そうなれば決戦はまた先に延ばされ、そうなると補給物資に不安が出てしまう。ここは一気に片を付ける。

 

 幸いに帝国軍には有能な提督が多いためこの作戦も不安なく行える。

 双頭の蛇のどの部分であっても強く、破綻をきたすことはないだろう。

 

「そうだミッターマイヤー。この陣形で敵を砕き尽くす。皆が充分な働きをしてくれればそれは可能であり、期待する」

 

 

 

 両軍迫り、会戦は不可避だ。

 

 同盟軍は帝国のその陣形を見た。

 それは各一個艦隊の固まりをそのまま横陣の形にしているではないか。

 

「帝国軍は、双頭の蛇のようです。アル・サレム中将」

「ううむ、そう見える。やはり急戦で来たか。それも超急戦だ。しかし双頭の蛇ではどれが主に動いてくるのか見極めがつかん」

 

 キャロラインもアル・サレムも理解はするが、対処は難しい。

 帝国軍は数の差を充分に活かせる戦術を使ってきた。

 

 こちらが下手に突進し、戦いを始めている最中に横から噛みつかれれば終わりだ。その前に素早く打ち破って逃げるというわけにはいかない。最初に相手をするのはどうしたって一個艦隊異常なのだから。

 かといって同盟が同じように陣形を横に広げたら薄くなりすぎて、破って下さいと言わんばかりになる。改めて戦力差というものは非情だ。

 

 もはや死地、だが結論は分かっている。

 戦うとしたら全戦力で突進するしかない。

 もし突進が成功して早く食い破れれば万に一つの勝機を掴み取れる可能性がある。

 

「密集隊形をとって突撃です」

 

 

 ここで第三、第四、第九、第十一艦隊は密集し、恐れもなく急進をはかった。

 

 その正面に位置するのは帝国軍ミッターマイヤー艦隊だった。

 

 帝国軍では直ちに双頭の蛇が動き出す。帝国軍の横陣の左右両端にいる艦隊が蛇の頭となり、直ぐに中央に向かって動き出す。他の帝国軍艦隊ももちろんこの同盟艦隊を包みこむべく一斉に行動を開始する。

 

 密集隊形の同盟艦隊と帝国ミッターマイヤー艦隊が接触する直前、ミッターマイヤーは後退を命じた。

 

「急速後退だ。我が艦隊は敵を引き延ばす」

 

 今ミッターマイヤーの役割は戦って勝つことではない。

 敵を引き付けて、その横を双頭の蛇が噛みつくまで適当にあしらっておけばいい。

 むろんミッターマイヤーは自分の力量に自信があるし、局所的には艦数に劣るが恐れるわけではない。だが積極的な戦いを選んで、万が一破られでもしたらこの双頭の蛇が瓦解する。

 ミッターマイヤーは自分の役割を正しく理解していた。

 

 だが同盟艦隊はミッターマイヤー艦隊が後退するのを見極めると直ちに突進をやめ、接触しない。

 

「今です! ありったけのミサイルを発射しながら同時に斉射、その後先頭より順次反転!」

 

 そのキャロラインの指示に従い同盟艦艇は食い破りを試みるどころか次々と反転、その後は急加速して逃げにかかったではないか。

 

「しまった! 全艦後退中止、再度前進して敵を逃がすな!」

 

 ミッターマイヤーも慌ててそれに対応しようとする。

 しかし各艦とも急速後退を始めたばかりであり、再度前進するには時間がかかる。いかにミッターマイヤーでも思うようにいかない。反応の早い艦ばかりではなく、特に旧貴族私領艦はこういった緊急事態への対応に劣る。

 そこへ更にミサイルが間断なく来襲するので回避しながら前進を行わなければならならず各艦は入り混じって混乱する。

 それは同盟艦隊にとってはチャンスとしか言いようがない。

 斉射によって少なからずミッターマイヤー艦隊を爆散させる。

 

 こうして同盟艦隊は軍事行動上の禁忌とされる敵前反転を見事に終えると、それ以上ミッターマイヤー艦隊に構うのをやめてひたすら逃げる。双頭の蛇が迫る中、それに食いつかれない前にとにかく後退し逃げ切るのだ。

 それは不満足な形で成功した。全てが食いつかれないわけにはいかなかった。同盟艦の大多数は逃げ切ったが、やはり足の遅い艦は捕捉され撃沈の憂き目にあった。

 

 

 しかしここからが勝負だ。

 

 キャロラインもラインハルトも気迫がこもる。

 帝国軍の配置は当初から大幅に変わった。各艦隊が同盟軍を追って動いたせいだ。

 キャロラインはこれを狙っていたのだ。

 犠牲を覚悟でわざわざミッターマイヤー艦隊に突進、また無茶な反転をしたのはこのためである。

 

 双頭の蛇の弱点は、各艦隊がそれぞれの判断で動き過ぎるので、自由度が増す代わりに全体の統率をとるのが難しくなるところにある。

 今もまた帝国軍の艦隊のうちシュタインメッツとミュラーの艦隊同士が交錯しているのを見て取る。

 好機だ。そこへ急進する。

 

 同盟艦隊はシュタインメッツとミュラーの艦隊の間に入り込みさんざんに叩く。

 

 それに対し交錯している二つの帝国艦隊は隙間に入り込まれると同士討ちを恐れて思い切った攻撃ができない。一つの艦隊であれば各艦の位置は旗艦が把握し、動きも統率できるのだが、別の艦隊の艦までは動きを指示できるはずがなく予測もできない。

 同盟艦隊は挟撃されている格好でありながら、距離の妙によりむしろ帝国軍の方が自由度を失って損害が大きい。

 ここまでは約三倍を相手にしても同盟艦隊がうまく動いている。

 

 

 だがラインハルトの表情には怒りもなく、苦虫を噛み潰したようなものでもない。

 それどころか微笑みに近いものがこぼれているではないか。

 

「敵もなかなかやるな。小勢だが逆にそれを有効に活かすやり方をしている。なかなか厄介だ。こちらが勝利を掴むにはもうちょっとかかるな」

「そうですね、ラインハルト様。しかしそれが必要でしょうか。先ほどから一番後方にいたケンプ中将と通信が繋がっています」

「こいつめ、わかっていたのか」

 

 涼しい顔をしているキルヒアイスにラインハルトが悪戯っぽい睨みをきかせた。

 

 天才ラインハルトの戦略眼は卓越している。目の前の戦場をコントロールすることに捉えられてなどいない。

 それをキルヒアイスも知っている。ならばこの方法しかない。

 

「ケンプ、直ちに戦場を離脱し、敵首都星ハイネセンへ向かえ。同盟政府とやらの降伏を引き出すのだ。それで宇宙統一は成る」

 

 ラインハルトはケンプ艦隊を何とここからハイネセンへ向けて放った。

 

 もともと帝国軍の大艦隊は別動隊をハイネセンに向かわせるのに充分な戦力なのだ。

 今までは、下手な別動隊は各個撃破の対象になることを恐れて使えなかっただけである。航路が不明な分、どうしても艦隊行動は遅くなり、そこで先回りされて充分な戦力を用意されたら撃滅されてしまうだけに終わる。

 

 しかし今なら敵はランテマリオに集結しているのが確認できている。

 別動隊を派遣するなら今だ。

 この戦い自体を壮大な案山子に使う。

 

 おまけにラインハルトはその他のことまで抜かりない。

 

「ケンプ、補給物資については充分な数の輸送艇を連れていき、それらの乗員を順次移し自沈させつつ進め」

 

 なんと大胆なことに輸送艇を使い潰させる。

 輸送艇は片道を行くだけと割り切って捨てる。それで行動の自由度は格段に増す。

 これもまたラインハルトの天才でなければ思いつくことではない。

 

 

 

「これでいい。向こうの政府は風前の灯となった。しかしここの戦いもまた負けるわけにはいかず、敵と遊んでやるとするか。キルヒアイス、出撃の準備だ」

 

 このとき同盟艦隊はシュタインメッツ、ミュラーの艦隊にそれなりの損害を与えた後、再編される前に離脱している。そして同じような交錯状態にあるビッテンフェルトとワーレンの艦隊に向かう。

 

 だが今度はさすがに少してこずった。

 ビッテンフェルトは同士討ちの可能性をあまり考えず向かってきたせいだ。同盟艦隊もまた一個艦隊のような身軽さではないためその突進を完全にいなすのは難しい。そして同盟軍の方もまた損害が累積し、スピードの落ちた損傷艦が出ている。

 

 いったん下がって一呼吸入れようとしたところで、帝国軍の一個艦隊が離脱していくのが見えたではないか。

 

「これはいけません。おそらく帝国軍は別動隊をハイネセンへ向かわせるつもりでしょう。これでは同盟政府が倒され、全ては終わってしまいます」

「ううむ、それはいかん…… しかしここで戦闘をやめることもできん」

 

 その通りだ。

 帝国軍はまだまだ手数が多く、間もなくミッターマイヤー艦隊が仕掛けてくる。それにラインハルトの本隊も未だ無傷であり牙を研ぎ澄ませ、戦闘参加を今か今かと待っている。

 

「やむを得ません。まずはここを凌ぎましょう」

 

 キャロラインはここで帝国軍の本隊に狙いを絞った。

 するとそこには意外に脆い部分が存在し、そこを見極めて攻勢を集中させれば撃破できた。

 

「なんという無様な。なんのための中級指揮官なのか」

 

 ラインハルトが言うが、指揮能力において本隊部指揮官たちは劣り、現にブラウヒッチ、カルナップはさんざんに破られてしまった。動きが鈍すぎてあっというまに叩かれるか、あるいは囮に引きずられて延び切ったところを崩される。

「戦艦テオドリクス撃沈、トゥルナイゼン少将戦死!」「戦艦エイストラ撃沈、グリルパルツァー少将戦死!」

 

 

 しかし、同盟軍の躍動はここまでだった。

 

 ついにラインハルトが短く言ったのだ。

 

「キルヒアイス、敵を止めてきてもらえるか。お前になら簡単だろう」

「行って参ります。ラインハルト様」

 

 ついにバルバロッサを先頭にして、本隊からキルヒアイス率いる高速戦艦隊が出撃した。

 帝国艦隊があまたの数といえど、これこそがまさに最強戦力、その恐るべき機動力は幾度も証明済みだ。

 

 それは空を自由に飛ぶ鳥さえ貫き落とす一本の矢である。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第八十二話  同盟未だ屈せず

ついにハイネセン攻防戦 真価を発揮するかアルテミスの首飾り!
同盟軍の切り札出陣!


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