見つめる先には   作:おゆ

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第七十三話 宇宙暦800年 四月 相克

 

 

 ルパートがルビンスキーの名代としてオーディンにやってきた頃の話になる。

 

 オーベルシュタインはここで最初の手を打っている。

 ルパートの側にいてルビンスキーの目の代わりなっている者を引き剥がしにかかったのだ。もちろん帝国がルパートに恩を売って手駒にしたいからである。同時にルパートをルビンスキーの監視から解いて自由に動けるようにする必要がある。

 

 そういった者らの裏切りの証拠を添えてルパートに情報を提供した。

 

 実際にその情報は正確なものだった。帝国が調査していた数少ない情報から、オーベルシュタインが的確に予想してみせたのである。その冷徹な目は見逃すことがなく、果たしてそれらの者に絞り込めば調査は格段に進み、証拠も掴んだ。

 

 その数名のリストを見せられるとルパートは驚いた。

 

 日頃から自分が信頼を置いている側近がルビンスキーのスパイだったとは! そしてこんなにもルビンスキーに厳重に見張られていたとは。

 素直に自分がルビンスキーに見張られるほど価値あるものと思われていると喜ぶことはできない。そもそもルビンスキーの用心深さの凄みを知るからである。

 

 そしてルパートがフェザーンに戻る寸前、オーベルシュタインが会う。

 ルパートには確かに野心がありルビンスキーに取って代わろうとする意志を持つことを確認した。

 

「了解しました。ルパート・ケッセルリンク補佐官、良い野心をお持ちのようです。帝国はそれをお手伝いしようと言うのです。わかって頂けますか」

「俺がルビンスキーを追い落とすのに帝国が後押しするというのか。まあ面白い話を聞かせてもらったとだけ言っておく。こちらは何も返答できかねる。ただし、他人の思惑ではなく実力で奴を超えるのが俺の目的だ、とだけ知っておいてもらおう」

「それで結構。いつでも必要な時には帝国が手伝えるのをお忘れなきよう」

 

 

 

 しかしルビンスキーは一枚上手だった。

 ルパートがオーディンからフェザーンに帰りついた後、ルビンスキーは少し待った。

 帝国は必ず名代のルパートに仕掛けてきたはずだ。

 

 ルビンスキーには絶対の確信がある。

 

 帝国がこの機会を逃すことは考えられない。おそらく帝国は次にルパートに叛意ありと噂を流すだろう。

 なぜならその手でルパートはのっぴきならない状態に追い込まれ、やむなく帝国と組まざるを得なくなるからだ。ルパートを帝国の手駒にするには実に効果的である。

 

 しかし、いくら待ってもそんな噂は聞こえてこなかった。

 

「帝国はルパートが役立たずの小物と踏んだか。あるいは逆にルパートが帝国の甘いエサにすぐに食いついたのか」

 

 どちらなのかを知るため、ルビンスキーはドミニクに命じてルパートを探らせた。ルパートはルビンスキーの息のかかった側近を遠ざけていたが、ドミニクだけは別だったからだ。

 

 実のところ、オーベルシュタインはそこまで読んでいる。

 それでわざと何の噂も立てたりしなかった。

 その方が疑心暗鬼になるだろう。

 

 しかしこの程度はルビンスキーにとってもオーベルシュタインにとっても前哨戦の児戯に過ぎない。

 

 

 

 次の帝国からの仕掛けこそ重要だった。

 経済混乱の修復と、友好関係の確認という名目でフェザーンに通告したのだが、これには驚くべきことが含まれていたのだ!

 

 何と帝国宰相リヒテンラーデ侯が自らフェザーンに赴くという。

 

 これは驚天動地だ!

 

 フェザーン自治領始まって以来、銀河帝国の尚書どころか宰相がそこへ来たことはない。せいぜい上位官僚程度であり、それで事足りていた。

 フェザーンにとって最大級の驚きと不安を与えるものだ。

 

 

 

 そしてルビンスキーはこの訪問を受けざるを得ない。

 いかに自治領とはいえ、皇帝と帝国宰相の訪問だけはどんな理由をつけても断るわけにいかない。

 

「ふむ、とうとう痺れを切らしてこっちへ乗り込んでくるというわけか。大きな対価を持ってあの情報を買い取りにかかるか、遮二無二俺を謀殺にかかるか…… まあ、頭を下げて情報を下さいと下手に出ることだけはないだろうな」

 

 面白いじゃないか、そう言ってルビンスキーは不敵に笑った。

 帝国の出方を見極め、逆に屈服させてくれよう。

 

 

 

 ついに全銀河を揺るがすゲームにフェザーンも帝国も乗ったのだ。

 

 帝国宰相リヒテンラーデ侯はオーベルシュタインを伴い、フェザーンへ赴いた。取って付けたように経済官僚も何人か連れている。

 到着すると一行はフェザーンの様相に驚く。

 街の何もかもが新しく輝きにあふれて、しかも機能的で整っている。建物も人々の服もまるで異なったものだ。

 

「オーベルシュタイン局長、これは華やかな惑星じゃな。これではルビンスキーめがオーディンや帝国を侮るのもわかるの。ここだけ見れば、なるほどフェザーンこそ宇宙の中心に見えるわ」

「御意。宰相閣下、通商を握って繁栄するフェザーン、このままにしておくには度が過ぎているでしょう。しっかりと躾をして首輪をかけるべきかと」

 

 

 それからの数日、昼間の時間は通常の意見交換と会談に費やした。

 リヒテンラーデはオーディンから連れて来た経済官僚らがフェザーン側の切れる官僚にコテンパンにやられるのを苦々しく見る。フェザーンの官僚と違い、帝国の経済官僚は今まで上から物を言うことしかやったことがない。まともな議論をするには知識も経験もなく、これまでの怠惰が如実に表れる。

 

「普段儂は軍など無用だと思っていたが、文官でも無駄がようけあるようじゃ。派閥や利権しか考えてこなかった者はかくも無様なものか。逆に今までこんな体たらくでよう帝国が回っていたものじゃな。いや、回っておらんのか。人口は減り、辺境は未だ開拓もままならん。次の世は前へ進めるのかの」

 

 こういうところに帝国の古さ、錆付きが伺える。

 帝国は改革し続けなければ先へ進めないということは明らかだ。

 リヒテンラーデはあの輝く若者、サビーネやラインハルトに託した帝国の未来を思う。

 

 昼間は誰もが普通に思う公務であるが、夕方からの時間は謀略の時間になる。

 もちろんこれが本番だ。

 

 オーベルシュタインはまたしてもルパートに接近する。

 

「帝国はどうしてもアドリアン・ルビンスキーをこのままにしておきません。今のうちに協力して頂きたい。そうでなければルビンスキーと共に滅ぶでしょう。補佐官、沈没しかかっている船から逃げるのは恥ではありません」

「オーベルシュタイン安全保障局長とやら、今度は脅しか」

「どうとってもらっても構いませんが、事実だけを申し上げているのです」

「俺は踊らされるのは嫌だと言ったはずだが。俺を裏切らせたいという時点でそっちもルビンスキーに手を出しかねている、それも事実だ」

 

 

 

 その後フェザーンでは帝国の工作に対してルパートが撥ねつけたという噂が流れる。

 これを聞いたルビンスキーは思案する。

 

「なるほど、ルパートは裏切って帝国に付くと決めたか。だからそんな噂を…… 面白い。だが実行できる運も実力もあろうか」

 

 普通なら逆に考えるところだ。

 そこでルビンスキーは裏をかいたつもりだ。

 

 

 しかし、これはオーベルシュタインの策のうちである。

 結果としてルパートは自分の意向とは逆に周囲がきな臭くなってきたのに勘づくことになる。

 そしてようやく覚悟を決めた。

 

「まあ良い、こうなれば予定を少し早めるだけだ。帝国を俺の方が利用してやる。それだけのことだ」

 

 こうしてオーベルシュタインは予定通り、ルパートを取り込むことに成功する。

 直ちに武器や情報を用意してやった。帝国艦艇は厳しい臨検のために武器は持ち込めないはずだが、そこをすり抜けることくらい何でもない。

 

 

 

 

 事は急激に動く!

 

 リヒテンラーデ達がフェザーンを出立する予定日の前夜のことだ。

 ルパートがルビンスキーの館に行き、面会を求めた。

 

「このところ何か自治領主は私について誤解をされているようだ。叛意などないことを直接会って弁明したい」

 

 居間に入ると、いつものようにルビンスキーがソファーに座り、グラスに氷を入れて持っている。悠然としたものだ。

 

「どうした、ルパート。こんな時間に」

「すみません。しかし、この時間がいいのです。」

「何か用事があるのか、ルパート。どうして緊張している。何か手が震えているぞ」

「いえ、自治領主、これは緊張ではなく高揚です」

「またなんと勇ましい。何の高揚だろうか」

 

「それは、こういうことだ!」

 

 ルパートが素早く上着の内側からブラスターを取り出し、ルビンスキーに狙いをつける。

 

「油断したな。あんたは最後にしくじった。上ばかり見ていたせいだ。周りのことなど考えてもいない。昔からそうだ。周りどころか家族のことなど考えてもいなかった」

「ルパート、それには若干の誤解があるぞ」

「誤魔化すな! あんたにあるのは野心ばかりだ。それならば何も心配しなくていいぞ。あんたの野心は俺が引き継ぐからな。帝国も同盟も手玉に取り、あんたに代わって俺が必ず上に立ってやる」

 

 だがルビンスキーはこの状況にも動じる気配もない。

 グラスを持つ手も離さない。

 それまたルパートには予想外の反応だ。解せない。

 

 

「…… 随分落ち着いているが、できないと思っているのか。しかしあんたを殺しても帝国が揉み消してくれるそうだ。安心して死ね」

「ルパート、悪いところばかり似てしまったな。その野心のことだ」

「うるさい、あんたに似ているなどと言われたくもない!」

 

 ついにルパートが撃った!

 

 ルビンスキーの額をまっすぐ貫く。

 しかし、ルビンスキーは平然としている。

 驚いたルパートが二度、三度撃つが全く変わらない。

 

「ルパート、野心ほどには実力が伴っていなかったな。そこが似なかったのが不幸だ」

 

 ここでルパートはようやく、ルビンスキーの姿がただのホログラムだということが分かった。

 何のことはない、最初から一人相撲だ。

 ルビンスキーは既に用心し、ルパートと同席もしていなかった。

 それなのに暗殺の成功を疑わず、啖呵を切った己の滑稽さにルパートは愕然とする。

 

 とどめにそのホログラムの中へもう一人が加わった。

 

「な、何だと! ドミニク、裏切っていたのか!」

 

 更にルパートは打ちのめされる。

 ホログラム上ではドミニク・サン・ピエールがソファーまで歩いてきてルビンスキーの隣に座る。

 いつもの仕草でゆっくりとグラスにウィスキーを注ぎ始めた。

 

「あらルパート、裏切っているのは誰のことかしらね。あなたのこと? わたしのこと? いえここにいる全員が何かを裏切っているんじゃなくて?」

 

 そんな哲学的問答は知らない。ルパートとしては自分に取り込んでいたと思っていたドミニクが二重スパイのように相変わらずルビンスキーの側近でいる、その事実で充分だ。もはや手は読まれ、勝機はない。

 

 既にルパートのいる居間の陰にはルビンスキーの従者たちが隠れていた。

 皆がブラスターを持ち、ルパートに狙いを定めながら、ルビンスキーの指示を待つ。

 

 

 

 そしてルビンスキーは小さな溜息と共に非情の決断をして、小声で命令を発する。それを合図として従者たちは即実行に移す。

 

 ルパートはいくつもの光条に貫かれた。

 

「ルビンスキー、いつかはお前も、同じになる……」

 

 ルパート・ケッセルリンクは苦悶よりも憎しみの表情を残したまま、崩れ落ちる。

 それだけを言い残してこと切れた。

 

「ルパート、違う道を歩めばよかったのだ。父親が憎いのなら猶更だ。だがお前は反発するということで逆に父親にとらわれていた。それに自分で気が付かなかった。だから不幸になったのだ。哀れだとは思わん。自分でそういう道を選んでここまで来たのだから」

 

 それを言うルビンスキーもまた難しい表情を崩さない。これは決して楽しい出来事ではない。

 見果てぬことではあるが、いつかはルパートが成長し、通常の手段で取って代わるだろうという夢もあった。

 それはあまりに小さい可能性でしかなかったが、全くのゼロではなかったのだ。

 だが、今ここにその可能性は失われた。

 しかも和解とは真逆の結末で。こうなる運命と言って片付けられることではない。

 

 ドミニクだけがこの道化師たちの舞台を観ている。

 そこにもまた高揚はなく、ウィスキーを事務的に片付けるだけだ。

 

 

 

 しかしこれはこの夜の幕開けにしか過ぎなかった。

 その時、行動を起こした一団がいた!

 

 ルビンスキーはルパートの訪問のために、大事をとって別邸に移る。

 必ずそうなるとそう読んでいた者がいる。

 オーベルシュタインは非情にもルパートを捨て石にして、その別邸の方に侵入するよう部隊に指示を出した。

 

 今しかない。

 ルビンスキーが注意をしていない今、部隊は手際よく自動警備システムを切りながら別邸に侵入する。

 

 

 

 

 

 

 




 
 
次回予告 第七十四話  心の剣

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