見つめる先には   作:おゆ

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第七十一話 宇宙暦800年 三月 秘密

 

 

 リヒテンラーデはついに帝国の核心を告げる。

 

 

「オーベルシュタイン局長、本当は数百年前から始まっていたことかもしれぬ」

「……」

「じゃが、数年前の話からしよう。ブラウンシュバイク家とリッテンハイム家がいつものように小競り合いを続けていたころの話じゃ。どちらも相手の弱点を探ろうと努めておった」

「むろん存じております、宰相閣下」

「そして、ついにヘルクスハイマー伯爵がブラウンシュバイク公のエリザベート嬢に遺伝病があることを突き止めた。ヘルクスハイマー伯はそういう科学とやらに明るい者じゃった」

 

 遺伝病、というところでオーベルシュタインがほんのわずか表情を変えた。

 それにひきずられるように義眼の奥にチカっとまたたきが走る。

 

 しかしそれはあまりに重要なことである。

 劣等遺伝子排除法のある帝国では遺伝欠陥のある人間は大変に生きづらい。

 それがましてや帝位継承権保持者にあるならば、もはや話にならない。継承権どころの話ではないだろう。

 

「ヘルクスハイマー伯はリッテンハイム侯の腰巾着じゃ。ブラウンシュバイク公を陥とし入れる格好の材料と思ったのじゃろう。手柄になると思って喜び勇んでリッテンハイム侯に伝えた」

「それは当然でしょう」

「しかしヘルクスハイマーは失念しておった。エリザベート嬢に遺伝病があるなら、それは帝室にあるという可能性じゃ。それならばリッテンハイム家のサビーネ嬢も含まれる。それを懸念してリッテンハイム侯が調べると、はたしてサビーネ嬢にもあると分かった」

「今の皇帝に遺伝病が……」

 

 これにはオーベルシュタインも言葉を継げず、思案する。

 驚くべき内容だ。

 何と帝国の志尊の座には遺伝病を持ったものが座っているとは。

 

 

 

「するとヘルクスハイマーはリッテンハイム侯によって謀殺されかけた。それはそうじゃろう。リッテンハイム侯にとっても死活問題になる。口封じにかかって当然じゃ。ヘルクスハイマーは叛徒のところへ亡命を図ったが逃げ切れず、死んでしまいよった。科学には明るかったが政治には疎かったのじゃな」

「だからルビンスキーがそれを知ったと」

「その通りじゃ。やはり局長は明察じゃのう。その顛末を言おう。遺伝病の秘密情報を持ちながらヘルクスハイマー伯は亡命し、フェザーンを抜けるところまで行った。それを途中で止めたのはあのローエングラム公じゃ。秘密情報はすんでのところで叛徒へ渡らなかった。ところが叛徒の領地から帝国に帰る途中、フェザーン回廊を通る時に盗まれた。ローエングラム公がボロボロになった巡航艦を乗り換えた後のことじゃな」

「何とローエングラム公が関わっていたとは」

 

「まあそのことでローエングラム公を責めることはできん。なぜならローエングラム公の任務とやらは指向性ゼッフル粒子などというガラクタの方だったからじゃ。帝国軍としてはそれが大事なんじゃろうよ」

 

 この老人にはハードウェアに頼った最新鋭兵器など眼中にない。ヘルクスハイマー伯が同盟へのお土産にしようと思った指向性ゼッフル粒子などどうでもいい。

 何よりも情報が大事だ。

 それが、帝室に関わる重大情報ならなおさらだ。

 

「ともあれ遺伝病の情報はフェザーンで盗まれ、今それを持つのがルビンスキーだと」

「その通りじゃ。ヘルクスハイマーが逃亡していることと何か情報を持っていることに気がついたのじゃろう。悔しいがうまく情報を奪いよった。サビーネ嬢、いや皇帝の遺伝病の情報は事もあろうにアドリアン・ルビンスキーが握っておる」

 

 

 

 とにかくこれは驚くべき内容だ。

 

「これでは帝国はアドリアン・ルビンスキーに逆らえないということに」

「あ奴は中身をすぐには明かさん。切り札は切ってしまえばお終いじゃ。それをよく知っておるのでな。それで帝国はフェザーンの鎖に繋がれたも同然なのじゃ。今、ルビンスキーは宇宙の支配者気取りでおる」

「なるほど。しかし切り札になりえるほどの遺伝病とは」

 

「よう気が付いた局長。ここが一番大事なところなのじゃ。その病気がどんなものか、どんな風になるものか詳しいことを知っておるのはあ奴しかおらん」

 

 これではどうしようもない。

 確かに、今サビーネもエリザベートも何の病気の影もない。だからといって安心はできない。それに軽くても重くても遺伝病ということ自体重大なのだ。ここ帝国では。

 

「局長よ、手足でも何でも今不具合があるならいっそその方が良い。この場合は目に見えないところの病いかもしれん。先ごろからアマーリエ、クリスティーネ両名が体調不良の中におる。二人同時にじゃ。医者も役に立たん。考え合わせると遺伝病の疑いがある」

「今からでも遺伝病の詳細を調べることはできないのですか」

「それが、実際には遺伝病を突き止めたのが天才的な研究者らしくてのう。もう死んでしまったが。儂にもよう分からんが、まるで帝国の血筋のように長年絡み合って淀んだものとのことじゃ。今から調べて分かるものではない」

「では何としてもルビンスキーを排除し、情報を奪い返すと」

 

「そうじゃ。あ奴を屈服させて情報を提供させられれば良し、それができなければ、少なくとも情報が漏れることがないよう殺さねばならん。それから情報を奪う。オーベルシュタイン局長、これは帝国にとり絶対のことじゃ」

 

 

 それは、オーベルシュタインの予想を超えるあまりに意外な秘密であった。

 だが納得はした。

 

「理由は承知しました。お話頂けてお礼申し上げます、宰相閣下。それで実はもう動ける者を用意してございます」

「手際がいいのう。さすがはオーベルシュタイン局長じゃ」

「それはブラウンシュバイク公私領艦隊にいたシューマッハ大佐と申す者でございます。なかなかに有能な者と目を付け、話を通しています」

「よし、では早速じゃが策にかかるとしよう。帝国軍艦隊が整えばローエングラム公がフェザーンに攻め込んでしまうじゃろう。そうなるとルビンスキーめがどう出てくるかわからん。それまでに必ず決着をつけねばな」 

 

 

 

 

 そんな暗い話をよそに帝国では盛大に慶事が行われようとしていた。

 

 銀河帝国皇帝サビーネがついにラインハルト・フォン・ローエングラムと結婚する。

 

 結婚式の期日が定められ、全帝国に布告された。

 これは先に決定されていたとはいえ、改めて各人に感慨深いものである。

 一番冷静なのはラインハルトであったかもしれない。

 通常通り軍務省に出仕し、業務をこなす。

 むしろ周りの人間の方が落ち着かない。ラインハルトがふと書類から目を上にあげる。

 

「どうした、シュトライト准将。ずいぶんと落ち着かないようだが」

 

 シュトライトは落ち着かないとハンカチで顔を拭く癖がある。

 

「閣下は平気なのですか。いろいろと結婚の準備などございますでしょう。業務は私共がいたします」

「今の状態では卿の方が業務に向いていないのではないか。結婚するのは卿ではないのだぞ」

 

 そういうラインハルトも心配なことが無かったのではない。

 それはただ一つ。姉アンネローゼがこの結婚に対してどう思うか、である。

 だがそんな心配は杞憂に終わった。

 アンネローゼの方から通信をよこしたのだ。

 

「ラインハルト、わたくしからも結婚のお祝いを言わせていただきます」

「姉上、姉上からそう言ってもらえて、ようやく安心することができます!」

 

 ラインハルトの心配と今の安心はよく分かる。アンネローゼにとって弟の上気した顔を見るだけで充分だ。

 

「ラインハルト、実はサビーネ陛下とわたくしはずいぶん前から交流があったのです」

 

 

 これはラインハルトにとって意外ではなく、思い当たる節がないでもない。

 例えばあのブラウンシュバイク家の二人の助命など、アンネローゼが急に言い出してきたこともある。これは誰かが教えて助力を願ったからではないのか。

 

「サビーネ陛下は純粋な方です。これからも深い愛情を持ち、生涯変わらないでしょう。それは大事なことなのです。ラインハルトにはピンとこないものかもしれません。私の弟はそういうことに疎いのですから。しかし、それに応えていけば必ず大きな愛になり、二人は幸せになると確信しています。そして周りの人々まで幸せにできるでしょう」

 

 それはラインハルトにとってこの上ない祝福の言葉だった。

 しかし、ラインハルトには確認したいことがまだ残っている。

 最後の不安を取り払いたい。ここだけは直接アンネローゼの口から聞かねばならない。

 

「姉上、私から離れていったりしないでしょうか」

 

 アンネローゼもこの質問には目を見開いた!

 

 自分の弟は、これほどなのか。

 これから結婚するというのにそんなことを聞いてくるとは。

 そして当の本人はそれがおかしいこととは全く思ってもいない。

 

 今までは困惑はしても、アンネローゼにとってもちろん不快ではなかった。

 弟が姉を慕う、それだけであれば。

 

 しかしこれからは姉弟だけの問題ではないのだ。サビーネがこれに加わる。

 素直なのはラインハルトの利点だが、多少は困ったことだ。

 アンネローゼも妙案は浮かばない。

 

「ラインハルト、私はどこにも行きません。今度からはラインハルトとジーク、サビーネ陛下とお茶会をしましょう。サビーネ陛下もお菓子を上手に作ります」

 

 ラインハルトは、それならいい、という顔をした。

 

 アンネローゼはその問題については徐々にいくしかないと決めた。少し寂しいという感情を閉じ込め、会話の最後を締めくくる。

 

 

「愛のある国を作りなさい。これから銀河帝国を愛のあふれる国にするのです。人々を明るい光に導きなさい。必ずできます。これをジークと新しい目標にしなさい」

 

 アンネローゼは自分にはできなかったことを、これからのラインハルトとサビーネに託したい。

 

「分かりましたか、ラインハルト。大きな旗を掲げて進むのです」

 

 

 

 

 




 
 
次回予告 第七十二話 きらめき

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