見つめる先には   作:おゆ

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第六十九話 宇宙暦799年 九月 暗闘

 

 

 同盟第九艦隊の司令官はクーデターの拘禁から解放されたアル・サレム中将である。

 この部分では変わりがない。

 

 だが第九艦隊ではクーデター鎮圧の重大な功労者がいる。

 キャロライン・フォークがもちろんその貢献によって中将に昇進する。

 

 中将なら前線であれば艦隊司令官職である。後方部であれば統合作戦本部のしかるべき役職になる。キャロライン・フォークならば実績といいどちらでも可能だろう。

 しかしキャロライン本人はそのいずれの異動も断った。

 

「我儘が言えるのならこのまま第九艦隊へ留めて下さい。お願いします」

 

 

 

 その一方で第九艦隊の将兵はキャロラインの昇進に伴う離別に嘆いていた。

 

 もちろんモートンが中将昇進の上、第三艦隊へ異動になるのも打撃だ。

 その上キャロラインに去られては悲嘆するしかない。

 キャロラインは艦隊指揮における絶大な能力と、少し変わってはいるがある意味一途な性格と、そしてちょっぴり見かけとで艦隊将兵全員に愛されていたのだ。

 ついでに言えば妹を持っている将兵にはことさら人気が高かった。

 

 いつのまにか、無敵の女提督、亜麻色の要塞というのが彼女の通り名になっている。

 将兵はせめてお別れには艦隊全艦をもってしての見事なセレモニーで送ろうとした。

 アル・サレムに秘密で準備されていたが、もし分かられてもその前例のない大式典は黙認されたろう。

 

 しかし、キャロラインは最後の最後に第九艦隊残留が決まった!

 

 一つの艦隊で中将二人とはこれまた前例のないことだが、この二人は任官順でいえばむろん最古参と新任になる、そういうこじつけに近い理由でなんとか認められた。

 全将兵は喜んで送別会の予算を宴会の方へ使った。

 キャロラインは異動するモートンの手前、残留を大泣きで喜ぶことは抑えたが、完全に涙を抑えきることは難しい。

 

「ありがとうございます。私も、この第九艦隊が大好きです! これから最後まで一人も死なないで行きましょう」

 

 アル・サレム中将はキャロラインのありきたりで、しかし心のこもったスピーチを苦笑して聞いていた。この亜麻色の小娘が残って誰よりも喜んでいたのはアル・サレムだったのである。

 

 

 そして同盟第十艦隊はウランフ中将指揮のままである。

 

 第十一艦隊は欠番になる。残り少なくなっていた残存艦艇は第十二艦隊と第十三艦隊とに分かれて異動になった。

 

 第十二艦隊はボロディン中将指揮のまま変わらない。

 

 第十三艦隊の司令官はもちろんヤン・ウェンリーである。このころから第十三艦隊はヤン艦隊という言い方が広まり、公文書以外ではそう言われている。もちろん艦隊戦力の私物化に眉をひそめる人間もいないではないが、これまでのヤンの功績を考えたら積極的な反対はしない。そしてむろんヤン自身は否定も肯定もしない。自分の意見で一方行へ意見を統一することなど「民主的でない」からである。

 

 この第十三艦隊は帝国に対する最前線守備であるイゼルローン駐留艦隊を兼ねている。

 そこで増強され、同盟軍で突出して大きい二万一千隻を持つ艦隊になった。

 これはイゼルローン要塞が一度に収容できる艦数を超えてしまう。

 艦隊は交代で哨戒に出ればいいとしても要塞の居住スペースは五百万人分しかない。艦隊将兵ばかりではなく家族もいるとなると、明らかに足らなくなってしまう。これは帝国軍では家族連れの赴任という概念がなく、イゼルローン要塞が将兵の家族分を考えたつくりになっていないからであり、早急に増設が必要になる。

 

 ヤンはまたクーデター鎮圧の功により元帥昇進の声もあった。

 

 本人はそんなことよりも統合作戦本部に願い出たことがある。

 帝国から亡命してきたメルカッツ提督とファーレンハイト提督を第十三艦隊に客将待遇で加えてほしいというものだ。

 本部は最初は難色を示した。その両客将の能力や性格という問題ではなく、子飼いの将に恩を売り、固定化するのはまさに辺境の軍閥化の始まりではないか。ただでさえ艦隊司令官職は異動が少なくて私兵化しやすい。ある程度は黙認できても簡単に決められない重大な問題だ。

 帝国と違い、同盟では元帥というのは大将の上という意味であり、帝国のような元帥府を開いて人事権を持つということではない。しかしながら積極的に派閥化を試みたロボス元帥の例もある。

 

 しかし、これも最後には認められた。

 一つには、ヤンが先のクーデター鎮圧で最も積極的だった。つまり、民主主義堅持の動きを実際の行動をもって見せたことだ。

 

 もう一つは、この二人の提督を有効に使わなければ勿体ないという理由だ。

 先の帝国軍との戦いは見事に尽きる。その有能さは証明された。しかし艦隊司令官にするのは論外、分艦隊程度であってもハイネセン近くでは危険だ。それならむしろ一番遠いイゼルローンに置く方がマシという判断による。

 

 

 

 

 同盟軍の艦隊人事はほぼ固まった。

 だが、総数としては最盛期に遠く及ばない。

 特にモートンやカールセンなどの中将指揮下の艦隊はナンバーが付けられていても半個艦隊程度の艦艇数のものが多い。

 

 全て併せても十一万から十二万隻までいかない。

 

 この艦隊戦力で今からも帝国と渡り合わなくてはならない。

 相手となる帝国軍は逆に史上空前の艦艇数十九万隻に達するというのに。

 

 同盟軍は再建までの長い間、イゼルローン要塞の力で防衛していくしかない。

 

 

 

 同盟は政治面において、軍の素早い再編成とは違って、未だ大いに乱れている。

 

 最高評議会はジョアン・レべロが暫定議長を務めている。

 これだけの事件の後、レベロの多忙を極めた業務をホアン・ルイが一生懸命補佐している。

 ホアン・ルイは、レべロとは昔からの付き合いだ。

 レべロが精神的にもろいところがあるのを知っている。

 その心の均衡のため、負担を減らしてやらなければならない。普段は皮肉屋のホアン・ルイも生真面目にこなす。

 

 国防委員長はアイランズが大過なく勤めていた。

 そこでも暇ということはない。当面の業務は民主主義の軍が健在であることを同盟内各星系にアピールすることだ。ハイネセンから始まったクーデター騒ぎとそれによる経済・通商の混乱について各星系は不信感を強めている。

 同盟は帝国ほど中央集権ではない。今はだいたいハイネセンが中心となり政治を行っているが、元々は文字通り各星系の同盟、なのである。その人的経済的負担によって同盟軍は成り立っている。

 

 

 

 そして政治的には特記すべきことがあった。

 

 あのヨブ・トリューニヒトが姿を現したのだ!

 クーデター騒ぎの時にはまったく消息不明だったのに。今になって。

 それは本人が思ったようなヒーロー登場というものではなかった。記者会見で颯爽と健在ぶりを示し、政界でイニシアチブをとるつもりが、かえって取り押さえられるような形になってしまう。

 評議会議員にはその任期中の不逮捕特権があるので曲がりなりにも拘束はないが、任意の聴取はある。

 

 その原因はロボス元帥だ。

 

 ロボス元帥がヨブ・トリューニヒトと結託していたことを暴露した。

 このクーデターが進展したのは理由があり、トリューニヒトからの各種情報の横流しによって政府要人と政府中枢を押さえることができていた。その見返りはトリューニヒトの保全とクーデターが安定した後の副リーダー格という地位である。

 ロボスの暴露はそれだけではなく、トリューニヒトが憂国騎士団を事実上操り、長きに渡って政敵に無言の圧力をかけていたことまで明らかにしたのだ。

 

 おまけにその裏金の資金源は軍需物資関連企業からの莫大なリベートだった。これまでヨブ・トリューニヒトはどちらかというとスマートなイメージで売ってきた政治家だ。

 それがこんな暗部があったとは。

 もはや政治生命はお終いだと誰もが考えた。しかし、不思議なことにヨブ・トリューニヒト本人は少しも頭を垂れる様子がない。

 

「今のうちだけだ。いずれは、私が主役になる。宇宙のゲームは始まったばかりだ」

 

 意味深な言葉を残している。

 

 

 

 

 そして宇宙の別のところでは、間違いなく今回の主役が存在した。

 

「少し失敗したな。ルパート」

「自治領主閣下。失敗と言うべきものでしょうか。自由惑星同盟はクーデターで少なからず傷つきましたが。これにより軍事物資も高く売れるでしょう」

 

 アドリアン・ルビンスキーがそれに失笑を返す。

 

「傷ついた? ルパート、あまり失望させるな。表面上はそう見えるかもしれない。だが、そんなことしか見えないのでは愚か者だぞ。自由惑星同盟は間違いなく強化された。軍の体制とその司令官を見れば一目瞭然だ」

「…………」

「今までの同盟軍とはまるで別物になった。むしろクーデターがない方が帝国にとっては遥かに組し易かったろう。今ではそう簡単にはいかない」

「私の見る目が至りませんでした。自治領主。しかし結果は同じになるのでは? ラインハルト・フォン・ローエングラムは戦争の天才、どのみち同盟を併呑するでしょう。それまでフェザーンとしては必死にあがく同盟に物資を高く売りつけ、債権として多くを押さえればそれでいいかと」

 

 この馬鹿、そうルビンスキーは言ってやりたかった。

 

 そううまくいくものか。

 軍事的天才は宇宙に一人ではない!

 同盟にもその天才がいるではないか。どこを見ている。

 

 ルビンスキーはソファーに座りながらグラスに酒を注ぎ足す。

 まあいい。そこまでルパートに語っても仕方あるまい。

 言葉を変えた。

 

「今回の策は実行は簡単だが、結果は思いがけないものになったな」

「確かに。あのロボスという男、少しの操作で暴発しました。本人は最後まで自分の意志で事を起こしたと思っているでしょうが。フェザーンに踊らされているとも知らずに。いや、知っても認めないでしょう」

 

 その言葉にはルビンスキーも大いに同意してうなずいた。

 

「元々の性質を見極めれば振れ幅を大きくするだけだ。力の方向とタイミングさえ誤らなければ指先一つでブランコをどこまでも揺らすことができる。自慢するほどではないぞ、ルパート」

 

 

 ルビンスキーはグラスをわずか揺らした。

 からん、と氷が音を立てる。

 

 次の嵐がここフェザーンであることを予感させない済んだ音色だった。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第七十話  惨敗

ついにルビンスキーvsリヒテンラーデの戦い!!

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