見つめる先には   作:おゆ

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第六十六話 宇宙暦799年 七月 同盟騒乱~帝国の急襲

 

 

「ヤン提督も朴念仁ですなあ」

 

 ヤンとジェシカを観察するのはキャロラインだけではなかった。

 その声にキャロラインが振り向くとシェーンコップもまたいたのだ。

 

「ヤン提督にしては上出来なのに、勿体ない。先ずはトライしてみなければ」

「ふざけないで下さい!」

 

 キャロラインはついシェーンコップに八つ当たりしまう。

 

 親友フレデリカのことを思うとジェシカという女にはこのままヤンの前からフェードアウトしてほしい。

 

 ただ、ヤンとジェシカにもドラマがあるのだ。

 自分やフレデリカよりも向こうはさすがに年長だけあって複雑なドラマなのだろう。

 

 

 

 クーデターが終わり、ビュコック大将、アル・サレム中将、パエッタ中将、ウランフ中将などの拘禁されていた将たちが解放された。

 代表してビュコック大将がヤンに話しかける。

 

「いや、面目ない。クーデターであっさり捕まってしまった。注意されていたのに儂らの用心が足りんかった」

「いえいえビュコック提督、ご無事で何よりです」

 

 次にはアル・サレム中将がヤンに挨拶する。

 

「私は捕まっただけだが、うちの艦隊のブラコン娘が役に立ったようで嬉しい」

「本当にそうです。もう一つ、そのお兄様もかなり役に立ちましたよ」

 

 

 続いてヤンに近付いたのはシトレであり、ヤンはあわててベレー帽を取る。

 

「シトレ退役元帥、いや、その、ご迷惑かけました。市街地で市民と共に戦ったと聞きました」

「あのままでは無謀なことをしそうだったので、少しばかり手を貸しただけだ。それにしても君のクーデター鎮圧は見事だったな」

「恐れ入ります」

「しかし、ハイネセンの空でスパルタニアンを見るとは思わなかったぞ。優等生にはできない考えだ」

 

 シトレが朗らかに笑う。シトレにとってヤンはいつまでも士官学校の劣等生だ。

 

「上手くいったのはみんなの協力があったおかげです」

 

 そう、思い返せば皆の協力のおかげだ。

 鎮圧を成し遂げたスパルタニアンも、ローゼンリッターも。クーデター艦隊を破ったみんなも。

 それに何より、ハイネセンで地味に粘り強く戦ってきてくれたキャロラインたちのおかげだ。

 航路データを失ったままでは何もできなかったはずだ。

 このクーデター鎮圧は決して順風ではなく際どいものだった。

 

「しかし、シトレ先生こそ見事な指揮で戦車を破ったと聞きました。現役復帰をなさらなければ同盟にとって勿体ないことです」

 

 このヤンの発言は同盟軍の現状を言い表している。

 

 

 上層部の人材不足は酷いものになりそうだからである。

 

 解放されたとはいってもクブルスリー本部長はアーサー・リンチにより重傷を負い、入院は長いものになる。

 そして負傷したグリーンヒル大将も同じように病院にいる。

 

 その報を聞いたフレデリカは父が生きていたことで一瞬喜びを表したが、仕事の手を休めることはない。

 その様子を見たヤンはフレデリカに気を遣い、病院に向かわせようとした。

 

「いいえ、これから忙しくなる時に私用で艦隊を離れることなどできません」

 

 確かにクーデター後の後始末で仕事は山積みだ。

 フレデリカはあくまで生真面目に秘書官の任を全うしようとしている。そこでヤンが一計を案じる。

 

「困ったな、少佐。これも任務なんだよ。クーデターの責任を感じたグリーンヒル大将が滅多なことをしないように、誰かが一日中見張っていなくちゃいけない。これは結構大変な任務だと思うんだが。誰かにさせるのは気の毒だろうになあ」

 

 ヤンのいたわりと優しさが身に染みた。

 それを素直に受け、フレデリカはやっと病院へ向かう。一刻も早く父に会いたいのは当たり前だ。

 

 

 

 

「フレデリカ。お前にもヤン君にも合わせる顔がない。クーデターを防止するのに何の役にもたたなかったどころか一時その首班などになり、クーデターにいいように利用されてしまった。そのためにクーデターが長引いたようなものだ。これは償いがつくだろうか」

「いいえお父さん。お父さんはみんなの事を思って精一杯頑張って来たんだわ」

 

 フレデリカは本心からそう言う。

 

「みんなが分からなくても私には分かっているわ」

 

 フレデリカは自分のそんなセリフに既視感がある。

 これは、誰かのセリフだわ。

 あ、キャロラインだ! ブラコンを発揮する時に言ういつもの言葉ではないか。

 とすると私はファザコン? いいや、私にはヤンがいる。

 

「お父さんは頑張ったのよ。今はゆっくり休んで」

 

 

 

 ヤンの方はそれからも忙しく、次にドーソン大将の話を聞く。

 

「ブロンズ君には、気の毒だった。ヤン君にも苦労をかけた。側近として私がロボス元帥を止めていればこんなことにはならなかった。私の力不足だ。本当に申し訳ない」

「起きてしまったことです。ドーソン大将」

「ホーウッド君やルグランジュ君なども残念だ。本当に皆純粋な将で、同盟のことを思っていたのに…… 同盟は大きな傷を受けた。これからできるだけ早く癒さねばならん」

「ええ、その通りだと思います」

 

「話はもう一つある。ベイ大佐がグリーンヒル君を害そうとした時に語っていたそうだ。誰かの手先になっていると。ヤン君もたぶん見当がついているのではないかな。クーデターと憂国騎士団には繋がりがある、それは事実だ。とすれば同盟政府内も怪しい」

「軍部を弱め、自分の立場を強化する、とすれば限られた人物でしょう。しかしそれ自体はあまり大したことはないと考えます。むしろそんな動きに必要な資金を用意した勢力に興味があります」

「なるほどヤン君の言う通りだ。そして同盟は曲がりなりにも政治資金をチェックする機能くらいはある。同盟内の資金なら大それたことはできないはずだが、ということは……」

「お察しの通り、フェザーンが噛んでいることはほぼ確定です。しかし今はフェザーンにしろ帝国にしろこちらから手を出せる時期ではありません」

 

 ヤンが考えるには、ロボスの権力への妄執が発端のクーデターだとしても、決してそれだけで成し得たものではない。

 おそらく協力者がいるだろう。派閥を好むロボスのことだ、政府内にも繋がりがあったに違いないのだ。そして資金源としてはフェザーンしか考えられない。

 ついでに言えば実行に際しての具体案や人員は帝国から持ち込まれた可能性が高い。

 

 何とも頭の痛いことだ。だが今の優先順位は同盟の立て直しの方である。

 

 

 

 

 最後にヤンはキャロラインやモートン、カールセンからも報告を受ける。

 

 ハイネセンでの一連の動きをここで聞いた。

 特にロボス元帥の仕掛けた爆弾の話を改めて詳細に知ることになった。

 

「そうだったのか…… しかし驚いた。そんな最悪な事態だったとはね。そこまで卑劣なことをする人間が同盟軍の元帥だったとは、どうにも締まらない」

「それが、現実なのですね」

「そう、現実だ。しかし、どう受け止めるかはこれからの問題だ。全ては我々のこれからにかかっている」

 

 そしてヤンはキャロラインに優しい表情を向けた。

 

「それはそうと、話を蒸し返すようで悪いがアルテミスの首飾りでは見事にしてやられた。自信があったのになあ。あんな策で防がれるとは、さすがに無敵の女提督だ」

 

 これにはキャロラインも几帳面に返す。

 

「いえ、ヤン提督がシリーユナガルに寄っておられたので類推しただけです。そこには氷塊くらいしかありませんから、予想を絞ることができました」

「でも大したものだ。その対処にアルテミスの首飾りの方を動かすなんて」

「いいえ、それほど良い戦術ではありません。もしヤン提督が機雷をネットに多数くくりつけて首飾りを包みこんでくる策でくれば、対処はもっと難かしかったでしょう」

 

 おや、そんな方法もあったのか!

 次に何かあった時のために覚えておこう。

 

 

 キャロラインはそんな会話ももどかしく、早く聞きたいことがあった。

 

「それで提督、兄アンドリューは降下していないのですか? まだ旗艦ヒューベリオンに?」

「そのことだが、実はもうアンドリュー・フォーク准将はイゼルローンに向けて出発している。せっかくなのに会わせて上げられなくて済まないと思っている」

「そうですか……」

 

「仕方がないんだ。アッテンボローと共に帰らせる必要があった」

 

 あ、そういえばアッテンボローもいない。

 キャロラインはヤンからそう言われてやっと気が付いた。一体どうしたのだろう。アッテンボローがいればここに一緒のはずだ。

 

「これは万が一にもクーデター派の残党に聞かれてはいけない。手短かに言おう。」

 

 ヤンの態度が真剣になった。何事か。

 

「今、イゼルローン要塞に帝国軍が来ている」

 

 それはあまりに重大な事実だ!

 

 イゼルローンへ帝国軍の侵攻が来ているとは、間違いなくこの同盟の騒乱の隙を突いたもので、あまりに巧妙なものだ。

 結果イゼルローン要塞は最小限の戦力でそれを食い止めなければならなくなっているとは。

 キャロラインも固まる。兄と会うことなど考えている場合ではなかった。

 

 

 

 

 それは、ヤンの第十三艦隊が停止したアルテミスの首飾りをすり抜け、ハイネセンポリスへの降下作戦を始めて間もなくのことだ。

 

 イゼルローン方面から急報が入った!

 

「帝国軍が回廊に侵入しつつあり、至急来援を乞う! 数、およそ一万から一万一千隻!」

 

 ヤンはそんな火事場泥棒のように帝国軍が、とは考えなかった。

 

 むしろ逆だ。

 帝国が仕掛けてくるには遅すぎる。

 

 帝国から仕掛けるのならば、一番効果的なのはもちろんクーデター真っ最中だ。

 そうであればクーデターは長引き、同盟の消耗はもっと激しかったはずだ。

 少しでも第十三艦隊の出動を妨害されたらクーデター鎮圧は格段に難しくなった。それはわずかな兵力を見せ玉に使うだけで可能だったのではないか。帝国軍が来れば同盟はまとまったかもしれないが、それはクーデターの終息を意味せず、長引くのは間違いない。そして長引くほど経済的な損失は計り知れないものになるのだ。

 もちろん大規模に侵攻してこられたらもっと酷いことになる。同盟領はどうなることか。

 

 だが現実の帝国からの侵攻は不可解だ。

 タイミングも外しているし、規模も中途半端な数ではないか。牽制にしては多いし、同盟領に雪崩れ込むには少なすぎる。イゼルローン要塞の奪取だけを狙ったものだろうか。

 

 

 

 しかしこれはヤンの知らぬところで、全て帝国の読みが甘かったせいだ。

 

 帝国としてはクーデター側が勝つ可能性の方が大きいと考えていた。

 クーデターは順調に進み、押さえた艦隊勢力はクーデター派の方が格段に多い。同盟で有力な第十三艦隊、第九艦隊が反クーデターなのは織り込み済みであるが、それもどうにかなると考えた。

 

 もう一つ理由がある。クーデターによるものといえど首都星ハイネセンを押さえた事実上の政府として立ったのである。ヤン・ウェンリーがその臨時の政府に従うのではないかと思ったのだ。

 これほどヤンがクーデターを何としても倒そうとするとは思わなかった。

 クーデターは曲がりなりにも軍事優先をうたい文句にしている。それに反対をするとは軍人として得なことは何もないはずだ。おかしいではないか。

 

 つまり帝国は、ヤン・ウェンリーの独裁政権嫌いの強さを見誤ったのだ。

 帝国の軍務省情報部にいる官僚たちの間違いだ。

 しかしその分析力が弱いとは責められない。

 というのは帝国とはそもそも、軍事独裁政権のある意味延長線上にある政体であると言っていいい。帝国人としてはごく当たり前に軍事独裁政権を受け入れる発想をしてしまう。

 

 そこが見通しを誤った根本だった。

 

 同盟クーデターの経過を見ていたラインハルトはその慧眼で見抜き、断を下した!

 帝国軍の情報部分析班の報告は無視した。会議でまとめられたそんなものは天才の閃きに優るはずもない。

 

 ラインハルトの見るところ、同盟のクーデターは成功せず、むしろ瓦解へ向かっている。だとすれば急いでヤン艦隊を牽制した方が騒乱が激しくなって消耗するという判断をした。それは結果的に正しい。

 本来なら大部隊で一気にイゼルローン要塞を攻めるべきだったろうが、帝国もそれには準備が足りなかった。しかし、何もしないのはあまりに芸がない。

 

 ラインハルトは若手の将に経験を積ませるのも良しとして送り出した。今の帝国の双璧に続く次世代の艦隊司令官を育てるのも重要だ。

 ラインハルトの麾下の若手にはブラウヒッチ、カルナップ、アルトリンゲン、トゥルナイゼン、ゾンバルト、ヴァーゲンザイルなどがいるが、最も有望な二人に命じた。

 

 クナップシュタイン少将とグリルパルツァー少将である。

 

 この二人は一万隻余りを率いて出立し、ただちにイゼルローン回廊に侵入する。

 

「チャンスだ! これで俺たちも戦果を挙げ、もっと上に行ける。もしもイゼルローン要塞を陥とせば中将、いや大将にもなれる」

 

 

 




 
 
次回予告 第六十七話  イゼルローン防衛戦

一難去ってまた一難!

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