見つめる先には   作:おゆ

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第六十四話 宇宙暦799年 七月 同盟騒乱~エース

 

 

「せめて私を殺す目的くらい知りたいものだ。ベイ大佐」

「…… このクーデター騒ぎを予想し、いったん隠れてはいるが再登場する予定の方がいます。その方のために少し掃除をしておこうというわけです。特に邪魔になりそうな同盟軍でも良識派と呼ばれる方々を。せっかくクーデターも収まりそうなのに殺されるとは、気の毒に思いますよグリーンヒル大将」

 

 ベイ大佐はグリーンヒル大将の問いにそう答える。

 肝心の上司の名を言わないまでもそこまで話すとは、本当に気の毒に思ったせいなのだろうか。だからといって殺すのを止める気はさらさらないようだが。

 

 小銃にかける指にゆっくりと力を込めていく。

 それを目にしながら、グリーンヒル大将は少しも無様なところを見せず、手錠をかけられた姿ながら毅然として立っている。

 最後の最後まで誇り高い自由惑星同盟の将であろうとしているのだ。

 

 

 ところがここで助けが来る!

 ドーソン大将がやっと到着したのだ。

 

「ベイ大佐! やめるんだ!」

 

 ドーソン大将は走って通路の角を曲がったのだが、その先の方に人影が二人、ベイ大佐とグリーンヒル大将がいるのを見た。

 そして状況を素早く読み取る。

 この危機を打開するために敢えて叫び、ベイ大佐の注意を引く方を選んだ。

 

 その後ブラスターも撃っている。

 しかしこの距離ではブラスターの精度で当たるはずもない。

 

 逆にベイ大佐もまたドーソン大将へ向けてブラスターを一発撃つ。当たらずとも牽制は必要だからだ。

 これにはドーソン大将もいったん動きを止めて伏せるしかない。

 

 ベイ大佐は直ちにグリーンヒル大将を殺しにかかる方を選ぶ。

 先にこちらを片付け、次にドーソン大将を片付けるべきだ。さすがに優秀な情報部大佐、優先順位に迷うことはない。

 その後ドーソン大将と銃撃戦になろうとも充分に勝てるはずだ。

 ある程度の距離があればブラスターより小銃の方がずっと威力も精度も高い。

 

 ところが、澱みなく動いているつもりでもドーソン大将に目をやった分だけ一瞬の隙になってしまった。

 そこを見逃さず、グリーンヒル大将は身を屈めてベイ大佐へタックルを仕掛けける!

 

 ベイ大佐が撃つ。

 グリーンヒル大将の肩に当てたが致命傷ではなく、勢いを止められたわけでもない。タックルは有効になる。

 グリーンヒル大将もベイ大佐もよろけ、ブラスターを取り落としてしまう。

 さすがに小銃は肩紐のために落とすことはない。

 しかしそれで充分だ。

 グリーンヒル大将は転がりながら手錠ごと指を伸ばし、ブラスターを取る。

 

 ベイ大佐が改めて小銃を向けようとする間にそれを撃つ。どこかに当たったようだ。

 ベイ大佐の方もまた撃ったが、それは遠く外れる。

 

 次の一撃、グリーンヒル大将のブラスターはきちんとベイ大佐の胸部に当てる。

 

「こんなはずでは……」

 

 ベイ大佐は崩れ落ちた。

 大それた悪行を企てた割には最期の言葉はありきたりのものだった。

 

 

 

 

 これと同じ時、統合作戦本部ビルの前に重厚なバリケードと十数台もの戦車が並べられている。

 

 むろんクーデター派のものであり、ヤン艦隊から降下してくる陸戦隊に備えてのものだ。

 

 素直に統合作戦本部を鎮圧されてなるものか。

 最後の抵抗を試みるつもりなのである。クーデター派のロックウェル少将、リンチ少将、クリスチアン大佐は健在だ。

 

 しかしながら防御の準備をしている最中、事件は起きた。

 

 ロックウェル少将がリンチ少将を連れ出し、一部屋に招いている。最終作戦の打ち合わせをそこで行うと言って。

 その部屋には他に数人がいたのだ。

 彼らは会議をすべきような指揮官級ではなく、しかも各々がブラスターを既に手に持っているではないか。あまりに物騒である。

 

「ロックウェル少将、これは…… 最終作戦の話と聞いていましたが」

「いいやアーサー・リンチ少将、最終作戦だよ」

「何ですと……」

 

「これからそれをするわけだ」

 

 わけも分からないアーサー・リンチをロックウェル少将がいきなりブラスターで撃つ!

 

 アーサー・リンチは腹を撃たれた。そのまま壁にもたれてずり下がり、座り込む。

 もはや致命傷、力は入らず動けない。

 

 

「くそ、ロックウェル少将、裏切りを……」

 

 何とロックウェル少将はクーデター派から寝返ったのだ!

 それにより断罪から免れるつもりでいる。

 途中から「反省」をした証拠としてクーデター派の将を殺すという挙に出る。その手頃な標的としてアーサー・リンチを狙ったというわけだ。

 

「人を見る目がなかったな、リンチ少将。乱戦で命を落とすよりマシだろう。どうせならその命は我々が恩赦を得るために有効活用させてもらう」

「馬鹿どもが……」

「裏切り者ということではリンチ少将、そっちが先輩だ。そのために帝国の捕虜になっていたくせに。このクーデターで名誉挽回の夢を見れただけで満足すべきだろう」

 

 ついでロックウェル少将の仲間である裏切り者たちもリンチを撃った。

 まるで撃つことがクーデターの免罪符になるかのような乱射だ。

 

 アーサー・リンチをいくつもの銃撃が貫き、絶命させた。

 

 

 その一瞬後のことだ。

 今度はクリスチアン大佐が一団を引き連れこの部屋に飛び込んできた!

 

 クリスチアン大佐はロックウェル少将の怪しげな行動を不審に思い、ここへ来たのだ。

 アーサー・リンチの死んでいる惨状を見て取ると、クリスチアンの顔が歪む。

 そして連れてきた兵士たちへ短くも厳しい命令をする。

 

「やれ!」

 

 数も錬度も違い過ぎる。

 ロックウェル少将たち裏切り者はなすすべもなく撃ち倒されていく。

 

 クリスチアン大佐は同盟軍の力の信奉者であり、クーデターに心から賛同している。ロックウェル少将の裏切りを許すはずもない。

 

 そこへ恐怖にひきつるロックウェル少将が必死に命乞いをする。

 

「正式な裁判を求める。助けてくれ、待って……」

 

 そこには、自分が優位に立ってリンチを殺したときの不敵さなど微塵もなかった。

 立場を変えて逆に追い詰められた今、哀れに地を這いつくばっている。

 そこには人の美しさなど何もない。自分の死ぬ順番を少しでも後に延ばそうとする無様な姿があるばかりだ。もちろん、そんな命乞いに何の意味もない。

 

 

 

 

 ヤンの第十三艦隊から鎮圧の部隊がシャトルで降下してきた。

 もちろん第十三艦隊の誇る最強白兵戦部隊ローゼンリッターである。

 可及的速やかな鎮圧を狙って、出し惜しみはしていない。

 もちろんクーデター派の散発的な抵抗などあっという間に排除し、通信施設や武器庫などを押さえながら進む。そしてついにクーデター派の最後の拠点、統合作戦本部前まで到達した。

 

 ここにきてローゼンリッターにも慎重さが必要となる。

 

 クーデター側はクリスチアン大佐が指揮を取り、戦車を動かしてきたのだ!

 

 本来はこんな市中心部で使うような兵器ではない。

 戦車の中でも充分な装甲を持つ主力戦車であり、軽火器はもちろんのこと、携帯ロケット弾を使っても突破は不可能である。

 

 二十台にもなる戦車相手には白兵戦で敵なしのローゼンリッターでも手こずらざるを得ない。

 おまけにローゼンリッターは極力建物やインフラを破壊しないように気を回すのに対し、戦車の方は周囲への被害もお構いなしに主砲を使って撃ってくる。

 重く響くグン、という音の次には破壊音と共にどこかが吹っ飛んでいる。

 

 もちろんそれで素直にやられるローゼンリッターではなく、死角へ回り込みながら反撃を狙うがそれには時間を要するだろう。

 

 

 

 だがしかし、ここで変化が訪れる。

 

 ふいに戦車の一台から、カッという音がした。

 

 一瞬後、その戦車は地鳴りを立てて爆発、炎上した。

 その爆風で建物のガラスが一階から順に上の方まで割れていく。

 近くに止めてあった車がひっくり返った。庭園の木が普通には見られないほど激しくしなる。

 それが治まると焦げた塗料や飛び散った油の匂いが立ちこめてきた。

 

 戦車が一台、完全に破壊されたのだ。

 

 その原因は地上ではなく空にある。

 敵も味方も全員がそれを見ようと目を上げた。

 

「そんな馬鹿な!! スパルタニアンが!」

 

 指揮戦車内でクリスチアン大佐が驚愕の声を上げたが、それはローゼンリッターを含め誰しも同じ思いだ。

 

 空に飛行するスパルタニアンの姿が見えるではないか。それも四機。

 

 そんなはずはない!

 スパルタニアンは制宙権を得るための制圧艦載機、当たり前だが宇宙空間で動くように作られている。

 

 惑星重力下、しかも大気圏内での飛行は全く考慮されていないはずだ。

 空気抵抗など毛筋ほども考慮されていない故に、機体は激しく抵抗を受ける。空気抵抗は速度の三乗で上がるのだ。スパルタニアンはそれを避けるような流線形などではなく、むしろただの箱型に近い形なのである。

 しかも突き出た銃身やアームが乱気流を引き起こし不規則な力が機体のあちこちにかかる。

 

 バランスが保てるわけがない。

 

 更に重力という普通の操縦にはない異常な力がかかる。

 無理だ。

 操縦は空恐ろしい難易度になる。真っすぐ飛ばすことさえ普通の者にはできはしない。

 

 

 しかしこの場合はパイロットの方が普通などではなかった!!

 

「いよう、コーネフ、戦車は撃墜に入るかな。だったら数に入れていいだろう?」

「こんなことは考えてなかった。ポプラン、戦車は地面に転がるだけで堕ちるわけじゃないから数には入らない」

「ちぇ、しけた奴だぜ。まあいいさ、俺様くらいのエースになれば数字は問題ないからな」

「しかしポプラン、こいつはなかなかできる経験じゃないぞ」

「まったくだ。ヤン艦隊にいると退屈の海で溺れ死ぬことだけはないときた」

 

 

 その四機とはヤン艦隊の誇るスパルタニアンのエース級、ヒューズ、シェイクリ、コーネフ、ポプランだ!

 

 ヤンはその四人ならばハイネセンの大気圏でも飛べると信頼して送り出した。

 

 クリスチアン大佐が驚きから回復し、その迎撃を狙う。

 戦車群が慌てて主砲の仰角を目いっぱい上にあげて撃つ。戦車砲というものは初速が速く、狙いさえつければ充分高射砲の代わりになる。

 

 スパルタニアンはいったん機動力でそれを回避にかからなければならないが、こんな重力圏下では普段得意とするアクロバット飛行で避けることはできない。

 ヒューズやシェイクリは慎重にZ字飛行を取る。

 

 ところが、ポプランだけは宇宙でやるようなアクロバット飛行を続けようとする。

 

 

「あの馬鹿! 墜落して自爆したいのか」

 

 コーネフが呆れるしかない。ポリシーや酔狂も時と場合による。

 そんなポプランに狙いをつけた戦車がいた。

 それをすんでのところでコーネフが斃す。

 知ってか知らずかポプランは今度は垂直降下をかけて二台目の戦車を破壊した。続いてもう一台斃す。

 

「ん~、ちょっとは慣れてきたぜ。天才の俺様には大気圏も関係ない」

「調子に乗るなポプラン。また危ないことをしたとイブリン・ドールトンに言いつけてもいいか」

「コーネフ、一つ言っておく。大気圏の戦闘と怒ったイブリンではどちらがより危険だろう。親友を危険に遭わせないためには賢明な選択が必要だと思うぜ」

 

 

 ポプラン達スパルタニアンの活躍で、クーデター側の戦車隊はそっちに引きつけられた。その隙を見てローゼンリッターも動き出す。

 統合作戦本部前のバリケード内にゼッフル粒子発生装置を投げ入れることに成功した。

 これで慌てて銃撃がやむ。ゼッフル粒子の爆発力を考えたら引火すればお終いだ。

 

「よし、突入だ。クローネカー、ドルマン、行くぞ!」

 

 シェーンコップの指示が飛ぶ。

 

 今までの銃撃戦でもローゼンリッターは規格外に強かった。

 しかしそれはこれからの前座に過ぎない。今からの白兵戦こそがその本領だ。

 

 戦闘用斧を振るっての本当の肉弾戦を展開する。

 重力下で装甲服はかなりの重量になるはずだが、鍛え上げられた肉体には何ほどでもない。

 

 バリケードの背後に躍り込むやいなや一方的な戦闘が続く。

 

 クーデター派ももちろん必死の抵抗をする。

 しかし、必死さは冷静さを失わせしめるだけで技量を高めるわけではない。

 次第に建物内に押し込められていく。ハーベイというこのバリケードの前線指揮官をローゼンリッター副司令のカスパー・リンツが討ちとった。

 統合作戦本部の制圧は時間の問題だ。

 

 

 だが気を抜いてはならない。

 全体を見るシェーンコップは、生き残った三台ほどの戦車が逃亡にかかり、ハイネセンポリスの市街地に向かっていくのを知った。

 これはまずい状況だ。

 市街地に入られたらスパルタニアンでもどうにもならず、戦車は威力を振るい放題、その戦力でまさに独壇場になってしまう。

 

「しまった、リンツ、統合作戦本部は任せた。ブルームハルト、ロイシュナー、ついてこい」

「准将、戦車相手の市街戦は危険です」

「なあに、いい運動さ。ちょいと片付けてくる」

 

 

 シェーンコップはもう一つどうでもいいことを付け足した。

 

「それに統合作戦本部で戦ったのでは美女のキッスという役得がない」

 

 

 

 




 
 
次回予告 第六十五話 同盟騒乱~ヤンとジェシカ、二つの魂

こ、これはまずいぞヤン……

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