見つめる先には   作:おゆ

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第六十三話 宇宙暦799年 七月 同盟騒乱~結末の時

 

 

 コンピューターは抽象的な質問を出してよこした。

 

 多くのデータからロボス元帥の性格・性向を知り尽くしている。

 それで質問を選んで組み立ててくるのだ。そして答えを正確に判定する。

 単にアクセスコードの文字の羅列ではロボス本人が忘れてしまうか、覚え書きを盗まれるかもしれない。そこでこんな双方向質問形式のプロテクトにしたのだろう。何とも巧妙で憎らしいプロテクトだ。

 

 さあ、ロボス元帥ならば即答できる答えを成り代わって言わねばならない。

 少し考えた末、ドーソン大将が答えを返す。

 

「シトレ元帥」

「正解はシトレ。最初の質問はクリアされました」

 

 ロボス元帥の仮想敵がシトレ元帥とは救いのない話だ。

 自由惑星同盟の軍を動かす元帥ともあろうものが、帝国相手ではなく派閥争いに興じているとは。

 

 ともあれ第一問はなんとかクリアできた。

 安堵のため息をもらすが、時間をかけてはいられない。

 

 

 

「次の質問は何だ」

「ではもう一つの質問に移ります。ヨブ・トリューニヒトは何でしょう」

 

 第二問はもっと難しいものだった!

 ヨブ・トリューニヒトがロボス元帥にとって何なのだろう…… ロボスなら何を考える……

 ドーソン大将は逡巡しつつもようやく答える。

 

「ただの若僧」

「正解は使い走りです。正解範囲内と認めます。プロテクト解除します。起爆プログラムへの指令をどうぞ」

 

 よかった。これもまたロボスならば考えそうな答えだった。なんとか範囲内とコンピューターが判断してくれたのラッキーというべきだろう。

 直ちに爆弾についてコンピューターに命ずる。

 

「仕掛けた極低周波爆弾の起爆を永久に停止する。これに後から変更の要求があっても拒否せよ」

 

 

 これでようやく安心となった!

 ハイネセンポリスの市民は爆弾の脅威から逃れることができたのだ。

 すると今度はドーソン大将とブロンズ中将がキャロラインに向いて一つの命令をした。

 

「アルテミスの首飾りを停止してくれたまえ。それとその管制室からの通信を可能にするから、君の口からヤン提督に状況を説明するんだ。我々では信用されないかもしれない」

 

 キャロラインはそれに従い、アルテミスの首飾りの自動防衛システムを停止させ、ヤン艦隊と通信を開く。

 

 むろん通信スクリーンに向かいしっかり敬礼する。

 

「ハイネセンにいますキャロライン・フォークです。アルテミスの首飾り破壊の邪魔をして済みませんでした」

「やあ少将、やはり君だったのか。久しぶりだなあ。しかしあの氷塊の作戦を破るとは凄かった」

「ヤン提督、それには事情がありました。ロボス元帥によりハイネセンポリスに爆弾が仕掛けられ、市民が人質になっていたのです。そのため第十三艦隊の足止めをしなくてはなりませんでした」

「えっ、そんなことが…… 事情があるとは思ったが市民を人質にしていたとは、そこまでクーデター派は腐っていたのか……」

 

 ヤンも驚くほかない。

 大義などとうに捨て去り、保身のために手段を選ばないとはいえそこまでとは思わなかったのだ。

 

「では大変じゃないか」

「やむを得ずクーデター派に与したのですが、ヤン提督、クーデター派が全員そこまで卑劣なのではありません。いえ、卑劣なのはロボス元帥だけです。たった今、ドーソン大将とブロンズ中将がその爆弾を解除してくれました」

「それは良かった。市民の安全はもう大丈夫なんだろうか」

「はい。そしてアルテミスの首飾りも停止したところです。ヤン提督、今ならハイネセンに近付けます。混乱を最小限に、どうかクーデターの鎮圧を願います」

 

 

 そのキャロラインの言葉を聞いているヤンは謹厳実直とは程遠いいたずらな表情をしているではないか。

 意外だ。なぜだろう。

 

「なるほど……了解した。第十三艦隊は直ちにクーデター鎮圧行動を開始する。その前にキャロライン・フォーク少将、君の策で氷塊を破ったと見抜いた功労者を紹介しよう」

 

 ヤンが誰かの手を引っ張って通信画面に出してきたではないか。

 

 

「キャロル…… ヤン提督がエル・ファシルから同行させてもらったんだ」

「兄さん!」

「あの策は見事だったよ」

 

 一目でキャロラインの胸はいっぱいになる。

 

 そこには軍服を着てしっかりベレー帽を被ったアンドリュー・フォークがいた。

 ああ、颯爽としている。

 完全に復調し、あの薬物の面影はどこにもなく元の通りだ。

 

 

 もう何の言葉もいらない。

 

 クーデターが始まって以来、涙もろいキャロラインが奮闘しながらも実は一度も泣いてなどいなかった。

 今、立って顔を上げたまま限りなく涙をあふれさせて止まらない。

 

 辛かった。

 私は、奮闘しながらとても寂しかったのだ、本当に。

 今、兄がいれば何も言わなくともわかってくれる。

 

 

 

 そんな感動のひとときを置き、ヤンは艦隊をハイネセンポリス上の大気圏すれすれのところまで降下させ、鎮圧のための部隊を載せた大量のシャトルを地上に向けた。

 その間、絶え間なくアンドリュー・フォークからの通信を流す。

 

「諸君、これは全てラザール・ロボスの野心と妄執から始まった! こんなクーデターに大義などない! 同盟を強化するどころかかえって弱くするただの反乱だ。早く武器を捨てて投降するんだ。民主国家の軍に立ち戻るのは恥じゃない」

 

 

 クーデター派はこの事態に驚愕する!

 

 ヤン艦隊がついにハイネセンポリスに降下してきたことにも。アンドリュー・フォークが言う言葉にも。

 このクーデターは同盟を想うためのものではなかったのか。

 

 当然ロボスは過激に反応し予定の行動を取る。

 

「役立たずの能無しどもが! こうなれば仕方ない。混乱に乗じて身をくらましてやる。ほとぼりが冷めたら謀略を仕掛ける隙も出てくるだろう」

 

 ロボスは執務室に戻ったが、もちろん爆弾を起爆するためだ。

 極低周波爆弾のプログラムを開き、大勢の市民を殺すというのに何のためらいもなく命じる。

 

「直ちに爆弾を起爆しろ。全てだ」

 

 起動シークエンスがかかり、一気にハイネセンポリスが火の海になるはずだった。

 

「起爆はできません。起爆は既に解除されています」

 

 だがしかし、ロボスの意に反してコンピューターが冷徹にはねのける。

 

「何だと! さっさと起爆できるようにしろ!」

「起爆はできません。変更不可能な命令としてセットされています」

 

 それはどんなに試しても無駄だった。

 

 

 それに気を取られていたので、ロボス元帥は執務室の入口に人が立っているのに気が付かなかった。

 ブロンズ中将と、その後ろにキャロラインの二人である。

 

 ブロンズ中将から先に声をかける。

 

「ロボス元帥、やはり爆弾を使おうと……」

「なんだねブロンズ君。君は爆弾のことを知っていたのか。そうか、あのバグダッシュがしゃべったのだな。くそっ、余計なことを!」

 

 ブロンズ中将は無言だった。

 自分の心に最後の確認をしたのかもしれない。

 

「そうですロボス元帥。バグダッシュ中佐も、この私にも良心というものが残っていました。しかしあなたには無かったようです。残念なことに」

「ブロンズ君、そんなことはどうでもいい! 起爆を解除なんかしたのは君だったのか。さっさと起爆するんだ! その方が逃げやすい。ここさえ逃げればなんとかなる」

「元帥、爆弾のことがなければ私も共に活路を開いたでしょう。ですが本当に爆弾を使って市民を害そうというお姿を見て私も考えを変えました」

「何を言っているのか君は。市民などどうでもいい。儂は軍人、しかも元帥だ! 有象無象の市民とどちらが大事か言うまでもない! 君もそう思わないのか」

「市民のための軍ではありませんか。クーデターという非合法手段を取ったとはいえ、そこが自由惑星同盟軍の最終目標では」

 

「もういい! こうなればマニュアルで起爆させてやる」

「そんなことはやめて下さい、ロボス元帥。ヤン提督に潔く投降しましょう。もう全て終わったのです。」

「投降などしたら破滅するじゃないか。なるほど、君も役立たずのようだな」

 

 

 言葉だけではない。

 ロボスはいつの間にかブラスターを持っていた!

 

 側近ともいうべきブロンズ中将さえ実力で排除するつもりなのだ。

 

 これに対しブロンズも反射的にブラスターを抜くが、持っているというだけで構えることはない。

 銃口はやや下を向いたままだ。ここに至ってもロボス元帥を害する気など起きない。

 

 しかし、ロボスの方はなんのためらいもなく撃った!

 

 ブロンズ中将の眉間に命中する。

 

 

 キャロラインもブラスターを抜き、ロボスめがけて撃った。

 それは脇腹に当たったようだ。

 ロボスが呻き、ブラスターを取り落としたので蹴ってそれをはじく。

 キャロラインは更にもう一発、ロボスの足先を撃った。動けなくするためだ。

 

 そこまでしてからキャロラインは倒れているブロンズ中将のもとに駆け戻る。

 

「ブロンズ中将! しっかりして下さい!」

 

 だがしかしブロンズはもう息を引き取っていた。

 眉間に銃撃を受けたのだ。むろん即死である。

 

 言い残した言葉は何もない。

 しかしキャロラインにはわかっていた。

 クーデターが始まってからのいろいろな面での後悔と、自由惑星同盟の将として責任を取らねばならないという思いを。

 

「ブロンズ中将、私がこんなことを言うのもなんですが、閣下は純粋な方でした。本当に自由惑星同盟を案じてらっしゃいました」

 

 キャロラインに涙が滲む。

 クーデターはほんの少しの喜劇と、あまりに大きな悲劇に終わった。

 同盟は今、忠誠心溢れる素晴らしい将を喪ったのだ。

 

「閣下のことを悪く言う人もいるでしょう。ですが、私が閣下の名誉を守ります。安らかにお眠り下さい」

 

 そして、床にくずれて動けないロボス元帥に向き直った。

 ロボスは一時的に精神崩壊しかかっているのか、強い動物に睨まれた小動物のような怯えた目をしている。痛みもさることながら元帥である自分が撃たれたという衝撃が大きい。

 今まで他人がいかほど傷つこうが何も気にしなかったのに、ここで初めて自分の体が傷ついてショックを受けているのは無様としか言いようがない。

 

 そんなロボスに向かいキャロラインが宣言する。

 絶対零度の冷ややかな声で。

 

「元帥閣下。殺したりはしません。いいえ、閣下に死んでもらっては私も皆も困ります。生きてこれから罪を償ってもらうために。今までしてきた行為を償うには、あなたの一生でも足るはずがないと確信していますが」

 

 

 

 

 ただし首謀者であるロボスを取り押さえたとしてもクーデターの混乱が収まったわけではない。関わっている人間は多く、それぞれ各人が勝手な行動に走っている。

 

 それを見越してドーソン大将は拘禁されている将たちの居場所へ急ぐ。グリーンヒル大将、ビュコック大将などのことだ。恐慌に陥ったクーデター派が証拠隠滅のためにそれらの将を害さないとも限らない。そうなっては同盟の打撃は計り知れないものとなる。混乱している今が一番危ない。

 

 はたしてそこにはクーデター派のベイ大佐が先に来ていた。

 

 べイ大佐はグリーンヒル大将を軟禁してあるところから連れ出し、手錠をかけたまま引っ立てながら歩いているではないか。

 

「さて、この辺でいいでしょう。グリーンヒル大将は無理に逃亡をはかり、銃撃戦の末、残念なことに死亡」

 

 ベイ大佐がくっくっと笑う。

 グリーンヒル大将へ突きつけた小銃の他、ブラスターも持っている。おそらく殺したあとで偽装工作するためのブラスターだろう。

 

「ベイ君、今更何を考えているのかわからないが。クーデターが失敗すれば君はどのみち処断される。妙なことはせず早く投降した方がいい」

「心配には及びませんグリーンヒル大将。私だけは助かります。さる方の指示でクーデター派のフリをしていただけですから」

「何だと…… それは誰のことだ」

「これから死ぬ閣下に教える必要はないでしょう」

 

 

 

 




 
 
次回予告 第六十四話  同盟騒乱~エース

いよいよヤン艦隊により大詰め……


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