見つめる先には   作:おゆ

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第六十二話 宇宙暦799年 六月 同盟騒乱~アルテミスの首飾り

 

 

 ブロンズ中将はそう言い切ったキャロラインを見つめる。

 その言葉に縋りたいのは山々だが、冷静に考えなくてはならない。

 

「キャロライン・フォーク少将、しかしヤン提督の第十三艦隊は一万五千隻に及ぶ。残念ながらこちら側が艦隊戦で与えたのはかすり傷程度にしかならなかった。まさに一方的に破られてしまったからだ」

「…… それは予期したことです」

「そのため残念だがもうこちらには当てにできる艦隊戦力はない。もう本当の意味でアルテミスの首飾りに頼るしかない状況だ。キャロライン・フォーク少将、少しは艦隊戦力があるものと思っていたのではないか。少将はそれと首飾りを連携させようと」

「ブロンズ中将、艦隊戦力を当てにしていません」

 

 それはそれでブロンズ中将には腑に落ちないことがある。

 

「だが本当に首飾りしか残っていないのだ。むろん少将も知る通り首飾りは無人の要塞であり、逆に言えば戦術を駆使できる余地はなく、つまり少将の出番もないということになる」

「このままではアルテミスの首飾りは何の役にも立たないでしょう。繰り返しですがヤン提督なら一瞬で全て葬れるはずです」

「…… 少将の言うのは指向性ゼッフル粒子のことだろうか。それなら対策を施してある」

「おそらくそれは無駄になるでしょう。ヤン提督がそれを考えていないはずはありません。別の方法を使うと予想されます。動けない要塞を無力化する方法などいくつもありますから」

 

「ならばいっそう絶望的だ。ただでさえ一万五千隻は首飾りが食い止められるキャパシティを越え、いずれ突破されるのは覚悟していたが…… しかし一瞬とは」

 

 キャロラインがそういうのなら、魔術師ヤン・ウェンリーには確かに方法があるのかもしれない。しかしそれでは最悪の結果を招いてしまう。恐慌に陥ったロボス元帥がハイネセンポリスの爆弾をあっさり起爆するのは自明である。

 

 

「キャロライン・フォーク少将、それでも君はヤン艦隊を防ぐ手立てがあると言うのかな」

「ええ、それには私に要塞の管制を任せていただかなくてはなりません」

 

 ここまで会話したところで、新たな報告が飛び込んできた!

 

「ヤン提督の第十三艦隊が長いこと星系外縁シリーユナガルに留まっていましたが、いよいよ発進したとのことです。進行方向はここハイネセン、あと十二時間で到達します!」

 

 とにかく考えている猶予はない。ヤンがアルテミスの首飾りを考慮しないでうかうかと近付くはずがないからだ。

 ブロンズ中将は決断した。

 この亜麻色の髪を持つ年若い少将に賭ける。それしかない。

 

「分かったフォーク少将、では任せよう。アルテミスの首飾りの管制を君に預ける。ヤン艦隊の侵入をなんとかしてもらえるのなら」

 

 

 

 その少し前、ヤン艦隊はバーラト星系外縁惑星のシリーユナガルに停泊していた。

 

 そこへ用事がある。

 シリーユナガルは氷惑星だ。膨大な質量を持つ氷塊から適当な大きさの12個の氷を切り出し、そこにパサードラムジェットエンジンを取り付ける。

 ラムジェットとは前方の物質を取り込んで、速度の力で濃縮し圧力を高め、それにエネルギーを与えて後方へ高速噴射するエンジン形式のことをいう。速度が速くなるほど効率が良い推進エンジンなのだ。

 ヤンは綿密な軌道計算をさせた上でそれらを進発させた。

 作業を終えると、艦隊自体はもうハイネセンへ向けて航行し、先に到着し、そこで停止している。アルテミスの首飾りの射程には決して入らない。

 そんな必要はない。氷塊の到着を待てばいいだけだ。

 

 しだいにそれの形が見えてくる。高速で大質量の氷塊だ!

 

 これがヤンの策である。この氷塊の質量で首飾りの要塞群を圧し潰し、破壊する。

 もはや何をしようとも無駄のはずだ。

 ヤン艦隊もまた氷塊の後ろにつく形で動き出した。もはや首飾りが存在しないかのごとく行動を始めている。

 

 

 

 ハイネセン統合作戦本部の管制室では、この驚くべき光景をキャロラインとブロンズ中将が見ていた。

 

「何だと、あの巨大な氷塊をアルテミスの首飾りにぶつけようというのか! さすがにヤン提督、恐ろしい作戦だ。このままでは12個全てがやられてしまう…… フォーク少将、氷塊に今のうちミサイルでも何でも撃ち込んでは」

 

 驚愕するブロンズ中将をよそに、キャロラインは慌てていない。

 ヤンの策はもう分かっている。シリーユナガルに寄っていた時点で。

 

「ブロンズ中将、氷塊にビームでもミサイルでも撃つだけ無駄です。あれだけの大質量、しかも高速ですからもはや軌道を変えるのは無理です」

「何をやってもダメとは、ではどうするのだ! 首飾りは動けない。あんなものをぶつけられたら終わりだ!」

 

 

 だがキャロラインはタイミングを計っていた。

 射程に入ったと同時にビームを撃つ。氷塊にスピードを与え続けているエンジンのみを狙って。

 

 先ずはエンジンを止めたのだが、これでは何も解決していない。既に氷塊は充分な速さを持っているのだ。そして衝突コースなのは変わりがなく軌道にはそのままアルテミスの首飾りが入っている。

 だがキャロラインの目的は軌道修正できないようにすることだ。その意味は間もなく判明する。

 

「ミサイル発射!」

 

 キャロラインは首飾りの管制に命じ、一度に撃てるだけのミサイルを全て発射した。

 

 

 

 ヤン艦隊からもそれが見える。

 アルテミスの首飾りが氷塊を感知し、自動防衛によりミサイルを撃ったように見えた。

 ヤンはそんなはかない抵抗は無駄と知っている。ミサイルで氷塊の進路は変わらず、砕けるのもほんのわずかしかないはずだ。

 壮大な天文ショーともいうべき衝突する瞬間を待った。

 

 

 ところがそのミサイルが向かったのは、なんと氷塊ではなくアルテミスの首飾り自身だった!

 

 12個の首飾りがそれぞれ一番近い首飾りに向けて放ったのだ。

 これがキャロラインの仕掛けたことである。

 

 それらのミサイルが首飾りに着弾する直前に自爆させる。

 それはアルテミスの首飾り自体を破壊したら何にもならないからで、こうして破壊しないぎりぎりの程度のミサイルを撃ち込む。

 しかも必ず一方向へ揃えて。

 

 するとアルテミスの首飾りはほんのわずか位置をずらす。何も支えのない宇宙空間、ミサイルのエネルギーは首飾りを動かすのに足りる。

 

 つまりキャロラインは首飾りの方を動かしたのだ!

 

 なるほど大質量の氷塊に攻撃しても軌道を変えることはできない。

 しかしこの方法なら可能だ。

 その結果、氷塊は首飾りをぎりぎり掠めるだけで遠くへ飛び去った。当たらなければ氷塊から何の被害も受けるはずがない。

 

 

 ブロンズ中将は驚嘆した!

 こんな戦術など見たことも想像したこともない。

 氷塊を高速でぶつけてくるというヤンの策も恐ろしいが、それを首飾り自身にミサイルを撃つという方法で回避するキャロラインはもっと恐ろしい。

 

 キャロラインの平然とした顔を言葉もなく凝視する。その顔が落ち着き払って言った。

 

「これで当分の間ヤン艦隊はハイネセンに侵攻できません。アルテミスの首飾りが健在ならヤン提督は犠牲を出してまで無理に来ないでしょう」

 

 

 

 この恐ろしい結果はヒューベリオンの艦橋でも注視している。

 誰もかもが目を疑った。

 アッテンボローもフレデリカも声を失っている。成功と信じきった策が破れたのだから。

 

 一方でヤンは一度だけため息をつくと急遽艦隊を後退させる指示を出す。

 首飾りとこのまま接触するわけにいかず、距離を取り直すためだ。

 それが終わるとゆっくりとベレー帽を被り直した。

 

「クーデター側にも相当の知恵者がいるようだ。誤算だった。まあ、また別の手を考えるさ」

 

 さすがにヤンである。それでも首飾りをなんとかする別の手があるというのだから恐ろしい。

 

 

 

「ヤン提督、これは違います」

 

 ヒューベリオン艦橋で声がした。

 誰かと思って皆が振り返ると、それはアンドリュー・フォークだった。

 

「クーデター派ではありません。この策を編み出したのは…… キャロルです」

 

 その言葉に、氷塊を避けられたよりもよっぽどヤンは驚いた。

 

「何だって! どうしてキャロライン・フォーク少将がクーデター側に」

「それはわかりません。キャロルがロボス元帥のクーデター派ということはあり得ません。しかし何かの事情があるのでしょう。この第十三艦隊を近づけさせない理由が」

「……フォーク准将、君は何の根拠であの策が彼女の策だと思うんだい?」

「ええと、そう感じるんです。このやり方で私には分かるんです。誰の命も奪わない方法という意味で」

「確かに誰も傷つかない見事な戦術だったが……」

 

「それが一番の理由ですが、他にはこの艦隊を攻撃してこなかったという事実もあります。先ほど首飾りの撃破を確信して艦隊が進行したために短時間でも首飾りのビーム射程内にいることになりました。それでも艦には一発たりともビームを撃ってきませんでした。あれほど見事に氷塊を片付けるのがクーデター派の将なら好機を見逃すはずはありません。おそらくわざと撃たなかったのでしょう」

 

 なるほど、言われてみたらその通りだ。

 ヤンもその事実は認め、そんな人道的な措置を取るのはおかしなことだと思わざるを得ない。

 

「ヤン提督。キャロルがクーデター側に策を出してまでこちらに言いたいメッセージはおそらく近付くな、です」

 

 

 

 

 一方のハイネセンポリスでは、ヤン艦隊がしばらく来れなくなったのを確認しブロンズ中将が直ちに行動を開始した。

 今はクーデター派の事実上のNo.2なのであり最も行動に自由がある。

 

 先ずは拘禁してあったドーソン大将のもとに赴く。

 ロボスはそれまで側近として尽くしてきたドーソン大将という重鎮さえ、クーデターに反対した時点で切り捨てていたのだ。妨害を恐れて拘禁しているとは酷いことである。

 

「……ドーソン大将、あなたがクーデターに最後まで反対していた理由が私にもわかりましたよ」

「そうか、わかってくれたのかねブロンズ君。軍の中だけであればロボス元帥が何をやっても迷惑を被るのは軍人だけだ。しかし、クーデターなら一般市民まで害が及ぶ。それで反対し続けたのだ」

「全くその通りの結果になりました。ドーソン大将はロボス元帥のことをわかっておられたのですね」

 

 ブロンズ中将は沈んだ声だ。ドーソン大将の思慮を知りもせずロボス元帥を盲信した結果がこれなのだ。

 

 

「君の責任ではない、ブロンズ君。私はロボス元帥と長い付き合いだから分かっていただけなのだ。ロボス元帥はあれでも若い時は有能な将だったし、同盟を良くしようという気概に溢れていた。帝国打倒、そんな夢を語り合ったものだよ。ずいぶん昔のことだが今でも思い出す」

「昔は、ですか」

「そうだ、理想にあふれたリーダーだった。それがいつのまにか権力というものに取り付かれ、派閥作りばかり熱心にやってきた。勝手にシトレ元帥に対抗しての一人相撲だ。私も含め、周りがもっと強く諫めていればよかったのだろうが……」

 

 ブロンズ中将に負けず劣らずドーソン大将は心底後悔し、そんなことを自嘲気味に話す。その思いは奇しくもグリーンヒル大将と同じものだった。関わった者はみな同じ思いなのだ。

 

 

「今さら言っても仕方がない。それよりブロンズ君、今来たからには何かとんでもない事態が起きたのかな」

「ええ、そうです。事態を何とかしたいためにここへ来たのです。ドーソン大将、是非お力添えをお願いします」

 

 そしてブロンズ中将はクーデターのあらましをまとめて語った。

 

 頼みとする宇宙艦隊がいずれも破れ、ルグランジュ中将などあまたの将が散ったこと。

 ヤン艦隊がハイネセンに迫っていること。

 今はそれをアルテミスの首飾りで辛うじて防いでいることも。

 

 そして、今一番重要なことを伝える。

 ロボス元帥がいざという時市民を盾にするようにハイネセンポリスに極低周波爆弾を仕掛け、その起爆と解除がロボス元帥に握られていることである。

 

「ドーソン大将、爆弾の起爆を解除しなくてはなりません。そのためにロボス元帥のコンピューターにアクセスしたいのですが、その方法をご存知ありませんか?」

「ううむ、そういうことか。確かに私はそのアクセス方を知ってはいるが…… だがそれだけではコンピューターに命令するところまで辿り着けず、プロテクトを突破できないのだ」

「何らかの本人確認の仕掛けが?」

「残念なことを言わねばならない。実はそのプロテクトは方法を教えてどうこうなるものではない。いや方法そのものが存在しないと言うべきか。あまりに巧妙かつ厳重なのだ」

 

 これにはブロンズ中将も咄嗟には意味が分からない。

 プロテクトを破る方法そのものが無いとはどういうことか。

 

「コンピューターは光学認識で元帥本人か私かどちらかでなければ起動不可能だ。それはいいとしてプログラムに対するプロテクトというのは、双方向形式にしているはずなのだ」

「双方向形式……」

「コンピューターが膨大なデータから編み出した質問に答えるというものだ。元帥本人ならば簡単に答えられても、他の人間が答えるのは難しい。どんな問題かは事前に分かりようがない」

「ドーソン大将、それでもやらなくてはなりません」

 

 

 ブロンズ中将は拘禁室の警備兵に「特別尋問がある」と言ってドーソン大将を連れ出した。

 途中でキャロラインも合流する。警備兵に出会う度ごとに連行中と言って難なく進む。

 

 三人はロボスのいない隙にその執務室に忍び込んだ。

 そこにあるコンピューターを手早くドーソン大将が起動させる。

 

 コンピューターは起動したがここからが難かしい。

 目的である爆弾のプログラムらしいものを見つけたとたん、コンピューターから機械音声が響く。

 

 

「重要プログラムです。これを開くにはこちらからの二つの質問に答えて頂きます。不正解の場合は警報を発令します。繰り返します。二つの質問に答えて頂きます。よろしいですか」

「…… 始めろ」

 

「では最初の質問です。敵とは誰ですか」

 

 ロボス本人なら質問に答えるのは簡単だ。自分のことなので、何も考えず素直に言えばいい。

 だが他人からはこの上なく難しい。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第六十三話  同盟騒乱~結末の時

まだまだ危険は続く・・・

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