見つめる先には   作:おゆ

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第六十一話 宇宙暦799年 六月 同盟騒乱~私だけです

 

 

 アンドリュー・フォークに司令部とルグランジュ中将を討たれ、クーデター派の第十一艦隊は呆然自失だ。

 

 尚も散発的な戦闘は続くが本格的な撃沈はもうない。

 もちろんヤンの第十三艦隊も攻撃を控えている。

 これから時間をかけ、ゆっくりとクーデターの真相を理解してもらう。

 

 ヤンはふと我に返った。

 敗走の擬態を演じ、相手を分断していたアッテンボローの部隊を救わねば危ない。

 

 クーデター派艦隊の一翼であるアラルコン少将の第三艦隊はあくまでアッテンボローを追い続けていた。

 

 ヤンの第十三艦隊本隊はそこに迫って圧力をかける。乱れたところでアラルコン少将を狙い撃ちにして葬ったのだ。

 ここにアンドリュー・フォークやグエン・バン・ヒューを使うまでもない。アラルコン少将は威勢がいいだけで艦隊指揮官としての実力はさほどでもなかったからだ。ヤンはアンドリューを見ていたので余計にそう思う。

 

 これで戦いは終わった。

 ドーリア星域会戦にヤンは勝利し、クーデター派の宇宙戦力を撥ね退けた。しかもそれらの戦力を可能な限り失わずに終わらせている。

 

 後はハイネセンへ行ってクーデターを鎮圧するだけ、一路ハイネセンに向かって進む。

 

 

 

 ここの会戦と前後して同盟領の別の宙域でも戦端が開かれた。

 

 それはハイネセンからフェザーン方向に当たる宙域で、イゼルローン方向から真逆である。

 

 そこにいたアップルトン第八艦隊やボロディン第十二艦隊はもちろん反クーデターである。ヤンと同じように、クーデターを鎮圧するためにハイネセンに赴こうと苦闘している。

 だが、補給物資のかき集めに苦労したために進発できないでいた。

 

 そんなところへハイネセンのキャロラインらから貴重な情報が届けられたのだ。それには航路情報他、同盟軍の正しい補給基地の位置情報も含まれる。

 

 

 第八艦隊も第十二艦隊も、それでようやくハイネセンに向かって動き出す。

 

 そこへクーデター派の艦隊が遮ろうと迫る。

 クーデター側はホーウッド第七艦隊、ムーア第四艦隊、パストーレ第六艦隊の三艦隊である。

 

 お互い二万二千隻ほどの数、そこに大差はない。

 もはや戦闘は不可避、それぞれの心情を持って対峙した。

 

 アップルトンもボロディンも同盟軍の誇る勇将だ。

 

 その地力により戦いを優勢に進め、ボロディンら反クーデターの艦隊の勝利はほぼ疑いなくなった。

 

 むろんここで二人はヤンと同じことを考えた。後のことを考えると犠牲を増やしたくない。同盟軍の同士討ちなど早くやめなくてはならない。

 最初は困難なことに思えたが、奇妙に相手の動きが鈍かく、そこで凸形陣をもって旗艦を狙うことにする。

 驚いたことに犠牲も出さず照準に捉えられたではないか。

 

 

 その時、相手側のホーウッド、ムーア、パストーレとも自分の軍歴を思い起こしていた。

 

「これまでいろいろなことがあったな。長いこと帝国と戦ってきた。最後の最後に民主主義に背き、クーデターに組して軍歴を汚してしまうとは。あげく同じ同盟軍に刃を向けると思わなかった。だがもうロボス元帥への義理は果たしたのだから、せめて最後はみっともないマネはしたくないものだ」

 

 クーデター派の三人の将はボロディンとアップルトンへ通信を送った。

 

「クーデターのこと、まことに済まない。それと部下はクーデターの内情など知らず、同盟の将来を純粋に思って行動しただけだ。よしなに頼む。それとこれだけは信じてくれ。我らもまた同盟を思い、帝国打倒の夢を持っていたのだ。ボロディン提督、アップルトン提督、この後の同盟を託す」

 

 三人はそれぞれの旗艦から部下を脱出させ、それが済むと自爆して果てた。

 せめて最期を飾ることはできたのだ。

 

 

「帝国打倒! 自由惑星同盟、万歳!」

 

 

 

 

 ハイネセンにクーデター側の艦隊が敗北したという報告が届いた。

 それもイゼルローン方面、フェザーン方面、二か所どちらも敗北である。

 

 ルグランジュ第十一艦隊、アラルコン第三艦隊、ホーウッド第七艦隊、ムーア第六艦隊、パストーレ第四艦隊、いずれもが屈した。

 

 これを聞き、ロボス元帥は恐慌をきたした!

 

 もう大丈夫、クーデターは成功したと思ったからこそ自分が表舞台に出てきたというのに。

 これからだ。これから思うがままに同盟を操り、美味しい権力の果実を手にするはずなのに。

 

 頼みの綱の宇宙艦隊がいずれも敗れ去った。

 なぜだ! 数では充分にそろえたはずだ。報告では最後に自滅のような形で消えたということらしい。

 

「役に立たんクズどもが! 若い時から引き立てた恩を忘れおって!」

 

 そんなロボス元帥だからこそ、提督たちがそういう道をとったというのに!

 元帥への義理に殉じた提督たちがそれを聞くことができないのは幸いだ。

 

 

 しかしいくら喚きたててもここハイネセンに反クーデターの艦隊が来るのは不可避になったのだ。おそらく一番早いのは第十三艦隊、ヤン・ウェンリーのものと思われる。

 

 癇癪をおこすロボスをそれでも励ます者がいる。

 

「しっかりして下さい元帥。まだ終わってはいません。あれがハイネセンにある限り」

 

 ブロンズ中将がそう言うが、もちろん空元気でそう言っているのではない。

 あれとはつまり、ハイネセンを守る絶対防衛要塞群、アルテミスの首飾りだ!

 

 首飾りを成す十二基の要塞群は膨大な量の対艦ミサイルを蓄えている。

 もちろん砲門も備えているが、その主砲は艦砲の十倍も強いイオンビーム砲なのだ。

 

 その威力は当たれば一撃でどんな大型艦をも沈める。

 

 もちろん、イゼルローン要塞のトゥールハンマーのように一気に千隻も葬るような出力ではないが、逆にある程度の連射ができるという特性がある。

 命令自体はハイネセンの地上部から発信するが、実際の細かな制御は全て自動で行なわれ、要塞群は無人でいい。

 

 これではどんな艦でもハイネセンへの降下を阻まれるどころか近付くことさえできない。

 そんな要塞が12個もハイネセンを取り巻いている以上死角はない。並大抵の機動戦力では如何ともできず、一個艦隊を持ってしてさえ簡単には攻略できないはずだ。

 

 

 その存在を改めて認識し、ロボス元帥は恐慌からやっと立ち直る。そう、今すぐ情勢が変わるわけはない。

 しかしそれだけで安心することはなかった。

 ついに、禁じ手に手を伸ばしたのだ!

 

「よし、あの手を使おう。ハイネセン市民を人質に取られては、手を出せるものなどいるまい」

 

 それは恐ろしい作戦であり、およそ為政者が考えてはならない策だ。

 

 ロボスは忠誠心の厚いブロンズ中将ですら実は信用していない。猜疑心がどこまでも膨れ上がり、自分以外は能無しの役立たずで、信用できない者ばかりだ。

 そこでロボスは密かに情報部の中佐を一人呼んで指示を伝える。

 

「ハイネセンポリスの地下あちこちに極低周波爆弾を仕掛けよ。起爆すれば街が丸ごと火の海になり、誰も逃れられないように」

 

 

 その命令を受けた情報部のバグダッシュ中佐は最初拒否の姿勢をとった。

 驚くほど多くの同盟市民を焼き殺す爆弾を仕掛けるとは気違い沙汰だ。しかしながら元帥の厳命とあれば、軍人として拒み続けるのは無理であり、一応やり遂げた。

 

 バグダッシュ中佐は常に斜に構えて皮肉を言ってきたような人間であり、そんな悪ぶったポーズが習い性になっている。

 だからロボスはバグダッシュにこんな秘密任務を与えた。

 しかし、バグダッシュはその言動ほど根っからのワルではなかった。善悪のわきまえはある。この爆弾がもし使われたらという悪夢から逃れることができない。余りにも重い秘密任務なのである。

 

 思い余ったバクダッシュはついに上司であるブロンズ中将に打ち明けてしまう。

 

「な、なに!! ハイネセンポリスに爆弾とは! 何ということだ…… ああ、もはやクーデターに大義はない。市民を傷つけてまでいったい何をしようというのだ」

 

 ブロンズ中将も驚く他はない。

 しかしもう遅い。爆弾はセットされてしまっている。

 悪いことに、解除を試みたらそれを感知して一斉に起爆するタイプであり、つまりもう現場で解除はできない。

 その解除も起爆も遠隔操作でしか受け付けず、当たり前だがロボスがきっちり握っている。

 

 ブロンズ中将は想像するが、ロボス元帥は追い詰められたら本当に使ってしまうだろう。

 もちろん、いったんは脅しにかかるだろう。

 しかしこのクーデターが包囲され、どうにも逆転できないとなれば…… 本当に爆弾を使ってしまう。それは自分が逃亡しやすくするために混乱があったほうがいいからだ。

 

 それで何十万何百万人が死のうとも。

 

 ブロンズ中将はあやふやな憶測をしているわけではなく、これまでロボス元帥のしてきたことを思えば確信がある。今までの帝国との艦隊戦ではどうだったか。一個艦隊が消滅すれば二百万人もの命が失われるが、それを平然と命令するロボスだったのではないか。艦隊将兵でさえそうなのだからまして市民の命など何ほどにも思っていないのは自明である。

 

「このことは密かに市民の中の反クーデター派に教えてやらねばならない。もちろん事前にハイネセンポリスから避難させるためだ。バグダッシュ君、お願いできないか」

「閣下は、どうなさるのです?」

「私に考えがある。市民の避難はもしもの為であり、私は爆弾の起爆をなんとしても阻止する。起爆のキーはおそらくロボス元帥の個人コンピューターに入っているのだろうが、その詳細は私も知らない。しかし、長年側近だったドーソン大将なら知っている可能性がある。それに賭けるしかない」

 

 

 

 バグダッシュはそれに従って行動し、密かに反戦市民連合のジェシカ・エドワーズに渡りをつける。

 会うと率直にこの爆弾の情報を話す。

 

「そんな、ハイネセンポリスを爆弾で火の海って! いったい何の真似ですか!? 気違い沙汰だわ!」

「実際そうなんですから仕方ありませんな。だから対策を早くせねば」

「…… そんな大事を他人事みたいに言うって、どういう神経を持っているの! 全く軍人というのは!」

 

 バグダッシュは予想されたジェシカの怒りを受け流し、話を現実に引き戻す。

 

「これでも反省してるんですよ。そう見えないとは参ったな。しかしこうなった以上、起爆するしないはブロンズ中将に任せる以外に良い案がないでしょう」

「で、では、起爆阻止に失敗した時のために今すぐ全市民を避難させないと」

「いいや、それは悪手でしょうな。市民の動きに気付いたら、ロボス元帥は早めに起爆させるかもしれない。市民がいなければ脅しにも使えない。避難は少しずつ、目立たない様にしないとかえって危険でしょうな」

 

 そこはバクダッシュの情報部らしい正確な判断だった。そしてこの目立たない計画的避難こそがジェシカの手腕を借りる目的である。反戦運動家として知られるジェシカの統率力がなければたちまちパニックになるのは明白だからである。

 

「期待は分かります。ですがパニックを起こさずに少しずつ避難とは正直自信がありません」

「しかしそこを何とかやって頂きたい。そのためにブロンズ中将が情報を話すように指示したのですから。本当に時間がない」

「……」

「今、ヤン提督の第十三艦隊がハイネセンに近付きつつあり、間もなくバーラト星系に入ってくる。ロボス元帥はあてにしているアルテミスの首飾りがあるうちは爆弾を使わないでしょうな。その首飾りが破られ、艦隊がハイネセンに降下したらクーデターの負けは確定、それが事実上のタイムリミット」

 

 

 ジェシカ・エドワーズはこのめまいがするほど恐ろしい情報を受け、それでもバグダッシュに対し了承する。

 そしてジェシカはキャロライン達にもその情報を伝えた。直接バクダッシュにキャロライン達の存在を知らせることはできないが、この大事を前に共闘するためである。

 

 

 これでショックを受けるのはキャロライン達も同様である。

 ロボス元帥が何とハイネセンポリスの市民を盾にとるとは! しかしキャロライン個人にとっては少しばかり納得できることでもある。かつて兄アンドリュー・フォークを使い捨て、汚名を着せることまでしたロボス元帥のことだ。市民の命など平気で利用し、簡単に捨てるだろう。

 ロボス元帥には命の重さなど紙一枚にも値しない。自分の命以外なら。

 

 だがそうも言っていられない。

 このクーデターを少しでも早く鎮めるべく、キャロライン達は苦労してグリーンヒル大将に連絡をつけ、そしてヤン艦隊がハイネセンへ来れるように航路データを発信した。

 それは必死の作業だったが、そのかいあってやって来たヤン艦隊がアルテミスの首飾りを破ればどうなるか。

 今度は爆弾によって大勢の市民が死ぬ。

 

 

 私は今まで何をやってきたのか。

 

 何もしない方が良かったのか。いいやそんなことはない。

 あのロボス元帥が首班のクーデターなど潰さねばならない。同盟の未来を守るため、民主主義を消さないため、それは絶対のことだ。

 しかし現実的にどうやったら市民の命を守れるだろうか。

 同盟全体に比べればハイネセンポリスの市民は少ないかもしれない。だからといって仕方のない犠牲と割り切るのはそれこそ民主主義の考えではない。何の罪もない市民を犠牲にすることはできない。

 

 こんな爆弾のことなど知らないヤン艦隊はアルテミスの首飾りなどものともせず破るだろう。驚くほど早く。

 キャロラインにはそれに使う方法もだいたい想像がつく。

 

 

 

 思い余ったキャロラインはとんでもない決断をした。

 それを知ったモートンもカールセンも仰天して反対はしたが、他に案もない。

 

 

 今、キャロラインは隠れ家を出て、一人統合作戦本部に赴いた。

 

 それは幾度も行った見慣れた建物だ。しかし今度ばかりはやけに冷たく、自分を拒絶しているように見える。

 当然ながらその入り口までたどり着かないうちにクーデター側の警備兵に捕まり、直ちに拘束される。

 しかしその最中にも堂々と言ってのける。

 

「キャロライン・フォーク少将です。重要な話しがあって来ました」

 

 キャロライン・フォークが統合作戦本部に出頭してきた! しかもこんな時期に。

 これは驚くべきことであり、直ぐにそれが伝わる。結果、予想以上に早く重要人物がキャロラインと接してくることになる。

 

「情報部のブロンズ中将だ。キャロライン・フォーク少将、逃亡を続けてきながら、諦めて今ごろ出頭とは」

「それは違います。出頭ではありません。おおよその事情は知っています。ハイネセンに着々とヤン提督の第十三艦隊が近付いていて、このままだと大変なことに」

 

 ブロンズはキャロラインが爆弾のことも含めてどこまで知っているのか分からない。

 

 まして何の話をしたいのだろうか……

 

 しかし、今更隠しても仕方がないではないか。その通りなのだから認めるしかない。

 

「よく知っているな、少将。率直に言うがその通りだ。今はヤン提督の接近をアルテミスの首飾りで阻止するほかはない」

「それでは意味がありません! あっさり突破されるでしょう。ブロンズ中将、ヤン提督にとっては首飾りなど物の数ではありません」

「そんなにあっさり破られると言うのか…… そうなればヤン提督も決して望まない事態になる」

 

 若干混乱しながらも、ブロンズ中将はその話とキャロラインの出頭を結び付けて考えることはできた。

 

「キャロライン・フォーク少将、そうか、だから君が来たのだな」

「そうです。ヤン提督の艦隊をいったん止めなくてはなりません。その点だけは利害が一致するのです」

「しかしそれができる方法とはいったい」

 

 

 その後ブロンズ中将はキャロラインの恐るべき戦術家の一面を垣間見ることになる。

 あの同盟随一の魔術師ヤン・ウェンリーさえ阻む驚愕の戦術とともに。

 

 

「方法は考えてあります。ヤン艦隊を破れるのは、私だけです」

 

 

 

 




 
 
次回予告 第六十二話  同盟騒乱~アルテミスの首飾り

恐るべき戦術が発動、クーデター最大のターニングポイント!


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