一方、困っていたのはヤンの第十三艦隊ばかりではない。
第八艦隊アップルトン、第十二艦隊ボロディンもヤンと同様の憂き目にあっていた。
いや、イゼルローン要塞のような物資の集積を持っていない分だけ事態はより深刻だ。ヤンはイゼルローンにいる限り物資の心配はない。
しかし、この二人は違う。
ハイネセンからフェザーン方面を管区として遊弋しているのだ。時間を潰しているだけで物資がどんどん目減りしていく。
それでも、うかつに動けない。
ハイネセン中央からの情報攪乱で手も足もでないとは。
補給も通信もできないということは、もし会敵するようなことになったらクーデター側はかならず数をそろえてきて、上手く各個撃破を狙ってくる。そうなれば勝ち目は薄い。
クーデター側としては、そういったことだけで満足してはいない。
尚も貪欲だ。第二艦隊や第五艦隊などからクーデターの賛同者を作り出すよう工作にかかっている。パエッタやビュコックをハイネセンで拘禁し、司令部不在になっている艦隊を切り崩す。
結果、多数の艦を離脱させクーデター側につけることに成功した。
何といっても軍主導で同盟を立て直すというスローガンが若手将校には魅力的に響いたのだ。軍の常として政府には不満がある。
それらのクーデターに賛同する艦は、クーデター側の第六艦隊などの下に編入する。
また、アムリッツァで司令官を失って再編を待っていた第三艦隊なども掌握していく。
つまり着々とクーデター側は戦力を増強させているのだ。
その情報を聞くキャロラインたちは気が焦る。
かといって自分たちが第九艦隊に戻るという選択肢は現実的ではなく、とても宇宙港からシャトルを盗んで発進などできない。
当初ざわめいていた民衆も、この政体に徐々に慣れ始めてきたのか、表面上は変わらぬ市民生活を送っている。
キャロラインたちもそれが肌でわかるのだ。
このままではまずい。本当にクーデターの状態が普通のものとして定着してしまう。
初めはクーデター側に拘禁されている将たち、アル・サレム中将やビュコック大将、ウランフ中将、パエッタ中将のいずれかを救出しようとした。
なんとか居場所を突き止めるだけはできた。
それは統合作戦本部から一番近い官舎にまとめて閉じ込められていた。
しかし、救出は容易でないことがわかる。
警備兵も自動システムも、何重もの鍵も、到底二人では突破不可能なしろものだ。
ここで方向転換を図るべく、モートン少将がキャロラインに提案した。
「先ず、仲間を増やそう。クーデター側だって同盟全部の将を捕まえたわけじゃない。むしろ艦隊司令官級でなければ自宅待機くらいにしていることも多いようだ」
「その中から味方を、なんとか説得して」
「クーデターに参加しそうもない気骨のあるやつなら心当たりがある。カールセンかザーニアルならおそらく大丈夫だ」
その企ては上手くいった。
先ずはカールセン少将に接触した。
むろん隠密の行動であり、慎重を期さねばならなかった。
しかしカールセン自体は特に拘束されているわけでもなく、宇宙艦隊司令部に所属する分隊指揮官として、クーデター後も自宅でできる範囲で業務をしていた。
カールセン少将はクーデターという事態に憂慮はしている。自由惑星同盟軍として許されない行為だ。しかし命令に従うのが習い性であり、積極的に反クーデターを組織することもない。それは大多数の者と同じ態度だ。
モートンは監視カメラの死角を縫って進み、カールセン少将の自宅に忍び込む。
「わっ、モートンじゃないか! なんだお前、どうしてここに!」
「カールセン、どうでもいい挨拶は抜きだ。おい、今回のクーデターのことどう思ってる」
「モートン、お前、お尋ね者だぞ。クーデターに反対して逃げてるな?」
「そんなことはいいから、どうなんだ」
「どうと聞かれても、何とも答えられんな。政府を倒すのは良くはない。同盟の軍にはあるまじきことだ。だが、軍部の発言が増すのは良いことだとも言える。それにクーデターといってもグリーンヒル大将が無茶をするわけがないしな」
確かにグリーンヒル大将の名は有効だったのだ。
迷う者をとりあえず反クーデターにしないくらいには。
しかしここでモートンと共にいるキャロラインが会話に割って入る。
「そのクーデターが、帝国の謀略でもですか? グリーンヒル大将は何かの理由で参加させられているだけで、大元は違います」
カールセンは驚く。その真相に。
「帝国の謀略!?」
「そうです。先の捕虜交換で帝国から工作員が入り込んでこんな事態に。同盟を分裂させて弱らせるつもりなのでしょう」
「そうか。そのクーデターの軍事会議とやらに捕虜帰りのアーサー・リンチが入っているから妙だとは思っていた」
これで話は通じた。
カールセンを仲間にするのには成功した。
カールセンはモートンと旧友であり、どちらも士官学校を出ていないせいで苦労してきたという共通項と絆がある。
しかし、実はそれだけが説得できた理由ではない。
カールセンはキャロラインの顔や性格も知っていた。
それは、遠い日キャロラインが初めて乗った巡航艦の艦長として知っていたのだ。まさかそんな偶然がここで役に立つとは。
おまけにカールセンは同じく統合作戦本部所属のマリネッティ准将、ザーニアル准将、ビューフォート准将にも働きかけてくれると約束する。
それでも弱小であり、真っ向からクーデター派と戦うのは無謀だ。
しかしカールセン少将にはアイデアがあった。
「モートン、俺に考えがある。拘禁されている将を解放するのはちょっと無理だ。だが、逆にクーデター側の将を襲撃するのはどうだ。その方が成功率は高いぞ」
「なるほど、そう言われたらその通りだな」
「少なくとも情報は得られるはずだ」
何とクーデター派の人物を捕らえて情報を得る作戦だ。
丹念に下調べをして、そこそこ地位があり随行員の比較的少ない者を一人選ぶ。
それはホーウッド中将だった。
車で移動中を狙った。
少し前にキャロラインたちがやられた手で同じことをした。
うまくホーウッド中将を捕え、丁重に、しかししっかりとクーデターの情報を問いただした。
ホーウッド中将は意外なほど素直に話を始めている。
「確かに、アーサー・リンチがクーデターの計画書を持っていた。それは素晴らしい出来で、おまけにコンピューター関係の特殊工作員が10人ほどもついていたのだ。だからこのクーデターは成功したと思う。言う通り、帝国の謀略かもしれないな」
ホーウッド中将は心底クーデターに賛成というわけではなさそうだった。
むしろ自嘲気味に話している。
「しかし誤解してもらっては困る。痩せても枯れても同盟の将として帝国に乗せられるつもりはない。クーデターはアーサー・リンチが黒幕でもなく、ただのきっかけだ。クーデター計画自体はずっと以前からあったものだ。それこそアムリッツァの戦いが終わったあたりから」
「そんな時期から、クーデター計画が!」
いったいどういうことなのか。訳が分からずモートンもカールセンも、キャロラインも顔を見合わせる。
「ホーウッド中将、その計画の目的と首謀者は誰なのか」
「目的は、議会を思ったような形で復活させ、それを支配し同盟に君臨することだ。そして首謀者は……」
知った事実は想像を大きく超え、全員が驚くほかはない。
「ブロンズ中将などではない。ロボス元帥だ。だからこそ協力せざるを得なかった。済まない」
またもやロボス元帥か!!
めまいがする。
キャロラインにとっては兄アンドリューのことがある。仇敵に等しい。
ロボス元帥はとにかく帝国に戦いを仕掛け、功を上げたらシトレ元帥を押さえ、軍部の頂点に立つ腹積もりだったとのことだ。
それがアムリッツァの大敗へとつながった。
結局は無謀な作戦を省みることもなく大勢を死なせ、苦し紛れにアンドリュー・フォークに罪を着せたものの失脚を免れなかった。
しかしその妄執ともいうべき権力欲は消えていなかった。
ロボスは少なくとも晩年は無能な将であったが、派閥を作る能力だけは衰えていなかった。エサで釣り、恩を与え、脅しをかけ、共通の仮想敵で派閥をまとめあげた。
そして、密かにクーデターまで画策していた!
アーサー・リンチの計画書は実現するきっかけに過ぎなかった。それを帝国側が知ったらどんな顔をするだろうか。最初から同盟軍は腐っていたのだ。
ロボス元帥が黒幕と知った今、キャロラインは思わずホーウッド中将を問い詰めてしまう。
「他のクーデター派の将はそのことを知ってるの?」
「元からロボス派の者は知っている。若い者にはもちろん教えていない。ロボス元帥はグリーンヒル大将と違って全てから人望があるわけではないからな。若者にはクーデターは同盟を強化するため、軍主導のやむを得ない決起と信じさせなくてはならん」
「とりあえず隠れて…… 何て卑怯な! それで、グリーンヒル大将が軍事会議の議長になっているのはどうして」
「もちろん察しの通りだ。グリーンヒル大将は名声も評判もあり、同盟軍の良識派の筆頭だ。それをクーデターの顔としてひとまず利用しているだけだ。もちろん本人が好きでやっているわけはない。しかし、ハイネセン市民を人質にされているようなものだ。混乱で市民が害されるのを防ぐためと言われれば引き受けざるを得ないだろう。そういえば、グリーンヒル大将もまた帝国の謀略と気付いていたという話だが、ロボス元帥のことは知らされていないだろうな。知っていたら加わるはずがない」
「しかし当然、クーデターが固まれば……」
「完全に同盟を掌握した時にロボス元帥が表に出る。その時グリーンヒル大将は邪魔者になる。どうなるかは考えるまでもない」
それは恐ろしい内容だ。しかしここまで聞けば充分だ。
「ホーウッド中将、今からでも遅くありません。クーデターに反対して下さい。こんなことで、同盟にも中将御本人にも取り返しのつかない失点を付けてはいけません」
「そうしたいのは山々だが、いささか足を踏み入れ過ぎた。そういえばドーソン大将は知ってる通りロボス派の重鎮だが、勇気をもってクーデターに反対したそうだ。その後、誰も姿を見ていないが」
キャロラインらはホーウッド中将を解放し素早く撤収した。
しかし、このクーデターがロボス元帥の権力への妄執が発端だとは!
このままでは同盟はロボス元帥のものになる。同盟の輝かしい過去は地に墜ち、未来がどれほど悲惨なことになるのだろう。いや、そんな状態が自由惑星同盟と言えるのか。独裁の銀河帝国と何が違うというのか。
この事実はグリーンヒル大将へ是非伝え、説得しなければならない!
それはもちろん簡単ではない。
グリーンヒル大将はクーデター派に完全に信用されたわけではなく、自宅にいてもその周辺には常に警護という名前の厳重な見張りが付けられている。
接触はもとより、通信もできない。
しかし本当にそうか?
グリーンヒル家はフレデリカが料理をせず、ほぼグリーンヒル大将が料理をする。
このクーデター騒ぎで尋常ではない忙しさかもしれないが、グリーンヒル大将は自宅からわざわざ食べに出ないだろう。
いつもやっているように簡単でも自分で料理をするに違いない。
張り込むと、まさにそうだった。これは好都合だ。
むろん、キャロラインがウェイトレスに化けてレストランで通信文を渡すのは不可能だ。すぐにバレる。あるいは誰かを買収して渡させるのもまずい。その手は取れない。裏切られたら一巻の終わりで捜索されてしまうだろう。
しかしグリーンヒル大将が料理をするなら、食材に通信文を隠し、その手に渡ればよいのだ。
それはレストランに忍び込むなどよりはるかに簡単ではないか。
クリーンヒル大将の自宅へ食材を配達してきた者に絡み、金をせびるように見せかけて目を離している間に食材へ通信文を仕込む。
グリーンヒル邸の警護の者は、当然配達物が野菜かどうかいちいち確認したが、まさかキャベツの葉の裏に通信文があるとは思うまい。
丈夫な紙面であればキャベツを切ろうとしても切れない。そこで必ず気が付くはずだ。
うまくグリーンヒル大将へ通信文が渡ったかどうか、部屋の明かりの点滅で返信をさせることで判明する。これもまた上手い方法である。
どうやら通信文はうまく渡り、返信が返ってきた!
その通信文には今回のクーデター騒ぎがロボス元帥の妄執から来ていることと、キャロライン達やカールセンなどもクーデター阻止に動いていることを書いた。
「フレデリカが料理をしないことが、こんな風に役に立つなんて」
キャロラインは思う。
これはまさにフレデリカの怪我の功名といったところだ。世の中はどこがどうなるのかわからない。
次回予告 五十九話 同盟騒乱~反戦集会
民主主義を守るジェシカの戦いと、キャロラインが交差するとき……