見つめる先には   作:おゆ

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第五章 闇の中の光
第五十六話 宇宙暦799年 三月 同盟騒乱~隠れ家


 

 

 それは、華々しい蜂起ではなかった。

 

 まことに地味なところで始まった。

 軍の戦略管理コンピューター、宇宙港管制コンピューター、中央通信コンピューターなど、同盟の中枢部のコンピューターに次々と罠が仕込まれていった。

 

 

 誰にも知られず、そっと準備が進む。

 

 仕込まれたコンピューター全てを一斉に機能停止させるよう作られたプログラムなのである。

 それらが機能不全に陥れば同盟のあらゆる軍事行動は不可能になる。また移動や通信すらできない。

 

 あろうことか自由惑星同盟首都星ハイネセンが孤立してしまい、政府機能も働かなくなる。

 

 銃の一発も撃たず、合図一つで恐るべきことになるのだ。

 こんな戦慄すべきことができるのは専門の教育を受けた工作員しかあり得ない。

 いや、それだけでも成し得ない。

 同盟中枢部のコンピューターにアクセスできる権限をもった者が後ろ盾にいなければ実行できるはずがない!

 

 

 

 最後の最後、それは同盟軍統合作戦本部で起こった。

 

 律義なクブルスリー本部長がいつも決まった時間に登庁するのが常だ。

 その日もそうだったが、作戦本部に入るや否やロビーで横から声をかけられた。

 

「クブルスリー本部長、ちょっとお話が」

 

 それは意外な人物だった。昔からクブルスリーは知っていたが、もう九年も会っていないからには。

 

「おお、アーサー・リンチ君かね。君も捕虜交換で帰ってきていたのか。帝国での捕虜暮らしは辛かったろう。もう復帰したのかね?」

「いえ、復帰はまだかないません。エル・ファシルの件で査問会が予定されてまして、復帰は少々難しいことかと。そこで是非閣下のお力添えで復帰を」

「それは残念だ。君のことを買っていたのだが。しかし、復帰については正規の手続きを取りたまえ。私の役目は手続きを守らせるためであって破らせるためではない」

 

「手続き? いえそんなものはもう要りません。復帰のためには閣下が黙って倒れて下さればそれでよいのです」

 

 アーサー・リンチがいきなりブラスターを引き抜く。

 ためらいなく撃った。

 一発で充分だ。クブルスリーは銃撃を受けてその場に崩れ落ちる。アーサー・リンチの射撃の腕は確かだった。

 

 もちろん、クブルスリー本部長は同盟軍で最も重要な人物であり、常に護衛が複数いる。

 この事態に驚いた彼らは素早くアーサー・リンチに銃を構えた。だがしかし、逆に彼らの何倍もの数の銃が向けられているのを知る。

 ロビーの階段の上から狙いを付けた銃口が整然と並んでいたのだ。

 

 

「よくやったリンチ君」

 

 その列から一人抜けて階段を下りてくる人物がいた。

 先ほどのアーサー・リンチがその人物に答礼する。

 

「後の歴史書に書かれる栄誉を与えて頂き、ありがとうございます。ブロンズ中将」

「同盟軍、いや同盟全ての再出発の時が来た。これはその先陣だな。さて情報さえ遮断すれば急ぐ必要もないが、ロックウェル君にばかり働かせるのでは申し訳ない。アーサー・リンチ君、私と一緒に次へ向かおう」

 

 

 

 

 自由惑星同盟において、クーデターはもう始動してしまった!

 

 アーサー・リンチはその先陣として歴史書に書かれるのは確実だ。それが栄光なのか、汚名になるのかは別として。

 

 

 

 この日、ハイネセンには最高評議会の代議士に加えて多くの軍部の将が集まっていた。艦隊編成の最終調整のため、という名目で集められていたのだ。

 

 これまでの戦い、ティアマト会戦で第十一艦隊、アスターテ会戦では第二、第四、第六艦隊が甚大な損害を被った。

 アムリッツァではより損害は大きく、どの艦隊も無傷では済んでいないが、特に第三、第七艦隊に被害が大きい。

 これらの艦隊戦力をどう調整するかは大きな問題になる。

 

 それは余りにも順当かつ必要な理由であり、誰も疑問に思っていない。

 先にヤンによって注意を喚起された者たちは将が集まり過ぎるという一点において懸念を持たなくもなかったが、集められること自体は疑っていない。

 

 そこまで根深いクーデターだとは思ってもいなかったのだ。

 

 

 

 クーデターを起こした武装勢力によって第五艦隊ビュコック中将、第十艦隊ウランフ中将があっさりと拘束された。

 

 統合作戦本部も占拠され、続いてグリーンヒル大将も拘束される。

 

 同時に、クーデターを仕掛けたブロンズ中将の指示で一斉にコンピューターに仕込んだマイクロプログラムが起動する。

 それは各種コンピューターを強制的にシャットダウンさせ、更に、再起動を受け付けなくしてしまう。起動時に最初に動くシークエンスまで書き換えるもので、しつこく再起動を掛けられると演算装置に過電流を流して焼損させるという恐ろしく巧妙なものだ。

 このマイクロプログラムの仕込みによって同盟の情報部が無能でないことが示された。今はクーデター側のブロンズ中将が掌握しているのだが。

 

 首都機能がストップし、情報の伝達も共有もできないまま、クーデター勢力によって着々と要人拘束が進んでいく。

 

 

 ヤンの懸念は現実になり、注意喚起もほとんど無駄になる。

 

 不幸中の幸いとしてヤン自身はハイネセンに呼ばれていない。

 実際呼ばれる名目がない。

 ヤンの第十三艦隊はアムリッツァで最も被害が少なかったし、今もイゼルローン要塞守備という任務についているためだ。

 同様に第八艦隊アップルトン、第十二艦隊ボロディンはフェザーン方面に哨戒に出ていた。

 

 そこだけはクーデター側も手の伸ばしようがない。

 

 

 

 一方、キャロラインの第九艦隊の司令部はハイネセンにいた。

 

 ヤンからの注意はキャロラインもアル・サレムも忘れずクーデターの用心はしていたのだが、しかし仕掛けられたタイミングが最悪だった。

 統合作戦本部に向かう車中を狙われた!

 後方に付けていた怪しい車から、アル・サレム、キャロライン、モートンの三人が乗っている車の制御部へ向かってライフル弾を撃ち込まれた。

 

「後ろの車から何か、あっ!」

 

 その手際は見事なもので、もはや三人の乗る車は制御が効かず、緊急停止も働かない。

 なんとかモートンが手動操作を試み、ガイドレーンに擦り付ける格好で乱暴に停止する。それくらいしか仕様がない。

 

 車から転げ落ちるように急いで三人が出て、急ぎ離れようとした。

 それはもう遅く、撃ってきた後ろの車から既に四人ほどの軍服姿の者が出てきては小銃を構えているではないか。

 

 

「このハイネセンで襲撃とは。ヤン・ウェンリーの言っていたクーデターが現実になったか…… 」

「アル・サレム提督、ここは食い止めますのでフォーク少将と早く」「モートン少将、いいえ、私が足止め致します。早く閣下とお逃げ下さい」

 

 もちろんモートンもキャロラインもそう言う。優先すべきはクーデター勢力からアル・サレム中将を保護することだ。

 

 小銃を構えた襲撃者四人は素早い動きで囲んでくる。憎らしいほど隙が無い。

 

「第九艦隊司令部のアル・サレム中将、ライオネル・モートン少将、キャロライン・フォーク少将ですな。手荒なマネはいたしません。おとなしくしてくれる限りは。先ずは手を広げて前に出し、地面に着けて」

「私たちをどうする気ですか」

「それには後ほどゆっくりお答えいたします。キャロライン・フォーク少将、早く手を地面に」

 

 

 モートン少将が素早く目配せすると、同時に手の平から何かを落とす。

 

 一瞬後鋭い閃光と濃い煙が出た!

 発煙弾と催涙弾のどちらも播いたのだ。

 

 クーデターを警戒して準備は怠っていない。常に襲撃を予想して、若干の対抗策は用意していている。万が一のために車に用意してあったそれらを持って出ていて、躊躇なく使ったのだ。

 

 それだけではなく三人は服にしまってあるブラスターを取り出しながら身を屈める。

 

 

 ここでアル・サレム中将が言う。

 

「二人とも行け! 年寄りは走るのも遅いし怪我の後遺症もある」

 

 襲撃者は催涙弾で目が見えなくなりながらも止まっていない。小銃をでたらめに地面に近い方へ撃ち始める。おそらく足を撃って動きを封じるつもりなのだ。これではよほど素早く動かないと逃げることはできない、そうアル・サレムは判断した。

 

「そんな、閣下を置いては行けません! 第九艦隊は閣下あってこそです」

「いや、第九艦隊のことなら、二人のどちかかに艦隊の指揮権を預ける。これは正式の戦時代行だ。フォーク少将、モートン少将、お互いが証人となれ」

 

 これにより権限は移譲され、尚もアル・サレム中将の声が響く。

 

「これは命令だ。早く行け!」

「すみません中将、後に、必ず」

 

 そう言うとモートン少将がキャロラインを連れて離脱する。

 どのみち走れないのではアル・サレム中将の脱出は無理、残り二人まで捕まるわけにいかない。それでは第九艦隊司令部が無くなってしまう。冷静な判断だった。

 それにクーデター勢力がアル・サレム中将を捕まえても殺しはしないという目算もある。殺すつもりなら最初から車にロケット弾でも撃ち込んだはずだ。

 

 モートンとキャロラインが走り去るのをかすかに認めると、アル・サレムはクーデター側襲撃者を撃ち、その二人の後を追うのを牽制しにかかる。

 ただし襲撃者同様ほとんど視界は効かず、そのため襲撃者を倒すには至らない。やっと一人、二人にかすり傷を負わせるのが精いっぱいだ。逆に襲撃者の火線が密になってきた。

 

「一人しかいないが捕まってやろう。せっかく入院を終えたばかりだ。病院に戻さないでくれんかね」

 

 こうしてアル・サレムは捕まった。それを拘束する者以外はモートンとキャロラインを追跡にかかろうとしたがもう二人の姿は見えない。

 二人は高架になっている道路から降りてその下を走り抜け、側道からもう逃げている。

 襲撃者は諦めざるをえなかった。

 

 

 

 二人はハイネセン市街の密集地にいったん隠れた。

 しかし、いずれは見つかる。

 クーデター側はそうそう甘くないだろうし、おそらく監視カメラから逃れられない。

 

「フォーク少将、これからどうするか。クーデターの首謀者を突き止めて逆に襲撃をかける、これはまあ無謀だろう。順当なところで移動しながら捕まるのを回避し、様子を見る。同じように逃亡に成功した者がいるかもしれず、合流出来たらいいんだが、望みは薄いか。いずれにせよ状況はかなり悪いな」

「モートン少将、仰る通りです。しかし移動しながらというのはかえって網にひっかかる恐れがあります」

「だが、移動しなければ…… そんな都合のいい隠れ家など存在するだろうか」

 

 しかしキャロラインは一つ思い付いたことがあった!

 これまでの経験がこんなところで役に立つとは、まさに瓢箪から駒ではないか。

 

「それならばハイネセンで一つ、安全な場所を知っています。軍内でも特別に機密事項なのでしばらくは大丈夫です」

 

 

 

「おお、それで妾の所にきたのじゃな。よいよい、そういう面白い話は大好物じゃ!」

 

 マルガレーテ・フォン・ヘルクスハイマーは上機嫌だ。

 日頃退屈なマルガレーテには刺激が何よりも必要だった。

 

 モートン少将は古めかしい館に着いて、面食らっていた。

 キャロラインに案内され、その妙な館に入るとなんと帝国軍の軍服を着たものに出迎えられた。

 

 とどめに最後は豪華絢爛なドレスを身にまとった少女だ。年は15歳程度に見える。

 ブロンドを前髪で切りそろえたかわいらしい少女だが、しかし言う言葉は尊大なものだ。

 表情の固まったモートン少将にキャロラインがようやくその謎を説明する。

 

「この方は、帝国からいらしたマルガレーテ様。ヘルクスハイマー伯爵家の令嬢です。以前秘密任務で友達になりました。同盟軍でも私とグリーンヒル大将、他数名しかこの場所を知らないはずです」

「な、何!? 帝国貴族……」

 

 とんでもない機密もあったものだ。

 

 絶句するモートン少将を置き、キャロラインはマルガレーテに匿ってもらうことを頼み、もちろんモートン少将もまた同じことを言った。

 

「そちも同盟軍とやらの者か。何やら揉め事のために隠れ家が要るようじゃの。キャロラインの頼みとあらばここに逗留するのは構わん」

「ライオネル・モートンと申します。お心遣い感謝します。この度はご迷惑でしょうが、しばらく置いて頂けるのであればまことにありがたい」

「また平民か。よい。ただし外がどうなっておるのか教えるのじゃ」

 

 

 マルガレーテはいつでも好奇心旺盛だ。

 しかし、そのおかげでキャロライン達はいったん隠れ家を確保できた。

 

 ここからクーデター勢力に対して行動を始められる。

 

 

 

 

 




 
 
次回予告 第五十六話 同盟騒乱~あえて渦中に

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