見つめる先には   作:おゆ

53 / 107
第五十三話 宇宙暦798年 九月 余興

 

 

 なんとか同盟一行は舞踏会をこなし、オーディンにいるのもあと一日になった。

 

 この日も帝国は一行のためにいくつかの余興を準備していたが、少々これは荷が重過ぎたかもしれない。

 

 メックリンガーのピアノ演奏は客人に帝国の高いレベルを聴かせるべくとても気合いが入ったもので、文句なく素晴らしいものだ。

 しかし聴くヤンは必死に頭を倒さないように頑張っていた。前夜の舞踏会の疲れがせっかくのピアノを子守唄に変えてしまっている。

 目をつぶるのはもう仕方ないが、せめて明らかに寝ているように見えてはダメだろう。

 フレデリカが冷や冷やしながらその様子を横目で見ている。

 

 続けてオペラに入るとアッテンボロー以下大半の人間がそんな感じになってしまう。

 帝国の芸術性が高いのは認める。

 確かに同盟に比べたら伝統も格式も段違いだ。

 

 

 そこで分かったことがある。

 なるほどこれでは帝国の人間が同盟のことを辺境の叛徒呼ばわりするのは当然なのかもしれない。

 

 一行は帝国の立場からの考え方を初めて理解できた。肌で実感したのだ。

 オーディンからすれば、同盟などどこにでもある辺境の地方の一つに過ぎない。文化的な側面でいえば。だから帝国から尊敬を受けることはなく、国ということを認められない。

 

 しかし見渡すとそれも少し言い過ぎなのが分かった。帝国側の人間も全て芸術方面に素養が高いのではなく、こっちのヤンと似たり寄ったりの人がいる。

 オレンジの髪の将だって寝ているではないか。

 ヤンよりも明らかに寝ているのがわかるくらいなのだ。

 

 この後の予定では、歴史的建造物の見学と絵画鑑賞が入っていた。

 

 政治的な討論などは入りようがなく、あくまでも歓迎の余興である。

 しかし、一行としては芸術行脚はもう充分と思っていた。

 

 自然、クブルスリー本部長に視線が集まる。

 

「な、何かね。皆」

 

 代表してグリーンヒル大将が話す。

 

「芸術は、やはりそれをわかるものが相応しいようです。この後が余興のみであれば、繰り上げて早めに出立と帝国に伝えては」

 

 クブルスリーは律義な人間で、帝国が歓迎のために用意してくれたものは嫌でもこなすべきと思っていた。

 しかし自分も辟易としていたし、皆の手前もある。

 一応帝国側に予定変更が可能かどうか打診する。

 

 

 

 それが予想外の展開になってしまうとは!

 

「芸術巡りはもう充分と言われるか。まあ、そうかもしれない」

 

 そう答えるラインハルトには、気を悪くしたような感じが見えない。予定を端折りたいという要求は通りそうだ。

 実はラインハルトもあまり芸術は得意ではない。

 絵画や音楽の良さが今一つわからないのだ。生ける芸術は、他の芸術には意外に理解が薄い。

 

「だが芸術ではなく、他の余興というと…… たった一つだけ思い付くものがある。まあゲームのようなものしかないが、面白いだろうことは保証しよう。それで良ければ」

 

 目を細めて覇気が増したような気がした。本当に単なる余興と考えているのだろうか。

 

「お互い軍人だ。チェスなどではつまらない。艦隊戦シミュレーションはどうだろう」

 

 

 こうして急遽艦隊戦シミュレーションがセットされることになった!

 

 場所は帝国軍士官学校、たまたま近くにあり、一行は即座に移動できた。

 帝国側からの提案を、もちろん同盟の一行も拒むことはない。

 

 これはチャンスだ。

 どちらも同じような思惑を持つ。

 艦隊戦シミュレーションであれば、相手の戦術的なレベルを推し量れるのではないか?

 実際の戦闘なしで何がしかの情報が得られるのならそれにこしたことはない。

 

 この捕虜交換式典は、通常には考えられない破天荒な物事に満ち溢れていた。

 

 

 使うのが帝国の艦隊戦シミュレーターであるからには、最初に同盟側の人間に使い方のレクチャーをしなくてはならない。しかしこれはほぼ同じものを使っているのだからさほど難しくもなく終わる。

 

 いよいよ対戦だ。

 

 前代未聞の帝国対同盟の艦隊戦シミュレーション、これはあくまで式典の余興、ただのゲームである。勝ち負けは問題ではない。

 それにシミュレーションは戦術的なことだけを切り取ったものに限定され、そこに戦略は含まれない。

 だが、そんな建前は百も承知だ。それでも勝敗にはお互い興味がある。

 

 

 

 最初の対戦者は同盟側からフレデリカが出された。

 

 帝国からは、ミッターマイヤー中将麾下のドロイゼン少将が相手をする。ミッターマイヤーが信頼を置くバイエルラインに並ぶ将であり、命じられたことをけれん味なくこなす有能な前線指揮官である。

 帝国も同盟も初めは様子見だ。

 艦隊司令官級を出さない。とりあえず勝っても負けても笑い話で済むように。

 特に同盟側のフレデリカは指揮要員ですらないので、完全にアンダースペックだ。シミュレーションも学校以来やっていないだろう。

 

 さあ、ついにシミュレーションが始まった。仮想の戦場で艦隊が戦う。

 

「両軍一個艦隊一万六千隻同数、宙域に特殊条件なし。損耗率35%、または旗艦撃沈にて判定」

 

 シミュレーターの機械音声による合図でスタートだ。

 

 帝国のドロイゼンは堂々とした布陣で挑んだ。

 対するフレデリカは当初だけ同じような布陣を見せたが、接触直前にいきなり凸形陣に組み換え、急進してきた。一気に突破して急戦に持ち込むつもりか。

 

「むう、下手な持久戦ではボロが出ると見て、一気に来たか!」

 

 そう言いながら、ドロイゼンとしては突破戦術を防ぎつつ逆手に取ることを考える。

 防御力の高い艦を前に出し、中央部を後退させながら左右両翼を縮め、包囲殲滅を狙う。

 

 

 だが、ここでいきなりフレデリカの艦隊が前後の二つに分かれた。

 

「さあ、ここで行きなさい!」

 

 フレデリカの声と同時に、後方の艦隊はかなりの急加速を見せる。

 先ほどまでの精一杯急進していたと見せかけていた突進速度そのものが、既に擬態だったのだ。

 本来はもっと速い。

 もちろん後方の艦隊は真っすぐは進めるわけではない。そうではなく、大きく回り込んできた。ドロイゼン側の左翼よりも更に外側へ大きく。

 

 フレデリカはドロイゼンが包囲してくるのを予期し、更にそれを逆用したのだ。

 この時にはドロイゼン側の左翼は、包囲のために中央方向に先を向けている。フレデリカはその左翼の後方を取ることに成功した。

 更に、前方の艦隊もまた真っすぐ進まず、綺麗なカーブを描いてドロイゼンの左翼へ向かう。

 

「これで向こうの左翼は回頭できないはずよ!」

 

 フレデリカの言う通り、ドロイゼンの左翼はその牽制に遭って回頭できず、後背からの攻撃に無力になってしまう。

 挟撃というのはこのために有効なのだ。

 完全なタイミングでドロイゼンの左翼は挟み込まれ、一斉砲火によってみるまに崩れ、消え去った。

 

 

 しかし、勝負はまだ序盤だ。

 

「こっちの左翼は見事にやられた。しかし敗戦の判定までは至っていない。このまま終われるものか。お返しだ!」

 

 ドロイゼンの言うことも尤もであり、フレデリカの前方半分の艦隊は危地にある。

 それらはドロイゼンの右翼へ後背を晒している格好になり、先ほどと逆のパターンになってしまっているからだ。

 

 だがフレデリカの反応の方が早かった。

 後背から迫られる前に加速し、逃げ切ったのだ。それには理由がある。ドロイゼンの壊滅した左翼と、中央部との間に間隙を見つけ、うまくすり抜けられた。

 

「なっ、逃げられた!」

 

 つまりドロイゼンは最初のフレデリカの急進に備え、中央部を後退されていたのだが、情勢に合わせて前進に切り替えるべきだった。それが遅かったのだ。もちろんフレデリカはそれを予期して艦隊の進路を調整している。

 

 

 その後、フレデリカの後ろ半分の艦隊はもっとあざとい戦法を見せる。

 壊滅したドロイゼン左翼の残滓越しに、寄ってきた右翼に対しても攻撃し出した。ドロイゼンの右翼艦隊は生き残りの味方が邪魔になって反撃ができない。

 

 

「戦術シミュレーション、終了します。勝者、同盟軍グリーンヒル、損耗率14%、敗者、帝国軍ドロイゼン、損耗率35%」

 

 ここでシミュレーションは終わる。立て直しにかかっていたドロイゼンは無念だ。勝敗判定基準もフレデリカがしっかり頭に入れていたのは確かである。

 

 これは誰にとっても思わぬ結果である。

 フレデリカの完勝だ。

 

 フレデリカは女性士官学校時代、キャロライン・フォークという圧倒的巨星に隠れてシミュレーションの成績では目立たなかった。

 しかし、実力は確かだったのだ。全体の勝率は8割を優に超えていたほどに。

 何といっても、無敗のキャロラインの数少ない引き分けはフレデリカがつけさせている。

 

 

 このシミュレーションを観戦したグリーンヒル大将はいつもの表情を全く崩していなかったが、我が娘の活躍に内心は狂喜というにふさわしい。

 

 ヤンにとってもフレデリカの戦上手は意外なものであり、とりあえず横にいたアッテンボローを茶化す。

 

「おい、アッテンボロー、イゼルローンに帰ったらグリーンヒル少佐とシミュレーションどうだい? 結果によっては……」

「先輩、よく意味が分かりませんよ」

 

 いつものアッテンボローらしくない歯切れの悪さである。

 

 

 むろんこの対戦は帝国側の諸将も観戦し、唖然とさせられてしまう。

 

「小細工を考えるから悪いんだ! 正面から突進し、相手より早く撃砕すればよいのだ!」

 

 そうビッテンフェルトが吼え立てる。

 

「うるさい! ビッテンフェルト。シミュレーターには黒色槍騎兵などというモードはない。それはただのイチかバチか、無謀な突進だ」

 

 そうミッターマイヤーが応える。

 見るところ、ドロイゼンは柔軟性に劣り、相手の機略に嵌められてしまった。しかし基本的には決して悪くなく及第点を付けられる。つまりドロイゼンは相手が悪かったというだけのことだ。

 

 それよりもミッターマイヤー自身、やる気になっていた。

 お返しをしなければ気が済まない。

 そもそも諸将は武人、未知の敵を相手にして血がたぎらないはずがないではないか。

 

 

 

 一方、ラインハルトは限りなく不機嫌だった。

 

「向こうの少佐などに引けを取るとはなんという無様な」

「ラインハルト様。ドロイゼン少将は決してまずくはありませんでした。それにこれは実戦ではありません。勝敗は気にせず御覧になればよろしいのでは」

 

 キルヒアイスは冷静で、そう宥める。だがラインハルトはそれでも納得しそうもない。

 余興としては向こうがフレデリカならばこっちはヒルダという線も無くはなかったが、ラインハルトは勝敗にこだわる。

 

「いいやキルヒアイス、これでは帝国の権威も方無しだ。次は俺がやる」

「ラインハルト様、これは機械の中の出来事、誰も戦死しないただの余興に過ぎません」

「…… では、次はワーレン、卿に命ずる。必ず勝て」

 

 ラインハルトは若干熱くなり、いきなり艦隊司令官級を指名してきた!

 完全に勝ちに行っている。

 出したのは麾下の将の中でも用兵巧者と名高いアウグスト・ザムエル・ワーレンだ。

 

 

 シミュレーション対戦は第二戦に入る。

 

 同盟側ではキャロライン・フォークを出した。

 

 ここにワーレン対キャロラインの高度な頭脳戦が展開される。

 この対戦、出だしは静かなものだった。

 ワーレンはやや左右に広げた鶴翼の陣形、対するキャロラインは標準の陣形だ。どちらも慎重さを崩さず、微速で迫る。

 

 接触直前、キャロラインもまた陣形を横に広げた。

 だがこれは、ワーレンの鶴翼に合わせたのではない。

 それよりも広げた。

 更にもっと。

 

 ワーレンとしては、キャロラインの意図は分からないながら、このままでは包囲される危険がある。

 その一方、キャロラインの陣容は薄く、特に中央付近にあったはずの予備兵力もまた分散されていなくなった。置かれていない。

 

 ならば突破も容易、ワーレンは実に素早く陣形をコンパクトにして、急進に移った。早期に突破できればがぜん優位に立てる。

 

 ところが、簡単には破れない!

 キャロラインはあまりに巧みで柔軟な受け手をしてこれに応えている。帝国軍でいえばミュラーのような粘り強さだ。

 局地的には戦力比が二倍以上あるというのに、ワーレンはゆっくりとしか進めない。

 どこが相手の弱いポイントなのか、どこに攻勢をかければいいのか分からない。

 ここぞと思って突進にかかるとそれは欺瞞だった。集中砲火のポイントに誘い込まれているのに気付くことになるが、もう遅い。一方的に叩かれて戻らざるを得ない。

 

 それが叶わず、時間を空費してしまう間にキャロラインの大きく広げた陣がかかった獲物を仕留めにかかる。

 それもまた単に包み込むのではない。

 雑な猛砲火を加えるのではなく、重要な結節点を撃ち抜くところはまるでルッツのようだ。最初からキャロラインは高速艦をいくつか重点的に置いている。それがまるでカッターのようにワーレンの方を切り刻み、立て直しを決して許さない。

 

 

「戦術シミュレーション、終了します。勝者、同盟軍フォーク、損耗率9%、敗者、帝国軍ワーレン、損耗率35%」

 

 ワーレンには無念だが、ここで終了だ。

 

 帝国の諸将は驚きを禁じ得ない。あれほどの用兵巧者ワーレンが完敗を喫するとは。

 

 そして声も無くなったのは理由がある。

 

 見る者が見ると、もはやこれは大人と子供の戦いのようだ。

 フレデリカの戦いは一度しか使えない奇策とも言えたが、今度のキャロラインの戦いは違う。

 圧倒的に地力が違うのだ。

 

 例えばどちらもやや陣形は広げていたが、キャロラインの広げ方は偶然に決めたものではない。

 ワーレンの陣を見て、その編成、密度などから攻撃力を精密に読み取った。

 その上で持ちこたえるのに必要な分量を完全に予測し、包囲が叶うと判断して陣形を変えている。その判断力と計算力は恐るべきものだ。つまりたまたま突破を許さず、包囲が間に合って勝ったというような簡単なものではない。

 

 単純な動きのようだがもはや接触前に勝負はついていたのだ。

 

 

「さすがだわ、無敵の女提督!」

 

 ボリュームのある亜麻色の髪を揺らしながらシミュレーターから出てくるキャロラインをフレデリカがハイタッチで迎える。自分も戦った興奮からか、フレデリカがいつになくはしゃいでいてキャロラインがむしろ戸惑う。

 

 

「…… どうする、アッテンボロー、無敵の女提督と再戦はしないのかい?」

 

 そんなヤンの言葉を聞いてもアッテンボローは返事をする気もおきない。

 

 

 

「ラインハルト様、そろそろ予定時間ですが」

 

 キルヒアイスが時刻を教えてくる。

 しかし、ラインハルトが目を細めて言う。

 

「そんなことはどうでもいい、キルヒアイス。帝国の威信にかけてこのままで終わるわけにはゆかぬ」

「ラインハルト様……」

 

 キルヒアイスもラインハルトがこうなれば仕方がないのを知っている。

 

「よし、次はロイエンタールだ。卿にはよもや、ということはあるまいな」

「御意。閣下」

 

 ついに双璧を切ってよこした。

 ラインハルトは本気だ。もはや余興の域を超えている。

 

 対する同盟軍はドワイト・グリーンヒル大将が相手をする。

 このシミュレーションもまた白熱した。

 

 

 

 




 
 

次回予告 第五十四話 驚くべき戦い

余興は如何に!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。