見つめる先には   作:おゆ

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第四十八話 宇宙暦798年 三月 リヒテンラーデの思い

 

 

 一方、リヒテンラーデは少し前まで深刻に憂いていた。

 

 忠臣としてゴールデンバウム朝を誰よりも心配しているのが根底にある。

 帝国内乱の危機を解決するには、ゴールデンバウムの血を引く者が軍事的に強力な後ろ盾を得て即位するのが一番良いのだ。後ろ盾が無いとさっさと暗殺されるので無意味になる。

 

 ブラウンシュバイク側が勝ち、その娘エリザベートが即位すればブラウンシュバイク公が政務に口を出すことは明らかである。

 もちろん、いい意味ではない。

 ブラウンシュバイクは利発でもなく器も小さい。

 何より上に立つ者が備えるべき公明正大さからは程遠い。おそらく帝国は私物化され混乱するばかりになろう。ブラウンシュバイクの係累、あるいは追従の上手い取り巻きのはびこる世になる。

 これはリヒテンラーデには耐え難い未来だ。

 

 もっと大きい懸念がある。将来暗愚なものがエリザベートと結婚すれば目もあてられない。

 いや、むしろブラウンシュバイクは自分の権勢のために、言いなりになる傀儡を当てがうだろう。

 しかしブラウンシュバイクの死後は? 帝国はどうなってしまう? 

 その暗愚なものが帝国の頂点になってしまうではないか! ブラウンシュバイクの操り人形よりもブラウンシュバイクの方がマシだったという事態は笑えない冗談だ。帝国の将来は限りなく暗い。

 

 この際ブラウンシュバイクとリッテンハイムを徹底的に争わせて徹底的に勢力を削いだ方が良いという考えもある。

 長い間の貴族体制のうちに貯まった膿を出すために。

 しかし、その激しい争いに帝国が耐えられるだろうか?

 もし万が一、エリザベートとサビーネの両方が害されたらどうなる!

 ゴールデンバウム朝はそれこそお終いだ。遡って帝室と血のつながる者を無理やり探し当てたとしても、それが本当か先々まで疑惑の声が絶えないだろう。騒乱が最悪この先数代に渡って続くことが予想される。

 

 一時的な騒乱を抑えるために帝国を二分するという考えもある。

 エリザべートとサビーネのそれぞれの子の代で再び取り結ぶ、というような。

 それは荒唐無稽な夢物語でしかなく、歴史上そのような手でうまく宥和していった試しがない。

 

 

 しかしながら結局は理想的な結末に終わったではないか。

 内乱は避けられなかったが、長期化して帝国が疲弊する前にあっさり終結した。

 それだけでも素晴らしいことだが、帝位についたサビーネはラインハルトと結婚する!

 

 願ったりかなったり、最高の形だ。

 

 リヒテンラーデの目から見てラインハルトは、軍才は言うに及ばず統治でもおそらく才幹がある。最も良いのは私欲がなく、独自の美意識と正義感があるところだろう。

 

 

 

 そのラインハルトは軍務において先ず諸将の昇進を取り計らった。

 キルヒアイスを上級大将にする。ミッターマイヤーとロイエンタールは大将である。

 非常に妥当である。

 リップシュタットの時に麾下で戦った有能な諸将、つまりミュラーやビッテンフェルトなどは全員中将の位とした。それは実戦で一個艦隊を指揮するに最小限の地位であることによる。

 ミッターマイヤーとロイエンタールだけはラインハルトに代わり複数の艦隊を指揮できるという意味でその地位にしたのである。そして二人にはいつしか呼ばれるようになった「帝国の双璧」この言い方が定着する。

 諸将に不満はない。

 とりあえず各自一個艦隊が与えられたのだから、地位に関していえば昇進の機会などこれからいくらもある。

 

 

 戦闘艦艇はフル生産してはいるが一朝一夕には増やせない。その分、貴族の私領艦隊だったものをほとんど接収した。それを帝国軍として使えるようにする。私領艦隊も戦力になりえるというリップシュタットの戦いから得たラインハルトの判断だった。

 

 それは思うより難しい作業になった。

 

 各私領艦隊は、通信システムも武器の性能もコンピューターも補給の規格も、何もかもバラバラだった。

 貴族とその私領艦隊は五百年の伝統があるのだ。長さだけは帝国軍と同じである。帝国軍の払い下げも多いのだが、わざと変えているのかと思うくらい違いも大きい。技術部門はしばらく頭を抱えることになった。

 

 しかし、それらハードウェアの差異はなんとかなる。

 問題はソフトウェア、つまり人の問題だ。

 

 練度の不足は訓練によって補えるかもしれないが、各私領の過去の因縁からくる確執には対処のしようもない。

 特に、旧ブラウンシュバイクと旧リッテンハイムとは因縁が深すぎる。

 そこへ更に旧ヘルクスハイマー、旧ヒルデスハイムなどの私領艦隊が加わり、それは更に複雑なものになってしまう。

 それらは互いに足を引っ張り合う。

 模擬戦などしようものなら味方も敵も関係なく因縁の私領艦隊を叩き合う始末だ。

 

 これには、いくら訓示をしても無駄である。

 給料などの利益で釣ってもダメだ。

 あまりに根本的な問題だからだ。

 派閥というものは、違う派閥を叩けば自分の派閥内ではヒーローになれる。その構図があるかぎり、派閥の確執は決してなくなりはしない。人間の性質というものである。

 

 派閥への貢献度が全ての基準だ。人間は自分の半径数メートルの領域の評価で生きる動物である。

 

 その解消を狙って強引な人事異動をすると逆に問題は複雑化してしまう。

 小集団ごとの派閥になるだけで、何も変わらない。かえって一つの艦に違う派閥を同居させたりすると目も当てられない。

 新兵を配属しても面白いことに派閥が薄らぐことがない。

 それどころか新兵の方がかえって派閥の考えに染まってしまうことが多い。

 

 最終的にラインハルトは諦めた。

 

 実戦になれば生き残るために団結せざるを得ないだろう。そうでない者どもはその報いを受けて死ぬだけだ。

 それでも、扱いにくい艦はまとめるのが上手いキルヒアイスやワーレンに任せるという配慮はした。これが下手にビッテンフェルトの艦隊に入れたりしようものなら、怒ったビッテンフェルトが後ろから王虎で砲撃しかねない。

 

 

 しばらく経ち、帝国は内政の充実と軍の充実という二つを成し遂げた。

 

 艦隊は数だけで言えば全部で十八万隻を超える。

 かつての威容を越えて帝国軍として空前の規模ではないか。

 

 ただし、対する自由惑星同盟も全て動員すれば十一から十二万隻と見積もられていた。

 

 これと戦う!

 ラインハルトはもう戦うことを決めている。

 

 歴史上かつてなかった統一を成し遂げ、宇宙を全て手に入れる。それが終わるまで覇気は留まるところを知らない。

 

 しかし帝国の軍事的優勢は明らかではあるが、それでも敵地へ侵攻するには足りない。

 安全に侵攻するには戦力差が三倍以上欲しいところだ。

 最低でも二倍程度の差がなければ侵攻は難しい。ラインハルトはそう考えていた。

 

 ラインハルトはアムリッツァの戦い以前であれば、叛徒の艦隊など無能揃いであり、戦力差などものともしない気概を持っていた。

 しかしアムリッツァで戦ったことで考えを改めている。

 

 あの戦いでラインハルトとキルヒアイスは少数の敵にさえ勝てなかったのだ。

 叛徒の中にいる名将、ヤン・ウェンリーのせいだ。ラインハルトのどんな戦術をも跳ね返し、逆に思いもよらない策を仕掛けてきた。恐ろしい体験だった。

 もっと恐ろしい想像ではあるが、そういった名将が一人だけとは限らない。もしも、同じような名将が二人、三人もいたらどういうことになるか。

 

 実際、驚くべきことにミッターマイヤーですらその中で完敗したことがある。他にも負けた艦隊は数多くいる。

 ラインハルトは戦略的な要件を整えることが絶対的に必要と判断した。

 戦いを常に心の奥で望んでいたが、決して無謀なことはしない。勝つべき条件が整わないのに賭けに出ることなどしないのだ。

 

 

 では帝国の生産力を当てにして気長に待つしかないのだろうか。

 

 帝国の生産力は相手の自由惑星同盟を3、4割ほど上回っている。

 しかし、人口では二倍の差があるのにそれしか違わないともいえ、不思議なことである。

 

 

 自由惑星同盟の側はそれを民主主義によるイデオロギーの勝利の結果として声高らかに宣言する。それを皆が信じ、同盟市民は誇りとしている。

 民主主義こそ社会を効率的にして、皆が幸せになるのだと。

 

 一部は確かにそうだろう。貴族などの生産に寄与せず消費するだけの重荷は同盟にはない。

 ルドルフ像より高い建物は許されないなどの変な法もない。

 経済活動もある程度の自由競争が働き、効率的だ。

 女性の社会進出も同盟の方がよほど進んでいる。それは軍においてさえそうだ。

 

 しかしながら、実際のところ生産効率の差をもたらす最も大きい理由は単純に人口ボーナスだった。

 出生率は帝国より同盟の方が依然として高いのだが、しかし次第に低下してきていた。そして出生率が下がる時に人口ボーナスが発生し、生産人口の比率が高まる、これは当たり前のことである。

 

 もう一つ言えば帝国が不利な要因ばかりではない。帝国の方に有利な条件もある。

 

 いろいろな社会的インフラに関しては帝国の方がはるかに整っている。

 ゆるやかな人口減少に伴い、新規に何かを建設する必要はなかった。維持するだけで充分なのだ。

 この点は同盟の方が不利だ。新規建設に人的・物的資源を振り向けざるを得ない。

 更に、その旺盛な資金需要はフェザーン資本が根を下ろす機会を与えることになってしまい、結果としてフェザーンの経済支配は帝国より同盟の方に進むこととなった。

 

 

 ともあれラインハルトは侵攻を既定路線として戦略を練り続けていた。現状維持の平和を保つことは考えていない。

 

 帝国宰相リヒテンラーデはそれについてラインハルトと話す機会を持った。

 

 リヒテンラーデ自身は侵攻には反対だ。

 帝国を安定させ、繁栄させる方がよほど関心事だ。

 

 かつてより帝国の人口は減っている。そのため帝国領だけで開発すべき惑星はまだいくらでも残っている。決して帝国は狭くなく、広すぎるくらいだ。これ以上戦ってまで広げる必要はそもそもない。

 

 更にリヒテンラーデには重大な懸念がある。

 

 侵攻が成功したとすると、それはそれで困ったことが起きる。

 思想の違う民衆を帝国内に抱き込んでしまうからだ。領土を拡張すればそれは必然としか言いようがない。

 これまでのような小競り合いで向こうの市民を捕らえて移し、思想矯正することはあったがそれは少人数だからこそ可能だった。億人単位でそんなことはできやしない。

 

 それで帝国に異思想が入り込み、それがはびこってて乱れがきたら何にもならないではないか。征服の果実が毒りんごとなって本体を蝕んでしまう。

 長年政治を司り、帝国を守ってきたリヒテンラーデにはそちらの方が問題に思える。

 

 それで話が済めば単純であり、当面放置でいいかもしれない。

 しかし頭の痛いことには向こうから仕掛けてきたら対処が必要なのも事実である。先には大兵力で帝国に入ってきたではないか。もう防波堤であるイゼルローン要塞は帝国のものではないのだ。

 侵攻を受けることが繰り返されない保証はない。

 なにしろ向こうは民主共和制なる気違い沙汰な思想が蔓延している。それで驚いたことに帝国を悪と断じ、劣勢なのに戦いを仕掛けることを諦めず、敵視してやむことがない。

 何しろ狂信者なのだから。理屈が通じるような相手ではない。

 

 

 もしその叛徒ども一気に滅ぼし、宇宙を統一したら二度と煩わされることはないのも確かなのだ。それが可能であればだが。

 

 

 

 リヒテンラーデ邸にて二人は会合を持った。

 

「ローエングラム公、よくぞみえられた。今日の話はほかでもなく、叛徒への対処について確たる方針を決めようと思っておる。儂らだけでな。それで充分じゃ」

「リヒテンラーデ侯、話をする機会を設けて頂いて感謝します。それはかねてよりこちらも願っていたことです」

「して、どうするか。選ぶべき道は多くない。儂が思うに、和睦か、守るか、攻めるか、この三つだけじゃろう」

「そうです。ご慧眼の通り、まとめればそうなるでしょう」

「ほっほ、儂は帝国の政略は握っておったが、軍事はとんとわからぬ。エーレンベルクめに任せておいたからの。褒めてもろうて嬉しいわい」

 

 リヒテンラーデは本当に嬉しそうに笑う。利発な孫と話しているような感じである。

 

「実は単純なこと、相手の出方があるので難しく見えるだけです」

「そうじゃな。じゃが貴公は決めておるのだろう。攻めると」

 

 ずばりとリヒテンラーデは核心を突く。

 ラインハルトもごちゃごちゃ得失を述べることはしない。そんなことはリヒテンラーデのような傑物に言うまでもなく、時間の無駄にしかならない。

 

「そうです。リヒテンラーデ侯。叛徒を倒し、宇宙を統一することが帝国の果たすべき役割と心得ます」

「貴公が戦いたがっているように見えるが。儂は軍事には反対じゃ。帝国を安定させるのが第一と思うておる。帝国というのはほっておくとの、かならず乱れがくるものじゃて。しかし、貴公の言うこともわかる。それに、成しうるとすれば貴公の他におらん」

 

 自分もそう思う。自分にしかできない。

 さすがにラインハルトはそこまで口に出さなかったが。

 

「じゃがな、こちらから攻めるとしても、どうにかせねばならんことが二つはあるように思う。一つは、叛徒が未だ力を持っていること。もう一つはイゼルローンを通れんことじゃ。それをなんとかできん限り、儂は帝国宰相として戦いを仕掛けるのを認めるわけにはいかん」

 

「宰相閣下におかれましては、そうお考えになるのは当然と存じます。ただしどちらも解決しうる問題です。確かに、イゼルローン要塞を陥とすのは簡単ではありますまい。もちろん難攻不落ということはなく、単に破壊するだけであれば今でも可能と思われますが、犠牲は見当もつきません」

 

 ここでラインハルトは秘中の秘を明かす。今がそうするべき時と判断した。

 

「しかし、叛徒を攻める道は一つではありません。お気づきかと思いますがもう一つ別の道が存在します。すなわち攻めるのはフェザーンからに致します」

「なに、フェザーンとな。自治領が始まってから帝国と一度たりとも事を構えたことはないじゃろう。その禁を破ると申すか」

「それは人が決めた掟のこと。宇宙の法則ではありますまい」

 

 これにはリヒテンラーデも呻き、しばし考える時間を置く。

 

「どのみち叛徒を討伐すれば、あのような場所に自治領などを置いておくことなどできるはずがありません。あの位置は軍事的にも通商的にも要衝であり、それを保持する意味は大き過ぎるます。帝国が直接手に入れなければ」

「ふむ、確かに討伐に成功したらあの場所は帝国の喉元のようなものじゃな」

 

 そしてラインハルトは語る予定ではなかったことまで明かす。

 

「それに、その後の統治にもあの場所は必要になりましょう。回廊でつながった帝国と叛徒の領地、この二つをその中央で統治するのが合理的です。反乱を防ぎ、通商を活発にするためにも」

 

 

 それは、あまりに壮大で斬新なデザインだ!

 保守的な人間からすれば実現の可能性以前に耳をふさぐだろう。

 

 しかし、ラインハルトはこの厳めしい痩せた老人が、意外に柔軟な物の考えをすることを知っていた。さらに、あえて言えば茶目っ気ともいうべき好奇心さえあるということが。

 

 それがリヒテンラーデの真の姿だ。

 懐を見せない陰謀家に見えてしまうのは長く政治に腐心してきた結果身に付いたものに過ぎない。

 

「戦いの後、統治にフェザーンの場所が必要とな。このオーディンはルドルフ大帝の定めた宇宙の中心たる都である。それすら人の作った掟に過ぎんと言うか。なるほどの。そのような奇想天外なこと想像もできんが、面白いかもしれんの」

 

 

 




 
 
次回 第四十九話 バルバロッサ、全速前進!

急げラインハルトとキルヒアイス!! ヒロインを救え!

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