見つめる先には   作:おゆ

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第四十五話 宇宙暦797年 八月 キルヒアイス対オーベルシュタイン

 

 

 このリッテンハイム侯主催の戦勝祝賀会に、あのオーベルシュタインという義眼の男がいる。

 

 あの男は叛徒の帝国侵攻の際、ラインハルトへ自分を売り込みに来た。

 

 話してみると決して無能な者ではないことはラインハルトにもわかった。それどころか底知れぬ知謀を感じた。ラインハルトとキルヒアイスがオーベルシュタインを受け入れなかったのは、その非情ともいえる冷徹さゆえだ。

 

 しかし冷徹さだけのことだったろうか。

 多分、自分たちとあまりに異質な者に戸惑ったのだ。

 

 もちろん、ラインハルトやキルヒアイスとしても目的のために最善の手段を取ろうとするし、策を弄することも行なう。

 そして戦いをするのなら、それは誇りをかけ、才幹を発揮する場である。

 もちろん戦いというものが華々しいことばかりではなく、悲惨な側面を持つことを知っている。幼年学校卒業から今まで地上戦も小さな駆逐艦乗りも経験してきたのだ。目の前で戦死者を見ることも決して少なくはなかった。それでもなお、戦いは生きることの一部なのだ。

 

 

 しかし、オーベルシュタインは違う。

 本当の意味で最善の手段をとる。

 正しいのか正しくないのかは全く問題ではない。何が犠牲になるのかならないのかも関係ない。それが目的達成に効果的な方法とみれば陰謀でも暗殺でも駆使するに違いない。

 

 オーベルシュタインにすれば戦いは無駄な消耗活動に過ぎない。ただのプロセスなのだ。それゆえ、計算をして単純に命の消耗が少ない方をとる。無駄を減らす、それだけのことだ。

 必要があれば自分の命さえ価値を数字にしてみせるだろう。だから空恐ろしい。

 

 

 敵か味方かでいえば、ラインハルトにとって今のところオーベルシュタインは味方なのだろう。この祝勝パーティーにいるのならば同じ陣営にいるという意味だから。

 これはたぶん良いことなのだ。オーベルシュタインが具体的に何をしているのかは分からないが、能力を活かして策謀を巡らせているに違いない。

 

 しかしそれでも嫌悪感は拭えない。

 まさかとは思うが策にかけられて踊らされている可能性がある。

 

 

 ラインハルトとしては直接話を聞いて確かめねばならない。色々と確認したいことがあるのだ。

 

 ラインハルトはオーベルシュタインとその隣で話していたリッテンハイム侯の所へ歩き、それにキルヒアイスが続く。話の途中だったヒルダとサビーネまでも戸惑いながらそれに付いていく。

 

 

「リッテンハイム侯、こちらのオーベルシュタイン大佐とお知り合いとは意外でした」

「おお、ローエングラム公。そう、このオーベルシュタイン大佐は先ごろこちらへ来たのだ。なかなかに有能な人材で重宝しておる」

「そうでしたか。実はこちらもオーベルシュタイン大佐が大変有能なことは存じております。以前から面識はありますので。ところで、侯のところに来られたのはいつの話でしょうか?」

 

 リッテンハイム侯はその場の雰囲気をあまり読まなかった。戦勝で浮かれているのもあるが、元から腹芸は得意ではない。

 

「そうだな、ローエングラム公にこちらへ来てもらう少し前だったか」

 

 ラインハルトは素早く考えた。

 その時期とは、ラインハルトへリッテンハイム側が密約を持って来た直前だ。

 ならばいろいろ聞いてみたい気持ちがする。その鮮やかな密約の出所などを。今更のことであっても。

 

「そうですかリッテンハイム侯。今回の戦いでは随分とこちらに都合の良いことが重なりましたので、何かと勘ぐってしまいました」

 

 

 

 この義眼の男は今までリッテンハイム侯の行動をどのくらい操っていたのだろう。

 

「例えば、ブラウンシュバイク公は決して持久戦を取りませんでした。艦隊決戦にこだわらず要塞戦などに持ち込まれたらそう簡単にはいかなかったと思うのですが。オーディンでの政略に関してはまだまだブラウンシュバイク公が優勢だったかもしれません」

 

 オーベルシュタインは策謀において非凡なものを持っているはずだ。それなどにも何か策を用いたかもしれない。他にも色々と疑問があるが。

 

「世の中には把握できないこともたくさんあるものだとわかりました。リッテンハイム侯」

「ローエングラム公、とにかく勝ったのだからいいではないか。そんな策謀など。それより、これからのことについて話をしよう。考えるべきことは沢山ある」

 

 あくまでも能天気なリッテンハイム侯であった。

 

 

 

「少し、私の方からお話を聞いてもよろしいでしょうか?」

 

 え? その場の何人もが驚きに固まる。

 

 ラインハルトも驚いた。というよりラインハルトが最も驚いてしまう。

 その発言がキルヒアイスから出たものだからだ。

 普段はラインハルトの話を優しく聞いている側のキルヒアイスが自分から話を始めるとは。

 しかもこんなタイミングで会話に割り込んでくるとは、とうてい普通ではない。

 表情も何か厳しいものを感じた。

 

「大変失礼なのを承知でお聞きしたいことがあります。単刀直入に言いましょう。先のヴェスターラントのことです」

 

 

 意外な事を言う!

 

 ブラウンシュバイク側の瓦解の決定打のことか。ブラウンシュバイク公の悪逆非道の象徴、自分の領民への核攻撃のことをここで話したいというのか。

 

「そのヴェスターラントの仕打ちのために、メルカッツ提督もファーレンハイト提督もブラウンシュバイク公を見限ったと聞いております。しかも艦隊は反乱を起こされ、戦うまでもなく自滅しました。それは事実です。しかし私が聞きたいのはその決定的証拠となった核攻撃の映像です。それがなぜ撮られたかについて」

 

 今更のことだが、よく考えたらおかしいかもしれない。

 誰が撮影していたのだろうか。

 

「ブラウンシュバイク公の艦隊に出回った映像は、爆撃したミサイル艦から撮影したものでも、それを阻止したファーレンハイト提督の艦が撮影したものでも、どちらでもないように見えます。あまりに客観的に、見事なまでに一部始終が写っていますので。ではどの艦が撮影したのでしょう。調べてみても出所不明な上、おまけに出回るタイミングも良すぎます」

 

 なるほど。

 今、それを問いただすからには、もう消せない疑念があるのだ。

 それを叩きつけられたオーベルシュタインは平然として返す。

 

「そんなことをお考えか。キルヒアイス提督閣下」

 

 表情には何の変化も浮かんでいない。

 

 

「オーベルシュタイン大佐、これについて知っていることは何かありますか?」

「お答えせねば収まらないご様子。では申しますが、そう、お気づきの通りです閣下」

「…… やはり、あれを撮影したのはこちらでしたか。すると核攻撃を事前に知っていたということに!」

 

 衝撃の事実だった。撮影したのはリッテンハイム側、正しくはこのオーベルシュタインの差し金だ。

 しかしキルヒアイスの言いたいことは撮影の事実ということではなく、爆撃の阻止についてだ。

 

「そう、間者からの報告で既に分かっておりました」

「それなのに、攻撃を阻止することはしなかったというのですか! 撮影できる艦がいる以上、ファーレンハイト提督より早く現場にいたはず。なら止めようと思えば間に合ったはずでしょうに!」

「最初からそうするつもりはなく、阻止する必要を認めませんでした。故に撮影のみ行なったのです。阻止するより格好の政治宣伝になりうる機会として使ったまでのことです」

「核攻撃を政治宣伝のために、ですか。女子供もいる領民が焼かれるのを宣伝のために!」

 

 キルヒアイスは決して大きな声ではない。

 ただし、わずかいつもに比べて声の調子が違う。持ち前の穏やかな優しい感じが薄い。

 

 

「宣伝の効果は閣下もよくご存じのはず。ブラウンシュバイク公の艦隊では平民兵士が反乱を起こし、この戦役の終結は随分と早まりました」

「ファーレンハイト提督がぎりぎりのタイミングで妨害したため、幸いにも被害はなかったと聞いています。ですが、もしそれが間に合わなかったら核攻撃でどれほどの人間が死んだでしょう」

「そう、どれほどの数でしょうか。最大に見積もっても、反乱が起きないため戦役が長引いたら増えたであろう戦死者の十分の一の数にもなりますまい」

 

 オーベルシュタインの考える基盤が垣間見えた。

 この男は命も数字に換算し、計算する。

 

「命を守るのを正義とは考えず、死者の数の引き算で計算ですか。そういう論法で物事をお考えになるのですか、オーベルシュタイン大佐は」

「死者の数を最小限にして事を収める。これが正義と心得ます。しかしそれまた結果的に命を守るのと違いがないのでは。キルヒアイス閣下」

 

 確かに結果としては合理的だ。しかしその思考回路には何かが欠けている。

 

「いいえ違いはあります。この場合、領民はなんの対抗手段も持たず、弁明や降伏の機会すら与えられず、罪のない者も含めて一切を虐殺されるところでした」

 

 

 オーベルシュタインはここでキルヒアイスの正面に向いた。

 この男も何か言いたいらしい。

 

「これはしたり。では私も逆に閣下にお聞きいたします。戦いを職業とする軍人ならば死ぬのは自業自得のことで、命は軽いとでも思われますか。戦いであれば、勝負であれば死ぬのも可能性の内、悲惨とは言わないと」

 

 ほんの少しオーベルシュタインも言葉が多い。この男でも完璧に合理主義で動くのではなく、やはり寄って立つ主義はあり、曲げることがないらしい。

 

「敢えていえば、戦いが美学であると主張する貴族の匂いがします。キルヒアイス閣下。宇宙で敵に殺されることでも、爆撃で焼かれることでも死は単なる死です」

「…… それでも正しいか正しくないかという基準は存在するでしょう。しかし出発点があまりに違い過ぎて、これ以上話を続けることに意味はなさそうです。オーベルシュタイン大佐、お聞きしたいことはこれまでです」

 

 

 一同は唖然とした。

 

 これは余りに哲学的かつ深刻な話だ。しかも政治を行うのであれば決して避けては通れない類いのことである。

 今度はラインハルトが話し出す。

 

「キルヒアイス、私が悪かった。そこまで思い至らなかった。お前にばかり考えさせて済まない。そう、お前の言う通りだ!」

 

 ラインハルトの烈気が増す。黄金の獅子らしい激しさで。

 

「オーベルシュタイン大佐、そちらの論法はわかった。反論は簡単ではなく、今そのことの是非を問うても仕方がない。しかしどのような論法であれ一つ言えることがある。それは嫌いな戦いだ」

 

 だがしかし、ラインハルトの鋭い烈気を受けてもオーベルシュタインは全くたじろぐことはなかった。

 

「ですので小官が閣下に紹介に預かるのは事が全て終わってからの方がよいと心得ました」

「何も教えない方が良いと思ったのか」

「物事には光と影がございます。光を歩まれる方は光を歩めばよいのです。しかしそれだけではうまく運びません」

「オーベルシュタイン大佐に一つ言っておく。過去のやり方はいざしらず、私とキルヒアイスの歩みではそのような謀略は無用だ。知っておいてもらいたい」

 

 

 これ以上、話は続かない。どのみち平行線なのはわかっているからだ。

 お互いに正しい。

 まさにそれは物事の考え方の違いだけ。光と影なのである。

 

 偶然にもここにいてしまったサビーネは考える。

 

 ラインハルト様は、正しい道を真っすぐ歩もうとする。やはりこの方は帝王なのだ。

 まぶしい光を放つ者がいればこそ、人はそれに憧れ、導かれ、立ち上がる。

 世には光が必要なのだ!

 この方を抜きにしてこれからの帝国は考えられない。

 私がラインハルト様と結ばれ、二人で新しい帝国を作る。

 明るく、豊かで、正しい帝国を作るのだ。

 

 

 ヒルダも思う。それはサビーネとは少し違っていた。

 

 ローエングラム公の少年らしいともいえる純粋さは貴重なものだ。才幹と不釣り合いなほどに。いや、才幹があればこそ純粋なままでいられたのかもしれない。

 ローエングラム公にとっておそらく戦いは屈辱などから無縁であり、高揚する場ということと同義であり続けた。

 

 しかし、どちらが正しいかと問われればオーベルシュタイン大佐の言うことがたぶん正論なのだろう。為政者としての。

 ただし、ちょっぴりでは薬になっても濃くなれば猛毒になる。

 そういう類の劇薬の面を持つ。

 本当ならばローエングラム公の副官であるキルヒアイス提督がそういう面を持っていれば良いのだけれど。

 見たところローエングラム公以上の純粋さを持つ人のようだ。

 

 

 この間、呆気にとられ、会話についていけなかったリッテンハイム侯がようやく言葉を出す。

 ほんの少し前にリッテンハイム侯は懐刀のオーベルシュタインに相談事をしていたらしい。

 

「それで、話を戻したいのだが。オーベルシュタイン大佐、さっきの話の続きだ。正式の祝賀会の前にブラウンシュバイク家の処断について決めておかねばならん。遺族はもちろん断罪として、他の係累についてはどこまで処断すべきか。なかなかに難しいことでな」

 

 リッテンハイム侯の言うことも確かにそうだ。ブラウンシュバイク家の係累といっても広過ぎる。貴族の謀略的な婚姻関係は多く、当然血縁関係は深く広がっている。それどころかブラウンシュバイク家とリッテンハイム家のどちらの係累でもある場合だって少なくはないく、線引きは難しい。

 そして処断が甘くても厳しくてもいけない。そういう問題だ。

 

 オーベルシュタインは少し考えて、答えを口に出した。

 

「今後妙な動きがあった場合の旗印にならぬよう、明らかにブラウンシュバイク公の縁者と見なされている者は断罪しかありません。しかし、そうでなければ断罪の必要はありますまい」

「うむ、多少は見逃すというのだな。それもこれからの運営のためか」

 

「そう、宥和姿勢も見せなくてはなりません。単に利益に釣られてリップシュタットに加わった貴族は領地財産没収のみで充分でしょう。こちらを裏切って向こうについた貴族は没収に加えて辺境へ追放。どちらの陣営にも最後まで加わらず日和見をしていた貴族は相応の税程度でよろしいかと存じ上げます」

「なるほど、では国庫も当面余裕が出るな」

「むしろ難しいのはこちらの陣営についていた貴族の処遇です。多少の分配はするとしても、過大な期待をしているものを満足させるのは中々骨が折れるもの。しかもその中から無造作に抜擢するわけにはいかず、有能な者見分けなくては」

 

 

 ここで悲痛な叫びが上がった!

 

「向こうの家の人間を殺すのですか! 戦いは終わったのに!」

 

 サビーネだ。

 これには誰も答えられない。

 ラインハルトやキルヒアイスでさえ、ブラウンシュバイク家の人間を残すことはできないと思っていたのである。

 これだけの戦いを繰り広げたのだ。お互いの未来も存亡も賭けて。

 

 残党の旗印になっても困る。逆恨みの禍根を断つためには、少なくともブラウンシュバイク家の残りを生かしておいてはならない。

 

 むしろラインハルトもキルヒアイスも、ヒルダさえもオーベルシュタインを見直してしまったくらいだ。

 リップシュタットに加わった貴族全てを殺すと言わなかった。まあ財産は取り上げて今後の復興のために使う。しかし別に殺すことはなく、まして復讐など必要ない。オーベルシュタインは決して無用に殺生を好むわけではなかった。

 

 

 

 

 




 
 
 
次回予告 第四十六話 宇宙歴797年 八月 日陰に咲く花

ついについに、本作品のメインヒロイン登場!!


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