見つめる先には   作:おゆ

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第四十二話 宇宙暦797年 六月 ヴェスターラント

 

 

 翌月、ブラウンシュバイク側とリッテンハイム側で再び戦端が開かれた。

 どうしても両家は決着を付けねばならない。

 中途半端はない。戦わざるを得ないのだ。

 

 また同じような宙域で、大艦隊同士がぶつかり合う。

 

 

 前回と違うところがあるとすると、今回ラインハルトは自分の艦隊だけではなく、リッテンハイム私領艦隊も積極的に伴っている。

 

 驚くべき情報が入ったためだ!

 

 ブラウンシュバイク側に帝国軍からメルカッツとファーレンハイトに二人が来て、艦隊の指揮を執る。

 これはラインハルトといえども慎重を期さなくてはならない。弱兵といえども有能な将が違えばまるで別物になり、決して舐めてかかってはいけない。ラインハルトは正しく理解していた。

 まして帝国軍でも指折りの実力者であるメルカッツが率いるのだ。宿将と呼ぶにふさわしいメルカッツの実力は誰もが認める。そこへ思い切りのいい攻勢で烈将と呼ばれるファーレンハイトまでついているのだ。

 

 前回は三倍以上の数をものともしなかった。しかし今回は少なくともそういう危険を避け、数を加えようと思ったのである。それでも全体の艦数にすればブラウンシュバイク側八万三千隻、ラインハルト側七万二千隻の劣勢は変わらない。

 

 

 

 互いに先ずは定石通りの布陣をとる。

 ラインハルトはリッテンハイム私領艦隊を後衛に控えさせ、主に戦うのは麾下の各将とした。リッテンハイム私領艦隊を下手に使えば潰走し、巻き込まれて全体崩壊する危険があり、戦闘参加させるタイミングは少なくとも最初ではない。それは当たり前のことであり、いざというときの後詰にするだけでも構わないとした。

 

 慎重に戦端が開かれた。

 今回の戦いは、お互いに小手調べから入ると理解していたのだ。

 

 そこからファーレンハイトが指揮をとるのに手ごろな一万隻を操って急進する。

 その迅速な攻勢はラインハルトの側にとって大いに脅威になる。例えるならビッテンフェルトに近い猛進にミッターマイヤーに近い自在な動きを兼ね備えている。更に言えばルッツのような正確さとワーレンのような視野をも持っている。

 

 やはり烈将ファーレンハイトに率いられた艦隊は別物である。

 

「アスターテの頃より強くなっている」

 

 ラインハルトはそう評した。あのアスターテ会戦でファーレンハイトを末席の分艦隊長にしていたことがあり、戦い方の一端を知っていたのだ。

 さて、ラインハルト側ではミュラーの艦隊がよくそれを防いでいたが、しだいに押され始めた。それを見たアイゼナッハがタイミングよく支えに入ろうとする。

 

 しばらく戦った後、ファーレンハイトはいったん自陣に戻った。

 エネルギーや弾薬の消耗のためもあったが、自分が戻らなければメルカッツが出られない。

 もちろんメルカッツが全体の統率をするのだが、それだけでは勝てない。攻勢の最前線でも能力を発揮しなくてはならない。将の層の厚さがそもそも違うのだから仕方がない。

 

 次はメルカッツが手ごろな艦隊の指揮をとって仕掛ける。

 

 その攻撃方法はラインハルト側でもほぼ予想した通りだが、改めてそれを受けてみると強さに驚く。手慣れた近接戦闘に持ち込まれると一方的だ。

 同じく艦載機を使う戦いを得意としているケンプが対応したが、とうてい対応しきれるものではない。

 空母の配置、戦場の移動予測、ケンプは歯噛みして悔しがるがやはりメルカッツは一枚も二枚も上回る。

 宿将はそれにふさわしい老練な戦いを見せる。

 艦載機戦だけではなく、まるでロイエンタールのような整った戦理も押さえている。

 辺境から来て今回からラインハルト陣営に加わったシュタインメッツがケンプの応援に入りなんとか崩壊を防ぐ。

 

 

 ただし、全体の戦局としてはラインハルトが圧倒的に優勢である。

 リッテンハイム私領艦隊を戦線参加させるまでもない。

 

 ブラウンシュバイク側は、メルカッツ、ファーレンハイトとも自分たちの目が及ばない部分では堅く防御を守り艦列の維持のみをはかるよう徹底させていた。突出を避け、相手の誘いには決して乗らないようにという手堅い指示である。しかし、それでもなお崩されようとしている。

 ラインハルト側の諸将は無能ではなく数も多いのだ。その差は歴然としている。

 

 そこでメルカッツはラインハルト側に決定機を与える前に早めに退いた。

 これは小手調べであり、先ずは相手の強みと弱みを知る目的は達成していたからである。

 

 

「ファーレンハイト、貴公はどう思った」

「さすがにローエングラム公の軍は強い。有能な諸将が多すぎる」

「儂もそう思う。まだローエングラム公自身が動いてもいないというのに、負けかけてしまった。これではたぶん幾度正面決戦をしても勝てないだろう」

「だが勝たねばならないとすると……」

 

 メルカッツには一つの考えがあった。

 素晴らしく戦略的なアイデアであり、メルカッツの冷静さがここに表れている。

 

「負けないようにする方法はあるのだ。今までどちらも覇権を取ることばかり考え、性急に過ぎたのだ。だから正面決戦しか考えていない。しかしこの宙域の近くにはガイエスブルク要塞がある」

「なるほど! ガイエスブルクは大要塞、これは使える」

 

「ファーレンハイト、向こうより早く要塞を奪って軍事的拠点を定めるのだ。その上で持久戦に持ち込めばそう簡単に負けることはない。後は情勢を見て好機をとらえれば充分に勝機はある」

「さすがはメルカッツ提督。ローエングラム公の艦隊が強いのはその機動力によるところが大きい。要塞での攻防に持ち込めば、単純に数で優るこちらに戦いようがある。そして軍事力をここに釘付けにしておけたらオーディンでの政略でブラウンシュバイク公が勝つのを待てばいい。現在貴族同士の綱引きではブラウンシュバイク側がはっきりと優勢な以上、その可能性は充分ある。仮にローエングラム公がオーディンへ行こうとすれば、その後背を討つだけのことになる。いずれにせよ勝ち筋は明らか」

 

 

 だが、メルカッツがブラウンシュバイク公に要塞奪取の進言をすることさえできなくなる。

 顔を合わせた途端まくしたてられたのだ。

 

「また負けて帰ってきたのか! いったい何のために卿らに艦隊を任せたのか。勝利できないのであれば何の意味があろう!」

 

 有無をいわせぬ調子でブラウンシュバイクが言うだけ言う。

 またもや慌ててアンスバッハ准将がとりなすことになる。

 

「お待ち下さい、ブラウンシュバイク公。両提督とも今回は相手の力量を見るためにひと当てしただけです。特に負けたわけではありません」

 

 これでメルカッツの進言は宙に浮き、せっかくの値千金の戦略がフイになってしまったのだ。

 もちろんブラウンシュバイク公の自業自得である。

 

 

 

 この時、ブラウンシュバイクが不機嫌なのは別の理由だった。

 それはリッテンハイム側から情報が流れてきたのだが、もう勝利宣言をして、サビーネ・フォン・リッテンハイムの皇帝即位と戴冠式の準備に取り掛かっているという話である。

 

「実力で勝利した。既にブラウンシュバイクなど敵ではなく、次の皇帝はサビーネに決まった」

 

 もちろん謀略だ。

 ブラウンシュバイクを焦らせて持久戦を考えないようにさせるためだ。持久戦ならブラウンシュバイク側がなお優位であり、短慮なブラウンシュバイク公はそれに気付こうともしない。

 むろんこの謀略にあの陰気な義眼の大佐が関わっていることは当然である。

 

 

 そんなタイミングで、いやそんなタイミングだからこそ事件が起きた。

 

 ブラウンシュバイク公の数ある領地の一つにヴェスターラントというちっぽけな惑星がある。

 何とそこの領民が叛乱を起こしたのだ!

 

 その惑星はブラウンシュバイクの甥の一人、シャイド男爵が統治を任されていたのだが、お世辞にも統治がうまく行っているわけではなかった。税負担なんかより以前の問題で、水路などの建設や産業計画が場当たり的であり、経営できていない。シャイド男爵はそれほど尊大ではないが人望は皆無、経営能力も乏しい。結果的に住民も機械農業ができる資金すらなく貧しいままである。

 

 叛乱は直接的には増税への反発から始まった。

 

 今回の帝国を二分する内乱のためブラウンシュバイク家は多額の経費を必要としている。

 経済面だけはブラウンシュバイク側はリッテンハイム側に劣っていたためで、艦隊を充分に動かすには貯えだけでは足りなかったのだ。

 

 シャイド男爵はこれをブラウンシュバイク本家に恩を売る好機ととらえたのである。

 経済的な支援は今こそ有効で、積極的にアピールできるではないか!

 

 これには根深い理由が存在している。

 シャイド男爵はブラウンシュバイク公の甥といえどもさほどの恩顧というわけではなく、そういう意味では同じ甥のフレーゲルなどより地位が弱い。

 シャイド男爵は常日頃から忸怩たる思いを持っていた。

 なぜ、フレーゲルばかり可愛がられ、当たり前のように身内にされているのだ。

 この内乱はいいチャンスだ!

 自分が戦場に出なくとも、戦費を献上することで叔父上の覚えをめでたくできるはずだ。

 

 ヴェスターラントはやや乾燥した惑星であり、点在するオアシスで農業を営む以外、これといった産業がない。工業も資源もなく利点の少ない惑星であった。そしてシャイド男爵自体の経営のせいで貧しい。

 それにもかかわらず無理に税を取り立てようとしたのだ。

 シャイド男爵は生涯ただ一度のミスをしたのだ。この年、たまたま不作だったというのも不運だった。

 領民は生きるか死ぬかなのだ。当然死ぬよりは叛乱に走る。

 

 

 もう一つ、ヴェスターラントに限らず、帝国の農奴や平民階級は将来に対し悲観的になる原因があった。

 亡き皇帝フリードリヒ四世は特に治世において特筆すべき功績はない。

 しかし、少なくとも無駄な建設をしたり、豪奢な生活を送る人物ではなかった。バラ園を趣味とするくらいで、皇帝としては異例なほど地味な人間だったのだ。そのため帝国の下層階級からの評判は決して悪いものではない。

 

 それが今度の皇帝はブラウンシュバイク家になりそうな情勢だという。おそらくそうなればブラウンシュバイク公はつつましさから無縁の生活を送るだろう。

 ブラウンシュバイク公が今まで下の民に気を遣った逸話など聞いたことがない。

 これまでの積み重ねからブラウンシュバイク公の評判はたいそう悪いものであった。

 

 

 ヴェスターラントの領民たちは進退窮まって反乱を起こしたが、その後の戦略まで考えていない。

 どうするか思案にくれる。

 夜、焚火の周りに皆が集まり話し合う。

 

「リッテンハイム侯に頼りましょう」

 

 一人の少女がそう言った。

 最善ではないかもしれないが、それしかなかった。

 

 リッテンハイム侯も貴族であり、ブラウンシュバイク公より格別優しいと聞いたことはないが、比べればまだマシである。リッテンハイム侯はブラウンシュバイク公ほど過酷な搾取はしていないという話だ。

 

 それには理由がある。

 本来、貴族は五爵位に分かれている。

 男爵・子爵・伯爵・侯爵・公爵であるが、貴族そのものが帝国内で希少かつ別格なため、普段の貴族同志の交流においてはその違いを意識することはない。舞踏会やお茶会であれば。

 

 ただし、公式の場では別である。

 特に、帝室に接する場面ではそれが如実に表れる。大公のいない今のような時期、皇帝が臨席する場ではやはり公爵が最も皇帝の近くに席が設けられる。すなわち公爵であるブラウンシュバイク公の方が、本来リッテンハイム侯より家柄は上だということだ。

 それが姉アマーリエと妹クリスティーネの降嫁する先に選ばれた微妙な違いの理由である。

 それなのに今の帝国内でほぼ互角といえる勢力になっているのは、リッテンハイム侯の領地がオーディンからフェザーン方向に向かった場所にあり、たまたま交易中継地として有利な位置だったからである。

 交易によってもたらされる領地の豊かさが、リッテンハイム侯の経済力の基礎となった。それで開発が進むという循環になり、それはブラウンシュバイク公を凌いでいた。そのことが領民への搾取が比較的少ないことへ繋がる。

 

 ヴェスターラントの領民が内戦の一方の当事者であるリッテンハイム侯へ取り結ぼうとしたのは自然なことである。もちろん、帝国政府に訴えてもそれはそれで体制への叛逆として問答無用で鎮圧されるだろう。

 

 

 シャイド男爵は領民との小競り合いで不運なことに重傷を負ってしまったが、それでも脱出には成功しブラウンシュバイク家領地まで辿り着いた。

 しかしまもなく絶命する。

 おまけにヴェスターラントの領民がリッテンハイム側へ助けを求めているという情報だけが無駄にブラウンシュバイク公の知るところとなってしまう。

 

「このままではしめしがつかん! どうあっても領民どもを誅する必要がある。平民風情が貴族に逆らうということなどあってはならず、どういうことになるか思い知らせてやらねばならん。これ以上ない厳罰をくれてやる。ヴェスターラントへ核攻撃を加えよ」

 

 別にブラウンシュバイク公はシャイド男爵を悼んでるわけではない。

 領民が自分に逆らうものと感じ、度を越した報復を考えたのだ。

 

 

 




 
 
次回 第四十三話 「幕引き」 です。

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