見つめる先には   作:おゆ

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第四十話  宇宙暦797年 五月 ラインハルトとキルヒアイス

 

 

 これを見てフレーゲルが早くも勝利宣言をする。

 

「血迷ったか孺子! これまで奴の活躍などただのまぐれだった。撃って撃って撃ちまくって宇宙の塵にしてくれる!」

 

 シュターデンも指示を告げる。

 

「全体を予定通り半包囲の陣形に取る。接触したら向こうの小艦隊ごとに押し包んで叩くのだ。下手な機動をさせず、暫時砲撃で撃ち減らしていけばいずれ向こうは逃げに転じる」

 

 しかし接触の瞬間、ラインハルト側の先頭の小艦隊が猛然と速度を上げて突っ込んでくる。半包囲の遠距離砲撃などに全く怯むことなく飛び込んでくると、あっという間に食い破ってくる。

 シュターデンの予想など軽く上回る突進だった。

 もちろん、それ以下の判断力しかない貴族私領艦隊は反応できない。

 

 

 ラインハルト側は小艦隊ごとに一気に別れ、それぞれが思い思いに戦いを仕掛けていく。

 

 会戦に先立ってラインハルトは各将にユニークな訓示をしていた。

 

「今回の戦いでは卿らの実力を見せてもらう。あえて卿らに同数の艦艇を与えよう。それで思う通り戦ってみせよ。ここの本隊より恥ずかしい戦いはしないと期待させてもらう」

 

 そして敢えて常識外れの布陣をしたのだ。これら四千隻の小艦隊はそれぞれの諸将が率いる。

 将たちを鼓舞するにはこれが一番なのだ。

 

 ラインハルトの諸将はお互い仲は悪くないが、これは一つの軍としては稀有のことだ。たいてい軍に限らずどこの集団でも多少の不協和音はあるものなのだが。

 ラインハルト麾下の諸将の場合、お互いの個性と実力を認め合っている。

 そしてもう一つ、ラインハルトが際立って大きい覇気を有している。余人と隔絶した才能は誰もが認めるところである。更にキルヒアイスという細かく目を配る副官がいるのだ。これでまとまらない訳はない。

 

 ただし、諸将の仲が悪くないからと言って、競う心まで失ったわけではない!

 やはり互いに自分の実力を示してやりたいという思いはあるのだ。

 ミッタ―マイヤーとロイエンタールの間にすらその気持ちはある。

 

 もちろん、こんな非常識な戦術はブラウンシュバイク側艦隊とこちらの諸将の実力を見切ってのことだ。

 

 貴族私領艦隊が主力となった、数だけ肥大した艦隊など精強な諸将の戦術に抗し得るはずはない。力で押されたら面倒だが、個別の戦いに対応させれば脆いものだろう。

 

 もしもブラウンシュバイク側にメルカッツなどがいたとしたら、ラインハルトとしても全く別な戦い方を選んでいただろう。

 仮にそうなら、少しは数の差を埋めるよう戦略的な策を練ってから仕掛けたに違いない。

 だが現実にはラインハルトの認めるような将は相手に一人もいないのだ。

 

 

 いきなり突進した先頭の小艦隊はビッテンフェルトが指揮している。

 

「ええい、怯むな! 構わんからこのまま最大戦速で突っ込め!」

 

 無謀であったが、迎え撃つブラウンシュバイクの艦隊は練度が低く、命中率がそもそも低い。しかも相手が高速で動けば動くほど極端に命中率が下がる。

 実はこの無謀さが最適解である。

 これほど多数に包囲されながら、ビッテンフェルトにほとんど損害らしい損害はなく、一方的に戦いを進めている。

 

 

 ミッターマイヤー艦隊もそれに劣らぬ速度で接近する。

 ビッテンフェルトと違うのは直進だけではなく急角度の旋回さえも伴いうる洗練された機動力だ。はるかに濃縮された密度を保ちながらの艦隊運動を見せつけた。それでブラウンシュバイク側に対応する暇を与えぬまま翻弄する。

 

「まったく、ローエングラム公は楽をさせてくれんな」

 

 口で言うほどの苦労はしていない。

 相手の雑な艦列では、攻撃ポイントを見つけるのに何の苦労もない。むしろ、見つけるなと言われる方が苦労するだろう。

 

 

 一方、ロイエンタールは小刻みな艦運動で相手を誘導しにかかる。ちょうど料理しやすい大きさの相手艦隊を切り出して、それを砲火の集中ポイントに引きずり出すのだ。相手は面白いように自在に操れた。ロイエンタールは自分の戦場では全てを支配し、思い通りに組み立てる。

 

「あの方らしい。自由にさせてもらえるのなら、せいぜい派手に戦ってみせよう」

 

 

 他の諸将もそれぞれの得意なやり方で敵を叩きにかかる。

 ミュラーはいったん柔軟防御から素早い逆撃に転じる。

 ルッツはひたすら相手の結節ポイントを見極め狙撃にかかる。

 ワーレンは艦隊を分けながら翻弄し解体を狙う。

 メックリンガーは調和と不調和のどちらの動きも駆使し、芸術を描く。

 

 諸将の戦いぶりはラインハルトを充分に満足させた。そしてじっと待つのにも飽きたラインハルトは自分も動き出そうとした。

 

 しかし、その前にキルヒアイスが言う。

 

「ラインハルト様、ひとまず行って参りたく存じます。八百隻ほどお貸し下さい」

「八百隻か。キルヒアイス、そうだな、お前にはそれくらいで充分か」

 

 二人は互いに微笑みを返す。

 

「わかっているだろうがキルヒアイス、これは姉上のための戦いだ。これまでの叛徒ども相手とは違う」

「わかっております。ラインハルト様」

 

 そう、これにはアンネローゼの未来がかかっている。それはお互い充分承知だ。

 だったら完膚なきまでに勝ち、アンネローゼを苦しませた代償を払わせねばならない。

 キルヒアイスはいつもと同じ表情に柔らかい物言いを崩さない。だが内心は烈しいものがあるに違いない。

 

 キルヒアイスの乗る戦艦バルバロッサを先頭に八百隻が出立した。

 

 驚くべきことにいきなり敵陣の中央部に躍り込む。バルバロッサに同乗している参謀のビューローやベルゲングリューンが目を回すほどの操艦だ。

 この戦いぶりは異次元である。

 ラインハルトの有能な諸将をしてさえ異口同音に言わせた。

 

「これは参ったな。こんな戦いを見せられては自分を誇る気にもならん」

 

 キルヒアイスは弱い艦をひたすら撃ち減らすより、相手の一番強い部分を叩こうとしたのだ。大軍にとって不可欠な統率を失わせ、他の諸将を戦いやすくするためである。

 

 ブラウンシュバイク側中央本隊のシュターデン直衛の艦隊を狙った。

 

 バルバロッサは敵陣の中をあまりに速く飛びすさるので、スクリーンにはまるで敵の左右の艦列が滝の流れのように前から後ろへ激しく流れて見える。

 進路方向にいる邪魔になりそうな敵艦は、スクリーンに見えるか見えないかのうちにキルヒアイスがもう照準に捉えている。撃って撃滅した後、余裕を持ってそこを通過できるのだ。

 神業である。

 

 そのキルヒアイスの艦列を見ているシュターデンは「こんなバカな、こんな」と繰り返すばかりだ。

 たかが八百隻の小艦隊に行動の自由を許し、それを消滅させる道筋も見えない。

 

 シュターデンは士官学校の教官歴が長い。

 その中で、妙に才幹のある生徒に巡り合ったことが度々ある。

 特にヴォルフガング・ミッターマイヤーとオスカー・フォン・ロイエンタールに巡り合った時は衝撃を受けた。

 

 この二人は試験の成績では跳び抜けてもいない。

 特にミッターマイヤーにおいてはわざとからかっているようなふざけた答案を出してよこすことさえある。。

 だがこの二人が他の者と違うのは、艦隊戦シミュレーションをさせてみると際立って強いところだ。

 シュターデンの戦術を生真面目に学んで試験で高い点数をとった自慢の生徒たちが、シミュレーションをやってみるとこの二人に散々に破られる。格の差が歴然だ。

 ミッターマイヤーとロイエンタールはシュターデンからすれば常識外れの戦術を使いながら、圧倒的な強さを発揮する。どうにも理解できない生徒だった。

 

 しかし、今シュターデンが目にしているのは、そんなヴォルフガング・ミッターマイヤーとも違う!

 

 彼らと比べてさえも次元が違う。このようなことが現実にありえるのか。

 いや、現にわずか八百隻の艦隊に数万隻が手も足も出ない。

 

 

 本当ならシュターデンのやるべきことは素直に逃げまくることだったろう。

 強い相手に何も立ちはだかる必要はない。

 その上で、ラインハルト側の小艦隊の一つを選び、可能な限り戦力を集中して叩き潰す。いくらその小艦隊が強くとも、いくらでも戦力をつぎ込んでいけばいい。

 いくら戦術が凄かろうとエネルギーも弾薬も推進剤も無限であるはずがない。それらが尽きるのを待っているだけでいいのだ。

 

 それができない。

 まあ、机上の空論かもしれない。たとい今から指示を出したとしても、もはや統制が取れるかは怪しい。全域が戦場になったような大騒ぎ、シュターデンがキルヒアイスに気を取られていた隙に、予備戦力までケンプの小艦隊に掛かられてしまっていた。

 目の前の敵艦をいなして別の戦場に移動するというのは、普通でも難しいことだ。まして練度の低いにわかの貴族混成艦隊に望むべくもなくかえって混乱するだけだ。

 しかも士気が低い。勝ち馬に乗るつもりだけの艦隊である。強い相手と戦い犠牲になる勇気など持ち合わせていない。数の威力とはいっても犠牲は出るもので、誰もその犠牲になどなりたくない。

 そしてシュターデンは犠牲をある程度出しても命令を強行する苛烈さは持ち合わせていなかった。

 

 優柔不断さから逡巡を続けるシュターデンへ、ついにキルヒアイスのバルバロッサが目前に迫る。

 

「そんなはずはない、そんなはずは……」

 

 これがシュターデンの最期の言葉になった。

 

 

 

 ブラウンシュバイク側は完全に統率を失った。もはや数の多い子羊だ。

 

 この時点で大勢は決した。

 ただし細かく見ればそうとも言えない部分がある。

 

 貴族私領艦隊は弱体かもしれないが、帝国軍正規艦隊だってブラウンシュバイク側にはいるのである。

 それらを配下に持つフレーゲルの闘志は少しも衰えない。意気はなお盛んだ。

 

「要はあの金髪の孺子を倒せばいいのだ。それだけでいい。それで奴らはお終いだ。その部下などの小物、相手をするまでもない」

 

 実力はともかく、フレーゲルの物事を見る目は実に正しかった。

 正確に理解していたのだ。

 

「叔父上の大軍はいくら崩れてもいい。金髪の孺子の部下を引き付ける案山子の役で充分だ」

 

 そして麾下の精鋭一万隻の艦隊を引き連れ、ラインハルトの旗艦ブリュンヒルト目がけ突進する。

 ラインハルトを斃す。ただそれだけを目指して。

 

 

 これを見て取ったラインハルト側の諸将は肝を冷やす。

 

「これは危ない! いくらローエングラム公でも、数が違いすぎる。今本隊には三千隻もないはずだ!」

 

 諸将はそう考えたが、直ぐに駆けつけることはできない。

 一番近くにいたナイトハルト・ミュラーが目前の敵をいなし、最も早く戻りにかかる。

 ミュラーはなんとか間に合った。

 フレーゲルの艦隊に立ちはだかり、接触の瞬間、すばやく鋭鋒を避け、横撃に徹した。そこからフレーゲルの艦隊に取りすがり確実に損害を与える。

 

 ただし数の違いは如何ともしがたく、フレーゲルをそれで抑え切れることはない。フレーゲルと残り八千隻以上は足を止めるどころか更に速度を上げて進み続ける。

 

 ただ一直線にブリュンヒルトへ向かって。

 それはフレーゲルの熱気が乗り移ったかのようだ。

 

 

 

 

 


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