見つめる先には   作:おゆ

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第三十三話 宇宙暦796年十一月 本当の勇者

 

 

「今はサスペンスの撮影じゃないわ!」

 

 のんびりと見えるシェーンコップにフレデリカがそう叫ぶ。

 

 キャロラインはヤンが用心してそこまでの手を打ってくれていたことに感謝した。

 だが、フレデリカも言うように危機が去ったわけではない。

 ヤンは相手が実力行使する可能性を考えてシェーンコップを呼んでいたのだろうが、しかし完全装備の憂国騎士団が、それも三十人も向かってくるとまで思わなかったに違いない。

 

 憂国騎士団の方は、相手が四人と病人だけだと最初は余裕を持っていたが、予想外に増援が来ていることに驚いた。しかし増援といってもたかが八人の話ではないか。しかも何の武装もしていないことに安堵した。

 

 だったら予定通り丸ごと叩き潰して終わりにするだけだ!

 

 逃げられないよう数を使って素早く囲みにかかる。腰を低くして棒を前に出し、旗を持つ者以外は突撃の構えをとった。

 動きは本当に無駄に揃っている。

 

 

 軍では必要悪とわかっていても、敵側の人間を攻撃することの罪悪感に思い悩み、ノイローゼになる者だって中には出てくる。

 しかし、この憂国騎士団は軍隊ではない。

 少なくとも自衛のための暴力ではない。

 弱いものを棒で叩く暴力のために集まった集団だ。好きで暴力を振るうのだ。

 今、マスクの下にある表情は弱いものに力いっぱい棒を打ち付ける予感に喜ぶ顔だろう。

 

 特に今日の獲物には、若い娘が二人も入っている。

 棒で叩く時、いつもより柔らかく、ぐちゃっとした感触が来るかもしれない。一撃で何本の骨を折ってやれるだろうか。すぐに血を吐くだろうか。

 

 

「ブルームハルト、そっちを頼む。リンツは前につけ」

 

 シェーンコップがそれに対し変わらぬ声で指示を飛ばす。

 

「そしてこちらのヤン提督、自分の身くらい守れますかな」

「いや、正直に言うがたぶん無理だ。格闘術のせいで成績が中の下に落ちたくらいだ」

「聞くまでもないと思っていましたが、本当に首から下は使えませんなあ」

 

 

 突撃が来た!

 互いの接触の瞬間、ローゼンリッターの八人は全員がきれいに相手の手から武器を分捕った。その棒を手に戦いに入る。

 憂国騎士団は予備の棒に持ちかえて攻撃を止めないが、それを悠々と躱すと的確に反撃する。

 

 ローゼンリッターの面々は軽く棒を扱っているように見えるのだが、棒が当たるほんのわずか前から込めた力による速さがすさまじい。

 当たった瞬間、一撃で相手が吹っ飛ぶ。

 無駄な力は使わない。ローゼンリッターの戦いは目を奪われる美しさだ。

 確かにここにテレビカメラがないのは惜しまれる。

 

 棒だけではなく、足技も連携技もある。特に背中に目があるのかと思うほどの身のこなしには驚かざるを得ない。後ろからの攻撃でさえ避けるのは、実戦で培われた技量なのだろう。練習などでは絶対に身につかない。

 ローゼンリッターは銀河帝国の装甲擲弾兵と幾度も戦ってきたのだ。

 命をやりとりしながらここに至っている、本物の戦士だ。ハイネセンの憂国騎士団など物の数ではない。

 

 しかし、人数が違うのも事実、ローゼンリッターだけが全ての憂国騎士団を相手にできるわけもない。

 

 キャロラインと憂国騎士団の一人が対峙する。

 相手は棒をぽんぽんと反対のてのひらに打ち付け、目の前の獲物をどういたぶるか最高潮の気分なのだろう。

 ゆっくり近付いてくる。

 そしてキャロラインの方は、心神喪失状態にあってのろのろとしか動けない兄をかばうのでその場から移動できない。状況も分からず、物も言えない兄の肩に手を置いて、そっと力を込め下に下げる。そのまま兄を地面に座り込ませた。

 その前面に立つ。

 すこし身をかがめて気合いを入れる。

 

 もし棒を食らえば、横や前に倒れずに、振り向いて兄にもたれかかって庇おう。そう考えた。

 相手を視線で射る。覚悟のほどを強く視線に込めて威嚇してやる。

 

 

 最初の棒の一撃が来た。上から斜め左に振り下ろされる。

 そこをキャロラインはなんとか右に躱しきった。すぐに両手を伸ばし、下に降りた相手の手に絡みつこうとした。

 

 しかし、相手は棒を持っていない方の手で拳を作って繰り出す。

 慌ててよける。

 

 もう一度左から真横に棒の攻撃が来たが、これも服をかすめただけに済ませた。

 こうして棒を二回躱すことはできた。

 しかし、これで相手は気が付いたようだ。キャロラインは足を止めているということに。

 後ろに座らせた兄を庇うために、逃げられないのだ。じりじり後退することさえできない。

 そうであれば何のことはない。連続で攻撃していけば簡単に攻撃を当てられる。

 

 相手の首の動きで、兄にその視線が行ったのをキャロラインは見て取った。防護メガネのせいで表情はわからないがニヤリとしただろうことは想像がつく。

 

 

 こうなればもはや方法は一つしかない。キャロラインは倒されるのを待たずして兄に覆いかぶさり背中を向けた。

 何としても兄は守る! 兄だけは私が何としても守るのだ。

 首を曲げ、横目で相手を見る。

 

 相手は近付くと今度は両手で棒を持ち、大きく振りかぶって力を込めていた。

 こちらが無防備の体勢なのに、情けをかけて止めるどころか思いっきり打ち据えるつもりだ。

 

 ああ、痛いのは嫌だ! 怖くて怖くて身が縮こまる。

 体のどこかが砕けて血が流れるのだ。その一瞬後の痛さはどんなだろう。

 おそらく私は悲鳴を上げる。

 それは哀れな絶叫だ。相手が喜ぶとわかっていても、痛みで悲鳴は止められないだろう。

 しかし、いくら痛くとも気絶したり這って逃げたりしてはいけない。

 這いつくばって憐れみを乞うたりもしない。理不尽な暴力に対し泣いてこちらから謝るなどするまい。

 決して兄を置いていくものか。

 このまま兄を庇いつづける。第二撃、第三撃、あるいは永遠に痛みが来ようとも。

 

 私はアンドリューの妹キャロライン、その覚悟だけはある。息絶えるまで動くまい。

 

 棒が力いっぱい振り下ろされようとした。

 だがここで相手は思いがけず横からタックルを受けた。アッテンボローだ。

 相手もアッテンボローも勢い余って転がるが、アッテンボローの方が一瞬早く立ち直り、そのまま組み付いた。再び地面を転がりながらアッテンボローは棒を持った手をなんとか押さえ込み、ローゼンリッターが来て相手を叩き伏せるのを待った。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 キャロラインはピンチを助けてくれたアッテンボローに礼を言う。

 アッテンボローの指やひじから滲む血を見る。キャロラインを救うべく後先考えない必死のタックルだったのだろう。心を込めた感謝が必要だ。

 

 アッテンボローの方では、涙をたたえた美しい瞳を見る。

 そして、先ほどの光景を思い出す。

 キャロラインが自分の身を捨てる覚悟を決めたところを。

 決して逃げない。自分の身を犠牲にして守るべきものを守る姿を見せた。

 

 なんという人だ!

 

 これが本当の勇者だ。

 

 勇者とは颯爽と敵を破る者のことではない。自分が痛みを受けて、それでも他者を守る勇気を持つ者のことをいう。

 

 

 アッテンボローは庇われたアンドリューに痛烈な嫉妬も涌いたが、それよりキャロラインの透き通るほど純粋で、しかも強い心根に痺れてしまった。

 またしてもアッテンボローは心をトゥールハンマーに射抜かれた。

 

 

 

 他の状況はあらかた片付いたところだ。全部で二分とはかかっていない。

 憂国騎士団は大半が倒れて転がっている。残りのわずかは逃げ出した。

 転がっている者の内、気絶していない数人は泣いて許しを請うている。

 襲撃してきた側が、痛めつけようとした側が弱い立場に成り下がった時、必死で嘆願しているとは。あまりに醜い。

 

 その少し前、フレデリカも一人と対峙している。棒の攻撃を危うく躱し、逆に一発のパンチを決めた。

 フレデリカにしては上出来だった。

 しかし何の威力もない。かえってマスクで手を痛めたくらいだったが、相手を逆上させる効果だけはあった。

 その結果、棒を雑に振り回すので躱すのが楽になったところで足払いをかけて逃げ切った。なんとか無傷である。

 

 

「大丈夫ですか! ヤン提督!」

 

 終わった後、すぐにフレデリカがヤンのもとに駆けつける。

 ちなみにヤンは、闘いで何の役にも立っていない。

 

「大丈夫かと言われればそうなんだが、闘ってないだけで。そう言われるとちょっと間抜けな気がする」

「それも否定できませんな」

 

 シェーンコップがあっさり話を引き取るとフレデリカが睨みつける。

 

「司令官の身を案ずるのは当たり前です。ヤン提督は体力がない分、他が優れているんです!」

 

 これにはヤンも頭をかく。

 あまり褒め言葉になってない、フレデリカ。

 

 

「まあ、それはさておき、転がってる連中をどうしますかな、ヤン提督」

「どうもしなくていいよシェーンコップ。どうせ誰の差し金かは教えられていないだろうし。それに怪我ならば彼らは病院とお友達の関係らしい」

「それならもう少し撫でてやればよかったですな。手か足を一生使えないくらいが妥当でしょうから。お嬢さん方にも容赦する素振りはなかったので」

 

 口調は変わらないが内容は辛辣だ。シェーンコップはかなり怒っている。

 さすがに憂国騎士団がキャロラインやフレデリカに本気で打撃を当てようとするまでは思わなかったからである。

 

 

「ありがとうございました。シェーンコップ准将」

 

 キャロラインは改めてシェーンコップにも礼を言う。この騒ぎは兄アンドリューの運搬が元であり、多大な迷惑をかけた。

 

「それはお役に立ててなにより。ヤン提督から後輩の恋路を手伝うから来いと言われ、参上した次第」

「!」

 

 これにキャロラインは答えられない。今の闘いでは確かにアッテンボローには助けられ、感謝している。が、それに何を言ったら。

 

 アッテンボローは違う、いや違わないが違う、となぜか言い訳をしている。

 

 

 

 

 


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