見つめる先には   作:おゆ

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第二十八話 宇宙暦796年 十月 アムリッツァの戦い ~ゼッフル粒子を阻止せよ!

 

 

 キャロラインはアル・サレムによってシャトルに乗せられ、別の艦に移されてしまう。他にも同様に旗艦を降ろされた者は多い。

 

 そして旗艦パラミデュースにはアル・サレム中将と数人の将が残った。

 

 シャトルで離れた方と残った方、ここにもドラマがある。

 もちろん全員が残る方を希望した。この第九艦隊には有意義と分かっている戦いに臨むのに命が惜しい者などいない。アル・サレム提督を置いていけるものか。

 しかし、それでは第九艦隊が成り立たない。アル・サレムは目で説得した。

 

「わかるな。残ることは許さん。あとのことは任せる」

 

 この視線に逆らうことはない。

 残る方も去る方も、どちらも重要な任務なであることには変わりがない。

 共通してアル・サレム中将を無理やり降ろして自分が、という考えはなかった。皆はアル・サレムの誇りを理解しているからだ。

 この点だけはキャロラインの考えはあまりに若すぎたと言える。

 

 アル・サレムは残ることを許した数人に言う。

 

「済まん。その対抗装置を運ぶまで何が起きるかわからんからな」

「惜しくない人材を選びましたかな、中将」

 

 やや老いた将が冗談で言うが、もちろんそんなことあるはずもない。惜しくないほど実力がなければ、そもそも連れて行く意味がない。

 

「この第九艦隊に惜しくない人材などおらんよ。一人も」

 

 ただしアル・サレムは余計な一言を付け加えた。

 

「本隊司令部には惜しくない人物がいるが」

 

 むろんロボス元帥のことを指している。

 アル・サレムはロボス派として長く過ごし、その恩恵も受けてきたのだが、この帝国領侵攻を通して見方が変わった。今さらはっきり分かったが、ロボス元帥は自分の栄達以外眼中にない。若い時分にはそこそこの才能があったためにそれが隠されてきただけなのだ。アル・サレムは皮肉の一つも言いたくなる。

 

 第九艦隊から二千隻ほどを分け、旗艦パラミデュースと共に機雷原の端へと向かった。

 

 距離的には同盟軍本隊司令部の方が機雷原の端にあるその装置に近い。

 グリーンヒル大将の方が本当は早いはずなのだ。

 だが、その進路の途上、帝国軍が予備兵力をもって侵入してきたのを察知した。帝国軍グライフス艦隊が第七艦隊ホーウッド中将の横を通ってきたのだ。第七艦隊は今までの戦いで損耗が激しく、それを阻止する余力などない。

 グライフス艦隊はうまく防衛線をかいくぐり、同盟各艦隊の裏をとるのに成功した。

 このままでは同盟軍の防御線は決壊する。

 グリーンヒルはそうさせないため、装置より先にその対処に向かった。

 

 グリーンヒル艦隊も余計な時間は取りたくないし、グライフス艦隊にとっても同じようなもの、両艦隊は対峙するやいなや戦闘が開始される。

 

 

 グリーンヒル大将は今まで後方勤務が長い。

 前線に出ることもあるが、ほとんどの場合は参謀職として出ていた。それは参謀としての高い能力を期待されていたからだ。高い見識と包容力、冷静な判断力は誰もが認めるところだ。公平で良心的な性格も知られている。だからこそロボス元帥、シトレ元帥のどちらの側にも参謀として勤務できている稀有な人物だ。

 もちろん参謀職で期待された通りの功績を上げてきたのは間違いない。

 

 一方で、第一線の戦闘指揮はまずしたことがない。

 今、この場では一人の艦隊指揮官だ。どうなるのだろうか。艦隊の皆は危ぶんだ。

 

 すぐにグリーンヒルは艦隊を定石通りのきれいな陣形に作り上げた。

 その上で小隊を疑似突出させたり、引いてみせたり、集中砲火を加えたりする。

 帝国艦隊に自在に揺さぶりをかけた。

 全く見事な統率と修正である。これで相手の弱いところを冷静に見極める。

 しかし、この半個艦隊程度の数では正攻法だけで押し切れるわけではない。

 

 次に紡錘陣形に組み換える。これに対し、帝国艦隊の方では対抗して包囲陣形を取ろうとしてくる。数が多いのだから、それは当然のことだった。

 そこから急戦になるかと思いきや、グリーンヒルは一気に突破を図ろうとはせず、離れたり突進したりを繰り返しながら帝国側を戸惑わせる。

 

 グリーンヒル大将はタイミングを図っていたのだ。大局的な味方の動きを見極めながら。

 

 痺れを切らした帝国側は包囲で強引に押し包みにかかったが、それが有効になる機会は永遠になかった。グリーンヒル艦隊の交戦を見て、応援に来た同盟軍ウランフ艦隊、ボロディン艦隊がさらに外側から攻撃を加えてきたのだ。

 何のことはない。帝国軍は自分が包囲したと思ったらもっと大きく包囲されていた。

 帝国側の狼狽を見て、ついにグリーンヒルの紡錘陣は急進した。最初に相手の弱いところは読んでいる。そこから容易に食い破った。そうなればウランフ、アップルトンの両将は更に包囲網を狭めることができる。取り込まれた味方がいなくなれば流れ弾の心配がないからだ。両将は包囲を利用して帝国艦隊を思うさま打ちすえる。

 帝国グライフス艦隊は旗艦さえ爆散し、大損害を被って逃げる。

 

 この作戦はグリーンヒル大将が大局を観察し味方の来るタイミングを見切っていたからこそできた。

 自分の艦隊を囮にして相手の包囲をわざと作らせ、他の味方艦隊が後背をとれるようにした。その仕掛けは早過ぎてもダメであり、むろん遅過ぎたら先に自分の艦隊が撃滅される。タイミングが問題だった。

 艦隊の将兵は認識を改めた。

 グリーンヒル大将は参謀で有能なばかりではない。艦隊指揮でも一流だったのだ。

 

 

 しかしながら、一度は逃走にかかった帝国軍艦艇がまとまり出し、しだいに艦隊の形を作る。

 その艦隊がまた同盟へ挑みかかってきた。

 まだ諦めず戦うつもりとは、戦意も統率力もあるということだ。。

 実はグライフスの艦隊で分艦隊を持っていたミュラー少将が指揮権を引き継いでいて、驚異的な粘りを見せようとしている。

 

 グリーンヒルの艦隊はこれにも相手をした。

 きれいな陣形を保ち、正攻法で突き崩す。

 

 グリーンヒルの艦隊指揮には目を見張る特徴があった。

 艦隊を動かしても乱れがないことだった。

 通常、どんな動きでも早い艦遅い艦、あるいは小隊単位、中隊単位でそのまとまりの違いが出るものだ。動いた後しっかり艦列を再構成するためには、各艦ごと、そして隊ごとの乱れが収まるのを待たねばならない。それはいろいろな周波数の振動ともいうべき乱れで、通常には避けられるものではない。

 だがしかし、この場合は最初から乱れが最小限になるような順番とタイミングで艦運動の指示が来る。結果、各艦は安心して動きを取ることができる。周りを見て慌てて調整するより、自分の艦の運動に集中できるからだ。

 それが素早い動きと乱れのなさという結果につながる。

 

 グリーンヒルは参謀として艦隊の動きを誰よりも多く見続けてきた。

 それは第一線で艦隊指揮をとるよりも多くの事例を、客観的に見てきたといえる。

 その経験に裏打ちされたグリーンヒルならではの冴えなのだ。

 

 その上、戦場を見る視野の広さ、策を持ち出す引き出しの多さも先ほど証明済みだ。

 ミュラーの指揮する残存艦隊を整然と突き崩し、さすがのミュラーでも抗戦を諦めて撤退を決断する。

 

 

 しかし、グリーンヒルの本来の目的は違う。急いでグリーンヒルは機雷原に向かうが、それには間に合わなかったのだ。

 アル・サレムの方が先にゼッフル粒子の対抗兵器を持って行ったからである。対抗兵器の使い方をダウンロードしながらもう帝国軍別動隊の方へ向かってしまっている。

 

 

 そしてアル・サレムは同盟の敷いた機雷原の裏へ回り込み、やってくる帝国別動隊を遠くに見た。直ちにその予定進路と機雷原の狭間へ向かう。

 

 帝国軍の別動隊三万隻はロイエンタール中将、メックリンガー少将、ファーレンハイト少将が率いている。

 これが戦場を決定的にすると期待されている。

 背後から機雷原を破り、一気に挟撃、殲滅戦を演じるはずなのだ。

 そのために指向性ゼッフル粒子が必要不可欠、それを使って機雷原に通行可能な穴を穿つ。

 

 この指向性ゼッフル粒子という新兵器は、帝国で起こった内乱であるカストロプ動乱の時に威力を発揮した。そこで惑星守備衛星を難なく焼き払っている。今、機雷原に穴を開けるにもこれほど適した兵器はない。

 

 その準備にかかろうとしたが、見ると叛徒のニ千隻ほどの艦隊が機雷原との間にいるではないか。先に排除すべきだろうか。

 いや、時間がもったいない。それに向こうは戦いに入るそぶりも無い。三万対二千では鎧袖一触、戦うのは自殺行為でしかないと分かっているのだろう。だったら指向性ゼッフル粒子に巻き込んで消滅させるのが手っ取り早い。

 とにかく早く機雷原を通り、戦場へ行くのが優先だ。

 

 

 

 一方、そのころキャロラインは拘束から解かれると諸将と相談する。

 諸将はアル・サレムの意志を尊重し、残された第九艦隊を適切に維持することを考えていたのだが、そこをキャロラインが説得していく。

 

「お願いします。アル・サレム提督の意志を曲げるのではなく、その作戦を曲げるのではなく、作戦後の提督の救出にのみ的を絞って行動しましょう」

 

 出していた分艦隊から戻ってきたモートン副指令も同じ考えだ。第九艦隊の保全を優先にしながらもアル・サレム中将の救出に向かうことになった。急ぎ機雷原を迂回して裏へ回る進路を辿る。

 

 

 ついに帝国軍別動隊は機雷原前に整列した。

 

 最前列に工作艦を並べる。それらから一斉にゼッフル粒子放出装置が放たれる。多数のそれらは宙を舞いながらゼッフル粒子の放出を始める。別働隊と機雷原との間の宙域にゼッフル粒子が密度を上げていく。

 機雷原まで放出機を飛ばす必要はない。というよりもそんなことをすれば機雷で破壊されてしまうので意味がない。

 最初に別のところでゼッフル粒子を作り出しておいて使う。そのための指向性なのだ。

 密度が充分に濃くなった段階で、別働隊の工作艦に据えられている指向性誘導機を発動させる。

 これでゼッフル粒子を思う方向に移動させる。今、二千隻ほどの敵小部隊から機雷原を真っすぐ貫く方向へ動かし、そうすれば点火するだけだ。

 

 そのはずだった。

 だがここでゼッフル粒子が動かない! 機雷原に向かわないではないか。おかしい。

 

 なぜだ。ゼッフル粒子が機雷原へ動かない以上、どんどん濃度を増すばかりになり、何にもならない。

 ここで思案するが、やはりあの小艦隊が怪しい。

 方法は何かわからないが関係しているのに違いない。原因究明をしている時間はなく、先に片付けるべきである。

 

 その時、ゼッフル粒子がゆっくり移動しているのに気が付いた。

 機雷の方向ではない。逆だ! なぜか帝国軍別動隊の方にゼッフル粒子が来る。

 これは…… まさか向こうの小艦隊も同じような指向性誘導機を持っているのか!

 しかし考えてみれば、なるほど人の発想は同じようなもの、そうであるなら同じ新兵器を開発していたとしてもおかしくはない。

 やむを得ず指向性誘導機を最大出力にする。装置の規模ならおそらく帝国側の方が大きく、押し切れるのではないか。

 だが驚いたことに、なおもゼッフル粒子が帝国側に来る。

 

 

 帝国軍は同盟の作った対抗兵器について知るよしもない。

 アル・サレムすら内容を知らずに使っている。

 

 それは指向性誘導機とは違うもので、その誘導波を反射するという原理で作られた対抗兵器である。

 この場合、反射された誘導波にそってゼッフル粒子が移動を始めている以上、帝国別動隊が一生懸命機雷原へ誘導しようとすればするほど、逆にゼッフル粒子は別動隊の方に近寄っていく。

 

 

 

 

 

 


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