見つめる先には   作:おゆ

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第二十七話 宇宙暦796年 十月 アムリッツァの戦い ~グリーンヒル艦隊

 

 

 話はここから少し遡る。

 

 ミュッケンベルガーの考えた各星系における各個撃破作戦は、思ったほどの戦果を上げられず、それどころか大きな被害を被った。

 結果、叛徒の侵攻艦隊はそこそこの勢力を保っている。

 それらはイゼルローンに逃げ帰るどころかアムリッツァに集結しつつあり、未だ撤退せず決戦の構えを見せているではないか。現在のところ、問答無用に圧倒できるほどの数の差はない。

 

 帝国はここで決戦を挑み、何としても勝たねばならない。

 もしも敗れて帝都オーディンに敵の進撃など許すものか。それ以前の問題で帝室に歯向かってきた者どもを誅さなくては権威が守れない。そこにおかしな前例などあってはならず、必ず報いを受けさせなば帝国の政治が回らない。

 

 大勝利、帝国のために長年戦ってきたミュッケンベルガーにとりそれは絶対だった。

 

 艦数ではそれでもアドバンテージがあり、消耗物資の点でも有利とはいえ、決戦で必ず勝てるとは限らない。であれば可能な限りの大戦力を用意するのがいい。

 

 もう方法には構っていられない。

 そして帝国軍はたいがい戦力をかき集めてしまっているのだが、それは正確なところではなく、帝国には未だ使われていない戦力が眠っているではないか。

 それを使うべくミュッケンベルガーはついに長年の慣習を破った。

 そして皇帝フリードリッヒ四世に上奏し、勅令をいただいた。

 

「国難にある今こそ帝国の藩屏たるを示すべし。帝国の有力貴族は叛徒との決戦に際し、その私領艦隊を貸与のこと遅滞なく行うよう」

 

 

 誰にとっても驚天動地である。

 

 貴族の手持ちの艦隊を出せというのだ。

 帝国軍正規艦隊と貴族私領艦隊とは人事的な交流はあっても全く別の組織であり、もちろん命令系統も全く異なる。今まで帝国の最前線に貴族の艦隊が関わったことはない。それこそルドルフ大帝の御代以来。

 帝国の藩屏などという謳い文句は空文になっていて、もはやそれが当たり前になっていた。

 

 しかしもはやそれにこだわってはいられないのは、叛徒が帝国領内にいるという未曽有の事態だからである。

 もちろん全貴族に戦力を出させるわけではない。そんなことをしても支離滅裂な烏合の衆になるだけであり、有効ではない。おそらく戦場でも貴族の間の駆け引きとやらに熱中するばかりでお互いの足を引っ張るに決まっている。

 

 そこで帝国でも突出した有力貴族、すなわちブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯の二家から私領艦隊を供出させた。

 その私領艦隊をそっくりそのままミュッケンベルガーは自分の目の届く本隊においていた。

 張り子の虎でも数は数、あるだけでいいと思っていたからだ。

 

 本当はこんなつもりではない。貴族の私領艦隊の方をオーディンの守りに置き、帝国軍正規艦隊を丸ごと来させようとしたのだが。

 しかし、これには国務尚書リヒテンラーデ侯が強硬に反対した。

 表向きは帝国軍が皇帝を守るべし、という建前論を使う。

 内実はそうではない。

 貴族の心に魔がさして、オーディンを逆に襲って帝室を我が物とする可能性を考えたのだ。

 その魅力に抗えなくなった貴族が一人でもいればお終いである。銀河帝国の貴族というものを知り尽くしたリヒテンラーデには悪夢に等しい。ならば私領艦隊をオーディンに来させることは到底容認できるものではなく、帝都を貴族の力の下に置いておくことなど論外である。

 ミュッケンベルガーはそれも理解できるだけにやむなくオーディンの帝国軍艦隊を最小限残さざるを得ない。

 

 逆に貴族私領艦隊の方を戦場に連れてきたがミュッケンベルガーにとって計算違いだ。多少弱いとは思っていたがこんなに弱いとは。小勢を相手に圧倒どころか華麗な戦術を許し、押されている始末である。

 

 だが、それが本当の主眼ではない。

 

 ミュッケンベルガーはダイナミックな用兵を考え、帝国軍の中でも有力と見なした艦隊を事前にいくつか引き抜いている。

 それで別動隊を編成していたのだ。

 その別働隊が気づかれぬよう戦場を大きく迂回して、やっと到着した。

 

 

 

 同盟軍の諸将はいきなり気が重くなった。

 これは、負けだ。

 

 最初から数の違いで勝機が薄く、綱渡りの苦しい戦いをしているというのに。同盟軍の各艦隊は勝利して堂々と帰還する希望を失い、やはり負けて追撃される中を帰らなくてはならない未来しかないのか。

 幸いにも後背には最初に機雷群を敷いている。

 それが帝国軍別働隊をしばらく食い止めてくれるだろう。せめてその時間で早く撤退を。

 ことここにいたって、グリーンヒル大将はもう一度ロボス元帥に撤退を進言する。

 

「もはや無理です。本来なら集結してすぐに撤退すべきでした。元帥。事は終わったのです」

「いや、まだだ! 後背の帝国艦隊は機雷原に向かっている。しばらくは大丈夫だ。早く前面の相手を打ち破ればいい。そうだ、何をしている。もっと攻勢をかけさせろ! 怯むんじゃない。いくら犠牲を出してもいい。そんなことには構うな」

「いくら犠牲を出してもいいとは…… 元帥、小官は無意味な犠牲をこれ以上出させるわけにいきません。小官は、生涯で最後に見るのがこのアムリッツァの赤い星なんかになってしまった兵士たちに償いきれません。もちろん、その家族にも」

「ではグリーンヒル君、きみが全ての責任を取り給え。知らん、知らんぞ! 君の責任だからな!」

「責任を回避しようとは思いません」

 

 ヒステリーを起こすロボス元帥は現実逃避をするような形になり、しかしそれで撤退の進言が通ったのだ。

 

 直ちにグリーンヒル大将の名で各同盟艦隊に撤退が伝えられた。

 この方針の転換に全ての同盟将兵がほっとした。確実な死を免れた。しかし、これから困難な撤退戦をしなくてはならない。

 

 キャロラインのいる第九艦隊も直ちに近くの第八艦隊、第五艦隊の応援にかかる。

 欠けることなく皆でイゼルローンに帰ろう。

 ここまで決して負けていたわけではない。各艦隊は組織的行動が可能、それぞれ上手に連携すれば、撤退する時でも後背をとられて一方的にやられるという事態は避けられる。

 

 心配した帝国の別動隊は後背方向から接近を続けている。

 そこには機雷原を敷いているはずであり、帝国側もそれはわかっているだろう。工作船で機雷を除去するのは短時間ではできないことで、むしろ迂回した方が早いのに。なぜだ。

 

 機雷のような動かないものを除去する…… 要塞と同じような、動かないものを。

 キャロラインは疑心暗鬼ながらも、悪い予想が当たった場合を考えてしまう。

 

「アル・サレム中将、少し帝国別動隊の方に移動してよろしいですか? 悪い予感がします。それと本隊のグリーンヒル大将と話をしたいのですが」

 

 第九艦隊からの緊急ということで、強引に同盟軍本隊と通信をつける。

 

「第九艦隊キャロライン・フォーク准将です。グリーンヒル参謀長閣下、帝国別動隊が機雷原に向かって進んできます。もはや機雷原が存在しないかのように。これは、もしかすると新兵器を使うつもりでは」

「キャロライン・フォーク准将、君もそう思ったのか。そう、帝国軍は指向性ゼッフル粒子を使うつもりと推測する。機雷原の除去に使うにはうってつけの兵器だ」

「ここで機雷原を突破されれば、同盟軍は逃げる前に挟撃され壊滅します。なんとかしないと。閣下、その新兵器に対抗する兵器はできたのですか?」

「准将、それはもうできている。実はね、私は機雷敷設の時にその可能性も考えていた。対抗兵器を機雷原の端に置いてあるのだ」

 

「ああ、それはよかったです!」

 

 キャロラインは安心する。さすがはグリーンヒル大将だ。最初からそこまで予見するとは、凄い深慮である。

 しかし安心するのはまだ早かったのだ。

 

「ただし、残念ながらその対抗兵器の有効距離は短い。帝国側が機雷原のどこを狙うか分からないためとりあえず端に置いておいたただけなのだ。それを予想される場所まで運ばなければならない。帝国側が指向性ゼッフル粒子を使う場所、つまり帝国別動隊の真正面だ」

 

 とんでもない落とし穴であり、最後にそれほど危険な任務が必要だったとは!

 生きて帰れない任務になるではないか。三万隻の帝国別動隊の目の前、しかも機雷原との隙間にいなければならないのだから。

 

「今から私が行くつもりだ」

「グリーンヒル閣下! それはいけません。閣下は死んではいけません!」

 

 それは心からの叫びだ。キャロラインは兄のために死ぬ覚悟などとっくの昔にできている。それこそ士官学校に入ったときから。いや、もっと以前から。

 しかし、グリーンヒル大将は死んではならない。

 

「フォーク准将、この侵攻作戦で多くの人命が失われた。覚悟が甘かったのだ。私がもっとしっかりしていれば、こんなに犠牲が出なくて済んだはずなのに。私が招いたことならけじめをつけたい」

「いいえ閣下、それは違います。今から最善を成すのです。それに、フレデリカが悲しみます。あれはヤン提督のことも好きですが閣下のことも大好きなんです」

 

 それは本当のことだ。

 母のいないグリーンヒルの家、フレデリカは父親のことが大好きだ。

 いつかヤン・ウェンリーとの結婚式で父親にも祝ってもらうのが夢なのだと語っている。

 

「フレデリカを悲しませることは、私にはできません」

 

 そんなことには絶対にさせるものか!

 私はフレデリカにもグリーンヒル大将にも幸せになってほしいのだ。

 

「その対抗兵器を運ぶのは私が行きます。必ずやり遂げます」

 

 

 だがグリーンヒル大将はキャロラインの言うことを言下に却下し、やはり自分で行こうとする。本部の隊から六千隻ほどの艦隊を出し、自分でその指揮をしながら機雷原を目指す。

 装置を運ぶだけならもちろんそれより少ない艦で充分だ。

 しかし戦場を突っ切ることになる以上、装置を手にするまで用心にこしたことはない。

 用心は当たった。間もなく有力な帝国艦隊と遭遇することになる。六千隻では足らない強力な相手と。

 

 

 一方、キャロラインはグリーンヒル大将に却下されても、それで引っ込むつもりはなかった。

 アル・サレム中将に手早く対抗兵器のことを含め事情を話し、分隊の一つを任せてもらえるよう頼んだ。

 

「お願いします。グリーンヒル閣下より早く、その対抗兵器を取って帝国別動隊の前に運びたいのです。分隊で出たことは艦隊戦戦術の一環であり、やむなくはぐれたとでも言い訳できます」

 

 アル・サレムの答えは初めから決まっている。キャロラインの思いとは全く異なる形で。

 

「准将、これまで世話になっておきながら、最後に死なすわけにはいかんな。ふむ、儂が行こう。運ぶだけならできそうだ」

「え、えっ、そんな! そんなわけにはいきません! 提督に行かせるなんて!」

「艦隊司令官としての命令である。といっても聞きそうにないか……」

 

 アル・サレム中将は少しばかり思案するが、そこに悲壮感はまるでない。

 

「警備兵はおらんか。直ちにキャロライン・フォーク准将を拘束しシャトルに移乗させよ」

 

 警備兵が艦橋に上がってきたが、戸惑うばかりだ。よく状況が分からない。

 

「早く准将を艦から離すのだ。理由は、ふむ、しまった。今は思いつかん。後で思いついたら伝える」

 

 意味不明でも艦隊司令官の命令は命令だ。キャロラインは抵抗しても取り押さえられ、シャトルに連れて行かれる。

 

「司令官、私が行きます! 行かせて下さい!」

「准将、兄のために頑張るがいい。これからも」

 

 アル・サレムは笑顔だ

 

 前途ある若者を死なせるわけにいくまい。

 このブラコン准将め、これからもその活躍する姿を見ていたかったぞ。本当だ。

 それともう一つ、将来のアンドリュー・フォークの結婚式で、このブラコンがどういう顔をするか見たかった。

 

 

 


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