見つめる先には   作:おゆ

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第二十六話 宇宙暦796年 十月 アムリッツァの戦い ~キャロラインの奮戦

 

 

 ヤンもラインハルトもいったん打つ手がなくなっている。

 

 どうせ簡単な罠に相手はひっかからない。そんな弱敵ではないのだ。お互い定石通りの砲戦で牽制しながら、出していた艦載機も戻らせた。

 

 

 今、空母の着艦場所が緊張に包まれる瞬間だ。

 戻ってくるのは無事な艦載機だけではない。

 大破して操縦の効かないもの、すでにエンジンの過熱で煙を出しているもの、様々な状態がある。

 そういう場合、機体へ素早く応急処置をしてから移動させ、その後本格的な整備にかかる。

 

 その時間、帰ってきた男たちと、それぞれのカップルの女性兵たちで抱きしめあうことになる。

 いくら忙しい現場であろうとそのことだけは黙認されているのだ。

 

 少数いる女性パイロットがそれを見てあきれ顔なのも恒例のことである。見ている方もやれやれだ。

 だが、そんな幸せなパターンばかりではない。

 艦載機が破損すればまたパイロットも負傷している場合がある。壊れた艦載機から引っ張り出され、パイロットは担架に乗せられる。パイロットが片手を振ってでもいれば、女性兵としても心配そうに見送る。だが本当に重傷で意識もないとなれば女性兵はまた泣くしかない。

 

 

 それはまだ幸なのかもしれない。

 還ってこない艦載機を待ち続ける女性兵がいる。

 

 予定着艦場所に立ち続けて動かない。

 そんな女性兵には忙しくとも誰も声をかけてはならない。彼女がいつまで立っていても。

 それが不文律なのだ。誰も彼女の気持ちを代わってあげられる者はいないのだから。

 

 ただ一人声をかける者がいるのだが、それは彼女の恋人がどのようにして星になったのか説明する義務を負った者である。誰だってそんな役割はしたくないが、それは仕方がない。

 そのような者すらいない場合、つまり小隊ごと全滅している場合もある。

 そういった時は女性兵はしばらく待ち続け、そして艦載機が別の空母に救護された可能性を考えて立ち去ることになる。

 実際にそんな可能性がほとんどないことはわかっていても。

 どんなに震えても、どんなに涙しても冷たい現実が変わらなくとも。

 

 彼女は祈るしかない。

 艦載機が出る前の笑顔と約束を思い出しながら。

 

 次の休暇に二人でピクニックに行く予定にして、それに持って行くサンドイッチの中身を話したことなどを思い出す。

 手にした愛の証しを、強く強く握りしめて祈り続ける。

 

 

 逆のこともある。

 艦載機が飛び立ったあと、戦闘状況によっては先に空母が撃沈されることがあり得るのだ。

 空母は最重要として味方艦隊に手厚く守られているが、相手にとってみれば最重要の攻撃目標でもあり、時には撃沈されてしまう。

 この場合、発艦している艦載機は敵に対し捨て身の戦いを仕掛ける。

 尽きていくエネルギーも弾薬も関係ない!

 パイロットは気迫だけで戦い続ける。それは撃墜されて機体も肉体も消え果てるまで終わらない。

 

 愛し合う二人は魂になってようやく結ばれる。

 もう決して離れることはない。

 

 これもまた、宇宙に咲いた哀しくも美しい愛の形なのだ。

 

 

 

 砲撃戦はラインハルトの側にわずか傾いていった。

 単純な砲戦でもラインハルトの一瞬の閃きは充分効果的だったのである。ヤン艦隊の得意とする一点集中砲火をいなしながら、重要な結節点を狙い撃ち、ラインハルトは優位に立つ。

 

 ラインハルトはヤンをゆっくり追い詰める。

 

「よし、このまま勝ち切る。残存艦数で我が方が有利だ」

 

 だがしかし、これもうまくいかなかった。

 

 実はヤンは相手に悟らせないくらい少しずつ戦場を移動させていたのである。そしてついにボロディンの同盟軍第十二艦隊の見える位置まで移動していたのだ。

 

「しまった! これが敵の狙いか!」

 

 ラインハルトが気づいたがもう遅い。

 

 これが魔術師の真骨頂である。

 ヤン・ウェンリーのやり方だ。

 自分の艦隊で罠を仕掛けられないのなら戦場全てを使って罠にすればいい。第十三艦隊だけで戦っているのではない以上、それを考える。もちろん言うほど簡単なことではなく、自分のコントロールできない戦場の推移まで見越さなければ不可能である。

 

 ラインハルトが陣形を乱した隙にヤンは思い切り逆撃をかける。

 ただし、そうされながらもラインハルトは見事な艦隊運動で、ヤンと同盟第十二艦隊で挟撃される位置からは逃れ出た。

 これでお互いにまたしても振り出しに戻る。

 

「まだ手こずりそうだ、キルヒアイス」

 

「どうにも上手くいかないことが多いなあ。グリーンヒル大尉、紅茶をもう半分」

 

 

 

 その間にも他の艦隊で行われている戦いはどうか。

 同盟第七艦隊ホーウッドに対して、帝国軍ミッターマイヤーが相手をしていた。

 

 先にアルヴィース星系の戦いで大きく傷ついたミッターマイヤー艦隊は、司令官を失ったゼークト艦隊を編入することで一応の補充がされている。

 正攻法で来るホーウッドを一撃で葬らんとミッターマイヤーが仕掛けるが、しかしうまくいかない。

 いつもの艦隊運動をしようにも機能しないのだ。

 下手に高速で動こうとしても艦隊が分散するだけで、どうにもまとまりがつかず、かえって各個撃破されるだけだ。

 つまり旧ゼークトの艦隊は普通の艦隊運動しかしたことがなく、高速で機動することには慣れていなかった。それでいつものミッターマイヤーの艦隊運動が不可能になっている。

 

「味方がついてこれない作戦をとっても仕方ないな」

 

 苦笑するしかない。それでもホーウッドの追撃をきれいに躱し、一気に逆撃で圧倒してみせるところはさすがにミッターマイヤーである。

 

 

 同盟第五艦隊のビュコックの所には司令部を失ったルフェーブルの第三艦隊が臨時で編入されている。

 そのビュコックは帝国軍ワーレン、ルッツの艦隊と渡り合っている。

 その老練な指揮は相手に的を絞らせず、相手に最終攻勢のタイミングをつかませたりしない。

 

「これも年の功じゃな。とりあえず負けないことに徹しよう。しかしいつまでもつか」

 

 

 そしてこのアムリッツァの戦いで誰もが華と認めるのは同盟軍第九艦隊アル・サレム中将である。

 ミュッケンベルガー元帥の本隊と単独で交戦したのだ。さすがに帝国軍本隊、それは第九艦隊の三倍に近い大艦隊になる。しかし、第九艦隊に怯むところは見られない。

 

 アムリッツァの全体の戦局を見ていた第八艦隊アップルトン中将がそれを知る。

 

「む、これは…… 第九艦隊が一番危ない。今の相手を片付ければ支援しなくてはな。そこを突破されると同盟各艦隊が次々と横撃されてしまい、全体の崩壊を招く可能性がある」

「提督、それはたぶん大丈夫ですよ」

 

 何、そう言ってきたのは誰の声か。重要なことをあっさり言うとは。

 見ると末席参謀のスーン・スールズカリッター大佐だった。

 

「第九艦隊には、あの妹フォーク准将がいますから。心配要りません。むしろ、こっちを支援してくれれば良いのに」

 

 どんな根拠でそんなことを、と考えアップルトンは声を出そうとしたが、その前に別な方向からの声を聞くことになる。

 

「本当ですね」

 

 今のは艦橋にいた航海部士官からだ。名前はフィールズ大尉だったか。なぜかその者まで太鼓判を押してくるとは。

 

 

 

 そして注目される同盟第九艦隊の司令部では、もう最初からキャロラインが策を打ち出していく。

 艦橋で出過ぎた真似をするキャロラインは申し訳なさそうだった。

 しかし、戦闘が始まると集中して次々と指令を出す。

 アル・サレム中将、申しわけありません。後でお詫び申し上げます。

 

 実は周りはそんなこと考えてもいない。

 キャロラインの異才に圧倒されるばかりなのである。

 スクリーンに刻々と映る敵影、その配置、数、動きをじっと見つめては指令を出すのだが、その内容の深さ正確さには恐れを感じるほどだ。

 

「この位置の帝国軍分隊は消耗し、おそらく後衛と入れ替わりたがっています。間もなく反転するのでその機を逃さず攻撃を」

「ここが向こうの攻勢の集結ポイントになると思われます。狙点をあらかじめ合わせて一斉射撃をかければ。それで潰せます」

「そろそろ帝国艦隊は艦載機を出します。発艦中の一番弱い時に遠距離射撃で沈めましょう」

 

 この准将には常人には見えない何が見えているというのか。スクリーンを通して。

 

 そういったきめ細かな対応だけではなく、時には大胆な策も出した。

 

「この位置の艦列は動きが妙です。積極性はまるでなく、縮こまっているようです。こちらの分艦隊をそこへ一気に侵入させ、突破すれば、無防備な帝国軍本隊を横撃できるでしょう」

 

 そうキャロラインが指摘したのは帝国のノルデン少将が統括する部隊であった。臆病なほどに戦場でこそこそと隠れていたのだが、キャロラインの目を逃れることはできない。

 そこに付け込み、ノルデン少将とその周囲を壊滅させた。

 

 そんな戦闘中、キャロラインは違和感を感じていた。それがだんだん大きくなる。

 おかしい。これは絶対におかしい。

 

「アル・サレム中将、帝国軍が弱すぎます。これは、どういうことでしょう」

 

 圧倒的に数が多い相手と休む暇なく戦いながら、それでも相手が弱いという。

 アル・サレムとしては唸るしかない。

 しかしキャロラインの思うところは別であり、決戦をしている帝国軍本隊というにはあまりに動きも鈍く、おまけに砲撃の照準も悪い。これは精鋭というにはほど遠く、むしろ異様なほど錬度が低いのではないか。

 

 大胆に試す気になった。

 

 キャロラインは手持ちのミサイル巡航艦を全て出して急進させた。

 その後、帝国軍本隊へイエローゾーンぎりぎりのところまで近付けさせ、しかしそのまま攻撃させない。

 

 そうではなく、ミサイル巡航艦全艦、その艦首を帝国艦に対しわずか傾けさせた。

 危険は承知。

 しかしこれで艦首は帝国の艦列を斜め横方向に捉えられる。

 

 そのタイミングでありったけのミサイルを放たせ、順次帰投させた。

 

 攻撃がビームによるものであれば、遠くになるほど威力はなくなる。レーザーでもビームでも原理的にわずかな拡散は避けられないからだ。しかし、ミサイルなら当たりさえすればどんなに遠くてもその威力は落ちることがない。

 もちろん、ミサイルはビームのような速さはない。

 そのため普通なら遠くになればなるほど簡単に迎撃砲や迎撃ミサイルで対処されるものである。そのためミサイルは短距離戦用の兵器とみなされているだけだ。

 それをキャロラインは遠方から思いっきり撃たせた。ミサイルのスピードや照準など、キャロラインは最初にミサイル巡航艦に乗っていた以上、経験からよく知っている。

 

 賭けに勝った。帝国艦の回避行動はバラバラで、お互いに邪魔しあっている。本当に錬度が低いのだ。

 進んでいくミサイルはどこかの時点で帝国艦に必ず当たった。

 これで帝国軍本隊の中に光の球が数えきれないほど出現し、ついには一つに重なる。遠目にも輝く光が宙域を白く染め上げている。

 

 この攻撃だけで帝国軍三千隻は一挙に葬った。

 魔女の大鎌がきれいに刈り取ったのだ。

 

 更に帝国側の混乱に乗じて第九艦隊モートン少将の分艦隊が思うさま暴れ回る。これで帝国軍本隊の半数はまともに攻撃ができないほど編隊を崩してしまうことになる。

 やむなく帝国軍本隊は援護のため、他の艦隊を呼び寄せて補充せざるを得なくなり、それは同盟の他の艦隊を楽にさせるものだ。

 

 

 上手く行き過ぎぐらいだ。第九艦隊だけで帝国軍本隊相手に優勢を保ち、キャロラインは安堵する。

 その出来過ぎも含め、おかしい点が一つある。

 

 キャロラインの思うところ、アムリッツァ前に各星系で個別に戦った際、いたはずの帝国艦隊が見当たらない。

 例えばそれは第五艦隊ビュコックと戦った敵が。老練なビュコック提督にさえ隙がないと思わせた敵の有力艦隊、それがいったいどこにいる。

 嫌な予感がする。

 

 

 そのとき、同盟軍の各艦隊でオペレーターが一斉に叫び声を上げた!

 

「帝国軍には別動隊がいました! 後背から急速接近中! 数、およそ三万隻以上!」

 

 諸将は一斉にうめいた。育ちつつあった勝利という希望を見事に消し去られたのだ。

 帝国軍にはいったいどれだけの艦隊があるのか。

 

 実のところ帝国軍がこれほど戦略上の優位を保ったには理由がある。

 ミュッケンベルガー元帥が長年の慣例を破り、ついに伝家の宝刀を抜いたせいである。

 

 

 

 

 


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