見つめる先には   作:おゆ

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第二十三話 宇宙暦796年 十月 同盟軍第九艦隊

 

 

 一方、ミッターマイヤーは帝国艦隊を率いて進撃しながら相手を観察した。

 ここアルヴィース星系に入ってからも速度を緩めず、スクリーンに小さくこれから戦う相手が映る所まで来た。

 

 予定通り先手が取れる。この星系から逃すものか。

 

 見たところ、叛徒の艦隊は慌てて撤退にかかっている様子だ。

 まだ一斉発進の準備はできず、未だ各隊にばらけている。編成もまるでなっていない。この急襲に何も対処できていないようだ。

 

「たわいもない。一気に突き崩せば終わりだ」

 

 いったん止まって布陣を組む必要もないだろう。あの様子では敵は包囲どころか有効な迎撃もできはしない。

 当然のごとく、航行しながら突撃の態勢をとる。

 ミッターマイヤー艦隊は一番近くにいた敵の分隊から撃破にかかったが、それは容易に終わった。直ちにそこを通過して一気に敵の旗艦がある方向へ突進しようとした。果断にして一気呵成、ミッターマイヤーならではの迅速さを活かした見事な艦隊戦である。

 

 

 その時、異変が起こった。

 ミッターマイヤーの艦隊内部で爆散が相次ぐではないか!

 

「何事だ! いったい、どこから攻撃が来た!」

 

 ミッターマイヤーは素早くその原因を考える。有能な将ほど油断はない。

 しかしおかしい。砲撃か、いやそれはなかった。機雷か。確かにそれが一番考えられるが、精査したはずであり、そんなものもなかったはずだ。

 

「か、艦載機です! 敵の艦載機が多数、艦隊内部で活動しています!」

「どこからそんなものが!」

 

 言い返しながらミッターマイヤーは素早く考えた。

 敵の艦載機がどこから来たのか。

 その答えは一つしかない。外から来たのでないとすると、中にいたのだ。

 正確にはその艦載機が潜んでいた宙域を通過したということになる。

 

「しまった、謀られた!」

 

 いったん艦載機に艦隊内へ入られれば、対処はほぼない。

 艦隊内部では対空の艦砲も限定される。

 対処できるとすれば、艦載機同士のドッグファイトなのだが……

 ところがミッターマイヤー艦隊は高速機動をしてきたため、艦載機は全く出していない。そもそも速度の遅い空母自体が少ない艦隊編成になっていることも、ミッターマイヤーが高速機動を重視したための結果である。

 ミッターマイヤーは自分が引っ掛けられたことを理解して悔しがる。

 

 

「いくら速く艦隊運動をしようとも、艦載機より速く動けるわけはない。艦載機を入れた時点で負けなのよ」

 

 その頃、キャロラインはつぶやいている。

 

 同盟第九艦隊司令部では、司令官アル・サレム中将を始めとして、皆が感嘆の思いでスクリーンを見ている。

 

 第九艦隊は初めにわざと慌てていた擬態をして、帝国艦隊に慎重な行動を取らせず、一気に近寄らせた。

 その上で、前面に無人艦の小部隊を置いたのだ。

 砲撃を受けると爆散する普通の艦だけではなく、反応炉を完全に落として簡単には爆散しない艦をわずか混ぜ込んで。

 その爆散しない艦の背後に艦載機を隠せるだけ隠しておいた。

 その小部隊があっさり撃破されたふりをして帝国艦隊の通過を待っていたのだ。タイミングを見て飛び立てば、見事に帝国艦隊内で活動できるという塩梅である。

 

 通常ならこういう作戦は使えない。

 艦載機は速いが、航続距離も航続時間も短い。

 待機でも一時間、戦闘ならものの十分もしたら補給に戻らなければならない。そのため、こういった待ち伏せに用いることはできないはずである。しかしこの場合はミッターマイヤー艦隊が速いことを逆に利用した。待機に要する時間は最小で済むのだ。

 おまけに高速機動をしてくる段階で、帝国艦隊に空母が少ないことは最初から喝破していた。

 

 全てはキャロラインの進言による策謀である。

 

 

 同盟の艦載機スパルタニアンたちは大きな戦果を上げて戻る。

 逆に帝国軍ミッターマイヤー艦隊は痛手を被り多くの艦を失う羽目になる。最初の一万七千隻から数を減じ、同盟第九艦隊一万四千隻を下回るほどに。

 

 しかし、まだ勝負は決まったわけではない!

 ミッターマイヤーの戦意はまだ衰えず、逆転勝利を狙う。

 既に同盟第九艦隊は反転し、撤退にかかっているのだが、それはミッターマイヤーにも見えている。ミッターマイヤーの見るところ、ここがチャンスだ。自分の指揮する艦隊機動であれば充分追いつけるもので、後背から撃ち崩せば勝てるだろう。

 最大戦速で追う。それは神速といえるほど速い。

 

「攻撃用意! 叛徒の艦隊を全て撃ち平らげろ!」

 

 あと少し、あとわずかで射程に入る。

 

 

 だが、この瞬間もまた第九艦隊が狙っていたものだ。

 

「今です!」

 

 キャロラインが示すと、同盟第九艦隊全艦が一斉に逆推進をかけた。

 急激に速度を落とす。

 あまりに高速だった帝国軍ミッターマイヤー艦隊は、攻撃の照準を狂わされタイミングを失う。

 みるみるうちにお互いの艦隊同士が近づき、むしろ追っていたはずのミッターマイヤー艦隊が追い越すほどの事態となった。最小限衝突だけは避け、第九艦隊の右舷を追い越していく。

 

「小賢しいマネを。こちらが速すぎたとは、仕方がない。しかしこんなことで逃がすか」

 

 ミッターマイヤーはそのまま艦隊を進ませながら、大きく周回させ、また敵艦隊に向かうつもりだった。

 それでも充分追い付ける。

 敵はうまく躱して逃げられたつもりだろうが、そうはいくか。

 

「敵、逆推進を弱めています! 再び前進!」

 

 今さら何だろう。どう工夫してもこちらが速い以上、回り込めば必ず勝てる。

 ミッターマイヤーには艦隊行動に充分な自信があった。だが次に入ってきた報告には驚かせられた。

 

「敵艦隊、並走からこちらに近付いてきます!」

「何だと!」

 

 

 これが同盟艦隊の狙いだった!

 キャロラインが帝国艦隊を葬る必殺の策だ。

 

 同盟第九艦隊は逆推進で相手の攻撃タイミングを完全に外したが、その上で急接近をはかったのだ。お互いの距離をゼロにして、艦隊同士をぴったりと着けた。いやそれどころではなく、互いの艦列ごと溶け込ませた。

 

 つまり艦同士の超接近戦を仕掛けたのだ。

 

 この距離ゼロの状態では、先にこのことを予期していた方が圧倒的に有利になる。おまけに推進に使うエネルギーもほとんど必要ない。

 レールガンを充分に予備状態にして照準をつけていた同盟第九艦隊の各艦は思う存分エネルギーを叩きつけた。各艦はそれぞれ目の前の帝国艦の後ろを撃てばいいだけだ。外すわけがない。

 

 最初の斉射だけで勝負はついた。そこから更に出血を強いる。

 まるで宙を舞う竜にピラニアの群れがまとわりついて離さないようだった。

 

 ミッターマイヤーの艦隊は崩壊し、継戦はもう不可能になる。

 

「負けたな。こっちを逆手に取られて完敗だ。敵は何者か。こんな戦いをして見せるとは」

 

 ミッターマイヤーはさすがに状況を見て悟るのが早い。有能な将は未練を引きずらず、現状から目を背けることはない。

 残りの艦をまとめて潔く退いた。

 

 

 もちろん同盟軍第九艦隊は勝利に沸く!

 

 撤退戦に成功したどころではなく、優勢な敵を相手に見事完勝したのだ。

 司令部の者は皆、まだ若い准将を見やる。

 それはただの小娘に過ぎない。これが、アンドリュー・フォークの妹、キャロライン・フォーク。良かれ悪しかれブラコンで名が知られた准将。

 

 しかし、そこには恐るべき異才が隠されていた!

 この同盟第九艦隊はかけがえのない宝を手に入れたのだ。

 

 同盟軍全体の状況は決して良いものではないと思われ、他の同盟艦隊はどうなっているかわからない。

 しかし、少なくともこの第九艦隊は強い。負ける気がしない。

 

 

 

 その後第九艦隊は予定通り第十二艦隊との合流を目指し、アルヴィース星系からボルソルン星系へ急いだ。

 むろん、そこでもまた同盟艦隊の危機にあった。

 同盟第十二艦隊ボロディン提督に対するのは帝国軍でも名高い宿将メルカッツ中将である。

 

 どちらも最初はオーソドックスな布陣で対峙した。

 しかし、お互いに狙う所は違う。

 同盟第十二艦隊は最初から遊撃隊を組織し、それを活かして火力を叩きつける機会を狙っていた。有能なボロディン提督の得意とするダイナミックな用兵である

 対してメルカッツ中将は接近戦を仕掛けられる綻びを見定めていた。接近戦には絶対の自信がある。

 

 この場合、メルカッツ中将の老練さがまさった。

 第十二艦隊は遊撃隊を用いる直前の一瞬を突かれ、帝国艦隊の強引な突撃を許したのだ。次にはいったん生じた艦列の亀裂から艦載機による接近戦を仕掛けられてしまう。

 たまらず同盟艦隊は巡航艦をかき集めて並べようとした。それはもちろん対空砲火を増すためであり、凹形陣から絶え間ない砲撃で弾幕を張るのだ。しかし、それを作る間にも急激に浸食されていく。

 

 その時、戦場に第九艦隊が姿を現した。

 

 ボロディンは考える。

 良かった。味方は予想よりかなり早く来てくれたのだ。もちろんそれは予定通り第九艦隊なのだが、意外ではある。むしろこちらが帝国艦隊を振り切り、第九艦隊を助ける方を想像していたくらいなのに。

 ひょっとすると第九艦隊は帝国軍と遭遇しなかったのだろうか……

 

 ともあれこれで状況がだいぶ楽になる。第十二艦隊と第九艦隊を併せれば、数的に帝国軍を上回るからだ。

 しかしながら第九艦隊と戦術について事前に打ち合わせたわけではなく、連携が取れるとも思えない。最悪これは帝国艦隊が怯むのを期待するだけで良しとするか。その隙に無理にでも撤退を図れば、犠牲は相当出るだろうが逃げ切れる。

 

「第九艦隊であればなんとかするでしょう。勝てるかもしれません。ここからですよ」

 

 ボロディンへふいにそんな声が聞こえた。ずいぶんな楽観的予測は何だろう。誰が今言ったのかと思って見ると、それは幕僚たちではなかった。

 この同盟第十二艦隊旗艦ペルーンの艦長を務めるフェーガン大佐だった。

 もちろん、フェーガンは第九艦隊の方にキャロラインが参謀として乗り込んでいるのを知っていたからそう言ったのだ。

 

「あのキャロライン・フォークが来たのです。ボロディン司令官、面白くなってきました」

 

 

 第九艦隊はこの戦場に到着するやいなや一点を狙って急進を仕掛けた。

 その方向には帝国艦隊の空母がいる。

 

「まっすぐ空母だけを狙うのです。有効射程外からどんどん撃って下さい。当たらなくとも狙っていることを帝国側が分かればいいのです」

 

 キャロラインの指示が全艦に伝えられる。既に戦闘状況を観察して、接近戦が始まっているのを見て取った結果の指示である。

 今の帝国艦隊は接近戦に長けているらしく、積極的に艦載機戦に持ち込んでいる。

 であれば、空母を狙い撃ちにして艦載機の帰る場所を奪えばいい。

 その素振りだけでも動揺を誘える。

 はたして帝国艦隊指揮官メルカッツは急遽、空母を分散させて保護する構えを見せた。また艦載機を急いで収容にかかる。

 

 その再編の動きこそがキャロラインの思うつぼであった。

 

「今です! 各分艦隊は急進して空母のいた艦列の隙を狙って下さい」

 

 落ち着いて考えれば有効射程外から撃つことが本当の空母撃滅を狙ってのものではないことが分かっただろう。しかし、老練なメルカッツといえどもそこまで思い至らなかった。艦載機の保護に意識が向いていたのだ。接近戦に長けているからこそ。

 

 キャロラインの命じたように第九艦隊から高速艦で編成された分艦隊が飛び出す。それはモートン少将が指揮をとる。

 空母保護のため過剰に乱れた帝国側の艦列の隙間から突入すると、易々と切り裂いていく。

 さすがにメルカッツもこの不利を悟り、やや退きながら手早く艦列を整えようとする。

 だがそれは間に合わない。

 その様子を見た第十二艦隊から、既に用意されていた遊撃隊が突進したからだ。ボロディンも機を見るに敏である。

 ここに至り勝機がなくなったのを感じたメルカッツは素直に撤退の陣形にして退いて行った。数で不利になった以上、優勢な分散攻勢は破綻しているのであり、無理をすることはない。

 

 局地戦だが、とにかく再び同盟の勝利だ。

 第九艦隊はいっそう沸き返る。

 もちろん、負けかけたところを応援してもらった第十二艦隊も感謝する。

 

「助かったが…… 第九艦隊、いったいどうしたんだ。いつも寝てるようなもんだったのに」

 

 今まで同盟軍のお荷物とまで言われていた第九艦隊が、鮮やかすぎる戦いではないか。

 

 

 キャロラインは途中から無意識にアル・サレム中将の裁可を受けずに戦闘を進めてしまった。

 ところがそれに対しアル・サレム中将は何も言うところはない。

 

「これはもう、任せた方がいいだろう。凡将が口を挟むべきではない。唯一できることは任せる、これに尽きる。」

 

 それを人づてに聞いたキャロラインは慌ててアル・サレム中将のもとへお詫びに行く。准将として出過ぎたマネをした。越権といってよく、これは処分されるべき違反だ。

 

「准将の好きにしていい。そうすれば、ただの凡将が少しはマシな凡将になるのでな」

 

 アル・サレムは終始にこやかだった。小娘の異才を妨げるつもりは毛頭ない。

 

 キャロラインは頭を下げるしかなかった。その度量の大きさに。

 

 

 

 

 

 


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