見つめる先には   作:おゆ

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第十九話 宇宙暦796年 七月 たった一人の味方でも

 

 

 アンドリュー・フォークは最後の最後、溜息と共にロボス元帥へ言う。

 

「分かりました。小官が議長に作戦案を持ち込みました」

 

 ロボス元帥は思う通りの言葉を聞いて喜色満面だ。

 

「おお、そうかね。准将、そういうことになったのかね。ではもう一仕事、将官会議がある。面倒なことを言う人間が必ずでてくるだろうから、そっちの抑えもよろしく頼むよ」

 

 捨て駒が捨て駒らしく働いてくれる。ロボス元帥は下卑た笑顔を見せた。

 

 

 

 ロイヤル・サンフォード議長は同盟最高評議会の議題にかけた。アンドリュー・フォークのの名によって密かに届けられた作戦案、つまり同盟軍の大規模帝国領侵攻作戦を。

 もちろんこれを使って支持率を上げたい評議員は賛成した。次の選挙を有利にしたい。

 自己陶酔している評議員はもっと熱烈に賛成した。

 歴史上初めての大作戦に目がくらんでいるのだ。自分がハイネセンを出て攻め込むわけでもないのにその壮大な作戦に参加した気になっている。

 

 最高評議会議員でもヨブ・トリューニヒトやホアン・ルイは反対した。ホアンはともかくヨブ・トリューニヒトが反対とは、派手好きのトリューニヒトらしくないと驚かれた。

 だが筋としてはそれが正しい。侵攻作戦は勝てる見込みが充分ではない。

 そんな軍事的冒険よりも、今は物資的人的資源を軍事ではなく疲弊した同盟の立て直しの方に使うべき時だと断言した。

 このままでは同盟は失血死してしまう。

 生産力の低下は社会資本と技術力の低下に結びつく。

 そしてとどのつまり経済力の低下をもたらす。同盟はただでさえフェザーンに為替と流通を握られてしまっていて、契約というくびきを科せられているのだ。今後ますますフェザーン資本が同盟全土に浸透し、経済という目に見えない支配下におかれるだろう。いったんそれが固まれば、同盟市民がいくら労働をしても豊かにならず、搾取されるだけになる。もしかすると政治的な主権まで脅かされるかもしれない。それは、まさに形を変えた帝政だ。民主主義の精神が形骸化する。

 

 しかしそんな出兵に反対する抵抗も棄権も、最高評議会の多数決の前には無力だった。 

 最終的に賛成多数で帝国領大規模侵攻は可決されてしまった。

 この瞬間、侵攻は止められない事実となったのだ。

 

 

 

 そして作戦の具体的な細部は軍部が決める。

 軍部の裁量は、いかにして侵攻を実りあるものにするか、その方法についてである。

 今回の大作戦はロボス元帥が主導する。

 そうなった以上元帥府の作戦参謀が素案を作成、幾度も練ったものを政府に提出するのだが、それでもこれほどの大作戦、全同盟軍の将官会議を招集して討議する形式が必要になる。

 

 

 ハイネセンの統合作戦本部に諸将が招集される。

 

 同盟軍でも今まで数えるくらいしか開かれなかった全将官会議が開催されるのだ。

 大会議室は始まる前から熱気に包まれていた。部屋には百人近くの人間がいる。

 自由惑星同盟軍の准将以上、それだけでも相当の数に上るのに、その副官職もいるからである。

 

 座って予定時刻を待つ間、様々な表情の顔が並んでいる。最初から顔をしかめて目を閉じている者がいる一方、浮かれて周囲と喋りまくる者がいる。

 しかし、総じて緊張しているのは間違いない。

 今回の会議は普通の議題ではなく、同盟始まって以来の大規模作戦、しかも防衛戦ではなく帝国へこちらから攻勢をかけるものだ。

 

 

 ヤン・ウェンリーは自然体で構えていた。

 横にいるキャゼルヌがむしろそわそわしているくらいだ。

 フィッシャーやムライは見かけは落ち着いているが、内心の緊張は高まっている。

 その方が当たり前だ。自分の命ばかりか、自由惑星同盟の将来がかかっているからには。

 

 ちらりと見える第十艦隊ウランフ提督、その横のいるアッテンボロー、これも緊張している。

 第九艦隊アル・サレム提督の席の近くにはキャロライン・フォークがいる。彼女は一番若く、末席の准将だ。今は硬い表情で目を閉じている。

 

 

 皆の手元にあるディスプレイには帝国領侵攻作戦としかまだ表示されていない。

 そして会議開催予定時刻一分前、大会議室に作戦説明側の人間が入ってくる。

 それはロボス元帥、参謀長グリーンヒル大将、そして、アンドリュー・フォーク准将などで構成される。

 

 会議室のほとんどの人間がその中の一人、もちろんアンドリュー・フォークに敵意の目を向ける。

 横紙破りの売名野郎。

 ヤン・ウェンリーに嫉妬して気が狂ったか。スタンドプレイで政府にとんでもないことを吹き込んで。

 反ロボス派はもとより、ロボス派の将からも嫌われていた。誰しもが敵の側だ。

 

 だがしかし、この広い会議室でキャロラインだけは味方だ。

 

 

 兄さん、私がここにいるわ!

 

 

 

 ついに将官会議が始まった。先ずは作戦素案の提示からである。

 へえ、と聞き入るもの、はなから聞く気がないもの、それぞれだ。もちろん反発が先に立ち聞く気がない方がずっと多い。

 一通りの説明が終わって、質疑応答の時間になってからが勝負だ。

 作戦に反対する者たちがそれとなくお互いわかっている。奇妙な連帯感に会議室が包まれていく。

 

 最初に議論の口火を切ったのはビュコック提督だ。

 現場の将帥では一番の重鎮である。生きた軍事博物館、その豊かな経験と確かな実績は誰も疑う余地はない。

 

「この作戦案は、いろいろ書いてあって読みにくいくらいじゃが、要約すれば大規模で侵攻するとしか載っておらんように見える。むしろ中身がないから言葉が長いのではないかな。帝国に対する優位の確立とか、民衆の意識が追い風になるとか、言葉はきれいじゃが、ぼやけていて何にも見えてこん。儂が老眼だからかな。だが、せめて肝心の目標と方法がわからんでは話にならん。そこから教えてもらえたら嬉しいのじゃが」

 

 もっともな質問である。

 これに対しロボス元帥は自分では何も言わない。

 下手なことは言わない方がいいと思っているのか。下手なことさえ言えないのか。

 

 仕方なくアンドリュー・フォークが答えるしかない。

 

「侵攻してからの艦隊の行動については、高度な柔軟性を保ち、臨機応変の対処をするしかありません」

 

 会議室はここで一斉に笑いで満たされた。

 楽しい笑いではない。失笑、嘲笑、哄笑、いずれもこのアンドリュー・フォークを嘲ってのものだ。

 今の言葉を聞いたか。この馬鹿、士官学校の一年生にも劣る。いや、よくもそんな体裁だけの言葉を思いついたものだ。馬鹿なりに言葉を操る才能だけはあるものだな。

 

「言い方はそうじゃが、要するに行き当たりばったりということじゃな」

 

 再びビュコック提督が返してくるが、そういわれたらその通りだ。

 

 アンドリュー・フォークはそれでも何か答えざるを得ない。横のロボス元帥はずっと素知らぬ顔だ。自分が一番の当事者であり責任者なのにも関わらず、第三者のような顔をしてやり過ごすつもりに見える。アンドリューは卑怯だな、と思わずにはいられないが目の前のことに集中すべきだと思い直す。

 

 アンドリューが答える前に間があき、ヤン・ウェンリーの発言がその前にくる。とても論理的に話の筋を明らかにしたものだ。

 

「戦いを仕掛けるにはどんな目的を持ち、どこまでを目標にするか明確でないとできません。具体的な方法を考えるにも作戦の終了を設定するにも、それが前提となります。それをお聞かせ下さい」

 

 ここからアンドリュー・フォークが答える。

 

「ビュコック大将が言われることも、ヤン・ウェンリー中将の言われることももっともです。しかし、帝国軍がいかなる対応をしてくるか、不明な点が多すぎます。予測はいくつか立てられても現時点で可能性を推し量るのは困難です。しかし全く不明という意味ではありません」

 

 会議室に失笑は止まらない。

 無駄な会議だが、無駄は無駄なりに聞いてみようとでもいうことか。

 

「つまり帝国側が迎撃している際に、回廊の帝国側出口付近で正面決戦をはかるのか、縦深陣で消耗させるのか、もっと深く距離をとって焦土作戦を取るのかわかりません。おまけに焦土作戦をとるにせよ、補給路を伸ばす程度に退くだけのものか、あるいは首都星を捨て去るほど大規模に行うのか。それによってどこまで侵攻できるのかは全く様相が異なります。そういう意味で柔軟性が必要になるわけです」

 

 いったん会議室を見渡す。あまり誰も真面目に聞いている人はいなさそうだ。

 

「また、どの艦隊が最初の戦闘になるかも予測がつきません。もちろん、艦隊同士の連携案についてと、万が一撤退に追い込まれた場合の集結場所及び航路を考えてはいます」

 

 

 

「だったら最初からやめてしまえ!」

 

 話の途中で馬鹿でかいヤジが飛んできた。

 会議室は一気に騒がしくなる。堰を切ったように口々に反対意見を叫ぶ。というのはこの会議は最初から出兵に反対な人間が多く、真面目にアンドリュー・フォークの案など見てはいないし、説明を聞く気もない。

 しかも出兵に反対する理由が同盟の経済を憂えてなどではない。政略的な和平について考えてのものでもない。ロボス元帥の作戦が嫌だ、ロボス元帥の下で戦うのが嫌だ、などという子供じみた理由だ。不貞腐れた腹いせに近い。

 

 それが分からないアンドリュー・フォークではない。

 しかし生来の生真面目さが出て、まともに対応してしまったのが裏目に出る。

 

「決まっていることは政府が出兵を決定したということです。我々はそれに最善を尽くすべく、案を練り込みます。討議を続けましょう」

 

 ここでまた一段とヤジが飛ぶ。収拾のつかない状態になってきた。

 

「お前が企んだんだろうが! 出世が欲しいだけのくせに」

「ヤン・ウェンリーに嫉妬か。武勲もないくせに見苦しい」

「そんなに戦いたければ一人で行け! 死んで二階級特進だ。ヤン・ウェンリーを追い越せるぞ。嬉しいだろ」

 

 

 騒然とした雰囲気に、キャロラインは身を縮めるが、やがて涙が出た。兄アンドリューの気持ちを思う。

 

 これはイジメだ!

 

 確かにこのロボス元帥府の出兵案はキャロラインから見ても掴みどころのないものだ。だからこそ将官会議があるのではないか。出兵が決まっていることなら、そこから話をすべきなのに。

 これでは兄が憂さ晴らしのための案山子ではないか。

 

 ここに至ってもアンドリュー・フォークは奮闘を続ける。

 

「そして、資料にありますように規模は八個艦隊を動員するという過去にない大規模なものなります。なぜなら、帝国領に入ると防御物は存在しません。帝国軍が反攻に転じた場合、確保した星系を防衛していくことは不可能です。そのため中途半端にいくつかの辺境星系を手に入れても、その後はどのみち失うので意味がありません。出兵するのなら一気に大規模に行なう、その理由です。目標は少なくとも辺境ではありません。侵攻を意味のあるものにするために帝国にとり心臓部の領域を攻撃し、大きなダメージを与えるように。そのため帝国首都星オーディンとは言わなくとも、政治的あるいは工業生産的に重要な所を狙います。しかしその場所が不確定ということです」

 

「八個艦隊! お前のためにそんなに動かすのか!」

「どこまで増長すれば気が済むんだ、准将のくせに!」

「お前の野望のために、俺は絶対動かんからな!」

 

 未だヤジが止まらない。

 

 

 ここに至って、キャロラインが叫んでしまう。

 この会議で末席の者であろうとも言わずにはいられない。

 

「そんなのって、ない! 同盟軍の会議が、こんな。これでは吊るし上げじゃないの!」

 

 涙声だ。

 多くの目がキャロラインに向かう。

 更に笑い声が重なる。蔑むヤジがまた飛び交う。

 

「お兄ちゃまのためにブラコンの妹が助け船ってか」

「いつから同盟の将官会議がブラコンの巣になったんだ」

 

 一段と会議室が騒がしくなる。

 

 

 

 

 しかし、それを鎮めるだけの声が響いた!

 

「そこまでにして頂きたい」

 

 

 誰もが驚く。それは同盟軍第九艦隊司令官、アル・サレム中将の声だった。

 

「キャロライン・フォーク准将はわが艦隊の参謀である。准将を貶めることはこの第九艦隊が決して赦すものではない」

 

 

 

 

 

 

 


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