見つめる先には   作:おゆ

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第十一話 宇宙暦795年 十月 結果はそれぞれ

 

 

 ラインハルトもまたこのアスターテ会戦でわずか焦りがあり、普段の戦いのように純粋に自分の才幹を発揮できる楽しみで溢れていたわけではない。メルカッツへの対応が普段より辛辣になったのはそのせいだ。

 そして、焦りには理由があった。会戦に先立って言われたミュッケンベルガー元帥の言葉が頭にあるからだ。

 

「ミューゼル上級大将、先のティアマト会戦では卿の功績は大である。正直儂もたすかった。だから昇進になったわけだ。だが、会戦当初に常識外れの危険な敵前行軍をして少なくない打撃を受けたのも事実であり、それで叛徒を壊滅には至らしめていない。よって卿の上級大将昇進を疑問視する声も多いのだ。そのためローエングラムの家名を下賜する話が棚上げになった。今度の出撃は卿の実力を見るための機会である。功を上げればそれでよし、上げられなければしばらく第一線から離れてもらうようになるやもしれぬ。卿は今まで前線にばかり出過ぎた」

 

 俺を前線に出して叛徒に殺されるように仕向けたのは貴族の方だ。ティアマトで左翼艦隊を突出させたのはそっちの仕業だろうが!

 ラインハルトはそう言いたいが、しかしここで激発して得なことは何もない。

 それにどちらかというとミュッケンベルガーはラインハルトの実力を認めている。先の言葉は事実を述べたもので、別に嫌な感情は込められていない。むしろ前線をいったん離れて客観的に戦闘を見る経験をすることが長期的な成長につながると心から思っている。

 

「は、今回の出撃で叛徒を討ち果たすべく最善を尽くす所存にございます。上級大将に推挙して頂いたミュッケンベルガー元帥に恥をかかせることはいたしません」

「……卿は本当に急ぐのだな」

 

 

 さて、ラインハルトの帝国艦隊は同盟第四艦隊をあっさり破ると、掃討に時間を使うことなく戦場から移動していった。

 結果、第四艦隊の方は痛打を浴びているものの壊滅ではなかった。普通に考えればこの損耗率では敗残としてそのままハイネセン方面に撤収するのが順当だ。しかしながらここで戦った帝国艦隊が同盟の他の艦隊に向かったのが明らかな以上、そこでまた同盟艦隊が危機に瀕するのは自明、無理をしてでもそっちへ応援に赴くべきか。

 

 フィッシャー准将は他の同盟艦隊へ応援に向かうことを選択した。この空母分隊に限っていえば無傷であり、戦力として大きい。この空母分隊だけでも行くべきである。そう決めると、近隣の五百隻ほどの艦艇もまた合流してくれている。

 

 ただしその行き先が問題になる。帝国艦隊が行ったのは同盟第二艦隊か、あるいは第六艦隊か。その足跡は分からない。

 さあ、ここで二つに一つの可能性に賭けるしかない。

 フィッシャーはキャロラインに聞いてみた。フィッシャーにもこの女性士官の異才がわかってきたからだ。

 

「キャロライン中佐、他の同盟艦隊に応援に赴きたいのだがどちらの艦隊に行くべきかな」

「フィッシャー司令、どちらの艦隊が帝国側の次の狙いかはわかりません。しかし、どのみちこの空母分隊は速度があまり出せませんので、いずれにせよ戦闘宙域に到達するのが遅くなります。その二者択一ならば、帝国艦隊と戦っても未だ残存艦が多く残っているだろう第二艦隊の方が良いと思われます。第六艦隊より第二艦隊の方が数が多いですから、その方が確率が高いでしょう。下手に敗色の濃い中に飛び込んだら助けるどころかこの部隊も失われるだけです」

 

 実はこの時キャロラインの思う理由は間違っていた。

 ラインハルトは最初から同盟艦隊で数の少ない順に狙うと決め、第四艦隊、第六艦隊、その次に第二艦隊へと向かうつもりなのだから。

 しかし、結果だけを見ればキャロラインとフィッシャーの判断は間違っていなかった。なぜならラインハルトの行動速度は通常をはるかに上回るもので、もしもキャロラインらが第六艦隊方向へ行ったなら、とっくに戦闘は終わっていて空振りにしかならなかったろう。

 

 さあ、フィッシャーは移動のために空母分隊の艦載機着艦を急がせる。それと周辺の大破した艦艇の乗員の救助を行ない、また既に爆散した艦からの脱出艇の収容もする。それらは相応の時間がかかったが仕方がなく、必ずしなければならないことだ。かつて経験した戦いで脱出艇に乗って命を長らえた経験があるキャロラインはとことんそれを行った。

 その後、この空母分隊は第二艦隊へ向けて発進した。

 

 

 短い休憩の間、キャロラインはまたいつもの声を聞いたような気がした。

 

 うふふ、さっきのは見事な罠を作り出したわね。

 もうわたしが必要がないくらいになったのかしら。子供の成長は速いものね。何か寂しくなってしまうわ。

 これからは思うことをやりなさい、わたしの娘。この世界をより良く変え、そして人を大事にして、自分もまた幸せになりなさい。

 わたしの名はカロリーナ。いつまでもそれを願っています。

 

 後から思えば、この声が聞こえたのは、最後になったのかもしれない。

 

 

 やっと空母分隊は第二艦隊がいるであろう予定宙域に到着したが、もう戦闘が始まろうとしていた。

 逆にいえば、帝国艦隊はひと仕事終えてしまっているということだ。

 事実、ラインハルトは同盟第六艦隊を既に打ち破っている。後背から急進し一気に瓦解に持ち込んだのだ。無茶な敵前回頭を行なった同盟ムーア中将などラインハルトにとって無能の極み、ものの数ではない。同盟第六艦隊を壊滅させ、時間も惜しく止まらずにまた新戦場に向かう。

 それがこの同盟第二艦隊、ここアスターテに動員された3つの同盟艦隊で最後の艦隊である。

 

 同盟側の艦隊を二つ打ち破って満足という発想はラインハルトにはなかった。

 それだけでも充分すぎる戦果なのだが、予定通り三つの敵艦隊を全て華麗に破って見せなくてはならない。そうすれば帝国軍上層部も実力を認めざるをえないし、元帥昇進も近くなる。

 同盟第六艦隊は大打撃を被ったが司令部は健在である。ラインハルトは殲滅にこだわらなかったからだ。しかし、第六艦隊末席参謀のラップ少佐が、残存艦艇を残された第二艦隊への応援に送ることを提案したがそれは却下された。

 

 

 さあ、戦場に到達したフィッシャー空母分隊は行動を開始した。

 むろん、急いで艦載機を発進させて第二艦隊を援護にかかる。

 艦載機群の向かった先はたまたま帝国艦隊の中でもシュターデン中将の持つ分艦隊だった。そして何とシュターデン中将はその事実を受け入れられなかった。

 

「そんなはずはない! 敵は前にいるのだ。そんな方角からくるとは、あり得ない!」

 

 対応が鈍く、有効な手を打てないシュターデン艦隊を簡単に叩きのめすと、空母分隊はひとまず第二艦隊との合流を目指す。

 

 それはたったの一歩遅かった。

 急進した帝国艦隊の攻撃が第二艦隊旗艦パトロクロスに届き、その艦橋を貫いた。

 大破されたパトロクロスは、幸運にもそのまま沈むことはなく、全第二艦隊へ向けて通信を送っている。これで第二艦隊はパニックからの瓦解をひとまず逃れる。通信では司令官パエッタ中将が重傷を負ったこと、そのために幕僚であるヤン・ウェンリー准将が指揮をとることが伝えられている。

 

 その後、同盟第二艦隊がとった戦法は二手に分かれての高速逆進、背面合流である。見事なまでに決まった。帝国艦隊が勢いに乗って突入戦法を使ったのを逆手に使ったこともあるが、事前の戦術コンピューターに入力されていた幾つもの予定行動パターンの一つが現実とピタリはまったからだ。

 

 ここから前代未聞の奇妙な陣形が展開される。

 

 帝国側と同盟側、どちらも細長く引き伸ばされた陣形になってしまったのは速度のバラつきがあるから仕方がない。だがそればかりではなく、お互いに相手の後背に食らいついているのだ。その状態で進行している。

 こうなると膠着状態で、一気に勝負は決められない。下手な方向転換は餌食にされるだけである。

 

 だが、まだ艦艇数としては帝国軍の方がだいぶ多い。最初の二万隻から二回の戦いを通して数を減じたが、それでも一万七千隻は残っている。一方の同盟第二艦隊は残り一万四千隻なのだ。この差は大きい。次の行動の主導権は帝国側にある。

 

 ヤン・ウェンリーは疲れた声で言う。

 

「やれやれ、消耗戦なんかになったら、お互いロクなことにならないんじゃないか。さっさと撤退してくれればラクなんだがねえ」

「先輩、消耗戦になったらこっちが負けちゃいますよ。敵さんは他の同盟軍を破ってやる気充分ですから、そうするかも」

「アッテンボロー、ここは同盟領、補給のない帝国艦隊は無理をするわけがないよ。ここまでの戦いで向こうが勝ったといっても物資はだいぶ減っているだろう。もっともどこまでやる気なのかは、こっちから測るすべはないが」

 

 ここで二人の頭によぎることがある。

 先ほどこの第二艦隊へ応援が参入してくれた。おそらく他の同盟艦隊から来たのだろうが、それは空母三百隻、戦艦巡洋艦など五百隻ほどの艦隊だったようだ。この厳しい戦況、それほどの戦力が増加したのはありがたい。

 

 パトロクロスに通信が入った。ちょうど今考えていた応援の艦隊だ。

 

「第四艦隊所属フィッシャー准将です。残念なことに第四艦隊は既に敗退したのですが、小官の部隊は損害がなかったために駆けつけました」

「ヤン・ウェンリーです。なるほど、第四艦隊からでしたか」

「現在の状況を見ますと、敵味方、お互いの後背についていますが、ここで艦を反転させないで戦う方法が一つあります」

「その通りです」

 

 ヤンはもう既にフィッシャーの言うことは分かっている。有力な空母分隊ということなら当然類推できることである。

 

「艦の進行はそのままにしておき、艦載機を発進させて使うのが非常に有効と思われます。幸いこの空母分隊の艦載機は充分残っており、それが可能です」

「お願いします。ぜひ、やって頂きましょう」

 

 そう、艦載機発進なら艦隊を反転させる必要がない。

 

 だがしかし、その作戦についてではなく別な理由でヤンとアッテンボローは目を見合わせた。

 今のフィッシャー准将からの通信画面には、片隅に確かにキャロライン・フォークが映っていたではないか! あの、異才が。

 

 

 フィッシャーの空母分隊から艦載機群が次々飛び立つ。

 同盟艦隊の後方へ飛行すれば、そこへ勝手に帝国軍艦艇がやってくる塩梅だ。

 

 即座に帝国艦艇に取り付いては損害を与えていく。普通ならば、密集した艦隊からの対空砲火によってそんなことはできないだろうが、この場合は違う。何しろ帝国艦艇は方向転換ができないのだ。前に進行し続けるしかない。艦載機にとっては対空砲火の死角をつくことができ、そのため思うさま攻撃を加えられる。

 

 それに対して、帝国艦隊から対抗すべき艦載機の発進はなかった。

 

 本来それを担当するメルカッツはラインハルトの艦載機軽視の発言を忘れていない。もちろん、メルカッツほどの軍人であれば全体の勝利のためわだかまりを解くなど造作もない。しかし、やはり艦載機パイロットの心情を理解しているとは思えない司令官の下にいるというのは事実だ。

 それが、メルカッツに艦載機発進命令を出すのをためらわせた。

 

 帝国艦隊はしたたかに損害をこうむり、同盟第二艦隊より数を減らした段階で最終的な勝利を諦めた。第二艦隊の後背から離脱して撤退する。

 

 

 ヤン・ウェンリーは指揮権を得た時に艦隊将兵に対し、敗けはしないと言い切っている。

 その通り、敗けはしなかったどころか勝利で終わったのだ。

 少なくともこの第二艦隊の戦いにおいては。

 

 このアスターテ会戦全体で見ると損害は同盟軍の方がはるかに大きい。しかし、帝国の同盟領侵攻を防ぎ先に撤退に追い込んだのだという一面がある。。将兵は、帝国艦隊に見事逆転勝利を収めた指揮官ヤン・ウェンリーとはるばる第四艦隊から応援にきた艦隊を心から賞賛した。

 

「奇跡のヤン! 魔術師ヤン! そして第四艦隊の生き残り!」

 

 

 

 会戦の様子をニュースで知った同盟市民も同じだ。

 ヤンの次にフィッシャーの空母分隊も誉めたたえる。ついでのようにキャロラインのことも。

 シェイクリ中尉の大活躍もニュースになり、他の三人のエース、ヒューズ、コーネフ、ポプランをたいそう悔しがらせた。

 

「あのシェイクリの野郎、撃墜一つにつき女のファンを百ダースも増やしやがって」

「ポプラン、お前さんの場合、女のファンに兄と弟と旦那という敵までついてくるからな」

「そいつは少し違うなコーネフ。更に美人の姉と妹がついてくるんだぜ」

 

 切れの悪い返し方をするオリビエ・ポプランに向かって、コーネフが完成したクロスワードをポンと投げた。

 塗りつぶされた枠にはJ・O・K・Eと書かれてあった。

 

 同盟軍はヤンの少将昇進と艦隊司令官就任を決めた。同時に指揮を執るべき同盟軍第十三艦隊を創設した。

 何とその副司令官にはフィッシャーが抜擢される。階級は准将のままだが、艦隊副司令官は少将待遇とされていて実質昇進のようなものだ。

 そしてキャロライン・フォークは大佐に昇進になった。

 しかしまたしても艦長にはならず、引き続きフィッシャーの元での参謀の立場だ。

 

 

 そのころ帝国軍でも人事があった。

 先のアスターテ会戦で帝国軍は同盟に艦艇数二万隻近くという甚大な打撃を与えた。これは大きな功である。

 しかしフォーゲル中将重傷、エルラッハ少将戦死、シュターデン中将軽傷という損害を被ったのも事実である。帰還した艦艇も一万三千隻程度、未帰還は七千隻、通常なら大敗といってよいほどのひどい損耗率だ。

 

 これで帝国軍内ではラインハルト・フォン・ミューゼルは華麗な戦術を駆使して勝ちこそするが、犠牲の多い将という評価が生まれた。

 大軍を指揮するには賭けの要素が強すぎる。せいぜい大将クラスの器である、と。

 

 そのため功があるものの元帥昇進とはならなかった。

 

 ラインハルトの心情をおもんばかって皇帝とリヒテンラーデ侯はラインハルトにローエングラム家の名跡を下賜し、継がせた。

 帝室宮廷としては、侯爵ほどの名門貴族家を名乗らせることは元帥などよりはるかに価値のある褒美としてとらえていたのだ。元帥などは単なる個人の職に過ぎず死んだら終わりなのだが、家柄はそれと違い代々続く至宝なのだ。少なくとも貴族社会では当たり前過ぎて言うまでもないことである。

 だがしかし、それは実力しか欲しくないラインハルトにとり全くの間違いだ。恭しく賜ったものの、ラインハルトの内心は失望に近い。

 

「今回元帥になれなかったのは予想外だ。キルヒアイス、これはとても悔しいな」

「いずれその時期がまいります。ラインハルト様」

「その時期が早く来てほしいものだ」

「他の将帥の実力を考えましたら、その日は必ず訪れるものでございます。ラインハルト様」

 

 それを早めるためにできる限りのことはする。

 ただ待つのは性に合わない。

 ラインハルトは一応、もう一度の出撃を帝国軍三長官に具申はしておいた。その影響が意外な形になって返ってくるのは、間もなくのことであった。

 

 

 

 


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