見つめる先には   作:おゆ

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エピローグ 後日譚2 サビーネの勇気

 

 

 ついに出動だ! 内乱に関与する離脱艦隊を討つ。

 

 今までの迷いを晴らすかのように帝国軍の提督たちは勇躍した。

 ビッテンフェルトの黒色槍騎兵はオーディン出立時間の最短記録を作ったほどだ。

 

「ええい、皇帝の命だ。他の艦隊に後れをとるな。遅い艦は後ろから王虎で撃ち果たすぞ!」

 

 

 

 

 

 同時期、自由惑星同盟でも動きがあるが、もちろん帝国の内乱に呼応したものだ。

 

 この頃にはフェザーン駐留艦隊は一本化されている。

 グリーンヒル元帥が統合作戦本部長としてハイネセンに異動するのに伴い、ついにキャロライン・アッテンボローが同盟軍元帥に就任した。

 同盟第七艦隊と第九艦隊は統合され、番号のないフェザーン駐留艦隊と呼ばれている。

 これは艦隊将兵の感情を考慮してものだ。

 いっそのこと足して第十六艦隊としてはどうかという案もあったが却下された。

 そんな酔狂なことで決められない。

 

 ともあれ、個人的なことであるが司令官であるキャロラインは兄と夫の両方を部下に持つことになった。

 

「なんだか落ち着かない。妙なものだわ」

 

 公式の場ではもちろん兄と夫に対してそれらしく振る舞う。

 

 ただし実際の軍事行動として、フェザーン駐留艦隊はこれまで海賊相手以外に出動したことはない。

 帝国軍とは決して戦わなかった。せっかくの平和をつまらないことで壊してはならない。

 それに加えて、同盟最高評議会から厳命があったのだ。

 

 帝国内の民主化運動に関しても干渉してはならないと。

 

 同盟からの積極的な支援どころか民主化運動を行っている側から要請があっても熟慮するように、というものである。

 これにはむろん同盟政府の深慮がある。

 お手軽に手に入った安易な民主化は根付かない。

 かえって騒乱が長引くという判断だ。キャロラインもヤンも同じ考えを持つ。

 

 ただし民主化運動が弾圧され、市民が虐殺される事態になれば別だ。

 民主共和制を守る軍、自由惑星同盟軍は同盟市民だけのものではなく、帝国の民衆も守るため出動する。

 

 思いの他サビーネ皇帝が民主化に理解があったため、そんな機会はなかった。

 不思議なことではあるがそれが事実だ。

 しかし今、内乱の勃発に伴い、ついにその時になる可能性がある。

 そう判断したからこそキャロラインはフェザーン駐留艦隊一万七千隻を率いて回廊を出た。

 

 

 

 

 一方、帝国軍はミッターマイヤーを総司令として離脱艦隊を撃つために進む。

 

 ミュラー、ビッテンフェルト、メックリンガー、ワーレン、アイゼナッハを加えほぼ三万隻の陣容だ。キルヒアイスはテロを警戒しサビーネの側を離れず、またロイエンタール、ルッツはオーディン周囲の警戒についている。

 

 離脱艦隊の方でもその討伐艦隊の接近を察知した。

 それほどサビーネ支持でまとまってしまっているのは大きな誤算である。多少は離脱側、すなわちエリザベート支持もいるかと思っていたのに。

 

 これではまともに戦えない。

 

 艦数の上でも一万八千対三万の劣勢、しかも指揮能力において雲泥の差があるのは離脱組を率いるアルトリンゲンらもさすがに自覚している。そこまで己惚れてはいない。

 

 そこで対抗手段としてガイエスブルク要塞の奪取を目指した。

 大要塞に立てこもれば容易に攻略はされないはずだ。

 

「まだ終わりではない! 要塞を取って時期を待てば必ず味方は増える!」

 

 しかしこれは余りにも後手に回った。ミッターマイヤーもそれくらいの可能性は考えている。

 討伐艦隊は想像をはるかに超える速度で迫り、ガイエスブルクに離脱組の艦隊が辿り着く前に捉えられる計算となる。そこに立て籠らせはしない。

 

「皆、よく聞け、これはサビーネ陛下の命令だ。帝国の威光を示すため、恥ずかしくない戦いをしろ。敵に勝てるチャンスなど与えるな」

 

 ミッターマイヤーは全艦艇に訓示し、ビッテンフェルトらも大きくうなずく。

 否が応でも士気が高まる。

 

 だがしかし諸提督にはたった一つ、重すぎる懸念があった。戦うのにやぶさかではないが、それがどうしても気になるのだ。

 ワーレンが代表してそのことについてミッターマイヤーに尋ねる。

 

「もしも、あの艦隊どもがエリザベート様を盾にしてきたときにはどうしますか。それに対して撃つのですか」

 

 

 

 

 そう、それこそが問題なのである。

 

 帝国軍は皇族に対していったいどうすればいいのだ。

 取り返しのつかないことになったりしないのか。エリザベートは確かに内乱の旗印であり、赦されるものではない。しかし皇帝サビーネの従妹であり、残されたわずかな皇族なのである。

 

 だがここでミッターマイヤーが言い切った。

 

「心配するな。それについてサビーネ陛下は明言しておられた。考慮の必要なし、とのことだ」

 

 諸将は驚きを隠せない!

 あれほど平和的なサビーネ陛下が従妹であるエリザベートの命など斟酌する必要はないというのだから!

 

 離脱組はガイエスブルク行きを諦めて、もっと近くにあるレンテンベルク要塞を拠点とした。

 その直後に討伐艦隊が襲い掛かる。

 レンテンベルク要塞は艦隊を多くは収容できず、離脱組のほとんどは要塞外での野戦を強いられた。

 

「この猪、味方の隊列を崩す気か!」

「ふん、戦う気がないなら得意のピアノでも弾いていたらどうだ。貴様の艦隊なんかより行進曲の方がまだ役に立つ」

 

 戦いは討伐艦隊の圧倒的力量が発揮され、離脱組を次々と火球に変えていく。

 しかし個人的なことではこの二人の低レベルの会話が続いていた。

 

「貴公のために弾く曲などない! 猪用の子守歌があれば別だが」

「とにかくのろまは後からゆっくり来い。クレッシェンドというやつか?」

「ふざけるな! 猪のくせに適当なことを言ってんじゃない! それを言うならリダルダントだろうが!」

 

 諸提督はこの二人、ビッテンフェルトとメックリンガーの罵り合いを聞いて、もしかすると二人は仲良しなのではないかと思った。

 

 戦いは見る間に進み、ビッテンフェルトの猛進によって離脱組は分断され、更にワーレンに崩されつつある。

 退路はいち早くメックリンガーが断った。

 必死の反撃もミュラーの前に封じられる。

 全体を見ているミッターマイヤーは安心する。諸提督の力量は衰えていない。

 

「やれやれ、口はともかく能力は信頼できる提督たちだ。予定通り勝てるな」

 

 

 

 

 しかしその時、オペレーターが思わぬことを叫ぶ!

 

「右舷方向より艦隊接近!! 総数、およそ一万七千隻!」

「何! どこの艦隊だ!」

「こ、これは敵艦隊です! 戦艦パラミデュース確認、フェザーン駐留艦隊と思われます!」

「何だと! これまでそんなことは無かったではないか!」

 

 ミッターマイヤーは驚愕してしまう。

 油断していたといえばそうだ。しかしこの数年は平和が続き、向こうはフェザーンから決して出てくることはなかった。

 しかしこの時になってあのキャロライン、無敵の女提督がやってきたとは!

 

「緊急警戒!! メックリンガー、ワーレンは回頭して備えろ! ビッテンフェルトは離脱組が息を吹き返す前に叩きのめせ! いいか、時間が勝負だ。現在は時間差をつけた挟撃に遭い、態勢も艦数もこっちが大幅に不利だ」

 

 諸将は一斉に緊張する。ミッターマイヤーの順当な指示に従い、素早く陣形を整える。

 戦いは離脱組と連携されたらかなり苦しいものとなる。

 最悪ここで自分たちが撃滅されたら帝国の行く末はどうなるのか。

 

 しかし、そんな帝国諸提督の懸念をよそにフェザーン駐留艦隊は戦いに加わろうとしなかった。

 あくまで傍観を続ける。

 キャロラインは市民と関係ない帝国の内戦に関与するつもりはなかったのである。

 やがて離脱艦隊が殲滅させられるとフェザーンに帰っていった。

 

 討伐艦隊は艦隊戦を終わらせ、アルトリンゲンらを敗死させることでその野心に報いをくれてやる。そして次にレンテンベルク要塞の攻略にかかった。

 白兵戦の末に制圧し、途中でエリザベート・フォン・ブラウンシュバイクを捕らえたのだ。

 

 ミッターマイヤーはそのエリザベートを自分の旗艦ベイオウルフに乗せ、丁重にオーディンへ連れ帰った。

 もちろん罪人としてではなく皇族としてだ。

 ミッターマイヤーの真摯さが現れたためではあるが、それだけが理由でもない。

 

 不思議なことにエリザベート嬢はおとなしく、とても慎み深いものだったのだ。

 

 世間ではエリザベートのことをこう言っている。

 

「皇帝になる最後のチャンスに賭けた馬鹿な女」

「欲望に駆られたあさましい女」

 

 ミッターマイヤーには全くそうは見えない!!

 むしろこんなに質素を好み、心遣いのできる令嬢は見たことがないほどだ。

 

 少しでもエリザベートを知る者はそんな悪口に対して全力で否定することになるものだが、ミッタ―マイヤーも当然その一人になった。

 

 

 

 戦いの結果が報じられるとオーディンでは守旧派が次々と排除される。

 皇帝に対する大逆の側に組したのだ。問答無用である。どんなに功のある官僚でも、どんな名門の貴族でも容赦はない。少しでも抵抗するものは収監された。

 それは徹底されたもので、この後二度と守旧派の武力抵抗が起きることはなかった。

 

 そしてオーディンに連れ帰られたエリザベートは処断されるしかない。大逆罪にはそれしか考えられないからだ。

 処罰の前にエリザベートは皇帝サビーネと謁見した。それはサビーネから望んだことだ。

 

 エリザベートとサビーネは視線を合わせ、二人だけに分かる何事かを語り合ったように見えたという。その静かな様子が記録されている。

 それは誰にも伺い知ることのできない何事かであった。

 

 

 

 それから処罰までの数日、エリザベートは静かに本を読んで過ごした。

 

 処罰の寸前までそうしていた。

 ついに呼ばれた時、読みかけの本に手にした栞をそっと挟み込んだ。

 その栞はいつぞや安全保障局長という人物から渡されたものだ。今でも白金細工と小さなアメシストが光っている。

 

 しかしもうエリザベートは本の続きを読むことはない。思い直し、栞を外して手の平に持つ。

 本を優しく戸棚に戻し、そして向かった。

 

 こうして、ゴールデンバウム王朝の血を引き継ぐ穏やかで優しい嬢が消えた。

 

 

 

 

 次に起こった帝国の政変は、民主化運動の大規模なデモと行政府の占拠である。

 堤防が決壊するように、そこまで意識は変わっていたのだ。

 この事態に対しても皇帝サビーネは変わらず宥和的な態度に出る。

 憲兵や軍に対して絶対に発砲を禁じた。

 

「民衆を傷つけてはなりません。これは皇帝としての決して変わらない命令です」

 

 さすがにこれは帝国の崩壊に近いもので、あまりのサビーネの弱腰に平民出身の一般兵からも不満の声が相次いだが、サビーネは全て押し切った。

 そして民主化運動のリーダーたちと話し合いを持つ。

 誰しもが帝国の終焉が近いことを感じ取った。

 

 

 ついに皇帝サビーネは最終的な判断を伝える!

 

「わたくし、サビーネ・フォン・ゴールデンバウムは退位します。次の皇帝は立てません」

 

 こんな驚くべきニュースはない!!

 次に皇帝はいない。つまり、それは帝政が終わるということを意味する。。

 銀河帝国は征服されるのでもなく、簒奪でもなく、退位によって終わりを告げるのだ。

 これを誰が予想できただろうか。

 

 政治的な激動が予期されたが、これは予想よりはるかに少ない混乱で済んだ。

 国務尚書マリーンドルフ伯、軍務尚書キルヒアイスはもとよりエルスハイマー、シュトライトなど多くの官僚は暫定で慰留される。軍部の体制もまた変更なしとされた。

 誰もがまだ完全には理解できていない民主体制なるものまで混乱をきたさないこと、これをサビーネは退位の条件として根回ししていたのだ。非常に穏やかで、流血のない帝国の終焉とするために。

 

 それから更に一年が過ぎた。

 

 元皇帝サビーネは風光明媚な惑星を一つ領地として貰い、そこに移住した。他の歴代皇室の貯えた膨大な財貨を全て失っている。いやむしろサビーネは新しく出発する国を祝福するようにそれらを与えたのだ。

 

 歴史上、民主化の際に処刑される皇帝や貴族は多い。

 しかしこの場合は違う。

 

 皇帝は流血を避け対話を望んだのだ。それはあまりに徹底していた。

 そんなサビーネを尊敬する者はいるが害そうという者などいるはずがない!

 サビーネの従者、リッテンハイム家にそれでも従うわずかな貴族、やがてキルヒアイスとアンネローゼの夫妻も一緒に移住する。

 その惑星はケーニヒス・ガルテン、王の庭と呼ばれた。

 それから長い年月が流れてもなお、その住民たちは銀河帝国最後の皇帝が過ごしたこの惑星を大いに誇りにするのだった。

 

 

 

 

 むろん全てが平和ではない。

 民主化運動は帝国を激変させ、政治的に細かな違いで生ずるグループ同士の衝突も少なからずあった。

 それを注目しながら自由惑星同盟は人道的な干渉だけは行う。

 キャロラインもヤンもヒマということはない。

 

 軍事的事件もたびたび生じた。そういった政変の際には自分たちの名声を得るため、暫定権力者は無謀な外征を企てる、歴史にはよくあることだ。

 たとえ思想が民主化されて同盟に近づいても、それで戦いが起こらないということはない。いくらでも国家の間の火種はある。

 

 フェザーン回廊に元帝国軍が攻め込んでくることも再三に及んだ。

 もちろんイゼルローン回廊にも戦乱はあるがそちらはイゼルローン要塞の存在がある。当然攻める側はほとんどフェザーン回廊を狙うのだ。

 それらに対してキャロラインとフェザーン駐留艦隊は出撃し、どんな手で攻めてきた相手であってもその全てに勝った。フェザーン回廊は鉄壁となって軍勢を拒んだ。わずかな回数のみ突破を許したこともあったが、必ずハイネセンへの手前で撃滅した。

 

 無敵の女提督は最後まで無敵だったのだ。

 

 もちろん、夫のアッテンボローはそんな戦いをネタに本を書き連ねている。

 実は自分で思ったほど売れていないのだが、そのことには目をつむっている。書くこと自体が伊達と酔狂なのだろう。

 その本が高い評価を得るのはずっと後のことになる。

 人類社会が落ち着いて、過去の歴史に目を向けるようになってからのことだ。

 

 

 

 

 ついに人類社会にとって重大な日が来る!

 

 旧帝国の民主化が一定のレベルに達し、人類社会が再統合される時がやってきた。

 

 ここに戦いのない単一国家、汎銀河連邦共和国が誕生した。

 その首都星はフェザーン、かつてシルヴァーベルヒの描いた壮大な都市が宇宙の中心になる。

 

 それはヤン・ウェンリーやキャロライン、ラインハルト、諸提督の戦った光と熱の伝説から実に40年もの月日が流れた後のことである。

 

 ユリアン・ミンツ元帥らの時代を待たねばならなかった。

 

 

 

 




 
 
次回、エピローグ3つめで本作品は終わります。

サビーネの行動、その理由、全ての秘密が説明されます。

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