見つめる先には   作:おゆ

105 / 107
エピローグ 後日譚1 帝国の内乱再び

 

 

 ラインハルトの死後、サビーネ皇帝は悲しみを乗り越え、政治を執り行っている。

 しかも力の限り善政だ。

 

 税は一層公平になり、社会保障は充実していった。

 貴族の特権というものも今ではだいぶ縮小された。。

 

 帝国社会は力強く前進し、再び栄華を取り戻さんとしている。人々は明るい表情でそれを謳歌している。

 

 

 帝国軍の人事でいえば順当にキルヒアイスが元帥に就任し、同時に軍務尚書の地位に就いている。

 

 それぞれの将もまた階級が上がっている。

 ミッターマイヤー、ロイエンタールは上級大将、他の艦隊司令官は大将とされる。

 そして新たな体制とした上で、必ずなすべきことがあるのだ。

 

 今度からはおそらく帝国が防衛戦に回る番になる。

 艦隊の再編と防衛拠点の整備に怠りがあってはならない。

 

 

 

 

 しかし、結局のところ帝国軍と同盟軍が大会戦を展開することはなかった。

 帝国の方がそれどころではなくなったからである。

 いかにサビーネ皇帝が善政を敷こうと芽吹いた民主化の政治運動が収まることはない。

 単純な生活の質に対する欲求ならば対処も簡単だったかもしれない。

 

 しかし、この場合は根本的に意味が違う。自分たち民衆が政治の主体になる、というものだから。帝国の在り方とは相いれるはずがない。

 

 

 この運動に対し帝国の行政当局者は当然の反応をした。

 思想犯は徹底的に取り締まり、弾劾し、草の根分けてでも思想的汚染の元を探る。そして丸ごと圧し潰す。

 それが帝国を五百年存続させてきた。正に帝国の根幹、国是である。

 

 ところがこれにサビーネ皇帝自身が異を唱えたので話が難しくなる。

 

「それらの者を牢に入れてはなりません。先ずは話し合いましょう。思想で罪になるとはわたくしには思えません」

 

 これは帝国行政と正面とぶつかる問題だ。

 官僚たちはサビーネを説得しようと幾度も試みたが、どうしたわけかサビーネはこの件に関し譲る気配がなかった。

 もちろん危険な暴力思想、テロ行為に関係するものにはサビーネも容赦はない。むしろその取り締まりを厳命している。それに応え、有能なハイドリッヒ・ラングやケスラーが腕を振るい、社会不安が必要以上に高まることはない。

 

 

 民主化運動とはいってもその思想には大きな幅がある。率いる者も様々だ。

 単なる学生、医者、政治家、ならず者もいる。夢想家、口先だけの者、騒ぎの好きな者、様々だ。

 サビーネは明らかにおかしい結社を弾圧し捕縛させた。

 しかし、真っ当な政治運動グループに対しては話し合う態度を示した。

 

 民主化運動をする側はそんな帝国の態度を怪しんだ。

 

 柔らかい態度を見せ、油断させ、誘き出すつもりではないのかと。その後叩き潰すつもりではないか。

 帝国の法では思想犯は絶対的な悪だ。単なる犯罪などと比べられるものではなく、どんな卑劣な手を使って叩き潰してもおかしくはない。

 

 そんな民主化運動側の猜疑心をサビーネは充分に理解し、それを取り払う行動をした。

 

 何とサビーネの側から歩み寄った!

 

 ノイエ・サンスーシーに呼びつけるのでも帝国の歴史上あり得るべきではないのに、なんとサビーネ自身がノイエ・サンスーシーの外まで出ていったのだ。

 

「話を聞きましょう。どんなことを考え、何を望み、どういった方策があるのかを」

 

 

 皇帝と貴族の間にさえ冠絶した差がある。

 まして平民とは! 姿を見られる距離にいることさえここ数百年はなかった。

 

 まして会話など!

 皇帝が出ていき、平民と話をするとは天地が逆になってもあり得ない夢物語だ。

 

「お止め下さい陛下! テロの可能性があります。自殺行為です。私は帝国のためになんとしてもお止めいたします」

 

 そういう近衛隊長キスリングを押しのけてまでサビーネは話し合いに臨む。

 

 

 民主化を求める側は当初、影武者が来て一網打尽にでもするのかと思った。

 

 しかし皇帝本人と知ると驚嘆してしまう。

 その血筋、高貴さ、そしてなによりテロを恐れず話し合いに臨む気迫、人としての志の高さがあまりに高く、圧倒されてひれ伏すばかりだ。

 話し合いの成果とは別のところでこのグループはサビーネ皇帝を崇め奉り、その信者とも言うべき状態になったという。

 

 ともあれ銀河帝国に憲法の制定、議会の開設が皇帝の名で決定された。

 

 もちろん、帝国貴族、官僚の反発は凄まじい!

 

「皇帝陛下はお気が触れられた! もはや正常ではない!」

「恐らく夫君陛下を亡くされたショックが大きかったのだ。錯乱されておられる。気丈に見えたのは形だけだったのだ」

「こうなればいっそ帝国のため、お隠しあそばすべきだろう。汚名を着る前にそうした方がサビーネ陛下の御為でもある。そうではないか」

 

 こういう危険な芽が生まれる。

 帝国の守旧派にとっては帝国のためという大義名分があるのだ。

 皇帝のための帝国、それなのに皇帝サビーネが危険に晒されているとは。

 

 厄介なのは本気で帝国のためと信じている人間が多いところである。

 どんな手段を使うかわからない。

 サビーネに対する反乱行為、テロ行為に対して、軍務尚書キルヒアイスが断固としてこれを阻んだ。

 戦艦バルバロッサをノイエ・サンスーシーまで持ってきて圧力をかけたり、また実際にサビーネ皇帝に座乗してもらい危機を逃れたことも一度や二度ではない。

 

 

 

 ついに民主化運動は憲法などでは収まらないところまで来た。オイゲン・リヒターやカール・ブラッケの社会のついての論説が取り締まりようもなく幅広く読まれている。

 

 そしてついに流血の事件が勃発する。

 

 帝国内に未だ少数残っていた貴族領惑星の住民が反乱を起こした。

 単に重税を理由としたものではない。

 住民の自治を要求したものだ。詳しい調査では、破壊、略奪はなく、民主化を隠れ蓑にした暴動ではない。

 

 そうと知るとまたもやサビーネは対話を望んだ。

 

 実際にその代表が死を覚悟でオーディンに来て、対話し、殺されることなく惑星に戻れた。驚きのことだ。

 ますますもってそういう事件が加速度的に増えていく。

 帝国軍はそれに対し動きがとれない。ルドルフ大帝以来の秩序を守る。これが帝国軍、しかし皇帝自身が軍の派遣を禁じたのだ。

 帝国軍が皇帝の軍である以上、それでは動けるはずがない。

 

 

 諸提督たちは不安の中にあった。

 

「帝国が壊れていくようだ。ミッターマイヤー、どう思う」

「どうもこうもない。何ともいえん。俺も正直不安だ」

「そうだな。これまでは不謹慎かもしれんが俺だってゴールデンバウム王朝などどうでもいいと思っていたが、いざ壊れかけるとどうしていいかわからんものだな」

「それは不敬だぞ。ロイエンタール。だが俺も同じ意見だ。このまま王朝が続くのがいいことなのか、正直自信がない。しかし社会の秩序が壊れ、行く末がはっきりしないのもたまらん」

 

 ミッターマイヤーとロイエンタールのこの会話に集約される。

 帝国の体制が変わりつつあるのは足元が崩れるような不気味さがある。

 

 いままでどんな敵と戦ってもそんなことは感じることはなかったのに。

 改めて思い知る

 自分たちは人についていたのだ。少なくとも帝政保持という思想ではない。

 

 これまではラインハルト・フォン・ローエングラムという輝く恒星について行けばよかったのだ。

 その毅然と指し示す方に向かい、力の限り戦えばいいだけの話だった。

 しかし、もうラインハルトは亡く、サビーネ皇帝は帝国の帝政そのものの変動をただ眺めている。

 だから不安なのだ。

 

 

 むろん他の提督たちも同じである。

 

「歴史そのものが芸術だ」

 

 などというメックリンガーも不安なことは同じである。

 

「別に考える必要などない。皇帝が戦えと言う時に戦うだけだ。他に何がある」

 

 そういうビッテンフェルトの単純さを皆はうらやましがった。

 

 皇帝の指示に従い、戦う時に戦い、戦わない時には戦わない。それは正論だ。艦隊司令官としてはそうあるべきだろう。

 しかしそんなに単純なわけがない。提督たちは帝国のために戦うのを誇りとする。しかし帝政を護持するためと思ったことはないし、しかしながら民主化してほしいと願ったこともない。どちらかというと気持ち的には平民寄りであり、今の帝国軍は昔のような貴族が威張る軍ではなくなったのだが、そのくらいで収まれば不安はなかったのに。

 

 

 

 そんな迷いを断ち切る事件が起きた!

 

 ついに守旧派の貴族、官僚の側から反撃の狼煙が上がったのだ!

 

「このままでは帝国が壊れる。帝国を守ろうとする愛国心あるものは集い、実力をもって帝国の栄光を取り戻そうではないか」

 

 帝国軍は崩れ、離脱が相次いだ。

 それはまだまだ帝国軍に貴族の士官は多かったからである。もちろん彼らは司令官の迷いとは無縁であり、帝政守護を善と信じている。それだけではなく昔気質の帝国軍人はこぞって古き良き帝国を望んでいたのだ。

 

 そしてこれらの動きに対しミッターマイヤーたち諸提督も断固とした処置を取れず後手に回った。

 帝国軍同士で潰し合うのはごめんだ。そういう思いがあった。

 

 

 離脱組は何と一万八千隻にまで及んだ。

 それらは烏合の衆といったものであるが、ここで一定の軍の形をなした。

 意外なことに賛同する将が現れたのだ! 。カルナップ、アルトリンゲン、ヴァーゲンザイルといった将がそれら組織化し、率いている。

 

 これを聞いたロイエンタールは事態の深刻化を憂えるどころか失笑して言った。

 

「野心ばかりで実力もない二流の役者が、自分の舞台だと勘違いして踊り出したか。これで良心の呵責なく行動できる。俺としては歓迎としか言いようがない」

 

 それらの将たちの単純な野心を見透かした辛辣な批評である。

 

 

 だがしかし、対応を考える前に事態は驚くべき方向に進んだ。

 なんとその守旧派が政治的な妙手を打ったのだ!

 

「もはやサビーネ皇帝は乱心されている! そこで、やむなく我々は銀河帝国を守るため、新皇帝を樹立することを宣言する」

 

 そんな宣言をしてのけたではないか。

 

「ルドルフ大帝の血筋を引く正式な後継者が帝国を受け継ぐ。エリザベート・フォン・ブラウンシュバイク様が新銀河帝国皇帝に即位する」

 

 

 これには誰もが驚いた!!

 

 ただの反乱でも逃亡でもテロでもなくなった!

 根本的に意味が違う。それは皇帝の座を争っての内乱になった。

 

 事実、エリザベートはいつの間にかオーディンを脱し、離脱艦隊にいるのが確認された。

 

 帝国は大混乱に陥り、多くの守旧派と言われる人々がエリザベートの側に立つことを宣言した。最近の失墜に忸怩たる思いをしていた元貴族、加えて憲法や議会というものに反発する官僚が守旧派を構成する。

 

「銀河帝国のためにエリザベート様につく!」

「そうだ、帝国をあんな弱腰皇帝に任せてなどいられない! エリザベート様万歳!」

 

 この弱腰皇帝というのが長いことサビーネの蔑称になった。民主化勢力を取り締まるどころか、かえってその意見を取り入れるところが弱腰にしか見えなかったのだ。実際はどれほどサビーネが熟慮を強いられ、激務の中決断をし続けていたかも知らずに。

 

 

 ともあれ内乱となれば実際の軍権を持っているものの判断が注目される。

 その考え一つで誰が皇帝か決まり、帝国の行く末もまた決定する。

 

 ここで軍務尚書キルヒアイスは皇帝にサビーネしか認めないことをきっちり明言した。

 

 しかしながら実際の戦力を把握しているのは各艦隊の提督たちである。

 するとたった一人の例外もなく軍務尚書キルヒアイスに従うことを示した。付和雷同ではなく、全員が自分でそう決めたのだ。

 離脱組を除く帝国軍の本流はサビーネを支持する、それが決まった。

 

 次にはサビーネ皇帝の出方が注目される。

 

 即時戦いによって内乱の決着をつけるのか。

 あるいは弱腰皇帝らしく政治を投げ出して退位するのか。柔軟過ぎる態度を示してきたサビーネにはありそうに思われた。

 とにかく帝国に皇帝は一人、これだけは決まっている。

 

 

 ところが意外なことにサビーネは長く静観の姿勢を取り続けた。

 

 それで離脱艦隊の方がしびれを切らしてしまい、暫定的に民主化と自治を成し遂げた惑星を襲撃し「旧来の正しい秩序」に戻そうとした。行動によって守旧派の守旧派たるゆえんを示しにかかった。

 旧貴族は単純な感情の発露であり、アルトリンゲンなどの将は拠点を欲していたという事情もある。

 

 

 報告で惑星住民への略奪、殺害がはっきりするとそこからサビーネ皇帝は動きだす。

 

「軍務尚書キルヒアイス、銀河帝国皇帝としてサビーネがしかと命じます。反乱を起こし、皇帝擁立という大逆を企て、あまつさえ臣民に害を加えた軍勢をこのままにしてはおきません。速やかに鉄槌を下し、この宇宙から消してしまいなさい」

「承りました。必ずや成し遂げましょう。サビーネ陛下」

 

 ノイエ・サンスーシーの黒真珠の間で、公式に命令が伝えられたのだ。

 

 ついに帝国軍が出動する!

 守旧派、つまりエリザべート派とその艦隊を叩くのだ。

 

 

 

 この時、実は遠く離れたところでも動きがあった。

 

 フェザーンに駐留する同盟艦隊が準備を整え、密やかに回廊を抜け、帝国領を進んでいる。

 率いるのはもちろん駐留艦隊司令官キャロライン・フォークである。

 

 

 

 




 
 
 
ああ、哀しみのエリザベート!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。