見つめる先には   作:おゆ

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第十話  宇宙暦795年 十月 戦う空母

 

 

 しかし、穏やかな訓練航海の日々は急に終わることになる。

 急遽出動命令が下ったのだ。

 

 イゼルローン回廊を抜け帝国艦隊二万隻が侵攻!

 この情報を受けて迎え撃つために同盟軍が動き出す。それは当然であり、早期に阻まなければ有人惑星が被害に遭う。市民が連れ去られ、思想矯正の名目で農奴にさせられてしまう。

 この空母が所属している第四艦隊はその任務の一翼を命ぜられた。

 

 会戦予定宙域はアスターテ星域近辺。

 

 キャロラインはわずか興奮する。

 それには理由があり、アスターテはイゼルローン回廊からかなり同盟領に入っている。これまでの戦いとは違う。同盟領とその民衆を守るための戦いに出るのだ。

 

 

 だが、アスターテ近くまで航行してもこの第四艦隊一万二千隻しか見当たらない。スクリーンに他の艦隊は映らない。これは妙なことで、一緒に出撃したと聞いている第二、第六艦隊はどこにいるのか。

 キャロラインは第二、第六艦隊は何か別の作戦をしていて、帝国軍を分断でもしているのかも知れず、ここ第四艦隊にはそれ相応の帝国艦隊しか来ないのよ、と思っていた。

 

 大間違いだった!

 

 いきなり警報が鳴り、艦橋のメインスクリーンをアップにして見ると第四艦隊の後背方向に帝国艦隊がいる!

 問題はその数、二万隻の大艦隊で迫ってくるではないか。

 索敵はどうしたのか。後背に付かれるとはあまりに不利な態勢、こちらは何も準備もできていない。

 それ以前に味方の同盟艦隊はどうしたのか。

 これはどうしたって負ける。もはやそれは明らか、何もかも不利なのだ。

 

 艦橋にいる全員が暗澹たる気分になった。

 第四艦隊司令官のパストーレ中将からは「迎撃準備! 他の同盟艦隊には応援を要請した、持ちこたえるんだ」という至極当然であり、実行は無理である命令がきた。

 

「敵の司令官は若くて経験も少ない。戦いというものを教えてやれ。全艦攻撃用意!」

 

 しかしパストーレ中将の認識は全く間違っていた。

 帝国艦隊は実に迅い。それだけではなく的確に仕掛けてくる。指揮官の能力はずば抜けて高い。

 

 同盟第四艦隊は回頭して態勢を立て直す暇もなく、艦隊の結節点を撃ち抜かれ態勢がばらばらに崩れ、混乱している間に次々と撃ち減らされていく。

 これは一方的な戦いだ。

 爆散が相次ぎ、宙域は元同盟軍艦艇とその将兵を構成していた物質の破片で満たされていく。すっかり爆散して蒸発した方が、中途半端な肉片よりも残虐さを残していないのは皮肉なことだ。

 

 

 幸いなことにキャロラインのいるこの空母分隊は帝国艦隊から見て比較的遠い位置にいたのでまだ被害はない。

 しかし、護衛の艦がなくなればむしろ狙い撃ちにされてしまうだろう。空母は艦載機以外の武装はなく、防御も弱い。砲撃戦に巻き込まれると実に脆弱な艦なのだ。

 

 艦隊の混乱がますます激しくなり、第四艦隊は崩れる一方だ。

 しかし空母部隊に対して艦載機発進の命令は出ない。どのみちまだ接近戦ではないので命令が出るはずもない。

 

 ついに第四艦隊の旗艦が被弾した。

 艦隊司令部は怪我人であふれ、パストーレ中将だけではなくその幕僚も指揮ができる状況ではなくなった。

 

 こんな状況ではもはや艦隊戦は各分艦隊、あるいは各分隊クラスで対応するしかない。もちろんこの空母分隊もフィッシャー准将が指揮することになる。

 フィッシャーの考えは決まっている。

 味方を援護しながら損害を少なくして撤退し、なるべく早く第二あるいは第六艦隊へ合流したい。

 しかし状況は悪化する一方である。帝国艦隊は同盟軍の指揮系統の乱れに乗じてますます活発に攻撃してくる。これは逃げ切ることもできず、空母分隊が攻撃に晒されるのも時間の問題である。フィッシャーの見事な艦隊運動で統率はとれているが、それだけである。

 

 キャロラインはもちろんのことルイシコフもフィールズも刻々と変わる情勢に合わせ、忙しく進路計算をこなしていく。困難な作業だがやらねばならない。しかしそれだけをうまくやりとげても、このままではこの部隊も艦も、いけない。

 

 

 フィッシャー准将は唐突に航海部からの意見具申を聞いた。

 

「航海部キャロライン・フォーク中佐であります。分隊の作戦行動についての意見を申し上げたく思います」

 

 フィッシャーは何だろう、という顔はしたが遮らず聞く姿勢をとった。

 一方のキャロラインは安堵した。やはりこのフィッシャー准将は理知的な人だ。感情をぶつけるタイプではない。

 

「艦隊戦がますます不利になる中、撤退も困難になっています。そこでいったん逆撃を行う策を用いてはいかがでしょうか」

 

 

 

 帝国艦隊は同盟軍艦隊の中に三百隻の空母分隊がいるのをようやく発見した。整然と遊弋している。

 これは格好の獲物ではないか!

 撃滅すれば大戦果だ。

 

 とり急ぎ帝国艦隊から五百隻ほど分かれ、それに向かう。

 ところが空母の脇に隠れていた戦艦の長距離砲にたちまち打ち崩されてしまう。

 艦列が乱れたところをいいように撃たれて爆散させられる。完全な不意打ちであり、獲物に目がくらんだところを叩かれてしまった。いったん退却せざるを得ない。

 

 もう一度向かおうとしても、また別な方向から長距離砲を撃たれる。あざとい真似を!

 この報告が帝国艦隊のフォーゲル中将の耳に入る。フォーゲルは急ぎ二千隻ほどをとりまとめ、その小癪な敵空母分隊に向かう。

 その場に近くなると、なるほど空母が三百隻ばかりもいた。

 なるほど向こうはそれを必死に護衛しているのか。まあ、それもそうだろう。しかし護衛といっても多いはずはない。この二千隻が油断せず行軍し、数で圧倒すればそんな抵抗など何ほどのこともない。

 フォーゲルは固く陣を組んで接近するという程度の才はあった。

 

 そうしているうちに空母から艦載機が次々発進しているのが見えたではないか。

 このままでは空になった空母を撃滅するだけになり、せっかくのおいしい獲物が戦果としてはだいぶ目減りする。

 

 フォーゲルは強行突撃を図った。

 これこそがキャロラインとフィッシャーの思うつぼなのだ。

 

 空母は単なるエサである。

 これに釣られて攻めてくるのなら、その直線経路がわかっている以上、そこへ狙点を固定しておけば簡単に命中させられる。戦艦はフィッシャーが近隣の艦隊に策を持ち掛けて参加してもらった。

 それは決して多くはないが、それさえも巧妙な策のうちなのだ! 待ち伏せで圧倒してしまえばそれ以上近寄ってこなくなる。だから強行突破できると信じさせるくらいの少数がいい。

 

 それでもエサに食いつきが悪ければ、艦載機発進を見せるという更なる美味も用意していた。

 普通に考えればこの長距離からの艦載機発進はあり得ないことだ。だが攻める気に逸っている時にはそこまで思い至らないものである。

 艦載機に擬態行動をさせた。

 各艦載機は空母を発艦してはくるりとまわって空母の陰につき、また空母から発艦しているような擬態を繰り返し行う。これならどんどん派手に発艦しているようにいくらでも演技できる。

 

 フォーゲル少将の帝国艦二千隻は大打撃を受けて後退することになった。適切な迂回行動ができるほどの才がなく、またその終盤で不運にも旗艦へ直撃が当たり、重傷を負ってしまう。

 

 

 フィッシャーとキャロラインの空母分隊はこれでいったんは安心、砲撃戦でやられることはなさそうだ。

 だが、ほっと休む暇も与えられはしなかった。

 次には帝国側の艦載機が向かって来るのが見えたではないか!

 

 こうして次なる戦いは近接戦闘へ変わる。

 この空母部隊も急ぎ本当に艦載機を発進させ、迎撃に向かわせる。

 

 キャロラインの策によりこれまで同盟艦隊に空母と艦載機の損失はない。

 結果的に帝国側艦載機の数にそう大した差はないものが用意できる以上、あとはパイロットの腕と気迫の勝負だ。

 ドッグファイトはだいぶこちらに分がありそうに見え、明らかに操縦技量が上回っている。

 キャロラインの聞いたシェイクリ中尉というのは同盟軍最強クラスのエースなのは間違いない。

 

 それに、どうも帝国側は積極性に欠ける。これには事情があった。

 得意の近接戦闘を仕掛けてきた帝国軍メルカッツ中将は、移動して新戦場へ向かわなければならないのがわかっているのだ。勝ってその場に留まるのなら艦載機の収容のことは考えなくてよい。しかし、戦闘後すぐに移動するなら艦載機を取り残してはいけない。絶対に空母を配置して取りこぼさないようにしなくては。

 

 

 帝国艦隊総司令官ラインハルトはその様子にいらいらしていた。

 初めはなるほどメルカッツの手腕に感嘆した。見事な近接戦闘だと。その浸食の速さは目を見張るべきものであり、さすがに老練な指揮官だと評価が高いのもうなずける。

 しかし、近接戦闘は局面打開や掃討戦には向いていても、こういう場合には使うべき策ではなかった。

 艦載機発進、補給、収容、というステップが欠かせない。

 

 ラインハルトの予定ではこの同盟第四艦隊を打ち倒したら、すぐに移動しなければならないのだ。神経を使う艦載機戦などではなく、砲戦のみに徹したほうがよかった。雑でもいいから大まかに打ち破ればそれでいい。

 ラインハルトはそれでついメルカッツへ厳しいことを言ってしまった。

 

「メルカッツ提督、近接戦闘の妙を見せてもらった。さすがだ。しかし新戦場へ向かうのがわかっている以上、そういった戦法に使う時間のゆとりはない。できる限りの艦載機を収容したら遅滞なく本隊と共に発進するように」

 

 言外に批判めいている。

 それだけならまだいい。その言葉では全ての艦載機とは言っていない。その正確な意味合いは遅れるような艦載機は戦場に捨てていけ、ということだ。

 メルカッツはそう命じられ、軍人である以上その合理性も理解できる。

 しかし納得しきれるものではない。

 

 艦載機パイロットが敵中に取り残されるということがどういうことなのか、このラインハルトという才気走った若者が理解していないのがどうしても気になる。

 

 パイロットは味方の空母がいると信じればこそ宇宙に飛び立っていけるのだ。

 

 恐怖に打ち勝ち、たった一人で宇宙に戦う勇者たちには心の支えが必要だ。

 パイロットは味方を信頼しているから戦える。更に言えば、メルカッツの近接戦闘指揮が見事なのは、パイロットの方がメルカッツという人間を信頼しているからこそ、心おきなく戦える賜物なのだ。

 宇宙を飛ぶ孤独な勇者たちには相応の尊敬があってしかるべきであろう。この若い総司令官は疑いなく天才的な能力を持つが、本当に末端の者の心情がわかっているのか。

 

 ラインハルトとメルカッツの間の微妙な亀裂はこのアスターテに始まった。

 

 それはついに最後まで修復されることはなかったのである。それが歴史にどんな形で影響するのか、まだ誰も知らない。

 

 

 

 


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