見つめる先には   作:おゆ

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第一章 星空の中へ
第一話  宇宙暦794年 六月 士官学校


 

 

「注意して下さい。敵艦隊が左翼から攻勢を強めています。防御負荷過大です」

 

 スピーカーからそんな機械音声が聞こえてくる。

 作戦はうまくいった。それが思うツボ、敵は引っかかってくれた。

 

「左翼は防御に集中し、そのままゆっくり後方へ退いていくこと。同時に右翼は急速前進、敵を包み込んでいって。どうせ敵は退きはしない」

「報告します。敵の別動隊が艦隊後方に潜んでいました。あと30分で接触の予定」

 

 私は落ち着いて命令を返した。ふふ、そんなことは初めから予期している。

 全体の動きから既に明らかだわ。

 というより他に手がないところに追い込んでいるのよ。

 それにしても、もう少し早かったら敵としても混戦に持ち込めたかもしれないのに、決定戦力だから決定機に、というのが考えとして硬い。もちろんそれを見切っているからそうさせたのだけれど。

 

「敵の中央部に火力を集中、回頭を阻止するだけでいいわ。その隙に右翼はそのまま旋回して包囲を続けて」

 

 これでいい。この通り動けばもう少しで包囲は完成する。そうすれば横撃をかけて一方的な展開に持ち込める。

 

「報告します。斜め後方より敵別動隊急速接近、予想する進路、当司令部付近と思われます」

 

 向こうは別動隊を駆使し、それに望みをかけている分かえって動きが鈍くなっている。本末転倒というものよ。間に合わない別動隊など意味はないわ。

 私は戦況を伝えてくる機械音声に向けて、最終的な命令を伝える。

 

「最終局面として右翼は攻撃をいっそう強化、当司令部は敵中央部に開けた突破口から前進し背面に向かうわ。後退した左翼は砲撃を間断なく続け敵別動隊の牽制を」

 

 こちらは包囲完成だ。損耗率も理想的、どんどん差が開き勝利は間違いない。

 

 予期した時間に機械音声が告げてくる。艦隊戦シミュレーションの終了とその正確な判定だ。

 

「規定損耗率に達しました。対戦シミュレーション終了します。勝者キャロライン・フォーク 損耗率22%、敗者フレデリカ・グリーンヒル 損耗率35%」

 

 

 囲んだギャラリーから一斉に緊張の終わったため息が聞こえる。

 

「あ~、またキャロルね」「なんであんなに強いの」「無敵の女提督、誰も勝てないわよ」

 

 女性士官学校の艦隊戦シミュレータールーム、模擬戦が行われるときにはギャラリーが付くものだ。

 今日は特にギャラリーが多い。

 壁際までぎゅう詰めだ。

 それもそのはず、この艦隊戦シミュレーションの一戦に女性士官学校卒業席次の一位がかかっていたからだ。長い女性士官学校もいよいよ卒業間近、、成績のトップ争いはほんの僅差で、これで決まる。二人とも気合い充分だったが勝負は私が躱し切った。

 

「負けたわ。これで入学以来、シミュレーションは一分け三敗ね。おめでとう、キャロル。あなたが首席卒業よ」

 

 フレデリカ・グリーンヒルがヘイゼルの瞳をくりくりさせながら祝福してくれる。

 やっかみもそねみもない。

 言葉通りにこちらを祝福してくれるのだ。

 

 ああ、なんていい子なんだろう!!

 私のライバルにして大親友である。

 

「ありがとうフレデリカ。そんなあなたと戦えて、本当によかったわ」

 

 私の目に涙が出てきた。湧くようにしたたり落ちる。

 

「キャロル、また泣いちゃって…… 最後まで涙もろいのね」

 

 困ったわ、と言いながらフレデリカは抱きしめてくれる。

 

 フレデリカは成績優秀、恐ろしいほど記憶力が良く、計算も早い。

 私もがんばってそれ以上の成績を上げようと努力し続けた。

 

 最後の決着になったのは艦隊戦シミュレーション、それは偶然のラッキーであった。なぜなら艦隊戦シミュレーションこそ私の得意中の得意科目なのだ。

 自分の気持ちで言えば、好きは好きだが、ものすごく好きということはない。

 だがどうしたことだろう。やると誰が相手でも負けることはなかった。

 

 私の名はキャロライン・フォーク。普通にはキャロルと呼ばれている。

 しかしあだ名で言われる時には「無敵の女提督」である。実際は女性士官が艦隊指揮などすることなどあり得ないのに。

 

 

 だがこれでようやく女性士官学校も卒業、首席で。

 アンドリュー兄さんに少しでも近づけた気がする。

 今夜は少し贅沢をしよう。このお祝いと、それから先月兄さんが中佐に昇進したお祝いを兼ねて。

 

 その中佐昇進のことは兄はとても嬉しそうだった。

 

「あのロボス元帥が、僕の名を憶えてくれてたんだよ。嬉しいじゃないか!」

 

 兄が喜ぶことは私も嬉しい。とても嬉しい。

 兄は私の首席卒業も祝ってくれるだろう。

 

 ただし、私には思い出すことがある。

 兄がかつて士官学校で良い成績を取るために、無理をして努力しているのを見ている時だ。

 

「兄さん、そんなに頑張らなくても。成績一位だとまたひどいめに遭うわ」

 

 そんなことを言ってしまったことがある。心配だったからだ。

 そう、兄は士官学校に入って直ぐに目を付けられた。成績一位を取るようになるといじめの対象にすらなった。人というのは、成績一位の人間に悪感情を持つように作られているのだろうか。優秀な者ほど妬まれ、足を引っ張られ、叩かれる。

 兄が何をしても、何を言っても、周りに良いようには受け取られなかった。

 

「またいじめられるわ、兄さん。ほどほどの人が一番受けがいいのよ。成績中の上くらいが」

 

 でもアンドリュー兄さんは決して努力を止めなかった。

 

「キャロル、できることは頑張ってやるんだ。僕たちは自由惑星同盟に生まれた。民主主義を守り、これを銀河帝国に広めなくちゃいけないんだ。それも、一日でも早く! 帝国に生まれたというだけで民主主義を知らないで死んでいく人たちがいる。生涯、貴族なんかの特権階級に搾取されたままで。かわいそうだとは思わないか?」

「民主主義じゃない世の中なんてどんなのかしら。考えられないわ」

「そうだろう。僕たちは自由惑星同盟に生まれたというだけで、民主主義しか知らず、当たり前だと思っている。恵まれているんだ。だから、頑張らなくちゃいけない。帝国にいる人たちにも自由と民主主義を広めるために。兄さんは自分のために頑張っているんじゃないんだよ、キャロル」

 

 話の途中で泣いてしまっていた。私はいつでも涙もろいので有名だ。

 兄さんはずっと頑張ってきた。体格に恵まれず、格闘術は苦手だ。空戦にも才能がない。でも努力したのだ。

 

「可愛げがない」「成績一位だからって何様のつもりだ」「目付きが気に入らない」

 

 そんな周りの声は無視していた。普通、そんな環境では性格も少しは歪んでしまって、正義を信じ切ることができなくなってしまうものだ。

 兄さんは違った。

 真っすぐに、純粋に、民主主義の正義を信じて変わることがない。

 

 私の兄さんはそういう人だ。他人に何が分かるというのだ!

 

 私自身、成績一位で敬遠されることも多かった。

 でも幸運にも私にはフレデリカがいる。なぜかお互いに波長が合い、入学して以来一番の友人なのだ。

 彼女は意外にキツい面もあるのだが、そのかわいい見かけもあいまって皆に好かれ、おかげでその友人である私も風当たりがだいぶ和らぐ。

 彼女には本当に感謝だ。

 

 兄には友人は少ないが、全くいないわけでもない。特に同期のスーン・スールズカリッターとは仲がいい。スールズカリッターはなんだかぼーっとした感じの人だが、私にもフランクに接してくれるいい人だ。私が言うのもなんだが、兄と仲良くしてくれてありがとうと言いたかった。

 

 

 

 私は翌月女性士官学校を卒業した。

 成績一位を考慮されて後方勤務には回されず、私の希望通り艦艇付きの士官候補生になった。

 この場合順当にいけば三ヵ月後に少尉任官、通常なら一年程度で中尉である。

 

 ところが、同盟軍に珍事が起きた。

 新任の女性士官候補生が着任したその週に営倉送りになったのである。

 もちろんそれは私のことだ。

 

 着任した艦艇は駆逐艦エルム三号という。ダスティ・アッテンボロー少佐が艦長を務めていた。

 

 

 

 


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