戦車道は衰退しました   作:アスパラ

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第9話

 学校というものは不思議なところです。

 

 自分が生徒の時は、永遠にその時間が続くかのように錯覚してしまいますが、卒業してみれば「あっというまだった」と、誰もが口をそろえます。

 

 「また学生に戻りたいなぁ」とか、「あのころが一番輝いていたよ」とかいう人間も、少なくありません。といっても、学校に行っていた人間自体とてもまれな世の中なのですが。

 

 前置きが長くなりましたが、わたしはそのような無責任なことをのたまう人間に声を大にして主張したいと思います。

 

 しんどい。

 

 図らずも大洗女子学園に転校を果たしたわたしの結論はこれしかありません。

 

 煩雑な人間関係。無駄に規律正しいスケジュール。変にややこしい授業。

 

 ああ、重役出勤が許された調停官事務所が懐かしい。

 

 なんて思いながら布団に包まっていたわたしを、

 

「姐さん、朝ごはんができましたよ!」

 

「マム! いい加減起きて下さい!」

 

 助手さんとプチモニが元気よく起こしに来ます。

 

「うう……、あと五分」

 

「朝練に間に合いませんよ、姐さん」

 

「ご存知ですか……。人間の理想的な活動サイクルは午前9時からなんですよ」

 

「マムはすでに8時間の睡眠を取っているので十分ですよ?」

 

「それに、その時間に起きたら授業にも間に合いませんよ」

 

「うう……」

 

 これ以上助手さんたちの手を煩わせるわけにもいかないので、わたしはのそのそと起き上ります。

 

「おはようございます、助手さん、プチモニ」

 

「おはようございます。自分、Y姐さんを起こしに行ってきますね」

 

 そう言って、助手さんはセーラー服のスカートを翻して隣の部屋に言ってしまいました。

 

 あれから一週間。顔を真っ赤にして、あの服に袖を通すことを拒んでいた助手さんの姿はもうありません。

 

「……癖になっちゃったらどうしましょう」

 

「……趣味は人間に必要な要素の一つですよ」

 

「わたし的にはもうちょっと他の趣味でお願いしたいです」

 

 心配です。

 

――――――

 

我々には平屋建ての一軒家が住居として支給されています。

 

 そのリビングに行くと、Kさんが食卓を整えている最中でした。朝のあいさつを交わし、席に着きます。

 

「そういえばKさん」

 

「はい? どうかされましたか?」

 

「いえ、そのサングラス、外さないんですね」

 

 Kさんは大洗の制服にサングラスといういでたちを転校初日から崩していません。

 

「いちおう任務中なので。それに、みんな可愛いってほめてくれるんですよー」

 

「……そうですか。それならいいんですが」

 

「あ、所長さん。実は今日、五十鈴さんにお花の稽古をつけていただく予定なので、帰宅は少し遅れると思います」

 

「わかりました。そういえば、この間からきれいなお花が飾られていますね。文化生活といった感じで素敵ですよ」

 

「はい! とってもかわいいんですよー。うふふ」

 

 Kさん、わたしたちの中で最も不審者然とした格好だったのにもかかわらず、持ち前のふるゆわさを発揮し今や、わたしたちの中で最も現実生活を充足させています。

 

 そんなやりとりをしていると、ぼさぼさ頭をかきむしりながらYが起きてきました。

 

「ああー。眠い。しんどい。休みたい」

 

「何いっちょ前に学生の口癖三大ワードを口にしてるんですか。早くしないと、助手さんが作ってくれた朝食が冷めてしまいますよ」

 

「いやさ、昨日ビクシブ(イラスト・小説などを共有しあう大型ウェブサイトです)漁ってたら遅くなっちゃってさー」

 

「ほどほどにしてくださいよ?」

 

「いや、ほんと、失われたあれやこれやがもう次から次へと! ココが天国だっていわれてもあたしは納得だね」

 

 少年同士の濃ゆい友情ものを主食とするYには文字通りの天国のようです。パソコン(個人用コンピューター端末の略称です)の前に一日中引っ付いてます。

 

 最近では助手さんを見つめながら「男の……娘? これは、これで……」なんて呟いてるのでいよいよ末期かもしれません。

 

 ここまでくどく描写すればお分かりでしょう。

 

 わたしたち、完全に馴染みきっておりました。

 

 だって、仕方がないじゃないですか。この世界には何でもあるんです。わざわざ国連に要請書を提出し、キャラバンを何か月を持たなくてもたいていのものがすぐに手に入ってしまいます。

 

 「便利」「快適」といったものがいかに人類を堕落させていったか身を持って体験することができましたよ、ええ。

 

 もちろん、元の世界に帰る方法も(主にわたしが)探しています。妖精さんは、電磁波があふれるこの世界では活動することが難しいので、対電磁波用装備までわざわざ用意したのです。

 

「ぼくら、かごのなかのとりです?」

「おもいだすです?」

「なにを?」

「しはいされてたきょーふ」

「いいですなー」

 

 わたしの机の上、対電磁波用装備(金属製のざるをひっくり返したもの)の中で妖精さんたちがうごめいています。

 

「大丈夫ですか? みなさん」

 

 そういってざるの下からクッキーを差し出すといっせいに飛びつきます。

 

「元気そうですね」

 

「でんじはさん、はいってこぬゆえ」

 

 この知恵を貸してくれたねぼすけさんには感謝しきれませんね。電磁波というのはどうも、このような金属網で簡単にふさがってしまうようなのです。

 

 おかげで妖精さんの養殖池……失礼、保護施設が完成。常に活動状態の妖精さんたちをそばに置くことができました。

 

 定期的に手作りお菓子を差し上げることで、妖精さんのテンションも保っています。ざるの内側がなんだか牢屋みたい、というのも彼らの被虐趣味をあおらせているようです。

 

 こうして、フルパワーとまではいかないながらも、妖精さんの力が存分に発揮できる環境を作っているのですが、

 

「ところで帰還の方法、何かわかりましたか?」

 

「「「「「さー?」」」」」

 

「……そうですか」

 

 ずっとこんな感じでした。

 

 もちろん成果もあります。以下は妖精さんの言葉を私なりに翻訳・解釈・検討したものです。

 

 この世界はわたしが睨んだとおり、いわゆる「平行世界」の一つだそうです。といっても私たちの世界と全く無関係ではなく、「可能性によって無数に分裂を続ける多元世界のうちの一つ」なようで、いうならば親戚関係にある世界なんだと。だから、時空間に縛られる妖精さんでも「運河」のような通り道を作ることができたんです。

 

 またここの人類がいまだ繁栄期にある理由ですが、時間の流れ方が違う、とのことでした。

 

 実は時間というものは、川の流れにもたとえられます。普段流れに乗っている我々は気づきませんが、その流れには遅かったり速かったりするのです(妖精さんの受け売りです)。

 

 わたしたちの世界はこの世界に比べ時間の流れが速く、結果それが数千年に及ぶ時差になったのではないかと、わたしは推測しています。

 

 早い話が、ここで過ごす一日が、クスノキの里での一年に匹敵するんです。これは非常に由々しき問題でした。

 

 帰る方法が見つかって、無事帰還を果たしたとしても、すでに人類は絶滅しているかもしれません。帰るべき里が、無くなっているかもしれないんです。

 

 この可能性を他のみんなにも力説したのですが、今いち危機感が薄いようです。ああ、満ち足りたこの生活がそうさせてしまっているのでしょうか……。嘆かわしい。

 

「姐さーんっ! 西住隊長が迎えに来てくれましたよー!」

 

「あ、はーい! 今行きます。助手さん、台所の袋を取ってきてもらえますか? 今日の差し入れが入っているので」

 

「マカロンでしたね! 了解です!」

 

 ……わたしも人のことは言えない? はい、何も弁解はしません。

 


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