戦車道は衰退しました 作:アスパラ
非常にまずい状況です。
「完全に囲まれてます、姐さん」
わたし達は今、三両の戦車に包囲されておりました。
「まだ見つかってはないようですね」
「ええ。岩の陰に入っているので、なんとか」
「西側にいるのが八九式中戦車。砲の威力はそれほど強くありません。反対側は三号突撃砲。攻撃力は高いですが、回転砲塔でないのでこの森の中では少々不利です。北側は我々と同じⅣ号ですね。1番警戒すべきでしょう」
プチモニからの情報をもとに、脳内に地図を描きます。
「……西側にいる、八九式中戦車の方から突破しましょう。あれの砲なら抜けませんし」
もちろん、逃げてばかりではいけません。ここにいる全車両を倒さなければ元の世界に帰れないのですから。たぶん。
「Kさん、準備を。助手さん、砲撃とともに発進してください」
砲塔がゆっくりと回転。照準の先に、何も知らない八九式がいます。
「撃て」
わたしの号令とともに、発砲、同時に前進します。
砲弾は命中し、八九式から白旗が上がりました。そのままその横をすり抜け、戦術的撤退を敢行します。
「……ちょっと思ったんだけどさ」
ふと、Yが口を開きました。
「これってちょっとおかしくない?」
「というと?」
「妖精さんらしい遊びがない。リアルすぎる」
「…………」
そういえば以前にも、ゲームの世界に紛れたことがありました。あの時はビット絵に変換され、往年のRPGのような世界観に迷い込んでしまったのです。
もしこれがそうなら、確かにリアルすぎます。
妖精さんなら、横にしか動けない、とか、突然怪獣が出現、とか、いわゆるクソゲーに分類されてしまうようなバグがあってもいいはずです。
なにより肝心の彼らが休眠状態に入ってしまったという事実が、この異常性を際立たせていました。
そう、わたしたちは0F状態。魔法の一切ない場にいるのです。
その時、背後で何かが爆ぜました。
「て、敵襲!?」
振り返ると、こちらとうり二つの戦車が追いかけてきていました。
砲塔から少女が顔を出しているのが見えます。なんと、人間が乗っているようです。てっきり無人だと思ってたのに。
その時、恐ろしい考えが頭の中をよぎりました。
……弾、当たったらどうなるんだろう。
「プチモニ、あの戦車が撃ってる弾って……」
「榴弾ですね」
「…………たしか、こ、この戦車の内部にはもっと後の技術で作られた特殊なカーボンによる保護が」
「カーボンって、……これ?」
Yが引きつった顔で、ペラペラの板のようなものを差し出しました。
「それはどこで?」
「なんかはがれてきたけど」
わたしは試しに手ごろな内部カーボン装甲をちょいちょいとつついてみました。
ぽろぽろはがれました。
まあなんということでしょう。わたしたちを守ってくれるはずの特殊なカーボンは役目を終えたかさぶたのごとく崩れ落ちていくではありませんか。
っていうかカーボン自体とてももろいです。はがれたカーボン片もまるでビスケットのごとくパリッと割れてしまいます。
「……助手さん、全力で逃げてください。弾が当たれば、死にます」
カーボンもねえ、妖精もいねえ、そもそも装甲頼りねえ。東洋で語りづがれる民謡の節に合わせて歌いたくなるような惨状でした。
「当たれば死ぬって何それ!? 妖精さんは!?」
「全滅されました」
「降伏! 降伏しよう!」
「どうやってですか! この車両無線機積んでいませんよ」
妖精さんが嫌がりますからね。
「じゃああんたが顔出して」
「いやですよ。当たったら上半身吹き飛びますし、さっきから砲撃の破片とか何やらが飛んできてますし、危ないじゃないですか」
「向こうの戦車の子は顔出してるよ!」
「若気の至りというか、まだ傷つくことの痛みを知らないんでしょう。だからあんな無謀なことができるんですよ」
ドガンという音とともに、何かが戦車にあたった音がしました。
「ぎゃあっ! 今かすめた! 絶対かすめたって!」
「……確かに、このままじゃジリ貧ですね」
逃げているだけでは状況は解決しないのです。有効な一手を講じる必要がありました。
「Kさん、履帯をねらえますか? それで敵の行動を停めましょう」
「ちょっと難しいですね。かなり揺れているんで、上のあの子にあたっちゃうかもしれません」
「……スプラッタは見たくないですね。後味も悪いですし」
「止まっていただければ、なんとか」
元々工作員(木工工作担当)のKさんは、かなり器用で、砲手としての腕はひいき目に見ても抜群です。
「助手さん、間もなく森を抜けますよね」
「ええ」
「抜けたら、すぐに急旋回して停止してください。Kさんそこで、一発で履帯を仕留めて下さい。それで敵の横にぴったりつけると思いますので」
「わかりました。所長さん」
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「西住さん、もうすぐ森を出るぞ」
「演習場の外に出れば、大変なことになります。敵が森を出る前に仕留めましょう」
「わかりました」
華が返事をする。
「絶対に止めましょう」