戦車道は衰退しました 作:アスパラ
「では、これより紅白戦を行います。皆さん、サンダース戦を意識して練習に励んでください」
みほの号令とともに、大洗女子学園は艦上演習場を舞台に模擬戦を行おうとしていた。あんこうチームをフラッグ者とした赤チーム(あんこう、うさぎさん)、かばさんをフラッグに据えた白チーム(かめさん、あひるさん)の対戦だ。
両チームは試合形式にのっとって、演習場の両極に配置されている。
「でも、この布陣じゃ、サンダースみたいな物量戦を想定した練習はできませんねぇ」
優花里がため息を吐くが、みほはほほ笑む。
「どちらかというと、実戦に慣れてもらうためでもあるからね」
「動く戦車と動かない的ではだいぶ違いますからね」
華もうんうんとうなずいた。
「うん、沙織さん、ウサギさんチームには、南から相手の後方に回り込むよう伝えて下さい。麻子さん、私たちは北側から行きます」
「わかった」
「りょーかい。ね、みほ。作戦名は?」
「……じゃあ、ぐるっと作戦でいきます!」
「はーい。ウサギさんチーム、ぐるっと作戦を開始します!」
――――――
「ふっふっふ。いくらあんこうといえども、三両からの一斉攻撃を喰らえばおしまいだぁっ! 進め進めぇ!」
白チームは桃の指揮のもと、強襲浸透(のまねごと)を行う作戦だ。狙いをフラッグ車に絞ることで、一気に決着をつけるつもりである。
ところがその野望は、
「桃ちゃん! 目の前にⅣ号がっ!」
「なぁに!? さっき始まったばかりだってうぎゃっ!」
「やーらーれーたー。Ⅳ号ってワープ機能とかついてったっけー?」
38tの脱落によって砕け散ったのだった。
――――――
『カメさんやられました。よってチームの指揮権はかばさんチームに移譲されます』
「なにっ!?」
カメさんチームからの通信を受け取ったエルヴィンは思わず叫んだ。
「はやい、早すぎるぞ!! 試合開始からまだ1分もたってないっ! まるでアルデンヌじゃないか!」
「この時間に移動するのは不可能ぜよ。蒸気船でも使ったきに?」
おりょうもうぬぬと唸り、
「これはあれか? 敵は領土侵犯を行い我が方近くまで潜伏していたとか……。秀吉の一夜城のごとく」
左衛門佐も眉をひそめ、カエサルも首を傾げた。
「いや、しかしあの西住隊長がそのような卑劣なまねを……? こんな奇襲はハンニバルのアルプス越えのようだ」
「「「それだっ!」」」
「コホン……。ともあれ、38tがやられたのは事実。おりょう、警戒を強めろ」
「合点ぜよ、エルヴィン」
「……しかし、なんか変だな」
エルヴィンは何とも言えぬ奇妙な感覚を抱きながら、あひるさんチームにも同様の指示を出すのだった。
――――――
「さすがKさん、見事です」
「ありがとうございます。やっぱり本物は違いますねぇ。うふふ」
わたしたち、クスノキの里チームは妖精さん世界に紛れてからの初撃破を、つい先ほど獲得したのです。
「プチモニ、あれは?」
「38tという戦車ですね。チェコスロバキア、という国で作られたのでtとつけられています。重さじゃないですよ」
プチモニはいつになく饒舌に説明してくれました。
「あのさ、何両倒せばあたし等は帰れるのさ」
Yがいぶかしげに尋ねます。
「さあ?」
「さあって」
「とにかく、今は敵戦車を探してそれを倒す。それだけに集中しましょう。助手さん、このあたりで一度停止してください」
「了解です」
わたしは戦車を、道の脇の茂みの中に隠し停めました。
「あの道、見る限り、戦車の往来があったようです。ここで待ち伏せして、現れ次第横から奇襲攻撃と行きましょう」
「さっきもそんな感じだったよね、あんた」
「自分から攻めに行く必要はありませんしね。それに、不意打ちは楽ですし。後移動しっぱなしだと振動のせいでお尻が痛いんですよ」
里に帰ってきたときの地獄の道のりが思い返されます。
わたしはキューポラからそっとあたりをうかがいます。助手さんにはエンジンを切ってもらったのであたりはとても静かです。ですので、
「……右手から接近してきています。攻撃準備を」
相手の接近にもすぐに気づけるのです。
「プチモニ、あれは?」
「あー、あれはM3中戦車リーですね。多砲塔戦車といって、砲が二つあるので注意してください。まあ副砲は旋回しないんですけど」
「だそうです。助手さん、エンジンを再点火して、すぐに後退できるようにして下さい」
これです。この丁度良い緊張感と高揚感。これこそ求めていたもの。予想外のハプニングとはいえ、妖精さんには感謝ですね。
戦車の特徴もプチモニが教えてくれるので、対策も立てやすいですし。ただ……。
「プチモニ、なんだか詳しいですね」
戦車に乗り始めたころはこのⅣ戦車のことすらよくわかっていない様子だったのに。
「ええと、実はですね、マム」
人工知能のくせに言い淀むという奇妙な芸当を見せた後、プチモニは言いました。
「本体との通信が途絶しちゃってて」
「は? え? じゃああなた、今どうやってしゃべってるんですか?」
「この世界にも無線情報通信網が整備されているので、それを利用しています。その精度と中身から判断するに、ここは西暦2000年代初頭だと思われますが……」
「……それって」
「姐さん! 来ました!」
思案の中に潜ろうとしていたわたしの意識を、助手さんの鋭い声が引き揚げます。
「Kさん、攻撃準備」
「はい……」
「撃て」
Kさんが引き金を引き、弾がリーの横っ腹にあたりました。
「次弾装填」
反撃に備えます。先ほどの様子を見るに、撃破されれば白旗が戦車から上がるようですが、リーからはまだ出てきていません。
「撃て」
敵の砲塔が回転するより先に、攻撃ができました。今度こそ白旗が上がります。
「急いで後退します。助手さん、適当なところまで行ったら戦車ごと回転させるので、それまではバックで。さあ、ぱっぱと片付けてしまいましょう」