戦車道は衰退しました   作:アスパラ

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隊長さんの、せんしゃどう

 球体状態だった妖精さんは、試合の興奮状態と、放り投げられた浮遊感で一気にぽぽぽんとはじけ増えました。

 

「さあ、大サービスです!」

 

 そういってさらに、戦車型クッキーをパラパラーっとばらまきますと、妖精さんはさらに増えました。数え切れないほど多くの妖精さんがわたしたちの周りにふわふわと浮いています。

 

「ふぁぁ……」

 

 妖精さんがあふれる光景を見て、隊長さんの口から声が漏れます。

 

「まだまだこんなもんじゃありませんよ、隊長さん」

 

「ふえっ!? これでも十分すごいのに……」

 

「助けに行くのはあなたですから」

 

「わ、私!? でも」

 

「大丈夫。今まで黙っていましたが、実は私、魔法遣いなんです」

 

「魔法、遣い?」

 

「ええ。今からあなたに魔法をかけます。……妖精さん!」

 

「こちら、どうぞ」

 

 人数が多いので、あっという間に道具もできます。

 

「……帽子、のようですがこれは?」

 

 赤い帽子でした。まんなかには隊長さんのイニシャル、「M」の字が大きく刺繍されています。

 

「かぶると、めっさじゃんぷできます?」

 

「にだんじゃんぷもおっけーです」

 

「せんにひゃくえんかけたらもっとたきーのにいたしますが」

 

「課金は後にします。さ、隊長さん、これをかぶってウサギさんチームのところまで行ってください」

 

「……はい」

 

「空を飛ぶ自分をイメージして。大丈夫、できると思えば、あなたは何でもできます。わたしは戦車の構造は詳しくないので、向こうに行ったらご自分で妖精さんにお願いしてください」

 

「どうしたら……」

 

「心から願ってください。そうすれば必ず実現します。さじ加減には注意してくださいね」

 

「わかりました」

 

 隊長さんは帽子を目深にかぶりました。

 

「えいっ!」

 

 ピョーン、という独特のSE音が響いて、隊長さんは人間離れした距離まで飛びました。それでもリーには少し届きません。

 

「隊長さん! 二段ジャンプです!」

 

「ひゃっほーいっ!!」

 

 普段の隊長さんとは思えない声を上げながら、本来物理的に不可能な二段ジャンプ。こうして何とか、彼女はリーにたどり着きました。

 

――――――

 

「皆さん、無事ですか!」

 

 隊長さんがぎりぎり水面より上にあるハッチを開けました。

 

「うわわわぁぁぁんたいちょおおおおおお」

 

「ごめんなさぁぁい」

 

 開けるが早いが、ウサギさんチームの皆さんの泣き声が響きます。ですが怪我はないようでした。

 

「今から戦車を元に戻します!」

 

「……でも、エンジンが動きません。無線もやられてしまったみたいで。それに、こんな状態からは」

 

 ウサギさんの車長が絶望したように報告しました。確かに、撃破判定が出ていないのが奇跡のような状態です。しかし隊長さんは微笑みました。

 

「大丈夫。妖精さんがいるから!」

 

「おまかせー」

 

 彼女の肩から妖精さんが顔を出します。

 

「妖精さん」

 

 隊長さんは妖精さんを手に乗せます。

 

「とりあえず、リーを稼働状態に戻してください。水平状態にして、エンジンを直して。あ、でもむちゃくちゃな改造は禁止で」

 

 自称魔法遣いさんからの忠告を律儀に守ります。

 

「そらとばしちゃ、だめ?」

 

「ビーム、だめ?」

 

「だ、駄目ですっ!」

 

「「ざんねーん」」

 

 プラウダの時も同じようなことを言っていた気がします。よほど飛ばしたいようです、戦車。

 

 大量の妖精さんの手にかかれば自動車部でもすぐに治せる故障など瞬きする間に終わります。リーはそっと平衡を取り戻し、通信は回復、エンジンも再びうなり始めました。

 

――――――――――――

 

「よかった……」

 

 わたしはその様子を見守り、事態が収拾したことを察して胸をなでおろしました。

 

 その時、ドンという聞きなれた砲撃音が鼓膜をたたきました。すべてを理解するより早く、目前を見慣れた(実際に見えたわけではないのですが)物体がかすめました。衝撃波がわたしの顔面を容赦なくぶん殴ります。

 

 わたしの脳はとっさの出来事にもかかわらず正確にその状況を把握し、同時に私の命があと数十センチのところで途切れていたことを知らせてくれした。

 

 ふわぁ、という浮遊感。全身の血液が下降し、わたしの視界は暗転していきました。目の前に川面が迫っていたのにもかかわらず。

 

―――――――---

 

「姐さんっ!!」

 

 助手さんの悲鳴が砲撃音に紛れて聞こえました。ウサギさんチームの修理が終わり、ひとまずリーとともにその場を離れようとした私は、クスノキⅣ号の方を振り向きました。

 

 お菓子さん―私達大洗の生徒が親しみを込めて呼ぶ、その人のあだ名です―が川に浮いて流れていました。

 

「待ちなっ! あんたらまで流されるよっ!」

 

「離してくださいY姐さんっ。姐さんが! 姐さんがっ!!」

 

「お姉さんっ!!!!」

 

 助手さんと<巻き毛>さんが、目の前の小さなハッチから身を乗り出し、自身も川に飛び込もうとしていました。二人ともYさんに止められているようでしたが。

 

 お菓子さんはあおむけになっていて、意識がないように見えました。

 

 私は一年前の試合を思い出します。

 

 このことに気付いていない黒森峰の砲撃が辺りを襲っています。それに川の流れが速く、お菓子さんは川下へと急スピードで流されていきます。そして彼女の周りにも次々着弾、爆発していました。

 

「……澤さん、審判本部に試合の一時中止を要請してください」

 

「はいっ!!」

 

 私は再び砲塔の上に立ちます。

 

「妖精さん、お菓子さんを助けて!」

 

「では、こちらどーぞ」

 

 渡されたのは、星の形をしたプレートでした。

 

「これは……、どうしたら?」

 

「たっちだけでおっけー」

 

 妖精さんの言葉に従って星に触れると体中から力が湧いてきました。なんだか光っているような気もしましたが、今はそんなこと気にしている暇はありません。

 

 二段ジャンプを使って川面に降り立つと全力でダッシュします。すると川の上を走ることができました。途中で何かが体にあたった気がしましたが気にしません。

 

 お菓子さんめがけて全力で走ります。

 

「お菓子さん!!」

 

 走るのをやめましたが、私は川の上に立ち続けていました。理由なんて気にしている暇なんてありません。

 

 お菓子さんを捕まえて、抱きかかえました。とても軽く感じられました。

 

「お菓子さん! 大丈夫ですか!!」

 

「ゴホッ、ゲホっ」

 

 わたしの問いかけに、お菓子さんはせき込んで答えます。やがてゆっくりと目を開きました。

 

「よかった……」

 

「ありがとうございます、隊長さ、ん……? ・・・・・・どうして光ってるんですか?」

 

「え? 光ってますか? 私」

 

「レインボーですよ、とても」

 

 その時、お菓子さんの顔が青ざめました。

 

「ど、どうかしましたか?」

 

「いえ、隊長さん、だんだん元に戻ってるなぁって」

 

 よく見れば確かに私の体の光は弱くなっていっていました。

 

「あの、……お菓子さん。これ元に戻ったらどうなるんですか?」

 

「知りませんよそんなこと」

 

 ちょうど光が消えました。その瞬間、私とお菓子さんはドボンと水中に落ちてしまったのです。

 

「!!!???」

 

「キャッ!?」

 

 私とお菓子さんは急流にもまれ流されていきます。このままでは二人とも……、

 

「……みなさん!!」

 

 お菓子さんがそう叫んだのが、かすかに聞こえました。

 

 すると、川の水が渦を巻いて私たちの周りだけすうっと割れました。まるでモーゼのように。

 

 すっかり水の引いた川底にわたしたちはそっと降り立ちました。

 

「大丈夫ですか?」

 

 さっき私が言ったセリフを、まるまる返されてしまいます。

 

「……はい」

 

 私はあっけにとられて返事をしました。

 

「そう、ならよかった。ありがとうございます、隊長さん」

 

 私たちを避けるように流れる川の水と、それを見ても何ともないように笑うお菓子さんの姿は、まさしく魔法遣いでした。

 

――――――――――――

 

 わたしが川を流れる水に働きかけ開けた空間は、わたしと隊長さんに合わせて移動します。我々は川底をとことこ歩いて戦車に戻りました。

 

「姐さん!! 大丈夫でしたか!!」

 

「お姉さん!!」

 

 車内に入るなり、助手さんの切羽詰まった声が飛び込んできました。涙目の助手さんがわたしの方へと身を乗り出していました。

 

「はい、無事です。ご心配をおかけしました」

 

「お姉さん! 私も心配で心」

 

「言っただろう? こいつはこんなことじゃ死なないよ。なにせ魔法遣い様なんだからさ」

 

「お姉さん」

 

「な、なぜ、それを……?」

 

「お姉」

 

「あんた喉に何つけてんのさ」

 

 ここで初めて、咽頭マイクの存在を思い出しました。

 

「お姉さんが隊長さんを励ます演説、みなさんに配信してます!!」

 

 なぜか自分の手柄のように<巻き毛>が誇ります。

 

「なんちゅー事を……」

 

 あのこっぱずかしい語りが……、全員の耳に入っていた……?

 

『いやぁ、お菓子ちゃんすごいねぇ。魔法遣いっぽかったよ今の』

 

『さすがはお菓子殿だ。魔法遣いを自認しておられたとは』

 

『お菓子さん! 流石です!!』

 

『お菓子先輩……、本当に魔法使えるんですか?』

 

『まぁ、ポルシェティーガーのこと考えたら納得だよね』

 

『お菓子さんのことはいいでしょ! 今は試合に集中しなさいっ!』

 

「……皆さん、よく聞いてください。すべて妖精さんのおかげです」

 

『『『『『『なるほど』』』』』』

 

 訓練の成果がだいぶ出ているようですね。隠ぺい完了。

 

 その時、茫然とした感じの審判長から試合再開の合図がかかりました。

 




<おまけ―審判の目をごまかす効果的な方便(わたしvs審判三人衆)->

「……あの、試合中の出来事なんだけどね」

「どうかしましたか? 審判さん方?」

「いや、大洗の隊長さんが光ってたじゃない? ありえない飛距離のジャンプかましたり、戦車をひとりでに直したり、後川割ったり……あれって」

「では逆にお尋ねしますが、それはレギュレーションに反していることですか?」

「……え、いや、ええっと……」

「試合中の車両修理は認められてますよね?」

「でも川割ったのは……」

「川を割ってはいけない、とルールブックに記載されているんですか?」

「されては、ないけど」

「皆さま審判団のお仕事は、試合が規則にのっとって行われているかを判断し、競技者が安全に戦車道競技を遂行できるよう監督する。ですよね? わたし今日、安全に戦車道遂行できなかったんですけどねー。隊長さんの判断が遅ければ決勝戦で死者なんていう不祥事にも」

「不祥事……」

「そうなったら責任問題ですよねー」

「責任問題……」

「懲戒免職なんてことになったら目も当てられませんねー」

「懲戒免職……」

「確かに異常現象が続発したかもしれませんが、そのおかげで最悪の事態が免れたんです。ね?」

「確かに……、偶然ね偶然が重なったのかもしれないわね」

「きっとそうですよ。偶然です。この現象の原因を考えるのは審判さんのお仕事ではないでしょう?」

「そうね。じゃあこの件は不問にします」

 隠☆蔽!

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