戦車道は衰退しました   作:アスパラ

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妖精さんの、さいしゅうけっせん
大洗流の、さえたやりかた


『ただいまより、第63回全国高等学校戦車道選手権大会、決勝戦を開始します』

 

 ウグイス嬢のアナウンス、演習場に響きました。長かった全国大会も今日で終わり。我ら大洗は決勝の舞台に立っていました。

 

「姐さん、今日は着ているんですね、それ。……持ってきてましたっけ?」

 

「はい。いつの間にか押し入れにあって……。大事な試合ですし、せっかくなので」

 

 わたしはパンツァージャケットの上からお祖父さんの白衣をまとっています。里からこれを持ってきたのかどうか記憶があいまいですが、まあいいのです。いくら考えてもそれがここに存在するので仕方ありません。

 

 ちょうど隊長さんと黒森峰の隊長が礼を終えました。大洗存続をかけた試合が、始まりました。

 

「……まずいですねぇ」

 

 試合開始からドイツ風電撃戦を敢行した黒森峰の猛攻を奇策を持ってかく乱し、やる気をなくしたポルシェティーガーの妖精さんをナカジマさんが手品とお菓子で盛り上げるなど、何度かのピンチを切り抜けてきましたが、今が最高にピンチです。

 

『ウサギさんチーム、大丈夫ですか!?』

 

『エンジンが何度やってもかかりませーん!!』

 

 市街地へ向かうため渡河しようとしたのですが、ウサギさんチームのM3リーがエンストしてしまったのです。

 

 わたしは恐ろしさからめったにしない、戦車から身を乗り出すという行為を行います。

 

 田舎育ちで目の良い私は、はるか彼方に見える土煙をとらえました。

 

 <巻き毛>に伝えます。

 

「あと五分もすれば、到達されます。あんこうチームに……、隊長さんに決断を急ぐよう促してください」

 

「わ、わかりました」

 

「Kさん、砲塔を回転させて、射撃準備を」

 

 無線の様子から察するに、隊長さんはエンストしたウサギさんチームを何としても助けだしたいと思っているはずです。しかし、状況から考えるとそれは最悪手といわざるを得ません。

 

「隊長さん、つらいでしょうね」

 

 Kさんがぽつりとつぶやきます。

 

「勝負はいつでも無情です」

 

「まったく、隊長も楽じゃないね」

 

 Yは他人事のように言いました。

 

「まったくですね。上に立つのはしんどいですし……」

 

 わたしはそこまで言って、ふと考え込みました。まだ悪い癖が抜けきっていないようです。

 

「しんどくなくてもいいじゃないですか……」

 

「なんか言った?」

 

「いいえ、何でも。隊長と通信つないでもらえますか」

 

「隊長さんとお姉さんとですか? いいですけど、用件はさっき」

 

「いえ、別件です」

 

 <巻き毛>が驚異的スピードで習得した無線技術を駆使して、わたしのマイクとヘッドフォンを隊長さんのそれと直結させます。

 

「もしもし、隊長さん、聞こえますか?」

 

『お菓子さんすみません、でも!』

 

「大丈夫ですよ」

 

『え?』

 

「助けに行ってあげて下さい。あなたならきっとできます」

 

 そう、ここは優しくてあたたかい、ご都合主義に満ちた世界です。ピンチのところへ尊敬する先輩が助けに来る、こんなおいしい展開を妖精さんが見逃すはずありません。

 

『優花里さん、華さん……』

 

 どうやらあんこうチームでも感動的な展開が巻き起こっているようです。無線のチャンネルを争うように、他のチームからも賛同の声が上がります。

 

やがて、隊長さんが砲塔の上に立ち上がりました。腰にワイヤーを巻いて。

 

 おそらく戦車をピョンピョン飛び渡ってウサギさんのところへ行くつもりなのでしょう。車間に少し間がありましたが、これぐらいなら大丈夫なはずです。妖精さんいますし。

 

 わたしは隊長さんの邪魔にならないように砲塔の中に退散しました。ウサギさんチームは我々クスノキⅣ号の隣です。おそらくこの上を飛びますから。

 

「なんか能天気そうだね。なんも解決してないのに」

 

 Yがいぶかしげにわたしを見ます。

 

「ここまで来たら解決したも同然ですよ。大船に乗ったつもりでいましょう」

 

 頭の上から、トン、という音がしました。隊長さんが飛び乗ったのでしょう。やれやれ、これで全部。

 

「ああ! ウサギさんがっ!」

 

 Kさんの悲鳴じみた声が、私の安穏を切り裂きました。

 

 見ると、

 

「ああっ!」

 

「おいおいおい」

 

「なんて、こと」

 

 横転しながら下流へと大きく流されていました。

 

 先日からの長雨で、川の水量が増していた、とか、急な流れが戦車でせき止められ、川底の石が流されバランスを崩した、とか、要因はいくらでも考えられます。リーは普段は見れない背面をこちらに晒し、下流20メートルほどの位置まで流されていました。

 

「ウサギさん、応答してください。ウサギさん」

 

 私が無線で問うても返事はありません。おそらくアンテナがやられてしまったのでしょう。

 

「隊長さん」

 

 ハッチを開けると、隊長さんが青ざめた顔でリーを見つめていました。

 

「お、お菓子さん……」

 

「ここから飛び込むのはやめて下さいね。あなたが危険です」

 

 深さは胸ぐらいまででしょうが、それでも十分死に至る可能性があります。着衣水泳ならなおさらです。

 

「どうしよう! ウサギさんチームのみんなが!」

 

「落ち着いて。大丈夫です」

 

 優しく彼女の頭を撫でながら、わたしは土煙をにらみました。さきほどよりも近づいています。リミットは近づいてきていました。

 

「どうしても助けたいですか?」

 

 わたしの問いかけに、隊長さんはビクリと体を震わせました。それでも彼女は、わたしの目をしっかり見つめて答えました。

 

「はい。これが私の戦車道だから」

 

「……わかりました」

 

 彼らならカメラには映らないでしょう。多少の無茶も、後でどうにかします。童話災害の後処理はわたしの本職ですし。

 

「さあ、出番ですよ!」

 

 ポケットのカラフルな球体を空に投げました。

 

「「「「「りょーかーい!!」」」」




白衣についてはまた後日……。

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