戦車道は衰退しました 作:アスパラ
我々大洗は、決勝黒森峰戦に向け特訓を続けていました。
練習も終わりもはや住み慣れた自宅に帰ります。そして大洗の勝利に全力で貢献することを誓ったわたしは、とある問題についてYに意見を求めます。
「やっぱり通信手は必要ですよ。助手さんにすべて押し付けるわけにもいきませんし」
「でもねぇ、通信手一人募集ってのは厳しくない? アリクイチームも仲いい三人組で加入してたっしょ?」
「風紀委員さんから一人借りれませんかね?」
「お互い気まずいだろうに」
そう、クスノキチーム最大の弱点である人員不足についてです。
「ま、今まで何とかなってたんだから別にいいでしょ」
こら、Y。
「今まで大丈夫だった、というのとこれから大丈夫っていうのは全く別物なんですよ?」
「そうはいっても肝心の助手君いないし」
「……坂口さんと特撮鑑賞会だそうです」
助手さんはウサギチームのアニメマニアさんとともに、古典特撮映画の鑑賞会を行っています。昨日は隊長さんとボコ鑑賞会、一昨日は自動車部。おそらく我々の中で最も社交的活動を繰り広げている人でしょう。
「彼、丸山ちゃんとも仲いいらしいね。いいの?」
「何がですか。助手さんには助手さんの交友関係があるんですから、わたしの口出しできるものではありません」
「こないだも仲良さげに喋ってたけどなー。あたしが見た時には曲がり角でぶつかって一緒に倒れ込んでたし」
「それについては後で指導しておきます。……あなたはどうなんですか? 最近さぼり気味だと広報さんから聞いてますけど」
「あんたもわかるでしょ? ここの授業なんて受けるだけ時間の無駄! 戦車倉庫で昼寝ほうが健康にいいね」
わたしとYは一応人類最後の学士資格を取った立派な研究者でもあります。そんなわけで高校の授業も、地歴公民を除けば、一度履修したものをやり直しているような感じです。でもまあ、おかげで才女という事で通ってるんですけど。
「そうだとしてもちゃんと授業は出て頂きたいものですね。風紀委員に文句を言われるのはわたしですし。あと寝るべき時間に寝たほうが健康にいいですよ」
「はいはい」
まったく聞く気がありませんね、こやつは。昼寝つながりでねぼすけさんと一緒にいることが多いらしいので、こんどゼクシィさんと一つ手を打ってみましょう……。
「それはそうとさ。Kさんは? 五十鈴ちゃんと会ってるの?」
「いえ、今日は調停委員会のお仕事に行ってもらってます」
「……何があった?」
「ちょっとプラウダで……。わたしもさっきまでいたんですけど、戦術会議もあったので先に帰ってきました、Kさんに後始末をしてもらっています」
「……あ、そ」
面倒事に巻き込まれてはかなわないと、Yが視線をそらしました。ちなみに学園艦間の移動は妖精さんです。これだけ言えばおわかりになるでしょう。
「ってかさ、最近妖精さん増えすぎじゃない?」
Yは鋭いところをつきます。大洗で妖精さんの道具が出回ることはしょっちゅうありますし、近頃は大洗だけでなく他校にもその被害が広まっています。
「……女子高生って信じやすいじゃないですか、スピリチュアル的なモノ」
「それでか……」
たぶんわたしがこの世界にいるのが一番の理由な気もしますが、まあ調停官の仕事をしているので見逃してもらいましょう。ワタシワルクナイ。
「話を戻します。通信手の件です」
都合の悪い話はそらします。これぞ公務員の習性。
「まーなんとかなるっしょ」
もはや議論を続ける気のないY。完全にわたしの独り相撲ですね。
その時、何者かの来訪を告げるチャイムが鳴りました。
「……………」
「……………」
わたしとYが数秒の間無言で牽制しあった後、わたしが折れて玄関に向かいます。
「はーい?」
「風紀委員です」
扉の向こうからこんな声。助手さんもKさんも、彼女たちの御用になるようなことはしないはずなんですけど……。まさかY?
そう思いながら扉を開けると、
「お姉さあああああああああんっ!!!!!!!!」
嫌でも聞き覚えのある声とともに、わたしの腹部と精神に衝撃が走りました。
「はうっ!?」
「お姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さん」
<巻き毛>でした。
「やっぱりお知り合いだったんですね」
風紀委員さん(おそらくパゾ美さん)が腹部を圧迫されている事実などまるで目に入らぬようにのほほんといいます。
「あ、あなた……ど、どこで……」
血液が上半身と下半身で分断されている感覚を味わいながら尋ねます。
「この子、演習場の森で迷子になってたんです」
「里の原っぱにあった穴に飛び込んだら、いつの間にかここにいました!」
あの穴、物理的に空いていたんですか。いや、今はそれどころではありません。早く何とかせねば今晩のお夕食が人体の構造を逆行してきかねません。
わたしの細腕を駆使してなんとか<巻き毛>をひっぺはがします。
「はあ、はあ……。もう人の体にむやみにアームロックをかけてはいけませんよ」
「すみません、お姉さん! でもお久しぶりにお姉さんのにおいを体いっぱいに取り込みたいと思ったらつい」
相変わらずサイコパス。
ですが、わたしの理論で言えば、<巻き毛>はおそらくもう何か月、場合によっては何年も調停官事務所を切り盛りしてくれていたはずなのです。
わたしも忘れがちでしたが、以前説明したようにこの世界とわたしたちの世界は時間の流れが違います。こちらでの一日は、向こうでの一か月に相当するぐらいの時差があるはずなのです。
<巻き毛>が私のことを恋しがるのもわかるような気がしないこともないような感じがあるかもしれないしないかもしれないです。
「……、ねえ」
尋ねなければならない、重要なことを<巻き毛>に問います。
「わたしたちが消えてから、もうどれぐらいが立ちましたか?」
おそらく失踪扱い、場合によっては死亡したとみなされていることでしょう。どんな答えが帰ってきても、受け入れる覚悟ができています。
「え? まだ半日ですけど」
「は?」
覚悟の斜め後ろをまさかの大暴投。三者凡退からのスローインでガーターです。(見てのとおりかなり混乱しています)
「は、半日?」
我ながらアホみたいな声がでます。<巻き毛>はわたしの狼狽の真意がわからず首を傾げました。
「はい。お昼ごはんの時間になってもなかなか帰ってこなかったんで、様子を見に行ったんです。その時に……」
「ここに来たのは?」
「2時間ほど前です」
…………。
「逆……、そんな、まさか……」
鼓動が早まります。
「お姉さん?」
かばさんチームの言葉がよみがえります。この世界も、断絶を経験した、と。
「だとしたら、ここは……」
衝撃でした。
突拍子もない考えに思えました。
しかし、すべてのつじつまが合うんです。
信じられませんでした。想像だにしていませんでした。
「……ありがとうございます。パゾ美さん」
「私、ゴモヨです」
ああ、またやってしまった。
また同じ間違いを、ボウリングとクリケットと同じ間違いを犯したわたしはなんと愚かなのでしょう。
そうです。時間の流れ的に、この物質文明最盛期と思われていた世界の方が未来にあったのです!
何を言っているのかって? わたしだって信じられません。しかし考えれば考えるほど、納得がいきます。
まず、妖精さん。西暦2000年代初頭の彼ら、いえ我々は本当に頼りない、幻のような存在でした。
この時代では妖精の進化が一律ではないという前提で、わたしは仮説を立てていました。それがそもそも間違いだったのです。ここは元々西暦2000年代なんかではなかったのですから。
ではなぜ、誰も『妖精さん』を知らなかったのか。
簡単です。誰も『妖精さん』の存在を信じなかったから。自分こそが『魔法なんか使わない』本物の人類だと思いきってたからでしょう。だからこそ、この世界には妖精さんがいなかったんです。
この傾向は里でもあります。童話的なものから離れようとすればするほど、妖精さんの姿は見えなくなります。ボニーさんが良い例でしょう。
それでもここは、やさしいあたたかな世界。彼らの力で満ち溢れた、光あふれる世界だったのです。
ここで一つ疑問がわくことでしょう。わたしたちの世界と、彼女たちの世界の発展度の差。
わたしは、そしてわたしの時代に生まれた者は皆、人類は衰退したと信じていました。それは紛れもない事実ですし、実際我々の生活水準は繁栄期から大きく退行しています。
しかし「種」としてはどうでしょうか? 数千年もの間光に憧れ、ようやくそれに達した我々が、大人しく前任者のあとをついで絶滅していく? それは考えにくいでしょう。
我々は妖精の生態でもあった
「……お、お姉さん?」
急に黙りこくったわたしの顔を、巻き毛が心配そうにのぞき込みます。
ですが、この世界はあくまで平行世界。我々の世界が辿るであろう可能性の一つにすぎません。
「明日から通信手として、頑張ってくださいね?」
「へ?」
今の私にはさほど重要ではない発見です。単に知的好奇心を満たすだけのもの。しかし<巻き毛>がもたらしてくれたものはそれだけではありません。少なくとも時差を気にする必要はなくなりました。人員不足も解決しました。
彼女たちの大先輩としての威厳を見せてやりましょう
人退とガルパンのクロスオーバーを思いついたきっかけが、実はこれです。「戦車道ってよく怪我も死人もでないなぁ」なんていうロマンもへったくれもない考えから、「妖精さんのおかげじゃね?」と思い書き始めました。ぶっちゃけこの設定があるからといって特に何かはないです。