戦車道は衰退しました 作:アスパラ
あんこう踊りで温まった身体に、紅茶がしみわたります。恥ずかしさもお茶とともに胃袋に押し流してしまい、わたしのメンタルは通常値レベルまでは回復。
方針が徹底抗戦に定まった今、大洗はこの危機を脱するべく作戦会議兼お茶会を開いています。猶予は三時間。この隙に、この包囲をどうにかして華麗に勝利する方法を編み出さなくてはなりません。
最初に発言したのは、くせ毛さん。
「まず、戦車の修理が必要です。三突は履帯が切れていますし、リーも副砲がやられてしまっていて」
「自動車部がいないから本格的な修理は厳しいよねー」
会長さんのおっしゃるとおり、ここに大洗の陰の立役者、自動車部はいませんが、
「その点はお任せを」
ここはわたしの出番です。わたしの仮説が正しければ、
「たぶん、このあたりにも……」
わたしはクッキーをばらまきました。
「妖精さん! 出番ですよ!」
「「「はーい」」」
「妖精さん!?」
出てきました。ええ、完全に予想通り。歌とダンスとお茶会ですしね。
妖精さんたちは、電波対策なのかあんこうスーツに身を包んでいます。
「ちょっとあんた、妖精さんは持ち込んでないって」
「紛れ込んでたんじゃないですかー?」
Yが食って掛かりますが、ここはスルー。
以前、私は、この世界でもすでに妖精との入れ代わりが進んでいるという仮説を立てました。だとすれば、妖精の力が外部化したものである「妖精さん」も存在するはずなのです。
「妖精さん」の存在を信じ切ってる我々がここにいれば、彼らは姿を見せてくれる。自分で言うのもなんですが、わたしがいますしね。
こうして彼らが姿を見せたことで、仮説は真実へと変わりました。以前わたしが見た「妖精」とはだいぶ違うかもしれませんが、観測された事実より重たいものはないのです。
「さあ、妖精さん。ここの戦車をイイカンジに直してください」
「そら、とばすのあり?」
「なしです」
「びーむうつのは?」
「普通でお願いします」
「つまらんなー」
「成功報酬は板チョコ2枚でどうですか?」
「……にまい?」
「ふたつ?」
「つー?」
「ええ。ここにいるお三方で、2枚」
「「「おまかせー」」」
「これで大丈夫です」
「それで大丈夫なのか!?」
広報さんが皆さんの驚きを代弁してくださりました。ですがこの会議は妖精さんのすごさを再確認するものではありません。わたしはさっさと先を促します。
「隊長さん、それで、作戦なのですが……」
「はい、今偵察に行っている人たちが帰ってきたら」
「わたしから、提案があるんです」
汚名はちゃんと払させて頂きますよ。
―――――――――――
三時間が過ぎました。戦闘再開です。
「フラッグ車を中心に、全車突撃してください‼ 包囲の一番厚いところを抜けます!」
「抜けられた!! 後続何が何でも阻止っ!!」
「カチューシャ様、大洗の車両は7両すべて出てきました。あと、フラッグ車の後ろにⅣ号がぴったり張り付いていて狙えません」
「わかったわ、ノンナ! Ⅳ号ごと撃ち抜いちゃいなさい! うちもフラッグ以外の全車で追い詰めるわ! フラッグはその場で待機!」
みたいな会話が電波上でなされていたことでしょう。
砲撃音が遠のいたことを確認したわたしは、戦車前進の指示を出し、こっそりと廃教会から出ました。
「ルール的に大丈夫なの?」
Yが心配して尋ねますが、わたしは二コリ微笑みます。
「デコイを使ってはいけないなんてルール、ありましたっけ?」
『プラモデル作戦』、成功です。
フラッグ車の後ろにぴったり張り付いているⅣ号戦車は、妖精さん特製1分の1サイズⅣ号戦車プラモデルなのです。自走機能こそありませんので八九式にけん引されていますが、内部まで完全に再現されており、実弾の発射も可能。
またレギュレーションに違反しないよう、すべて木製となっております。さらに、特殊な製法でカーボンにこそ劣りますが、通常の装甲板と同程度の耐久性を実現しました。
というわけで、我々は教会内で待機。敵部隊がおとりの本隊を追って市街地を出た後で、ひっそりとフラッグを撃つ、という作戦です。
「というわけで、確実に、一発で仕留めるため、フラッグ車の現在地を探って来て下さい」
「なんで私が……」
その任務をYに託します。
「あなたの髪色だとばれにくいでしょ?」
「関係ないって」
とぶーたら文句を垂れつつ車外に出ます。
しばらくして、通信機からYの声がしました。
『あー、大体全部出てるね。フラッグは三軒先の民家の陰』
「了解です。あなたはどこに?」
『時計塔の上。絶対撃つなよ』
「善処します」
わたしは通信を切り、フラッグ車の背後に回り込むべく戦車を進ませます。
「そこの角を左に行ってください。その次の角を左に進めば背後に出れるはずです」
「了解です」
エンジン音が響かぬよう、こっそりと角を曲がると、
「……え?」
「うわぁ、おっきぃ」
「KV-2ですよ、姐さん!」
街道上の怪物。ギガント。ドレッドノート。様々な呼び名のあるKⅤ-2がその152mm榴弾砲をこちらに向けていました。
「後退!!」
雪を舞い上げ交代すると、その直後我々がいたあたり着弾。ああ、こっそりひっそりやるはずが、本格的戦闘に突入しそうです。
Yめ、でたらめな報告しよって。
「やつは装填速度が遅いです。今のうちに撃てっ!!」
当たりました。さすがはKさんです。KⅤ-2は白旗を上げます。
「おそらく作戦が露見しました。仕方がないので正面から速攻で仕留めます」
案の定、敵フラッグ車は逃亡。われわれも必死で追います。
通信からは、おとりを務めている大洗本隊の危機的状況が伝わってきます。これで負けたら、名誉挽回ではなく汚名挽回となりかねません。
『342を右。343を左。あいつ、市街地から出ない気だね』
Yからの報告を聞き、わたしの頭にひらめきが下りました。
「プチモニ、相手の移動パターン的に、356地点を通過するタイミングはわかりますか?」
胸ポケットにいれていたプチモニに尋ねます。持ってきていたことを忘れていたわけじゃないですよ。
「76パーセントの確率で、あと1分15秒後に北から南に向かって通過するかと。ただ、我々の現在地と運動性能ではそれには間に合いませんが」
「問題ありません。助手さん!」
「はい!」
「そこの家、突っ切ってください」
「はい?」
「大丈夫です。構造上問題はないはず」
「わ、わかりました」
「Kさん、家を突っ切ったら、おそらく左手に敵がいます。一発で仕留められますか?」
「頑張ります」
本隊ではデコイが破壊され、フラッグとあんこうチームだけになってしまったようです。時間的に、これがラストチャンスでしょう。
「それでは、パンツァー・フォー」
1分16秒後、我々大洗の決勝進出が決定しました。
1分の1Ⅳ号戦車プラモ(木製)……プラモデルという概念を完全に凌駕した一品です。塗装済み、ニッパー・接着剤不要の初心者でも作りやすい構造。プラスチックなどの化学製品は一切使用していない、地球にも優しい素材です。妖精さん曰く、ゴムひもがあれば自立走行機能も付けられたとか。ちなみに試合後プラウダから抗議が来ましたが、わたしが華麗にかわしました。