戦車道は衰退しました 作:アスパラ
妖精さんと、ふぶきのおちゃかい1
かばさんチームとの大冒険から数日後、我々は準決勝のために一路北へと向かいました。
「寒い!! すごく寒いです! 健康的観点から試合中止を進言しますっ!」
「そうだやめよう! 試合止めよう!」
「Yさんとお菓子さんに賛成だ。わざわざこんな中ですることじゃない」
わたしとYとねぼすけさんが積極的試合中止を訴えるも、あえなく無視されます。多数派の横暴です。
「姐さん! 雪がこんなに! 里じゃなかなか降りませんよっ!」
「かばさんチームの彫像……。工作員にスカウトしたいですね」
助手さんとKさんは珍しい雪に大はしゃぎです。若いですねー。
クスノキの里は緯度の割には暖かい気候に位置しているため、わたしはこんな寒さに耐えられません。もちろんYも。
「さっさと、・・・・・・さっさと終わらせましょう!」
そう力説すると、
「そうだねー。孫子もそういってるし」
お、会長さんが私の意見に賛同してくれます。
「ああ。アンツィオを破った我らなら速攻で片付けられるぞ!」
「一気に片をつけようじゃないかっ!」
「さんせーい」
今度は民意が味方です。わたしが多数派。
隊長さんはしばらく考え込んで、
「……わかりました。では、できるだけ早く終わらせましょう」
「いいんですか? 西住殿。プラウダの二重包囲戦術対策もちゃんと立てたのに」
「うん、雪中戦は長引けば、慣れていない私たちの方が不利だから」
「……対策、立ててたんですか?」
恐る恐る尋ねます。
「あ、はい……。でも、プラウダが二重包囲を使ってくるかはわからないですし」
これでもし負けたらわたしの立場は……。
――――――――――――
廃教会の中は悲壮感で満ち溢れておりました。
ここに至る流れを簡単に説明すると、わたしの提案通りさっさと終わらせにかかった大洗はまんまと相手の罠にはまり、この廃教会に包囲されてしまったのです。
当然、言い出しっぺであるわたしの立場はありません。このままでは完全に戦犯です。
もちろん、皆さん賛同していたので誰もわたしのことを責めませんが、わたしは一人肩身の狭い思いをしていました。
雰囲気最悪の理由は、これ以外にもあります。彼女の母校、大洗女子学園の廃校が広報さんより知らされたのです。
これに関しては、残酷かもしれませんが、非常に冷めた思いで傍観していました。
この先、学校という教育機関がどのような末路を迎えるか、わたしとYが身をもって知っていますから。
「姐さん、みなさんのこと、どうにかできないんでしょうか……」
この大洗が「母校」である助手さんは、皆さんと同じようにショックを受けているようです。
「こればっかりは、仕方がないことです」
そう、仕方がないことなんです。人口減少、財政規模の縮小。そういった問題の解決に、施設や機関の廃止という策がとられるのはこれから先、いやというほど起こります。
わたしも国連職員として、生活の維持が困難な集落に他の里への移住を、つまりは、これまで住んでいた里の放棄を促すことがあります。
まあその立場から言わせてもらうと、大洗廃校を宣告した職員はかなりの三流だと思いますけどね。
「姐さん……」
相手の理解も得ず、強権的に物事を動かし、住民の反発を買うのは最悪手といってもいいでしょう。ならば、
「ですが助手さん、我々はこの世界の人間ではありません」
「……干渉、できないってことですか?」
「いいえ、逆です」
「はい?」
「好き勝手暴れられるってことですよ」
学舎が廃校になったとき、わたしは仕方がないといってそれを受け入れました。人類は衰退したのだから。
しかし、彼女たちはその必要はないでしょう。人類はまだまだこれからなのですから。
「会長さんがわたしたちを受け入れた理由もこれでしょうね」
「ええ。そうでしょうけど……」
助手さんはどうも、わたしの発言の真意を測りかねているようです。
「なら、食べさせていただいた分働かなくては。いつの時代でも真理です」
「ってことは!」
「どちらにしろ、勝たなければ帰れませんしね。ただ、わたしたちと彼女たちの目的が一致しただけです」
わたしは寄り掛かっていた柱から身を起こしました。
「案はあるんですか?」
「さあ? 彼らがなんとかしてくれるでしょう」
わたしは声を張り上げます。
「さあみなさん! お茶にしましょう!」
急に声を上げたわたしに、皆さんの目が点になっています。ああ、空気読んでないって思われてるんだろうな、私。ですがこのぐらいじゃくじけません。
「助手さん、戦車の中から例のクッキーを。Kさんはお湯を沸かしてください」
この日のために、保存のきくバターをたっぷりと使ったクッキーを焼いています。湯沸かし器も戦車に取り付けています。
「すごい! イギリス戦車みたいですねっ!」
くせ毛さんが、クスノキⅣ号に備え付けられた電気湯沸かし器をみて顔を上気させます。
「以前、聖グロにお邪魔した際に教えて頂いて」
「いつ行ったんですか!? 全然知りませんでした」
「まあ、色々ありまして」
このお話はまた別の機会に。
「その時頂いた茶葉もあります。お茶とお菓子を囲んで楽しくお話すれば、きっと何とかなるはずです」
「えらく適当だな」
広報さんが顔をしかめます。まあ、そうですよね。でも大切なのは「楽しく」の部分です。
「皆さん、そんな顔をしていたら、勝てるものも勝てなくなりますよ。さあ、笑って」
「「「「…………」」」」
あ、あれ? 予想外のノリの悪さ。
「そんなもんで勝てるわけないだろう」
広報さん、バッサリ。
「いや、でも……。妖精さんの」
「妖精は置いてきたっていってたじゃないか。っていうよりあのむちゃくちゃな生き物でどうする気だ? 試合をご破算にする気か?」
違いますよー。なんてことは言えません。こちらの世界の人間もいる以上、妖精さんの本質何て口が裂けても。彼女たちの妖精さんへの認識は、「よくわからない、はちゃめちゃをやらかす不思議生物」ぐらいなものなんでしょう。
ああもどかしい。言ってしまいたい。
「ええっとですね……。それは、その……」
「所長さーん、お湯が沸くまでちょっとかかりそうでーす」
戦車の中から響くKさんの声が、わたしをさらに追い詰めます。隙間風と視線が冷たい……。
「……アアアン、アン」
愉快で珍妙なリズムの伝統民謡が聞こえたのは、わたしがそのまま雪に埋もれてしまいたいなーなんて思い始めたちょうどその時でした。
「アアアン、アン」
「隊長さん!?」
あの、引っ込み思案なところがある隊長さんが、
「アアアン、アアアン、アン、アン、アン」
あんこう踊りを踊っておられました。
「西住殿……」
「みぽりん」
「みほさん」
「西住さん」
あんこうチームの皆さんが輪に加わります。それに続いて、生徒会、バレー部と。
歌とダンスというのは、古来から士気を高め、闘争心を鼓舞するためのものだったといいます。この闘争心とは対極にあるようなあんこう踊りが、舞踊の元来の目的を果たそうとしています。
助手さんやKさん、そしてYも参加。皆さん一緒になって、歌い、踊っています。
…………これ、踊ってないの、わたしだけ?
Yがにやにやしながらこちらを見ています。え、踊らなくてはいけないのでしょうか、わたし。
あたりを見回しても、踊っていない人間はいません。完全な孤立状態です。
「「「「「「揺らしてこーがして」」」」」」
結構な疎外感。そしておい、空気読めよという無言の圧力。
「「「「「「にっげないであんあん」」」」」
くっ……。わたしは、こんな破廉恥な踊り、我がプライドにかけても踊るものですか!
「「「「「「なみにゆーられて」」」」」」」
「……アン、アン、アン」
ここで我が張れるほど、わたしは強い人間ではありませんでした。体育で習っていてよかったです。
この公開羞恥はプラウダの軍師がやってくるまで続きました。ちなみにこれが撮影され、その映像が公開されていた事を知ったのはもっと後のことでした。
<おまけ>
カチューシャ「こーんな戦車で挑むなんて、カチューシャのこと笑わせに来たの?」
わたし「よ、妖精さん?」
Y「いや、確かにそんな気配するけどさ」
わたし「(……これはもしかして、人類に分化途中の妖精なのでは……)」
カチューシャ「ちょっとあなた! 聞こえたわよ! なによ、妖精って……」
ノンナ「カチューシャ、顔が緩んでます」
わたし「すみません、心の声が」
ノンナ【カチューシャのことを狙う敵か。はたまた同志か、悩みどころですね】
わたし【どっちでもないのでご安心ください】
ノンナ【っ!? あなた、ロシア語を?】
妖精さんのおかげか、この世界に来るときにいつかの「ほんやく畑」と同じ効果がいい感じの塩梅で効いています。