戦車道は衰退しました   作:アスパラ

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ノーブルシスターズ……聖グロリアーナ女学院のダージリン、アッサム、オレンジペコの三名の総称。

*ここからは本編とは関係ないお話になっています。次章へスキップして頂いても、順番に読み進めて頂いても問題ありません。


妖精さんと、のーぶるしすたーずのうらじじょう

「英国擲弾兵」の軽快なメロディーが、シックな部屋には似つかわしくないメカニカルなステレオから流れていました。

 

中央に置かれたソファには3人の聖グロリアーナ女学院の生徒が優雅にお茶をたしなんでいます。そう、ここは通称「紅茶の園」。選ばれた者のみが入室できる、この学校でも特別な場所です。

 

「まったく、こんな不思議なこともあるのね」

 

 ダージリンさんが紅茶をすすります。

 

「はぁ、『妖精さん』ですか……。データにそんなものはありませんでしたから。ところでいつまでそのお話を?」

 

 お三方が大洗で妖精さんを見てから何週間か経った後ですが、ダージリンさんはまだその衝撃を忘れられないようです。

 

「まあ、この目で見てしまったものは仕方ありませんね」

 

 オレンジぺコさんはそう苦笑いをしながら先輩二人に紅茶のおかわりを注ぎます。

 

「こんな格言を知ってる? 発見とは準備された心と出会う偶然の事故である」

 

「アルベルトですね」

 

「よくわかったわねぇ、ペコ。昨日知ったばかりだったのに」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないですよ……」

 

 一人深刻そうな顔をしているアッサムさんがぼやきますが、ダージリンさんは気にも留めません。

 

 そうだ、といわんばかりにダージリンさんは言います。

 

「そういえばペコ。今日のお茶菓子は?」

 

「はいはい。ちゃんと用意してますよ」

 

 そういってリボンできれいに放送された紙袋を取り出します。

 

「今日は私の手作りなんです」

 

「まぁ、ペコの? それは楽しみね」

 

 ダージリンさんはにっこりとほほ笑み袋を受けとります。

 

「おや? ダージリン様、そろそろ爪をお切りしたほうが?」

 

「うーん、そうねぇ。割れたら困るし」

 

「お切りしますよ」

 

「あら、ありがとう」

 

 ダージリンさんは袋をかさかさと振ります。

 

「この重さは……、マフィンかしら?」

 

「開けてからのお楽しみです」

 

 ダージリンさん、まるでプレゼントをもらった子供のようです。目をキラキラ輝かせ袋を開け、中身を取り出すと。

 

「……あら?」

 

「ばれてもーたー」

 

「…………」

 

「あ………」

 

 ペコさん手作りマフィンは、妖精さん食べられてしまっていたのでした。

 

「「キャァァァアアアアアアッ!?」」

 

――――――――――――

 

「保健所? 動物園? それとも大学の研究室?」

 

「ひとまず大洗に連絡したほうが……」

 

 ペコさんとアッサムさんが顔を突き合わせて、なぜか電話帳をめくって相談している中、

 

「ほら、クッキーよ。食べる?」

 

「わーい」

 

 ダージリンさん、妖精さんを餌付けしておりました。

 

「ダージリンっ!?」

 

 アッサムさんのほとんど悲鳴みたいな絶叫が響きます。

 

「あなたほんとなにやってるんですかっ!?」

 

「え? いや、クッキーが食べたいって妖精さんが」

 

「変になつかれても知りませんよっ!! っていうか外に出してたら逃げるかもしれないじゃないですか! ペコっ!!」

 

「はい、用意しています」

 

 アッサムさんはオレンジペコさんが持ってきた鳥かごをひったくり、妖精さんを中に放り込んだうえ巨大な南京錠でふたを施錠します。

 

「とにかく! 絶対に触らないでくださいね、ダージリン!!」

 

「はぁ~い」

 

 ダージリンさんがすねますが、アッサムさんはこれを無視。そして、

 

「あ、もしもし、角谷さんですか?」

 

 携帯電話で通話しながら部屋を出て言ってしまいました。

 

「アッサムったら、あそこまで言わなくてもいいのに……」

 

「アッサム様はダージリン様を心配しておられるんですよ。ダージリン様も少しは自重してください」

 

「ペコまで……」

 

 ペコさんにも諌められ、ダージリンさんはちょっと不満顔でした。

 

――――――――――――

 

 夜。ダージリンさんは自室で一人、就寝前の紅茶をすすっていました。

 

「……ちょっとはしゃぎすぎちゃったわね」

 

 昼間の、妖精さんに関する騒動を思い返します。アッサムさんもペコさんもあきれ顔だったようにダージリンさんは感じました。

 

「愛想を尽かされてしまってないかしら……」

 

 一抹の不安が胸をよぎります。隊長や先輩といった立場の方たちが自分の評判を気にするのは もはや人類の習性といってもいいでしょう。ダージリンさんも例外ではありません。

 

「はぁ……」

 

 ため息をつきながら、再び紅茶を口元に運びます。そして、お茶菓子にと出しておいたビスケットに手を伸ばし、

 

「……あれ?」

 

「あーれー」

 

 フニフニした柔らかいものを掴みました。

 

「よ、妖精さん!?」

 

 ビスケットの代わりにつまんでいたのは、アッサムさんが厳重に封印したはずの妖精さん。

 

「どーもです?」

 

「いったいどうやってこんなところに?」

 

「ぼくら、あれぐらいびふぉーぶれっくふぁーすとですからー」

 

「あらあら、今はAfter dinnerよ」

 

 思わず顔がほころびます。が、すぐにほっぺたをぺチぺチとたたきます。

 

「って、ダメダメ。ここは冷静にアッサムに連絡を入れましょう」

 

「ぼく、つかまるです?」

 

 妖精さんのつぶらな瞳がダージリンさんを襲います。

 

「ううっ……」

 

「かごのなかの、とりさんですか?」

 

「……後でこっそり返せば大丈夫でしょう」

 

 あっけなく陥落しました。人間、堕ちたらすぐに堕ち切るものです。ダージリンさんは新しいビスケットの封を開け、それを小さく砕いて妖精さんに与えます。

 

「うましー」

 

「ふふふ。好きなだけ食べていいわよ」

 

「え?」

 

「ん?」

 

「よ、よろしいの、ですか……?」

 

「え? ええ。いいわよ。まだいっぱいあるから」

 

「「「わぁぁぁい!!」」」

 

「あ、増えた」

 

 妖精さんが三人に増えました。ダージリンさんは目を丸めて驚きますが、

 

「そういうものなのね。不思議」

 

 あっさり受け入れます。若者って柔軟ですね。

 

「にんげんさんに、なにかおれいせねば?」

「おきもちおつたえします?」

「こころのしな、おくります?」

 

「あら、いいのよ。お礼何て」

 

「「「ぼくら、いらないこ……?」」」

 

 うるうると潤んだ目で、妖精さんたちがダージリンさんを見つめます。昔から言いますよね、泣く子と地頭には勝てないって。この場合は妖精さんですが、ダージリンさんも勝てませんでした。

 

「あ、えっと、そうねぇ……」

 

 ダージリンさんは考え込みます。噂に聞いた話では、ものすごい技術を持つという彼らです。さじ加減次第では古代へGOなんてことにもなりかねません。

 

「…………、みんなが、私のことをどう思ってるか」

 

 ここまで呟いて、慌ててその願いを取り消します。

 

「やっぱりなし! 美味しい紅茶のおかわりをいただける?」

 

 いくら友人とはいえ、他人の気持ちを勝手に暴いてしまおうだなんて悪趣味ですからね。ただ、この光景をクスノキの里のうら若き美人調停事務所所長が見れば、こう評するでしょう。

 

 ちょっと取り消すのが遅かった、と。

 

「こちらおさしあげー」

 

 ダージリンさんの注文を聞いた妖精さんがどこからともなく完成させたのは、

 

「……ポットの注ぎ口?」

 

 そう、陶器のポットの、注ぎ口だけでした。いろいろ観察してみますが、白磁で無地の、一見何の変哲もない陶器です。これだけでは何の役にも立ちそうにありません。はっきり言えばガラクタです。

 

「ふふっ。ありがとう、妖精さん」

 

 ビジュアル相当といいましょうか、小さな子供がくれた宝物、といったものに、ダージリンさんの顔がほころびます。

 

「にしてもこれ、結構いい素材ね」

 

 目の肥えたダージリンさん、これがそこそこの高級品だと見破ります。そしてひっくり返したり、穴の中を覗いてみたりしているうちに、

 

「……穴があったらってやつかしら」

 

 人差し指を突っ込みました。ついやってみたくなりますよね。注ぎ口はダージリンさんの指にぴったりでした。

 

「人間ポット~なんてね」

 

 そうやって、空のカップにお茶を注ぐふりをしたら、

 

「え?」

 

 出ました。お茶。

 

「は?」

 

 あんまりの光景に、ダージリンさん唖然。

 

「え?」

 

 アツアツの、きれいな色の紅茶でした。カップ並々まで注いだところでいったん指を上げます。

 

「お、お茶……?」

 

 そして恐る恐るそれを口に運びます。もっとほかにやるべきことがあるような気がしなくもないですが、そこは三度のごはんよりティータイムがお好きな模範的聖グロ生たるダージリンさん。どこから出てきたかもしれないお茶を口に含みます。

 

「あ、おいしい。ダージリンね」

 

 最高級茶葉を使い、最高の職人がいれたお茶と遜色ない味わいでした。

 

「もしかして……、これは無限のお茶を出すことができる道具じゃないかしら?」

 

 クスノキの里の(以下略)なら、いい線いってますね、と評することでしょう。

 

「お昼のお詫びも兼ねて、アッサムとペコに入れてあげましょう」

 

 ダージリンさんは戸棚から大きな保温ポットを取り出してその中に文字通り自家製のお茶を注ぎます。

 

 そう、自家製。

 

 このお茶が自分の知能もろもろから生成されていることにまで気付けたら、ダージリンさんは一流の調停官となれたでしょうね。

 

「あれ?」

 

 気が付いた時、ダージリンさんの目の前には、数メートルになろうかという巨大ポットがありました。

 

 身長10センチ台のミニダージリンさんの出来上がりです。

 

【後編へ続く】




ポット(注ぎ口のみ)……一見ただの陶器ですが、知能などを紅茶に変換することができます。いつぞやの計量スプーンの派製品です。わたしが第一発見者なら、ただちに破砕焼却の上海洋投棄してあのですが……。

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