戦車道は衰退しました   作:アスパラ

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第10話

『クスノキチームは前進のち右手の七番横を目標に攻撃してください』

 

「了解しました、隊長さん。目標七番横、撃ち方用意」

 

『クスノキチームの砲撃を持って、今日の練習を終わります』

 

 どうも、わたしです。

 

 今、我々クスノキチームは大洗女子の皆さんとともに戦車道の練習に励んでおりました。

 

ーーーーーー

 

「あー疲れたー」

 

 練習が終わり、あんこうチーム通信手、ゼクシィさんが大きく伸びをします。

 

「それにしてもクスノキチームすごかったね」

 

「ありがとうございます、武部さん」

 

 わたしはお礼を言って、カバンから今日の差し入れを取り出しました。

 

「今日はマカロンを作ってきたんです。どうぞ」

 

「うわー!! お菓子さんのお菓子ほんっとにおいしいんだよね! ありがとうございます!」

 

「お菓子作りに関しちゃ旧人類最強だからね、こいつは」

 

 Yが口をはさみつつマカロンを一つ横取りします。わたしはその手をぴしゃりと叩きました。

 

「お世辞いっても駄目です。だいたい母数が少ないじゃないですか」

 

「言ったもん勝ちだって」

 

「少なくとも学園艦一ですよ! お菓子さん!」

 

 こんな衰退ジョークを受け入れてもらえるほどなじんでいます。ちなみにお菓子さん、というのはわたしのあだ名です。

 

 学舎時代の経験を生かして円滑で友好的かつ差し当たりのない交友関係を築こうと努力していたのですが、妖精さん用のお菓子の余りをこうしてふるまっていたら、いつの間にかついた名前でした。

 

 そこへ我が大洗の隊長さんが現れました。

 

「あ、お菓子さん! 今日もお疲れさまでした」

 

「こちらこそお疲れ様です、隊長さん」

 

「みぽりん! お菓子さん、今日はマカロン作ってきてくれたんだって! みぽりん好物でしょ?」

 

「わぁ! すっごい綺麗! いつもありがとうございます!」

 

「いえいえ、そういえば昨日貸して頂いた熊のアニメのDVD、助手さんがとても面白がっていました」

 

「本当ですか!?」

 

「え……、ボコを?」

 

 ゼクシィさん一歩引きます。ええ、同感です。あんなひたすら主人公が負け続けるアニメが延々6時間続くDVDを見続けるなんて、わたしにもできませんでしたから。 助手さんははまり込んでいましたが。

 

 あれが大好きだという隊長さんに、なんとなく闇めいたものを感じます。

 

 そんなとりとめのない井戸端会議をしていると、

 

「お菓子ちゃん、お客さんだよ~」

 

 会長さんがつかつかと近寄ってきました。

 

「へ? わたしにですか?」

 

 ……身元不明者のわたしを尋ねてきた人って……。

 

――――――――――――

 

「こんな言葉を知ってる? 『人生とは出会いであり、その招待は二度と繰り返されることはない』」

 

「カロッサですね」

 

「ダージリン、その格言は今月二度目です」

 

 おお、なんとも既視感のある人たちが生徒会室にいらっしゃってました。「お茶会」の雰囲気を醸し出している方々が遠い過去にもいらしていたとは……。

 

「いやさ、お菓子ちゃんのふるまいとかがなんとなく聖グロっぽいから確認してもらおうと思ってさ」

 

 どさっと自分のイスに座った会長が言います。

 

「ごきげんよう、聖グロリアーナ女学院隊長、ダージリンですわ」

 

「オレンジぺコと申します」

 

「アッサムです」

 

 そしてダージリンさんはあいさつそうそう、わたしの顔を眺めます。

 

「……立派な眉ですね」

 

「ほっといてください」

 

「失礼、つい。うーん……。角谷さん、申し訳ありませんが、戦車道の隊員に彼女のような人はいませんわね」

 

「そっかー、練習試合の時にこっそり紛れ込んだんだと思ったんだけど」

 

「そもそもうちはⅣ号戦車は保有しておりませんし。潜入偵察なんて卑怯なまねは致しませんわ」

 

 どこかのくせ毛さんがびくりと震えた気がしました。いや、そんなことよりも、

 

「あの、申し訳ありませんが、わたしにはなんの話をしてるのかさっぱり……」

 

 わたしが口を挟むと、会長がくるりと椅子をわたしの方に向けました。

 

「いやあ、やっぱ未来から来ましたーなんてなかなか信じらんなくてさー」

 

「まあ、無理もないですね」

 

「それに妖精が当たり前にいるなんて、それこそ単純に未来っていわれただけの方が信じられるし」

 

「実にその通りだと思いますよ、わたしとしても」

 

 そう、これが本来の正しい反応なのです。科学万能主義が唱えられたこの時代に、魔法なんて受け入れられるはずがありません。

 

 家にいる妖精さんをお見せしようかとも思いましたが、止めました。

 

 妖精という存在が、まだまだ不安定だったこの時代。そんな時代の人たちに妖精さんをお見せした時に何が起きるか、という事を考えると、そうやすやす見せるわけにはいかなくなってしまったのです。

 

 初めに口を滑らせたわたしのミスですが、ここは怪しい身元不明人ということで最後まで通すつもりです。幸い、生活環境は整っていますし。

 

「ま、別にお菓子ちゃんを疑ってるわけじゃないけどね。こういうところははっきりさせとこうと思って」

 

 会長が心なしか申し訳なさそうに笑いました。

 

「会長さん、その……残念ですが」

 

「うんうん、ダージリンも違うっていってるんだから、聖グロの線は消えたってことで。クスノキチームの身元はぼちぼち探ってくことにしよーかな」

 

 そのやり取りを見ていたダージリンさんも、くすりとほほ笑みました。

 

「待てば果報の便りあり、とも言いますわ。今日はゆっくりお茶にでもいたしませんこと? オレンジペコが良い茶葉を手に入れてくれたのよ」

 

「いいねえ、ダージリン。そうえばお菓子ちゃん、紅茶も入れられるって言ってなかったっけ?」

 

「手前味噌ですが」

 

「それは是非飲んでみたいわね。ペコどどちらが美味しいのかしら」

 

 ダージリンさんが優雅に微笑み、隣にいたペコさんが少し顔をむくませます。このままブリティッシュアフタヌーンティーに移ろうかという時、

 

『うわぁぁぁぁっつ!? なんだこりゃぁ!?』

 

 扉の向こうから、ひどくうろたえている広報さんの叫び声が聞こえてきました。

 

『あ! まって! 今お菓子さんは来客の方と!!』

 

 副会長さんが誰かを静止しているようです。わたしに用があるのか、誰かがここに強行突破しようとしているようです。いったい誰でしょう……。

 

「姐さんっ!!」

 

 扉をはじき壊さん限りの勢いで入ってきたのは、なんと助手さんでした。

 

「どうしましたか? そんなにうろたえて」

 

「よ、よ、妖精さんが……」

 

 彼が震えながら差し出した手の上には、

 

「みちゃいやーん」

 

 一匹の妖精さん(バニーコス)。

 

「…………まさか」

 

「妖精さんが逃げ出しました!!」

 

 わたしは無言で妖精さんをつまみ上げ、笑顔で後ろに、聖グロリアーナの方々と会長の方に振り返ります。

 

「こちらが、わたしたちが未来から来た証明、新しい人類である妖精さんです」

 

「こんちわー」

 

 口と目をあんぐりと開けている四人の顔が、とても印象的でした。

 

 さようなら、非日常。お久しぶりです、わたしの日常。

 

 こうなったらもうやけくそです。これからどうしましょう……。

 


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