銀河英雄伝説異伝   作:はむはむ

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第5話

[クロプシュトックの乱3]

 

「そちに対応を一任するわ…儂は留守だと伝えい」

ブラウンシュバイク公は昼日中から酒杯を片手に、忌々しそうに毒づく。

「それにしても、あのミッターマイヤー少将は解放の方向で宜しいですかな」

「…うむ。だがな…甥のフレーゲル辺りも煩い。その辺りも頼む大佐」

「掣肘も止む無しですかな。恐れ多い事」

皮肉げにアンスバッハ大佐は答えた。

「その通り。ま、丸く収めてくれ」

一礼し、公の私室を去る、アンスバッハ大佐は思った。

ブラウンシュバイク公は門閥意識が強いだけで、基本我というか、個が無い。

門閥貴族というシステムが、人間の形をとっている憑代のようなもの。

おもえば、哀れでもあるな…そう感じていた思いを一層強めた。

 

ベルリン艦内の措置室前で警備兵に交じる貴族らしき士官と、誰かが揉めていた。

「卿では話にならない。私、ラインハルト・ミューゼルは恐れ多くも帝室の命を

帯びている身。それを邪魔立てするか」

「うるさいわ。知ったことか!」

激する場の雰囲気。

金髪の若者は、アンスバッハ大佐にも見覚えがあった。

 

ラインハルト・

ミューゼル中将。

 

 

貴族社交界が数あれど、たまにしか出席しないが、出席するたびに貴族連と揉めて、

警備をはらはらさせるトラブルメーカー。

そして、帝国の花である女性貴賓の熱い視線を集める、美神としての一面。

 

アンスバッハ大佐は場を収めるため、進み出る。

 

「警備主任のアンスバッハ大佐です。何か御座いましたか?」

 

横目でアンスバッハ大佐を睨みつけ、フレーゲル男爵は激した。

 

「警備主任だと!?なら、この与太者を捕えよ!平民の分際で帝室を傘に、臭うわ!」

すっと、ラインハルトのともの者たちの身が固くなるのを感じる。

ラインハルト自身は若干、冷めたようであった。

 

「アンスバッハ大佐。今回の件、帝室法令典礼庁に問いあわた所、ミッターマイヤー

少将には非は無いようなのだ。よって我らは解放を求る次第だ」

その条文の番号を聞き、携帯端末で検索する。

ふうと、嘆息しアンスバッハは言った。

「今確認を終えました。今回は貴族といえでも死を賜る重大な案件であったようですな

法と帝室はミッターマイヤー少将の行いを是とします」

 

「何だと…!? 何だと…!?」

この男は興奮のあまり卒倒するのではと心配したほど青ざめ、次いで白くなり、肩で

息をしていた。

「男爵…今回の件は貴方の叔父上からも賢慮を求めるお話が降りてきています。ご自重

下さい。御身の為です」

場が凍りついた。

一発、二発。

三発目は興奮のあまり自ら目測を誤り、空振りしていた。

 

フレーゲル男爵が鉄槌の拳を、アンスバッハ大佐に叩き込んだ。

唇の端が切れ、血が飛び散る。

 

あまりの蛮行に、ラインハルトの共をしていた赤毛の若者と、黒髪の若者が動き出そう

とする寸前。

それを手で制し、視線で訴える。

このままにしてください、と。

 

「…気が済みましたか?男爵?」

ちっと舌打ちすると、フレーゲルは怒鳴り踵を返した。

「もう良いわ!ふん、平民どもが庇いあいおって忌々しい!」

 

「大丈夫ですか大佐?」

優しそうな声色には、本当にこちらを案じている気配を感じる。

「ありがとう御座います…。失礼、ミューゼル中将は見知っているのだが…他の方々は?」

「私はジークフリード・キルヒアイス大佐です」

「俺はオスカー・フォン・ロイエンタール少将だ」

ようく、見ると、その若者、ロイエンタール少将の整った顔立ちに若干違和感を感じ、

違和感の理由を理解するのに数瞬かかった。

左右の眼の色が違う、ヘテロクロミアだった。

 

「私、ラインハルト・ミューゼルの名で命じる。ミッターマイヤー少将を解放せよ」

「は、今すぐに」

 

警備のものに禁固を解く様に伝えながら、アンスバッハは思った。

弟に今夜は色々と話してやれるな、と。


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