銀河英雄伝説異伝   作:はむはむ

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第4話

[クロプシュトックの乱2]

 

英雄の履歴であった。

囚われた男、ウォルフガング・ミッターマイヤー少将の履歴は、士官学校

卒業以来、全く非の打ちようの無い、無味感想な履歴を読むだけで、歴史

小説を読むかのようなスペクタクルであった。

 

半ばの義憤、半ばの好奇心に囚われ、私はベルリン艦内を歩き回り、多くの

人々に尋ねながら、情報を収集した。

 

どうやら、非人道的行為を働いた貴族の子弟に軍規に照らした鉄槌を下した

後、彼の郎党に囚われ、強引に艦に収容されたようであった。

少し仲が良くなっていた、貴族出身の技術士官は笑いながら、教えてくれた。

「なあ、これが現実だぜ?一層、ルドルフ陛下はメンデレーエフの周期表に

も各位階を決めてくれれば良かったんだ」

面白い冗談を言ったかのように、彼はくっくっくと笑う。

「そうすれば何が貴金属で何が卑金属かすぐにわかり便利ですね」

私は追従する。

我ながら、反吐が出る思いであった。

それに比べ、愚かではあるがミッターマイヤー少将の気高きこと。

 

ようやく、兄が多忙の身から解放され、数日ぶりにベルリンに戻った際、私

は思い切って尋ねた。

「兄さん…地獄を現出されてお疲れ様です。ところで、ミッターマイヤー少将

の事ご存じですか?」

私は冗談を諧謔として伝え、同時にミッターマイヤー少将の事も尋ねた。

兄は首を振り振り、一言。

「分からん」

と言った。

 

「どうなるかはブラウンシュバイク公のご一存さ。後は…少将の身内がどう

動くかだな」

「兄さんはこれで良いんですか?彼は正しい事をした為に囚われています。私

は碌を食みながら、何もしていません…自分が許せないんですよ」

「落ち着け。俺達は平民だ、ただのな。それ以上でも以下でも無い」

「お願いです。何とか兄さんから進言という形をもってミッターマイヤー少将

の解放をお願い出来ませんか?」

兄は両腕を組み、軽く瞑目する。

「…分かった。俺も俺が許せんからな、このままでは」

 

ブラウンシュバイク公は不満げに顎の贅肉を震わせた。

「大佐、そちは若いな。正しい正しくないは問題では無い。余らが法則なのだよ」

「それは存じております。だから曲げてお願い致します。下士官や下級の兵の

士気に係ります」

「ええい、良い良い分かった。大佐の進言、余も心に留めておくぞ」

「ありがたく存じます」

「それではお言葉に甘え、もう一つお願いが御座います」

「良い、言え」

「部下と共にミッターマイヤー少将の怪我の確認と尋問に当たりたいのですが」

「良い、それも許すぞ」

アンスバッハ大佐は深く深く一礼した。

 

そして、私たちはミッターマイヤー少将を見舞った。

「怪我は特に無いようです」

私は兄に報告する。

「俺は丈夫に出来ていますから、貴族のヤワな坊ちゃんとは違いますよ」

兄は怒るでも無く

「少将、私たちも平民の出です。御味方ですよ」

と続けた。

「どうだか。なら、何でブラウンシュバイク公何かに飼われているんだかな」

「栄達する為です」

「栄達して何を為す?」

「……」

兄は黙り込んだ。

沈黙が場を支配する。

私は逃げ場を作るかのように、ミッターマイヤー少将の武勲に憧れたこと、

そして、行いの正しさを訴えた。

「卿は何歳になる?」

「こ、今年で24です」

「…若いな。いや俺も若いんだが」

ミッターマイヤー少将は苦笑いを浮かべ、続けた。

「だが、若い事と言う事は関係無い。卿ら兄弟の偽りに無き私信、俺は忘れない」

兄は少しだけ険しい表情を浮かべ続ける。

「しかし、少将の身はこの先どうなるか…私たちでは測りかねます」

「何、誰が見捨てても、俺を見捨てない人間が数人は存在するんでな、大丈夫だ」

偉大な人間との出会い、その時は近づいていた。


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