銀河英雄伝説異伝   作:はむはむ

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第39話

[落日]

 

「ヤン提督。敵陣より通信が入っております」

副官の言葉に、ヤンは物憂げに首を二三振った。

「繋いでくれ」

主モニターに、ラインハルトの美麗な顔が映りこむ。

お互い、敬礼を交わし、ラインハルトは口を開いた。

「ヤン・ウェリンリーか、久しいな」

「お久しぶりです、大元帥閣下」

「どうだ、ヤン。共に宇宙を手にしないか? 俺と卿が手を組めば、多少の戦力の劣勢など…」

ヤンは悲しげに、首を振る。

「閣下…ラインハルト大元帥閣下。閣下には分かっておられるはずです。この戦力差はもう、挽回

しようがありません……閣下の、負けです」

ラインハルトの心情を気にするかのように、ヤンは言った。

「…ああ。分かっている。分かっているさ…だがなヤン。俺の人生は戦いで作られてきた。終わり

も戦いで終わらせたい」

「……」

「もはや何もいう事は無いか。最後の我ままだ…ヤン、手合せ願おう」

 

 

歴史は舞台に似ているのかもしれない。

主演が居て、主演を彩る様々な登場人物や背景を背に、舞台に束の間現れ、そして消えていく。

 

消えていく、星の名残にも似ているのかもしれない。

恒星が惑星を照らし、恒星もついには死を迎える。

 

 

フェザーン星系に落ち込む残照の元に、戦いは始まった。

ヤンとビュコックの2個艦隊は、ラインハルトの一個艦隊を包囲するように、半月の形に陣を取り、

じわりじわりとラインハルトの陣を蚕食していく。

防戦一方では数に負けるラインハルトの艦隊はこのままで行くと、時間の経緯と共に、宇宙に溶けて

行ってしまう。

 

「これだ…これでなくてはな戦いは」

ラインハルトは首筋のブローチを強く握りながら、頬を紅潮させる。

そんなラインハルトを横目に、オーベルシュタインは、ふとらしくなくその半生を思い出す。

終わりの始まり、そして古き者は倒れ、新しき者の時代、か。

らしくない。

オーベルシュタインは嘆息し、ラインハルトに進言する。

「閣下…して如何しましょうか?」

「後方に少し下がり…当然擬態だが、そしてそれに乗じてきた敵を、凹状の陣に再編した我軍が

飲み込むかのように三方から攻撃する、急げよ!」

 

つぅと、ラインハルトの艦隊は後ろに引いていく。

制止する間も無く、それは凹陣の形を取り、勢いに乗じたヤンとビュコックの艦隊の前衛を飲み込み、

消化していく。

「…っ! 全艦止まれ!」

「全艦制止!」

ビュコックの指示が半瞬だけ遅く、そのタイムラグの間に、数千の艦隊がラインハルトの凹陣の中で

爆散して行った。

 

「敵艦隊の薄くなった方へと全艦全速前進! 錐体陣で敵陣を突破する!」

ラインハルトの苛烈かつ迅速な指示に良く従い、ラインハルト艦隊は紡錘形を取り、ビュコック艦隊

へと切り込みを入れて行く。

「スパルタニアン発進! ミサイル艦は後方へ…誘爆を防げ!」

必死に防護するヒュコックであったが、陣は二つに切り裂かれた。

ヤンは横に位置するビュコックの艦隊とラインハルトの艦隊が離れる、数瞬の間を狙い澄まし、クロス

ファイアポイントへと砲撃を交差させていく。

横陣を叩かれた、ラインハルトの艦隊の動きが少し鈍くなった。

だが、二つに引きちぎられた、ビュコックの艦隊のうち、総指揮官が不在な方の艦隊群がラインハルト

艦隊の近接戦闘により、霧散し消えて行った。

半数に打ち減らされた、ビュコックの艦隊はそのまま、退避する。

それはヤンからの要請でもあった。

 

「提督…これであの、ローエングラム公と一騎打ちですな。らしくもない…ロマンティズムの極みですな」

シャーンコップが、どこかさばさばとした表情で告げる。

「さてね。私が望んだことでは無いが…。いや、そうだ…私はもう物事に対する傍観を辞めたんだったな…。

帝国側との協議に及んだ時から…」

「その通りです。提督、貴方はようやく歴史の本道に戻られたのです。後はローエングラム公をうち滅ぼし、

歴史を貴方の手で創るのです」

ヤンはさっと表情を変え、そして二三首を振る。

「そうじゃないさ。後は軍人じゃなくて…そう、あのお姫様に代表される帝国穏健派と、我らがトリューニヒト

議長に代表される同盟の与論が創るのさ。もう個々の一握りの偉大な人間が歴史を動かすのでは無くて…

そうだなあ、英雄の時代は終わるのさ」

シャーんコップはおやおやという表情で口を噤む。

「それにしてもまずは勝たなくては。あのローエングラム公に。戦争の天才に」

 

お互いジャブ程度の砲撃を交わしあい、互いのタイミングを計っていた。

先に動いたのはラインハルトの側であった。

陣形を薄いミルフィーユのように、互いをシャッフルした形で再編し、その紙のように薄い陣形を幾度も

幾度もヤンが破ろうとも、ラインハルトの旗艦が位置する本陣にたどり着く前に、疲弊してしまうという

策を用いた。

ヤンは何度か陣を破った後、静止し、機を伺う。

そして、近くに浮遊する宇宙塵や小惑星の欠片がある、暗礁領域に工作艦を移動させ、そこに熱源反応

があるかのように見せかけ、小惑星の欠片にモジュールエンジンを付け、ラインハルトの陣を強襲させる。

パイのように薄い陣を容易くやぶり、破り続けて、その隕石ミサイルはラインハルトの本陣に到達する。

身を揺するかのような轟音と共に、ラインハルトの乗艦は揺れた。

「まだ破られた訳では無い! 陣を再編…」

続く、轟音。

ラインハルトは驚異的なバランス能力でよろけただけで、動じないでいたが、周りの幕僚は転倒していた。

警笛が鳴り響く中、酔ったような足取りで、ゆらりゆらりと、人影がラインハルトに近づくのを誰も、

止める事が出来なかった。

 

「わ…儂は小僧…お前の道ずれにされるのは御免だ! 儂はこんな所で果てて良い人間では無いのだ!」

忘れられていた、ブラウンシュバイク公はブラスターを手にし、ラインハルトに照準を向ける。

それを確認したラインハルトは、表情を失った顔をし、皮肉げに頬を歪めた。

「…卿が俺の死か。案外死とはつまらないものだな」

オーベルシュタインはじめ、幕僚はブラスターをブラウンシュバイク公に向ける。

「儂を無事に逃がせ! そうすれば…」

「撃つが良い。いや撃て」

「儂は…儂は…嫌だ……頼む逃がしてくれ!?」

「だから撃つが良い。御前が撃たないなら…オーベルシュタイン、お前がブランシュバイク公を撃て」

 

響く、ブラスター音。

 

 

ローエングラム公を道ずれに、ラインハルト・フォン・ローエングラムはその短い生涯を終えた。

胸をブラスターで打ち抜かれた、ラインハルトの最後の言葉は「ごめんな。キルヒアイス…姉さん…」で

あったと、伝えられている。

ラインハルトを失った艦隊は主席幕僚である、オーベルシュタイン中将の命により無条件降伏し、戦いは終わった。

 

 

フェザーン本星に落着する予定であったガイエスブルグも粉々に砕かれ、技官の報告によると、長い

時間をかけて、フェザーン本星の周りをリングで形作る事になるだろうとの事であった。

 

 

 


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