銀河英雄伝説異伝   作:はむはむ

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第38話

[落着阻止]

 

ロイエンタール旗下の艦隊と同盟の2艦隊は協調運動に難がある事から、新同盟の同盟側2艦隊は

遊軍として回される事となった。

強力な遊軍である。

裁量を任せられ、ヤンとビュコックの率いるその2個艦隊は会戦のキャスティングボードを握る

事となる。

 

構えるラインハルト旗下の艦隊はガイエスブルグの要塞砲の射程に相手を誘う、凡庸とも言える

策を取り、全観隊を要塞前に集結させていた。

 

「ファイエル!」

ロイエンタール大元帥の率いる8個艦隊の主砲から一気にエネルギーの奔流が叩き込まれる。

白熱し、消えていく点。

その点一つ一つに人生があり、喜怒哀楽があった存在が、一気に無へと還元されていく。

これだけが、戦争を否定する論拠であり、真理だな。

ヤンは遠くの光点を見つめながら、そう思う。

少し離れた宙域に待機していたヤンとビュコックの艦隊は、銀河天井部分から一気に銀河底辺部

へと錐体の陣を取り、一気に駆け抜ける。

「ファイアー!」

要塞砲が火を噴く間もなく、既に宙域を脱し、少し離れた宙域で待機する。

 

その間に乱れたラインハルト艦隊の陣形に穴を穿つかのように、クロスポイントファイアを叩き込ん

行く。

ライザ提督とフレーゲル提督は、シュターデン提督を失った痛みを共有し、そして共に成長してきた

ライバルと言える。

ライザ提督は艦隊運動に、フレーゲル提督は火力の調整に、長じたところを示し、フレーゲル提督は

その能力を駆使し、ラインハルト艦隊に穴を空けていく。

ライザ提督はそのフレーゲル艦隊を守るかのように、厚陣を築き、それを守護する。

見事な連携運動であった。

 

負けじとベルゲングリューン提督は猛攻撃を叩き込み、危うくガイエスブルグの射線軸に入り込んで

しまった所を、シュターデン提督がその精緻な射線で敵の視界を塞ぎ、ベルゲングリューンが脱出

するのを手伝った。

 

「ほう。見事なものだな」

ロイエンタールは旗艦上で、そう呟いた。

決して強兵とは言えなかった、ロイエンタール旗下の諸提督も兵卒も熟練し、練度を上げてきていた。

もはや、昔の弱兵や貴族の子弟の片手間遊びとは言えないであろう。

 

と、ラインハルト艦隊から、シュワルツランツェンレイターが飛出し、獰猛とも言える猛撃を加えて

来た。

もはや死すら求めているのではないか、生還は期していないのではないかと、怯むかのような猛攻撃

である。

シュターデン提督の艦隊がその攻撃を一身に受け、そして敢無く壊滅していった。

シュターデン提督の旗艦ティトにエネルギーが突き刺さる。

爆発する艦内、何とか一気に爆散する事は防がれていたが、全ては時間の問題である。

「ぐっ…ぐは」

胃潰瘍の急激な悪化により、血を吐き、それでもシュターデンは立っていた。

兵卒が歩み寄り、告げる。

「閣下…この艦はこれまでです。脱出を」

「将たるもの、最後に脱出するのが教典にある通りだ。皆を先に脱出させるように」

 

旗艦ティトの爆散が確認されたのはそれから10分後であった。

シュターデン提督戦死の報はロイエンタールに一つの感慨を産む。

あれは理屈倒れであったが、理屈どおりに物事を動かす事の難しさを知っている有意な人間であった。

良く、ミッターマイヤーとも理屈倒れのシュターデンとからかったものだが、それは尊敬の念も籠って

いたのだった。

その師も今はもう居ない。

 

その時、ヤンからロイエンタールに通信が入る。

「卿か。何だ?」

ベレー帽を弄りながら、ヤンは告げる。

「あの暴れまわる猛獣を何とかしましょう」と。

 

ヤンの策は単純であった。

エネルギー磁場で弾ける距離を保ち、闘牛使いのように、シュワルツランツィエンレイターを引きまわし

エネルギーが尽きた所を、総攻撃で仕留める。

 

そして、それはヤン艦隊とビュコック艦隊にしか不可能な事ではあった。

 

狂ったかのようにエネルギー弾やレーザー水爆弾を撃ち込んでくる、黒色槍騎兵を引きまわり、戦場を

縦横無人に駆ける、ヤン艦隊とビュコック艦隊からは誘うかのように、時折射程距離外からエネルギー

が叩き込まれる。

それを苛立たしげに弾き、槍騎兵は前進を続ける。

 

そして、エネルギーの限界点に達した。

一気に距離を詰め、エネルギーを叩き込むヤン艦隊とビュコック艦隊。

スパルタニアンも発進させ、総攻撃を加えていく。

それでも死にものくるいで抵抗する槍騎兵はしぶとかった。

最期の数十隻に至るまで、戦い続け、遂には全ての艦が宇宙に拡散し、消滅した。

その日を持って、シュワルツランツェンレイターはこの宇宙から消滅した。

 

その時、ガイエスブルグ要塞の核パルスエンジンが始動し、移動を開始する。

ロイエンタールは、移動先の算出させる。

私、マークスが直接計算すると、その算出先に信じられないものが映っていた。

惑星フェザーン。

私達新同盟はフェザーンを見捨てる事が出来ない事をみこし、大質量物質としてのガイエスブルグ要塞を

フェザーンに落着させる構えを取る事により、戦力の分散を図るつもりなのだろう。

私は信じられなかった。

あの高潔なローエングラム公がこのような手を取るものかと。

「人は変わるさ…。現に俺も変り、ローエングラム公も変わったのだからな」

「変節ですか…?」

ロイエンタールはどこか悲しげに、言った。

「違う、彼は破滅を望んでいるのだ…」

 

ガイエスブルグ要塞の核パルスエンジンは要塞内部をくり抜いて作られているので、射撃により軌道修正

する事が出来ず、要塞そのものを核ミサイルで破壊するより方策が無く、その戦力にロイエンタールは

自らの旗下の全軍を当てた。

惑星フェザーンを背景に、大艦隊が核ミサイルを打ちまくり、巨大質量物体の破壊に全力を挙げている。

重力下の惑星フェザーンではパニックが起こり、宇宙港に逃げ込み、脱出しようという暴動で数百万の

人間が圧死や治安当局の圧迫により死亡したと推定される。

 

残りのラインハルト艦隊とはヤン艦隊とビュコック艦隊が相対する。

ラインハルトは今度こそ、莞爾として笑った。

「最初からこうしていれば良かったのだ」と。


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