銀河英雄伝説異伝   作:はむはむ

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第37話

[雷雨来たりなば]

 

ラインハルトは幽閉した、ブラウンシュバイク公の居室を訪れた。

室内に歩み寄る、ラインハルトに怯えた視線をブラウンシュバイク公は向ける。

「息災か。息災だろうな…私が生かしているのだからな」

皮肉気にラインハルトはブラウンシュバイク公に吐き捨てるように告げる。

「わ、儂をどうするつもりだ…。もし儂を害すれば皇帝は黙っていないぞ…」

苦しげに、ブラウンシュバイク公は言った。

「エリザベート新皇帝か…あれは偽帝だ。私がそう決めたのだからな」

「あ、あれば正式に即位した…」

「黙れ!」

ラインハルトは突然、激した。

「あの呪われた娘が居なければ…俺はキルヒアイスを失う事が無かった…」

「それはあの野獣の責任だろう…」

「黙れ」

ラインハルトは冷然と告げる。

「帝国の旧態依然とした体制が俺の半身を奪ったのだ、俺はこの帝国に復讐したいのだ、もう権力などどうでも良い」

語る言葉も無く、ブラウンシュバイク公は沈黙した。

この男は正気を既に失っている…ブラウンシュバイク公はそう判断した。

 

ヤンは決まり悪そうに豪奢な椅子に腰をかけている。

華麗なノイエサンスーシ宮殿の薔薇の間。

重要な議決が数多く行われてきた歴史と来歴には興味を覚えるが、このような豪華な作りには、ヤンは慣れていなかった。

即位して間もない、エリザベート新皇帝は会議の開始を命じる。

「問題はどうするでは無く、如何様にするかですね」

ヤンは論理的な撞着とも言えるセリフを口にする。

ロイエンタールは続けた。

「ヤン提督の言うとおりだな。もはやローエングラム公に大義は無い。正統政府として今度こそ賊軍を打ち払い、同盟

と帝国の長年の争いに終止符を打つ。これは…セレモニーだな」

「セレモニー?」

エリザベート皇帝は首を傾げ、ついで得心する。

「もはや歴史の大勢は和平へと向いつつあります。その歴史に抗うわ、それ即ち歴史の敵として断罪されるでしょう」

「小官は今回は一気呵成に、兵法の常道として大戦力を有機的に組織し、一度の会戦でローエングラム公を打倒する

事が流れる血を少なくする、方策と思っています」

ロイエンタールは頷く。

「同意する。諸卿の意見は如何か?」

「戦争はもうすぐ終わる、同盟との恒久和平。それは良いさ。でも可能なのかねえ?」

ライザ提督は皮肉気に呟いた。

「提督。何事も永遠はありませんし、終わりはあります。今回は長年の戦争が終わり、永遠ならざる平和が訪れる

のです。永遠ならざる平和の為に、私は戦うつもりです」

エリザベート皇帝はライザを諌めた。

ふっと、肩を竦め、ライザはそれ以上何も言わなかった。

 

「一つの布告を出したいと思います。そしてそれは恒久的な法体系に組み込む予定です」

「それは?」

「遺伝に関する布告です。正式に劣悪遺伝子排除法を廃止し、あらゆる多様性を認め、人が人為的に出生を管理

する事を禁じます」

「それはそれで問題があるのう」

沈黙を守っていたビュコック提督は口を開く。

「DNAの改ざん技術は同盟とフェザーンでは確立しているしの。それを帝国の側で禁じるのは自由じゃが、

コーディネートを許さないとなると、それは問題じゃて」

「それは存じております。何処までが人間で、何処までが人間では無いのか、法や倫理で縛るのは難しい側面が

ありますが、それでも一定の歯止めをかけないと、銀河連邦末期のような混沌が齎され、人類という種は宇宙に

拡散し、消滅する事になるのでは無いでしょうか。一定の法と処罰体系による管理は必要と存じます」

エリザベート皇帝の直言に、ビュコックは一言唸り、黙り込んだ。

 

賊軍。

それがラインハルトの私兵に名づけられた正式名称である。

国璽をおした勅書にそう記載されている。

正式に帝国には私兵では無い戦力は存在せず、それは呼称する側の問題で、ぐらりぐらりと揺れる問題でしか

無い。

もし、ラインハルトが勝利する事があれば、ロイエンタール大元帥とエリザベート皇帝の方こそ賊と僭称され

るであろう。

 

フェザーン星系に位置するガイエスブルグ要塞に、フェザーンから物資が運び込まれる。

艦隊も集結し、来るロイエンタール大元帥と同盟による攻勢に備えてた。

この時期のラインハルトは失調を来しており、積極的な攻勢に出る機を逃していた。

もし、この時、ラインハルトが同盟側に攻め込み、首都星ハイネセンを陥落せしめれば、また違った展開が

現れたのでは無いかと、後世の歴史家は夢想した。

 

そして、ロイエンタールと同盟のレギオンを、新同盟と呼称されることが決定され、新同盟の大艦隊が

フェザーン星系にワープアウトしたのは、キルヒアイスやアンズバッハが死して、1か月後の事であった。

驟雨は雷雲を呼び、宇宙は胡乱さをます。

だが、確実に夏の訪れが予定されていた。

 

「来たか」

ラインハルトはワープアウトしてきた大艦隊に怯えた様子も見せず、それでいて顔色は紙のように白くし、

茫洋とコンソールを見つめていた。

「閣下。ご出立を」

「オーベルシュタインか」

「はい。閣下…宇宙は新秩序とやらの確立に浮かれておりますが、そんなものは虚飾。強者が強者たる

所以は、どんな場合でも自分自身で立っていられるからです」

「一つ聞きたい」

「はい」

「卿は憎いのだろう…あの新皇帝が、そしてその思想が。卿が卿たる所以たる遺伝子障害すら一つの個性

として認めると言っている輩だ。卿は自分自身の人生を切り売りされ、安売りされた気分なのだろうな」

オーベルシュタインは俯き、表情を隠す。

「……率直に言いましょう。ええ、閣下…私は、現皇帝の施策に従う事が出来ません。感情的に負の意識

に支配されているとも言えます」

ラインハルトは華麗に笑った。

「俺もキルヒアイスが失う遠因となったあの女が憎い。どうやら卿と初めて意見の一致を見たようだな」


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