銀河英雄伝説異伝   作:はむはむ

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第33話

[邂逅]

 

宇宙は騒然した。

自由惑星同盟最高評議会議長ヨブ・トリューニヒトは獅子吼したものであった。

「これは聖戦である。悪しき人種的セミティズムを持つローエングラム大元帥を打破し、宇宙に

恒久平和をもたらす為の!」と。

 

ヤンは大きく欠伸し、ソリヴィジョンを切った。

彼にはする事が多くあるが、中々手をつけるまでに時間がかかる。

「先輩。エリザベート大公女から電子メールが届いたんですがね…」

きまり悪そうに、ヤンは頭をかく。

「で、どんな内容だ?まさかラブレターではあるまい?」

キャゼルヌは意地悪げに笑った。

 

「……」

ヤンはぼんやりとした表情のまま、僅かに赤面した。

 

「まさか、なあ、違うだろ?」

「私にも春が来たって言いたい所ですが、春だと思ったら直ぐに冬という事もありますからね」

「どこでお前さんを知ったんだろうな」

「主に私が防衛大学に提出していた論文と、その軍歴から…だそうですよ」

キャゼルヌは上手くも無い口笛を吹く。

「冗談だろ…?」

「本当ですよ」

 

イゼルローン要塞から出撃の前の晩の出来事であった。

 

一気呵成にローエングラム大元帥の艦隊を撃破し、彼を屈服せしめ、帝都にてクーデターを確立する。

諸惑星や諸星系に拘らず、イゼルローン要塞から出撃するヤン第13艦隊とビュコックの第3艦隊の2個艦隊

で首都星オーディンに向い、フェザーン星系からのロイエンタール元帥の旗下の8個艦隊もまた、

オーディンに向い進撃を開始する。

 

ブラウンシュバイック公は「儂が死んでは後が無いからな、今回は後方で待機しよるわ」と良い、ガイエスブルグ

要塞に残る事になった。

エリザベート大公女はロイエンタールと進軍を共にする。

 

戦闘速度でオーディンに向いながら、同盟軍とのランデビューポイントに向かいつつある中、ロイエンタールは

一人思案していた。

このまま行き、クーデターが為ったとして、俺はどうなるのかと。

副帝くらいは要求出来るかもしれない。

だが、とも思う。

俺はそれで満足出来るのだろうか、至高の座を他者に委ねて。

首を振り、ロイエンタールは思考を遮った。

まずは勝たなくては。

あの戦争の天才相手に。

 

「私は文句無いよ。贅沢にはもう飽き飽きさね、艦隊の提督の方がよっぽど性にあっているよ」

フレーゲルは些か不満げに鼻を鳴らした。

「卿はそれで良いかもしれんが…果たしてこれで良かったものか。ルドルフ聖帝の思想が蔑に…」

それを引き継ぎ、ヒルデスハイムも続ける。

「左様、それが俺には心配だ。共和主義者どもと果たして同じ釜の飯が食えるのかが」

シュターデンは酒は飲まず、砂糖水を飲みながら、口を開いた。

「歴史は常に流動するものですぞ。ルドルフ聖帝の思想を絶対とすると、我々がローエングラム大元帥に滅ぼされる

のも歴史の必然。だが…生命たるもの生きなくてはならない。生き残るのもは強いものではない、変化出来るもの

だと聞きますぞ」

「……変化か」

「そう変化です」

「変われる事も又、強さという事だな」

どこか遠い目でフレーゲルは呟いた。

 

同盟軍とロイエンタール元帥の旗下艦隊がランデビューポイントに集結する。

ロイエンタール元帥の旗艦に、ヤンとビュコックが降り立った時、皆、沈黙した。

これがあの不敗の名将、ヤンザマジシャンかと。

失望させたかな、ヤンはそう思った。

そんなヤンを肘で突き、ビュコックは耳打ちする。

「若いの、そう固くならないようにじゃ。何、人間は皆同じじゃ、帝国人貴族だからといって、頭が二つあるわけ

でもないからの」

ヤンは内心、頭が二つある相手だったら余程良いと嘆息した。

先日のメールの内容が脳裏を巡り、再び赤面した。

 

「始めましてヤン・ウェンリーです」

「私はロイエンタール元帥。お初にお目にかかる」

見事な帝国式敬礼で、返すロイエンタール。

ロイエンタール元帥へと挨拶し、ビュコックと共に、エリザベートの待つ部屋へと進む。

扉が開くと、ふっと花のような芳香が香ったのは気のせいだろうか。

ヤンは妙に胸が苦しくなった。

椅子から立ち上がり、貴族の令嬢がするスカートを持ち上げる礼では無く、カモシカのように細い腕を差し出し、

握手を求めるエリザベート。

その手をおずおずとヤンは握り返した。

 

「お初に御目にかかります。ヤン・ウェンリー提督」

「初めまして。エリザベート様」

そして、椅子を勧め、双方着席する。

「貴方様の事はかねてより知っておりました。ロジステックの限界・タクティクスの確立。戦略防衛論、暫時の平和

の為の一提言、等々、貴方様の論文には全て目を通させて頂いております。とても…とても素晴らしいものでしたわ」

ヤンは驚いた。

「私の論文を読んで…あの、えと下さった、ですか」

エリザベートは微笑む。

「ええ。寄る辺なくすることも無いわたくしにはそれくらいの贅沢しかありませんでしたから」

「あの…えと、恐縮です」

ロイエンタールとビュコックは、それぞれの表情で面白そうに見ていた。

 

グランドヴィジョンとしての戦術を取りあえずは討論し、戦略としての大局観の共有はトリューニヒトと彼の閣僚と

ロイエンタール元帥の側で詰めることになった。

ヤンは思い切った手を使いつつも、やはりどこか文民統制に拘り、言いたいことはあったが口を閉ざしていた。

 

同盟・盟約両軍10個艦隊は首都星オーディンに向い快速を続ける。

決戦の時は近づいていた。

 


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